十月二十三日

“千枝ちゃん、雪子ちゃんへ
今日は朝から体調が優れません。 学校をお休みする予定なので細井先生にお伝え下さい。
放課後の文化祭準備は予定より進んでるから、大丈夫だよ。
千枝ちゃん予定空けてもらったのにごめんね。”

登校すると右斜め前にいつも座っているはずの日高さんの姿がなかった。どうしたのか里中と天城に聞くとメールを見せられた。

「みやびちゃん、昨日も無理してたのかな……」
「一人で持ち帰ってデザインしてくれてたり、この短期の間にすごい頑張ってたし、そうかも……」

確かに、日高さんは人をまとめるだとか、集団行動には慣れていないだろうし、疲労と緊張でダウンしてもおかしくない。
この数日はずっと側にいたのに、気付けなかった自身に呆れる。 同じ文化祭委員なのに、何やってんだよ、俺。

「……だから昨日ジュネス寄ってくんなかったのか」
「花村くん、何かみやびちゃんと約束してたの?」
「進歩の報告しに行くよーって言うからアイス奢る約束してた」
「そっか……心配だから、あたし放課後みやびちゃんち行ってくるよ」
「里中、おまえ日高さんち知ってんの?」
「あ」

どうやら肝心な事を失念していたらしい里中がバツの悪い表情を浮かべた。

「……ジュネス横の国道沿い進んで行くと日高絵画教室だってさ。……俺も申し訳ないからバイトまで時間あるし、差し入れにゼリーでも持ってくわ」

俺一人じゃ気不味いというか……男一人で行くのは内心まずいだろうと思っていたので里中が見舞いを提案してくれて少しホッとした。

そうだ。アイスを奢るって言ったら嬉しそうにしてたし、冷たいもんを買っていったら喜んでくれるかもしれない。


* * *

天城は旅館の手伝いで無理だったので、とりあえずジュネスで手土産を里中と見繕う事にした。

カフェオレ(日高さんの好物らしい)代にして、と天城に小銭を渡されたので、カフェオレとラベンダー色を基調とした可愛らしいゼリーのプチギフトを買う事にした。
明らかに若い子向けの内容だからか包装をパートさんに頼むとニヤニヤされた。

「陽介くん、これ誰にあげるのよ?」

隣の彼女?と里中をチラ見されたが里中は死ぬほど嫌そうな顔をしている。 こっちだってそんな気は無いけども……意外と傷付くんですよ!?

「いや、文化祭委員一緒にやってる子が頑張りすぎて体調崩したみたいで、なんかわりぃーなって……見舞いに行くとこッス」
「そうなの、頑張り屋さんな子なのね〜、陽介くん離しちゃダメよ。今時滅多にいないわよ、そんな子」
「いや、本当に良い子だしちょっと気になってたんすけど、こ……じゃなくて!他に気になってる人が、いたりして?」

……勢いで小西先輩の名前を出しそうになったが此処でその名前を出すのは物凄くマズイ。
揶揄われて仕事にならなかったらすげぇ申し訳ないし、もしかしたら辞めてしまうかもしれない。

若いっていいわね〜!とパートさんはウキウキオーラを出しながらラッピングを進めてくれている。……バレてはいないようだ。

ていうか、ちょっと日高さんの事いいなって思ってたのがバレると恥ずかしいんですけど!

里中の様子を恐る恐る確認すると、想像と全く異なる表情を浮かべていた。
こういう話は真っ先にからかってきそうなのに、スゲー怖い顔をしていた。え、なんでそんな顔なワケ。

里中って俺の事、まさか好きだったりする?
いやそれはさっきの一連の流れから死んでも有り得ない……。

「里中?」
「あ、お、おう。……花村さぁ、混んで来てるしこのままバイト行っちゃえば?」
「はぁ?十七時からだからまだニ時間あるっ」
「みやびちゃんスッピンだろうし、男子行くのはやっぱ可哀想だなーて今気付いてさ!私絶対これ渡すし!……だから、……行って、お願い」

打って変わって急に里中はしおらしくなってしまった。
が、ここで強行突破したら流石にマズイのはなんとなく察する。
もしかしての、もしかしてだけど。

「……絶対俺からだって伝えろよ!?」
「……うん、サンキューね」

笑う里中の眉はハの字に垂れ下がっていて、そんなキャラじゃない里中の顔を見ると俺の胃に何かがズシリと降りてくる。

日高さん、俺のこと好きだったり、するのか。

勘違いかもしれないが、今日高さんに会っても、どうしていいのか正直、わからない。

今は里中の気遣いに甘えるしかなかった。


* * *


国道沿いの道を真っ直ぐ歩いていく。
ジュネス裏の中学校を通り過ぎるとあるのは田んぼと民家ばかりだ。 シャッターが降りた横に広い建物を通り過ぎようとすると玄関口に日高絵画教室の文字を発見した。

