十月十七日

文化祭も間近、というわけで。
家庭科教師の気遣いで、本日の調理実習は文化祭で出すメニューを実際に作ってみることになった。

「花村くん、レシピ作って来たから配ってほしい」
「はいよー!……ちなみに自信のほどは?」
「実は、結構ある」

私、実は物作り全般は得意なんだよね、と猫を思わせる目を細める日高さんに、まあそうでしょうね、としか言えない。

メニューはピザと、カレーと、サラダ。

「ビフテキはもう出すクラスが決まっていたから……お野菜で攻めよう!と花村君と話し合いました。そ、それでいて、調理が比較的楽なやつにしました。あとは作り置きが出来るかを重視で」

……と言うことである。

隣に立つ日高さんは薄々察してはいたが、進んで人前に立つタイプでは無いのだろう。案の定すこし詰まりながらクラスメイトに解説をする。

サラダはアレルギーも考慮してドレッシングをかけないプレーンと、ゴマだれ、シーザーの三種類。 シーザーの場合はクルトンも乗っけるので三十円程追加で頂く算段である。
俺が用意したドレッシングの瓶にはジュネスブランドのロゴが輝いている。

カレーは肉を入れるほど予算が無かったので……お野菜たっぷりカレーという事で具はオール野菜。
日高さん考案、市販のカレールーだけでは無く、ミキサーにかけたトマトを合せた甘酸っぱめのカレー。 彼女いわく、何事も一手間が大事、らしい。

「ピザが一番自信あるんだよね」
「俺生地なんて焼ける自信無いんだけど……」
「案外、どうにかなるよ」

俺は当初ピザ生地は市販品で……と考えていたが、数を出すとなるとコスパは最悪で、日高さんから真顔で駄目出しされた。

彼女は作家として稼ぐ、ということをしてるからか、儲けについてかなりシビアである、ということをこの数日で俺は思い知らされた。

レシピを読みこんでも「難しい」という固定概念がある所為か頭に全然入ってこない。強力粉って生まれて初めて使うんですけど……。

助けを求め、ちらりと野菜を切っている日高さんを見るが 「大丈夫、花村くんなら分量さえ間違えなければ絶対に美味しく作れる」 ……と言われてしまったら、俺も男なので腹を括ってやりますとも。

必要なものを合わせ、こねているうちにそれっぽいものになり、円型に形成する。 トマトベースのソースとチーズの上に飾り切りしておいた野菜を撒き散らし、予め余熱をしていたオーブンで十五分ほど焼いて完成である。

完成する頃には教室中にいい匂いが立ち上り、出来上がるとみんな期待していたのかワッと一斉に食べ始める。

「うんまー!なにこれ!!」
「うん、野菜がとっても美味しい」
「日高さん、花村くんありがとー」
「これなら多分レシピさえあれば作れそうだね」
「こねて具をのせるだけだし、細かい味付けはいらないからいいかも」
「当日はある程度作り置きしておいてトースターであっためれば回転率も大丈夫なんじゃない」
「おーいいじゃん!」

こっそり様子をうかがうと、絶賛の嵐に隣の日高さんは感極まって泣きそうである。

日高さんが文化祭を機に、もっとクラスメイトと話せるようになればいいなと密かに思っていたが、どうやら大成功を収めたらしい。


* * *


放課後、クラスメイトからGOサインがでたのでトッピングや価格設定を詰める事になった。
味は良かった。手間もそこまで掛からない。……けれども、このままだと野菜が高く、当初の想定よりトッピングがしょぼくなりそうで俺と日高さんは頭を抱えていた。

「日高さん、花村くん、ピザすごい美味しかったよ」

机に突っ伏して死んでいると、里中と天城のニ人が声をかけてきた。

「あっ、天城さん。ありがとう……」
「雪子がさぁ、野菜アテあるの?って」
「うん、旅館と提携してる農家さんがあるんだけど……。どうかな、普通に買うよりは安いと思う」
「……前から気になってたんだけど、天城んちって旅館なの?」

話の腰を折る様で悪いが、天城のポジションが分からないと俺だけ話に置いていかれてしまう。それに気付いたらしい日高さんが軽く解説をする。

「天城屋旅館って言って、ここらへんじゃ一番の老舗なんだよ」
「へぇ。確かに天城って和服美人って感じだよな……うん、イイ」

脳内で着物姿の天城を想像して思わずうんうんと頷くと、里中がすかさず「オッサンかよ」とツッコミをいれて来た。
俺と里中のしょうもないやり取りを無視して日高さんと天城は話を続ける。

