文化祭委員をかなり真面目にやっていたので、この数週間は全く制作活動を行なっていなかった。
だからといって時と言うものは待ってはくれない。GWの個展まで半年を切っている。
目玉となる大型ドールハウスの作成、新たな人形、さらには快く貸してくれた会館の方に挨拶回りや、DMにHPの更新などやる事は山積みである。
……これは完二くんフル稼働コース確定だ。
中学生になるまで絵画教室に通ってくれていた完二くんとは所謂幼馴染という関係で、一緒にいてとても落ち着く。
さらに言えばとても器用なのでこれまでも色々とお手伝いをしてもらったり、ドレスのアイディア出しに付き合ってもらったりした。
嗚呼、でも完二くんは今年受験ではないか!
三月からお手伝いして貰うにしてもドールハウスは木材を大量に切ったりするので正直男手が欲しい。……困った。どうしよう。
ジュネスのDIYコーナーで一人「あああ〜……」と静かに頭を抱えていると、千枝ちゃん経由で知り合った二人組が視界に入った。
「一条くんと長瀬くん」
「日高さんじゃーん!私服だと更に可愛いね」
「あ、ありがとう」
「なんで日高がこんなコーナーにいんだ?」
大分涼しくなってきたので、今日の私は菫色のカーディガンに長袖のボウタイブラウスに黒のワンピースを着ていた。足元はお決まりのタイツと木馬。
日曜大工をやるような格好では無いし、稲羽市では比較的かっちりとした服装は目立つ。
「個展でドールハウスを作りたいと考えてて、下見です。二人こそ何故?」
「チャリの修理待ちでフラフラしてたー」
「男はな、こういうの例外無くワクワクするんだよ」
長瀬くんの気持ちは分かる。木材の香りを嗅ぐと、結果的にはよく分からないものになってもいいから何か作りたくなるよね。
「あ、二人って手先が器用だったりする……?木材を組み立てるために人手が欲しくて」
「長瀬はてんでダメだけど、俺は中々いけると思うよ!手伝おうか?」
「本当に!?ありがとう!一条くん、素敵っ!」
「……日高、お前花村が好きなんじゃないのか?なんつーか、いいのか?」
少ない交流の中で長瀬くんは天然なのかな、と思う事が少なからずあったけれど、やっぱりだった。
「今のは社交辞令!お世辞だっつーの!分かれよ!」と一条くんは声を荒げつつも何時もの事なのか呆れ顔である。
……私は突然の地雷に笑えているだろうか。
「なんで花村くんのこと、その、知ってるの?」
「……見れば分かるよ」
「まあ、流石の俺でもわかる」
たこ焼き美味そうに二人で食ってたろ、と長瀬くんにつっこまれる。 文化祭の時、サッカー部は校庭のそう遠くない所で出し物をしていたらしい。
「それでいて、フラれたんだなぁ、ってのもわかる」
「長瀬!もーホントコイツ馬鹿でごめん」
「私、顔に出ちゃってるんだね、こっちこそ気を遣わせてごめんね」
もう恥ずかしいやら悲しいやら訳が分からなくなってきて顔が熱い。
元々人の目を見て話すのは苦手だが本格的に見れなくなる。 沸騰しそう、とはこの事を言うんであろう。生理的に涙が出そうだがグッと我慢する。
「いやもう本当にこっちこそ申し訳ない……お詫びにマジで手伝わせて下さい」
ほら、と一条くんが身長差のある長瀬くんの頭を腕を伸ばして無理矢理下げさせる。
「……スマン、その力仕事なら手伝えるから」
私から返事が無いのに焦ったのか、日高、と長瀬くんにいきなり顔を覗き込まれ思わず仰け反った。
驚きのあまり涙は引っ込んだがこの距離で男の子の顔を見たのは初めてだったので本格的に恥ずかしさのあまりに倒れそうだ。
「あ、ああの、そ、その近い」
「許してくれ」
「ゆ、ゆるすので本当に離れてくださ」
「長瀬!」
一条くんが長瀬くんのジャージをかなり強く引っ張る。やっと出来た物理的な距離に心底ホッとする。
「日高は、本当に吃驚するくらい顔整ってんだし、その、花村には勿体無いと思う。もっといい奴がいるぞ」
長瀬くんに悪意は無いんだろうけど……というか多分、長瀬くんなりに振られた私を気を遣ってるのは分かるんだけれども。
私は顔だけなのかとか、更には花村くんを馬鹿にされた様に感じて、腹の中で熱い憤りが生まれ渦巻いている。
「花村くんのおかげで、私、学校を楽しめてるし、新しい自分になりつつあると思うから、その、……そんな言い方しないで欲しい」
