いつもギリギリに登校してくるはずの花村くんが今日は余裕を持って自身の席に着いていた。
それだけでも珍しいのに、何処かソワソワとした様子である。
「おはよう、花村くん。珍しいね?」
「はよ、日高さん……」
私から見て花村くんの席は左斜め後ろだが、私が席に着くと彼も一席詰めて座るので隣同士になる。
花村くん達と話すようになってからはファンの子達の来訪も少なくなってきたが、キョロキョロと花村くんは周囲を伺っている。
「何かあったの?……すっごい不自然だけど」
「あ、いやその」
花村くんの顔色は青くなったり赤くなったりと大忙しである。 顔色を赤にしたまま、意を決したのか花村くんはちょいちょい、と手で招く動作をするのでイスごと彼に近寄る。
「今日、なんで日高さんちに一条と長瀬が行くわけ……」
気不味いのか目線を外しながら花村くんは小声で囁く様に聞いて来た。 ……これを聞く為だけにソワソワしていたのかと思うと、花村くんが可愛すぎて、思わず口元が綻ぶ。
「先日ジュネスで遭遇したじゃないですか」
「……その時日高さんちに行こうと約束してましたね、ええ」
「買った木材を切るのに男手を募集してまして、OKを貰えたのです」
花村くんは拍子抜けといった様子で「あー」となんとも言えない顔表情を浮かべる。
……三人でバスケなりサッカーなりはあり得ない組み合わせかも知れないけど、花村くんは何を想像していたんだろう……。
「俺も手伝いたいんだけど……」
「えっ」
「バイトも休みだし……文化祭の時、殆ど日高さんに任せちゃったしさ」
日高さんを手伝うなんて多分力仕事以外だとそうそう無理だと思うから、と花村くんは苦笑いをする。
「ていうかさ、そういう事ならまず俺に声を掛けてくれればよかったのに」
「……バイト代出ないけどいいの?」
「友達から金とるわけねぇじゃん」
心外といったように花村くんはつんと口を尖らせて抗議する。……本当に彼は感情表現豊かである。コミカルという言葉を体現しているかの様だ。
「花村くん、ありがとう」
「はいよー」
言いたい事を言い終えたのか満足気に花村くんは自分の席に戻っていく。なんだか子供みたいで可愛い。
……そして、花村くんは本当にずるい。
友達だから、だけど。
少しでも気に掛けて貰えてたのが嬉しすぎて、多分私は恋する乙女がしてはいけない締まりのない表情を浮かべているだろう。
花村くん……というかクラスメイトから分からない様に手で顔を覆い隠す。 頬に当たる掌がじんわりと熱をもって、顔は今真っ赤になっている筈だ。口元も緩みきって、ニヤニヤ顔全開である。
早く放課後にならないかなぁなんて、今日は一日中授業に集中出来なさそうだ。
* * *
「完成図としてはこんな感じです」
日高さんがぺろん、と大きな模造紙を野郎三人に広げて見せる。 装飾がふんだんに施された三面鏡付きドレッサーの様なドールハウス。 本来鏡があるべき場所に人形を収納するらしい。
「この細かい装飾は私がスノコで仕上げるので大きな形作りをお願いします」
この細かい所を任されたらマジヤバイ……と内心焦っていたので俺はホッとする。
日高さんのご実家は絵画教室だとは知っていたが、作業スペースがかなり広い。 教室は一段高くなったところがフローリングになっていて、イーゼルや彫刻などが多数置いてある。
……隅の方にある細かい粘土カスでいっぱいの学習机みたいなスペースで多分、日高さんは人形を作っているのだろう。
フローリングに俺達は荷物を置かせてもらい、コンクリートで出来た土間の部分で木材作業に取り掛かろうとしていた。 換気のためにシャッターも全開で冬の放課後らしく柔らかな日差しが入ってくる。
まず俺と長瀬が大まかにノコギリを使ってどんどん木材を加工しやすいサイズにしていく。
そして比較的手先が器用だと自己申請していた一条が日高さんが仕上げだけで済むように糸鋸で大まかな形に整えていく段取りだ。
「はい、差し入れ」
一条が仕事を回すまで空いてるのかリビングのほうに消えて戻ってきた日高さんの手にはペットボトルが詰まったビニール袋とクリームと苺でデコレーションされているカップケーキがのったお盆。
「宣材にお菓子の画像使いたくて、昨日作ったものだから。遠慮せず」
「マジ!?日高さんの手作りか!」
「本当に手先器用だな、お前」
いただきまーす!とお礼もそこそこに一人一つずつカップケーキを手に取り、揃って縁側に腰をかける。
料理の腕前は文化祭で知っていたが、今回のスイーツも例に漏れず、美味しい。控えめな甘さと苺の甘酸っぱさが程良い。
「ん、今回のもマジでウマい」
「口にあったみたいでよかった」
にっこりと猫を思わせる瞳を細め微笑む日高さんは色っぽいのに可愛い。
……こんなにも魅力的で出来た子に告白されたのも幻のようだし、それを断った俺も幻レベルの馬鹿だなとは思うのだけど。