「あ、ここか」

ジュネスから徒歩十五分くらいの位置でわりかし近いなと思った。インターホンを押すとピンポーンと小気味良い音が響く。

「はい」

みやびちゃんではない女性の声が機械越しに返事する。

「あの、あたし、里中千枝っていいます。みやびさんとはクラスメイトで……お見舞いに」
「あら、わざわざありがとうね。みやび、体調が悪いわけじゃなそうなのよね、……よかったら上がっていって」

パタパタという小気味良い音が聞こえるとみやびちゃんに顔立ちが似ている女性が玄関に現れた。多分、涼やかな目元がそう思わせるんだと思う。

「こんにちは」
「こんにちは、みやびの母です。…あなたが千枝ちゃんね」

こくりと頷くとお母さんはにっこりと笑った。

「みやび、ずっと淡々と学校に通ってたんだけど……ここ最近楽しそうだったのは千枝ちゃん達のお陰なのかしら」
「文化祭の準備がきっかけで最近仲良くさせてもらってます」
「そうだったの、さあ上がって」

玄関は中々に広くて、生徒さんが何人いるかは不明だが結構な人数の靴を置けるだろう。 スリッパも沢山ある。
勧められたので、ベージュのスリッパを履いて廊下を歩いていく。

入り口から見たシャッターのところが教室になっているらしく、普段は美術室でしか見ないような備品が沢山置いてある。 ……憶測だけれど、みやびちゃん、普段はここで人形を作ってるのかな?

教室横を真っ直ぐと進むとテレビのあるリビングに出た。 リビング横にある階段を上がるとみやびちゃんの部屋らしく、お母さんに行ってらっしゃいと促された。

白いドアは紫色の造花でデコレーションしてあって、とてもかわいい。 デコレーションを部分を避けて私はコンコンとノックする。
よく見ると取っ手のまわりに絵の具が沢山ついていて、部屋の主の生活を想像させる。

「みやびちゃん」
「千枝ちゃん?」

カチャリと音がして、扉が開かれると顔色があまりよくないみやびちゃんが現れた。

普段は綺麗に整えられている髪も今日は寝癖でぼさぼさだ。
メイクもしてないからかいつもより顔が幼く見えて、新鮮だった。 少し濃いめのアイメイクがいつもだったら施されているが、今日は目の下の隈がどうしても気になる。
咄嗟に吐いた嘘だったけど、乙女心的にやっぱり花村は連れてこなくて良かったかもしれない。

「体調は大丈夫?」
「わざわざ来てくれてありがとう。病気とかじゃなくて、いくら横になっても寝れなくて……ズル休み」

みやびちゃんの部屋はラベンダーと白を基調としていて可愛らしいお部屋だった。
差し出されたクッションも白にレースたっぷりで座るのが勿体無い。お尻には敷かずに胸の前であたしは抱え込むことにした。
部屋の主であるみやびちゃん自身はベッドの上に腰をかけている。

「千枝ちゃん、私の家知ってたんだ?」
「あ、花村からジュネス沿いに国道を進むと見える絵画教室って教えてもらったんだ」
「……そうだったんだ」

花村の名前を聞くと明らかにみやびちゃんの顔に動揺が走る。 そんな彼女の顔を見て、あたしの態度も多分よそよそしくなっているに違いない。
気不味い空気の中、ばっちりみやびちゃんと目があった。

「なんとなく……察してるんだけどさ……」
「うん……」
「昨日みやびちゃん、ジュネスでなんか見た……?」

言い切った後、あたしはみやびちゃんの顔が見れなくて俯いた。空気が、とんでもなく重たい。

「……花村くんと、多分、花村くんが、好きな人がいるとこ、見た」

声はとても淡々としていて。
でもみやびちゃんの膝の上に置かれた手は小さく震えていて。

「みやびちゃん……」
「でも、私……花村くんだから好きになったんだと思うし。諦めが悪いから……」

クリスマスデートとか誘っちゃうかも、とみやびちゃんは冗談混じりに笑うけれど、段々と声は震えて、遂にはぽたりと焦茶色の瞳から雫が落ちた。

「うん、応援してる」
「ありがとう」

小さく嗚咽をもらしながら縮こまるみやびちゃんをあたしはそっと抱きしめた。





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