* * *
人形を作り始めたきっかけになった先生に言われたのだ。
君の作品は綺麗なだけ。……テクニックがあるから魅力があるように見えるだけ。
僕への甘い憧れだけで人形を作っているのならば直ぐにでも辞めなさい。
宮田先生は若くして人気のある本物の芸術家だ。
私は若い子の間でブームが起きて入るとはいえ、……まだプロと名乗るのも御御がましい存在だ。
先生の作品は扇情的だ。
男を知っているであろう女の表情と大胆なボディ、奇抜なデザインだが人形にこれ以上は無いほどマッチしたドレスのデザイン。 しかしながら飛び切り繊細な作品から漂う色香は男も女もモノにしたいと思わせる。
今にして思えば先生自身になのか、それとも先生の作る人形になのかはわからないが恋に近い感情を抱いていた。
手探りで作った作品を先生に初めて見せた中学一年生の頃、筋が良いと言われ本格的にこの道に進もうと思った。
その頃まだ絵画教室に通っていた完二くんには「お前の絵、結構好きだから惜しい」と言われたけど、新しい世界に夢中になっていた私には届かなかった。
高校にはいかず、先生の弟子になりたいと中学三年生の頃申し出たが、君の作品はつまらない。と振られてしまった。
その後は両親の薦めもあり、渋々八十神高校に通う事になった。
あれから宮田先生には会っていない。
けれど、ろくに中学時代は通学もしなかった故に友人もいなく、作品だけでなく人としてつまらなかったのだと文化祭を経て気付けた。……感謝しか無い。
ベタすぎるけど、花村くんが私の色褪せた世界に光を差し込んでくれたんだと、思う。
振られた直後はまた塞ぎこみそうにもなったけれど、今の私なら失恋をもバネに作品を作れそうだ。
変わった自分を見て欲しい。
恩人でもあり、大好きな人である花村くんがいるだけでこんなにも私は頑張れる。
* * *
「日高、お前そんな顔も出来んだな……」
驚愕に満ちた表情の長瀬くんと一条くんに私もハッとした。 体全体に相当力が入っていたのか、力を抜いた瞬間、血流が隅々まで巡る様な開放感を感じた。
「その、本当にごめん。どうも俺は恋愛ってやつが苦手でどこか、軽く考えてた」
「あ、いやなんか私こそ……ごめんね」
「日高さん、本当に俺からもごめんな」
DIYコーナーでぺこぺこ謝る高校生3人組は異質だろう。 怪訝そうな表情を浮かべるジュネスの店員さんに見られて、私達は反射的に姿勢をシャキリと戻した。
「長瀬くん、一条くん」
「おう」
「はいッ」
「この板を十枚程買うので我が家まで運んでくれると嬉しいなぁー、なんて」
まだ、ぎこちないかもしれないけれど笑顔でお願いすれば「お安い御用です!」と返してくれて色んな意味で私は救われた。
「バスケ部とサッカー部って水曜日がお休みだったよね」
「……そうですね」
「水曜日までに切って欲しいラインを木材に引いておこうとおもうんだけど」
「そこまではやる義理ねぇ」
「やるから!てかお前が諸悪の根源だっつの」
「……お前らなにやってんの」
あまりにもタイミングが良すぎた。
エプロンを着けた花村くんの登場に、私と一条くんと長瀬くんは顔を一瞬見合わせると耐え切れず笑ってしまった。
「えーもう何、ええぇ……日高さんまで……お前らそんな仲良かったっけ……」
花村くんは困惑の表情を浮かべた。眉尻が面白いほど下がっていて尚一層面白く感じてしまい笑いが収まらない。
「じゃあ、水曜日日高さんち集合で」
「よろしくお願いします」
「任せろ」
俺を!無視するな!と不貞腐れる花村くんが、面白くて、そして可愛くてしょうがなくて。
なんとなく長瀬くんのほうをチラリと見ると悪戯っぽい笑顔で小さく笑われた。
だからといって時と言うものは待ってはくれない。GWの個展まで半年を切っている。
目玉となる大型ドールハウスの作成、新たな人形、さらには快く貸してくれた会館の方に挨拶回りや、DMにHPの更新などやる事は山積みである。
……これは完二くんフル稼働コース確定だ。
中学生になるまで絵画教室に通ってくれていた完二くんとは所謂幼馴染という関係で、一緒にいてとても落ち着く。
さらに言えばとても器用なのでこれまでも色々とお手伝いをしてもらったり、ドレスのアイディア出しに付き合ってもらったりした。
嗚呼、でも完二くんは今年受験ではないか!