「日高さんも知っててくれたんだ」
「ずっとこの町に住んでるし、流石に知らない方がどうかと思う……」

日高さんの口振りから、この三人はずっと稲羽住みなのかとしみじみ実感させられる。直接的な絡みは無くても、みーんな知り合いって訳だ。

「あの、話戻るんだけど、予算的に厳しくてトッピングが少なくなりそうだと思っていたから凄く助かるよ」
「うん、良かったら今日にでもお野菜見にいかない?」
「ウンウン、みんなでさ、どんなのあるかとかさ!」
「えっ、私もいいの……?」
「当たり前じゃんよー」

逆に日高さん以外に誰がいんの、と里中が笑った。
チラリと隣の日高さんを盗み見ると、頬が高揚して赤く染まっている。内心、滅茶苦茶嬉しいんだろうなあー……、と筒抜けだ。素直でよろしい。

「あの、本当に嬉しい。お野菜もなんだけど、ファンの子以外と話す事が殆どなくて……」
「確かにいつも囲みヤバイよね……でも今日さ、素の日高さんみたら、当たり前なんだけど、私達と同い年の普通の女の子なんだなって」
「これを機にもっと話せたら、なんて思ってるんだけど……駄目かな?」
「是非!よろしくお願い致します!」
「うお、アブネーって!」

勢いよく立ち上がったので日高さんのイスがギギィと悲鳴を上げた。 もう少しで彼女自身の足に思いっ切り当たる勢いに、ひやっとした。

「ご、ごめん……つい興奮して」

信号みたいに顔色がコロコロ変わる日高さんに俺達三人は思わず声を出して笑ってしまった。


* * *


「野菜いい感じだったね」
「どれも新鮮だし……地産地消ってやつだな」
「それに……ち、千枝ちゃんとゆ、雪子ちゃんとすこしお近付きになれましたし」
「まだ緊張してるわけ?」

本人たちはもう居ないというのに。
里中と天城と別れた帰路、日高さんと俺は同じ道を歩いていた。

まずは日高さん家を目指し、国道沿いの道を行く。
わりとジュネスから近い位置にあって、御実家は絵画教室を営んでいるらしい。 画材はいつも冲奈まで足を伸ばして買いに行くらしく、「品揃えの程よろしく」と頼まれてしまった。

「絵画教室に通ってくれてる人とか……小さい頃からの私を知ってる人だと気が楽というか……その、自分から友達作るとか、慣れてなくて」

……コミュ障ってやつです、と諦めたように彼女は呟く様に言った。

「俺も花村でも陽介くんでも好きなように呼んでくれていいぜ、……友達だろ?あ、それともこのまま俺達、付き合ってカレシカノジョにステップアップとかしちゃう!?」

と調子付いて言うと彼女は所在なさげに謎の動きをしている。 ……拒否反応だろうか。調子に乗りすぎてしまったかもしれない。

「あ、ごめん。嫌だった?」
「いや、花村くんの優しい冗談にはいつも救われてる……あのね……花村くん」

……ちょっとだけ期待してたけど、結局“花村くん”でカノジョはスルーですか、ハイ。
いやさ、俺には小西先輩という大本命がいますけども……!

可愛い女子とちょっと位いい思いしたいなんて、思ったりはダメなんですかね。少しだけテンションが、下がる。

「……なんざんしょ」
「最近学校が楽しいんだよね……花村くんのおかげだと思う。ありがとう」
「お、おう。ストレートに言われると恥ずかしいな!?」

長い髪が彼女の色付いた頬を隠すが、耳まで赤く染まっていて、チークの赤だけじゃないと俺に教える。

「あの、恥ずかしくて、今は無理だけど、いつか陽介くんって呼びたい」

そっちのが青春って感じ、と悪戯っぽい笑顔に自分の頬も尋常じゃなく熱くなってる事に気付く。

「……その時になったら俺もみやびって呼ぶから」

……俺も男なので、仄かに感じる好意に悪い気は正直しないどころか舞い上がっていて。
もうちょっと、この時間が続けば良いのに。 なんて、思ったり。





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