十月二十八日

壁には前々から準備していたとメニューにペーパーフラワー。机には白いテーブルクロスが引かれ規則正しく綺麗に並ぶ。
パーテーションの中に仕込まれた簡易キッチンの衛生面もバッチリ。
仕上げに、殺風景な黒板にチョークアートを施していく。

いかにも文化祭然とはしているが、拘っているのが伝わるだろうと私は満足していた。……自画自賛だけれど、これは中々にいいんじゃないかな?

「日高さん、看板取り付けたぜ」

脚立を抱えた花村くんにドア越しに声を掛けられ、私は一旦教室から出て彼がいる位置に同じ様に立った。

見渡すと感動も一入で無事に準備が終わった事に頰も涙腺も緩む。

「花村くん、本当にありがとう……!」
「いや、殆ど日高さんがやってくれたじゃん、お礼言いたいのはこっちの方」

ニッと笑う花村くんの笑顔は本当にキラキラして見えて、胸の鼓動がいつもより早く脈打つのを自覚する。

……あれから花村くんとは文化祭の話しかしていない。けれど、幸せだからいいのだ。
とりあえず今は、だけれど。

「お二人さんおっつかれー!」
「わあ、すごい。……みやびちゃん、花村くん、ありがとう」

ポスターを貼りに行っていた千枝ちゃんと雪子ちゃんがぐるりと教室を見回す。
特に千枝ちゃんはおおっ、とオーバーアクションまでしてくれ、私は自然とにやけてしまう。

「千枝ちゃんも雪子ちゃんも本当にありがとうね!」

二人をぎゅっと抱きしめると「こちらこそー!」と抱きしめ返された。
暖かくて、本当に幸せな気持ちである。 こんな風に友達と触れ合うなんて小学校低学年振りとかじゃないだろうか。

「俺も混ぜろって!」と花村くんが言うのを私達三人は無視を決め込む。……多分、どこか不純なものを千枝ちゃんも雪子ちゃんも感じているのだろう。


* * *


折角なので打ち上げをしよう。
そう決まると、購買でジュースを買った後、全員で屋上に向かった。

この学校に入学してから初めての屋上に、私は少しだけ緊張する。
屋上のドアはすこしだけ錆び付いていて、それがまた風情を感じさせた。

「すっごい……空が広い」
「ね、景色いいよね!ここでゆっくりしてから特訓するのが日課なんだ」
「……特訓?」

相当怪訝そうな表情を私は浮かべていたらしい。千枝ちゃんは恥ずかしそうにカンフーの、と答えてくれた。

「千枝ちゃんカンフー好きなんだ」
「う、うん……まあね。キレキレの本場の技とか本当にカッコいいし……!」
「千枝のも負けちゃいないよ」
「じっ自己流なんだけどね!」

てへへと笑う千枝ちゃんの頬は林檎のように赤くなっている。

「そっかー……雪子ちゃんと花村くんの好きなものとかも折角だし、聞きたいかも」

文化祭を通して仲良くなれたとは思うけど、まだまだ私は皆の事をよく知らない。 図々しいかもしれないけど、もっとみんなと私は仲良くなりたいのだ。

チラッと花村くんの方を見ると「俺から!?」と目に見えて焦り出すのがおもしろい。

「改めて聞かれるとそういうのってわっかんねーな……」
「じゃあ、花村くん都会にいた頃はよく何してたとかある?」

私が質問をし直すと花村くんは腕を組みながら唸りだした。

「んー?よく買い物行ったりとかはしてた……その為にこっちに来る前からバイトしてたし」
「だから花村くんは既に八十稲羽店でもかなりの戦力扱いなんだね」
「いやそういうんじゃないけど、でもまあ頼られるのは……割と嫌いじゃない、かも」

気恥ずかしいのか私達とは目を逸らしつつも花村くんは呟いた。

「割と俺バイト好きなんだよな、うん」
「ほぉ〜?案外真面目ですこと」
「だから言いたくなかったんだよ!」

千枝ちゃんに揶揄われている花村くんは頬をすこし赤らめつつも、優しい顔をしていた。
花村くんが文化祭を通してかなり責任感がある人だと知ったので、分かってはいたがなんだか和んで笑ってしまった。

「日高さんまでなんだよ!」と口を尖らせた花村くんに肘で優しく攻撃される。 お返しに冷えたミルクティーを花村くんの首に押し付けるとビャッ、と面白い声を漏らした。

「は、花村くんビャッてな、なにふ、ふ」
「割とセクシーな声が出そうになったんですけども!?変な空気になりそうなので変えようとした精一杯の努力の結果ですけども!?」

ひっ、ひっと肩を震わせる雪子ちゃんは大丈夫かなと心配になる程呼吸が上手に出来ていない。……そ、そんなに面白い所あったかな?