三月からお手伝いして貰うにしてもドールハウスは木材を大量に切ったりするので正直男手が欲しい。……困った。どうしよう。
ジュネスのDIYコーナーで一人「あああ〜……」と静かに頭を抱えていると、千枝ちゃん経由で知り合った二人組が視界に入った。
「一条くんと長瀬くん」
「日高さんじゃーん!私服だと更に可愛いね」
「あ、ありがとう」
「なんで日高がこんなコーナーにいんだ?」
大分涼しくなってきたので、今日の私は菫色のカーディガンに長袖のボウタイブラウスに黒のワンピースを着ていた。足元はお決まりのタイツと木馬。
日曜大工をやるような格好では無いし、稲羽市では比較的かっちりとした服装は目立つ。
「個展でドールハウスを作りたいと考えてて、下見です。二人こそ何故?」
「チャリの修理待ちでフラフラしてたー」
「男はな、こういうの例外無くワクワクするんだよ」
長瀬くんの気持ちは分かる。木材の香りを嗅ぐと、結果的にはよく分からないものになってもいいから何か作りたくなるよね。
「あ、二人って手先が器用だったりする……?木材を組み立てるために人手が欲しくて」
「長瀬はてんでダメだけど、俺は中々いけると思うよ!手伝おうか?」
「本当に!?ありがとう!一条くん、素敵っ!」
「……日高、お前花村が好きなんじゃないのか?なんつーか、いいのか?」
少ない交流の中で長瀬くんは天然なのかな、と思う事が少なからずあったけれど、やっぱりだった。
「今のは社交辞令!お世辞だっつーの!分かれよ!」と一条くんは声を荒げつつも何時もの事なのか呆れ顔である。
……私は突然の地雷に笑えているだろうか。
「なんで花村くんのこと、その、知ってるの?」
「……見れば分かるよ」
「まあ、流石の俺でもわかる」
たこ焼き美味そうに二人で食ってたろ、と長瀬くんにつっこまれる。 文化祭の時、サッカー部は校庭のそう遠くない所で出し物をしていたらしい。
「それでいて、フラれたんだなぁ、ってのもわかる」
「長瀬!もーホントコイツ馬鹿でごめん」
「私、顔に出ちゃってるんだね、こっちこそ気を遣わせてごめんね」
もう恥ずかしいやら悲しいやら訳が分からなくなってきて顔が熱い。
元々人の目を見て話すのは苦手だが本格的に見れなくなる。 沸騰しそう、とはこの事を言うんであろう。生理的に涙が出そうだがグッと我慢する。
「いやもう本当にこっちこそ申し訳ない……お詫びにマジで手伝わせて下さい」
ほら、と一条くんが身長差のある長瀬くんの頭を腕を伸ばして無理矢理下げさせる。
「……スマン、その力仕事なら手伝えるから」
私から返事が無いのに焦ったのか、日高、と長瀬くんにいきなり顔を覗き込まれ思わず仰け反った。
驚きのあまり涙は引っ込んだがこの距離で男の子の顔を見たのは初めてだったので本格的に恥ずかしさのあまりに倒れそうだ。
「あ、ああの、そ、その近い」
「許してくれ」
「ゆ、ゆるすので本当に離れてくださ」
「長瀬!」
一条くんが長瀬くんのジャージをかなり強く引っ張る。やっと出来た物理的な距離に心底ホッとする。
「日高は、本当に吃驚するくらい顔整ってんだし、その、花村には勿体無いと思う。もっといい奴がいるぞ」
長瀬くんに悪意は無いんだろうけど……というか多分、長瀬くんなりに振られた私を気を遣ってるのは分かるんだけれども。
私は顔だけなのかとか、更には花村くんを馬鹿にされた様に感じて、腹の中で熱い憤りが生まれ渦巻いている。
「花村くんのおかげで、私、学校を楽しめてるし、新しい自分になりつつあると思うから、その、……そんな言い方しないで欲しい」
* * *
人形を作り始めたきっかけになった先生に言われたのだ。
君の作品は綺麗なだけ。……テクニックがあるから魅力があるように見えるだけ。
僕への甘い憧れだけで人形を作っているのならば直ぐにでも辞めなさい。
宮田先生は若くして人気のある本物の芸術家だ。
私は若い子の間でブームが起きて入るとはいえ、……まだプロと名乗るのも御御がましい存在だ。
先生の作品は扇情的だ。
男を知っているであろう女の表情と大胆なボディ、奇抜なデザインだが人形にこれ以上は無いほどマッチしたドレスのデザイン。 しかしながら飛び切り繊細な作品から漂う色香は男も女もモノにしたいと思わせる。
今にして思えば先生自身になのか、それとも先生の作る人形になのかはわからないが恋に近い感情を抱いていた。
手探りで作った作品を先生に初めて見せた中学一年生の頃、筋が良いと言われ本格的にこの道に進もうと思った。
その頃まだ絵画教室に通っていた完二くんには「お前の絵、結構好きだから惜しい」と言われたけど、新しい世界に夢中になっていた私には届かなかった。
高校にはいかず、先生の弟子になりたいと中学三年生の頃申し出たが、君の作品はつまらない。と振られてしまった。
その後は両親の薦めもあり、渋々八十神高校に通う事になった。
あれから宮田先生には会っていない。
けれど、ろくに中学時代は通学もしなかった故に友人もいなく、作品だけでなく人としてつまらなかったのだと文化祭を経て気付けた。……感謝しか無い。
ベタすぎるけど、花村くんが私の色褪せた世界に光を差し込んでくれたんだと、思う。
振られた直後はまた塞ぎこみそうにもなったけれど、今の私なら失恋をもバネに作品を作れそうだ。
変わった自分を見て欲しい。
恩人でもあり、大好きな人である花村くんがいるだけでこんなにも私は頑張れる。
* * *
「日高、お前そんな顔も出来んだな……」
驚愕に満ちた表情の長瀬くんと一条くんに私もハッとした。 体全体に相当力が入っていたのか、力を抜いた瞬間、血流が隅々まで巡る様な開放感を感じた。
「その、本当にごめん。どうも俺は恋愛ってやつが苦手でどこか、軽く考えてた」
「あ、いやなんか私こそ……ごめんね」
「日高さん、本当に俺からもごめんな」
DIYコーナーでぺこぺこ謝る高校生3人組は異質だろう。 怪訝そうな表情を浮かべるジュネスの店員さんに見られて、私達は反射的に姿勢をシャキリと戻した。
「長瀬くん、一条くん」
「おう」
「はいッ」
「この板を十枚程買うので我が家まで運んでくれると嬉しいなぁー、なんて」
まだ、ぎこちないかもしれないけれど笑顔でお願いすれば「お安い御用です!」と返してくれて色んな意味で私は救われた。
「バスケ部とサッカー部って水曜日がお休みだったよね」
「……そうですね」
「水曜日までに切って欲しいラインを木材に引いておこうとおもうんだけど」
「そこまではやる義理ねぇ」
「やるから!てかお前が諸悪の根源だっつの」
「……お前らなにやってんの」
あまりにもタイミングが良すぎた。
エプロンを着けた花村くんの登場に、私と一条くんと長瀬くんは顔を一瞬見合わせると耐え切れず笑ってしまった。
「えーもう何、ええぇ……日高さんまで……お前らそんな仲良かったっけ……」
花村くんは困惑の表情を浮かべた。眉尻が面白いほど下がっていて尚一層面白く感じてしまい笑いが収まらない。
「じゃあ、水曜日日高さんち集合で」
「よろしくお願いします」
「任せろ」
俺を!無視するな!と不貞腐れる花村くんが、面白くて、そして可愛くてしょうがなくて。
なんとなく長瀬くんのほうをチラリと見ると悪戯っぽい笑顔で小さく笑われた。