「雪子ちゃん大丈夫?苦しくない?」
「だっ、大丈夫!」

まだ肩で息をしているが雪子ちゃんの謎の引き笑いは止まった。

「残念だけど私、雪子ちゃんの笑いのツボわからないかも……」
「あ、それあたしもだから安心していいよ」
「あはは……雪子ちゃんは休みの日は殆どご実家のお手伝いしてるの?」

緑茶を飲んで息が大分落ち着いた雪子ちゃんに話しかけるとうん、と返された。

「大変なことも多いけど……学ぶ事も多くて楽しいよ」
「そっかあ、このまま将来はご実家継ぐの?」
「う、うん」

……しまった。
まだこの質問をするには仲良し度が足りなかった模様である。明らかに雪子ちゃんの声のトーンが暗くなり少し焦る。

「あ、あの私も将来の事悩んでるっていうか、本当にこのままでいいのかって悩んでるから……よかったら今度真面目なやつ、しよう」

私の言葉に雪子ちゃんの目が大きく見開かれる。

「みやびちゃんも悩んでるんだ……」
「そりゃ悩むよ」
「そっか……」

小さく笑った雪子ちゃんがありがとう、と照れ臭そうに下を向いた。

「いやぁ本当に2人とも偉いね……しっかりしてるというか」

あたしって何がやりたいんだろうと千枝ちゃんが口をんーと曲げた。

「それなー……俺もまだなんも考えてねぇわ……そういや日高さんは人形作りの他になんか趣味とか好きなもんあんの?」

「俺らだけ散々聞かれて何もなしはないっしょ」、と花村くんがにやっと笑う。

「えっと……物作りはなんでも好きだから幼馴染とたまにあみぐるみ作ったりとか……」

文化祭準備をする前の私生活を振り返る。 が、ジャンルこそ多彩に物作りをしているけれど、一人の時間ばかりだ。
頑張って思い返しても、完二くんとたまにやるあみぐるみを愛でる会くらいしか特筆する事が無い。

「うん、やっぱり最近はこの四人で話すのが一番楽しいよ」
「みやびちゃん!やだ、照れる」
「そっか、私も楽しいよ」

きゃーっと女子で盛り上がるも、花村くんはその勢いに気圧されたのか少しだけ引いている。
……なんだかんだ付き合ってくれるから、花村くんもこの時間が好きなんだろうと思うけれど。


雑談をしていると、フェンス越しに見る空はオレンジに染まりつつあった。

「あ、もうこんな時間か……そろそろだね」
「そういやみやびちゃん、明日誰と回る予定なの?」
「明日はキッチン側のシフトだと14時からフリーになる予定なんだけど……」
「おお、あたしら逆に午後からホールなんだよね……残念」
「……俺はその時間空いてるけど」
「そ、そうなんだ」

4人の間に微妙な空気が流れる。
……これは誘っていいやつなのかな……?
分からなくて微妙な返事をすると花村くんが一瞬躊躇う様な表情を浮かべた後、私の方を見て言った。

「日高さん、折角だから回りませんか……」
「ぜ、是非。喜んで」

たぶん、私だからとかでは無くて女子と一緒に回るという事自体に花村くんは照れてるんだとは思うけれど。
頬を少しだけ赤くしている花村くんに正直、喜びを隠せない。


「花村くんとみやびちゃん、お似合いだから、勘違いされちゃうかもね」

内心テレテレとしていた私は雪子ちゃんの爆弾発言に目を剥いた。
雪子ちゃんは言ってやったぞ!みたいな満足気な表情を浮かべている。
……おそらく千枝ちゃんは私を気遣って、雪子ちゃんには残酷な事実を言っていなかったのだろう。

「は、花村くん素敵な人だから、私の方が全然釣り合ってないし……それはないよー」

ははは、と乾いた笑いしかでない。 うまいフォローが出てこないのか千枝ちゃんは不自然にだんまりである。

「いや、日高さんみたいな美人とさ、こんなに仲良くなれたの嬉しいーっていうか、ワンチャン付き合えたらやばくね!?とか正直思うんだけど、」


尊敬してるっていうか、き、気になってる先輩がいる。


という花村くんの言葉が深く胸に突き刺さる。
あ、やっぱ、そうだったんだ。って。 この数日そんな人はいない、だなんて思い込もうとしていたフワフワな私の頭に鈍器で思いっきり殴られたような衝撃が走る。

「……私じゃなくてその先輩と回らなくていいの?」
「あ、いや折角だから文化祭ここまで一緒に頑張ってきたから日高さんと回りたいんだけど……」
「そっか」

声は震えていないだろうか。
ショックな気持ちと、それでも私を選んでくれた気持ちとで胸がジリジリと焦げ付いている。

「文化祭、思いっきり楽しもうね!」

精一杯の好意をこめて私は無理やり笑った。





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