……考えれば考えるほど分からなくなる。
すべて時の流れに身を委ねようとあれ以来日高さんとは当たり障りなく、友人として付き合ってきた。
日高さんのことを考えれば誰か俺以外と幸せになって欲しいのだが、それでも俺の事をずっと好きでいて欲しいだなんて最低で、馬鹿なことも考えていて。
……今日も彼女の交友関係が気になって唐突にお手伝いに参加したりして。 ケーキが美味しければ美味しいほど罪悪感が募り俺は自己嫌悪に陥る。
作業着を着てくる、とお盆を回収して日高さんはリビングの方へ消えていく。 消えてゆく彼女の背中を見届けると一条が揶揄う様に俺に話しかけてくる。
「花村クンはどうして此処にいるんですかねぇ」
「日高さんにジュネスん時の事聞いたらお前らに手伝ってもらうていうから」
「日高さんが俺か長瀬と間違いあったらマズイもんな」
「監視役、お勤めご苦労」
「そういうんじゃ……ないつっの」
長瀬にバシバシと背中を叩かれる。フツーに痛いんですけど。
「そういうんじゃないなら遠慮無く俺は日高を狙っていくぞ」
「えっ、おお?」
「確か前、いい人とくっついて幸せになって欲しいって言ってたよな」
不敵に微笑む長瀬はマジなのか冗談なのか分からない。 一条も呆気にとられた顔をしていて、そこから判断は付かない。
答えあぐねて黙っていると額に思いっきり衝撃が走る。どうやらデコピンをされたらしい。
「無理に迫って日高を困らせる気は無い。だけどまあ、本気だ」
マジか、マジなのか。
頭を思いっきり鈍器でゴツンとやられたほうがマシなんじゃ無いかと思う位の衝撃が走る。同時に走馬灯かのように日高さんとの思い出が脳裏にブァーと広がってゆく。
……見事に俺にとっては≠「い思い出しかない。
「まあ、花村も考えろよ。美味しい思いだけすんのはさ、ずるいわ」
「……みんな喧嘩してるの?」
スッと現れた日高さんが沈黙を破る。
日高さんは黒いツナギに普段は下ろしている長い髪をポニーテールにしている。 すごい新鮮で純粋にいいな、と思ったけれど先程の流れでこんな風に思っていいのか、とか分からなくなっていて。
「してないしてない!……まあ俺は二人とも応援してるから」
ガンバって、とちょっと面白そうに笑う一条に少々苛ついたが、不思議そうな表情の日高さんを見ると何も言えなくなる。
不思議そうな表情を浮かべつつも、大事ではないと判断したらしい日高さんが電動糸鋸をセッティングしはじめたので俺も慌てて縁側から立ち上がり木材目掛け歩き出す。
何事も無かったように作業は再び始まったが、俺は非常に息苦しく。 あまり本日の進捗に貢献は出来なかった。
「おはよう、花村くん。珍しいね?」
「はよ、日高さん……」
私から見て花村くんの席は左斜め後ろだが、私が席に着くと彼も一席詰めて座るので隣同士になる。
花村くん達と話すようになってからはファンの子達の来訪も少なくなってきたが、キョロキョロと花村くんは周囲を伺っている。
「何かあったの?……すっごい不自然だけど」
「あ、いやその」
花村くんの顔色は青くなったり赤くなったりと大忙しである。 顔色を赤にしたまま、意を決したのか花村くんはちょいちょい、と手で招く動作をするのでイスごと彼に近寄る。
「今日、なんで日高さんちに一条と長瀬が行くわけ……」
気不味いのか目線を外しながら花村くんは小声で囁く様に聞いて来た。 ……これを聞く為だけにソワソワしていたのかと思うと、花村くんが可愛すぎて、思わず口元が綻ぶ。
「先日ジュネスで遭遇したじゃないですか」
「……その時日高さんちに行こうと約束してましたね、ええ」
「買った木材を切るのに男手を募集してまして、OKを貰えたのです」
花村くんは拍子抜けといった様子で「あー」となんとも言えない顔表情を浮かべる。
……三人でバスケなりサッカーなりはあり得ない組み合わせかも知れないけど、花村くんは何を想像していたんだろう……。
「俺も手伝いたいんだけど……」
「えっ」
「バイトも休みだし……文化祭の時、殆ど日高さんに任せちゃったしさ」
日高さんを手伝うなんて多分力仕事以外だとそうそう無理だと思うから、と花村くんは苦笑いをする。
「ていうかさ、そういう事ならまず俺に声を掛けてくれればよかったのに」
「……バイト代出ないけどいいの?」
「友達から金とるわけねぇじゃん」
心外といったように花村くんはつんと口を尖らせて抗議する。……本当に彼は感情表現豊かである。コミカルという言葉を体現しているかの様だ。
「花村くん、ありがとう」
「はいよー」
言いたい事を言い終えたのか満足気に花村くんは自分の席に戻っていく。なんだか子供みたいで可愛い。
……そして、花村くんは本当にずるい。
友達だから、だけど。
少しでも気に掛けて貰えてたのが嬉しすぎて、多分私は恋する乙女がしてはいけない締まりのない表情を浮かべているだろう。
花村くん……というかクラスメイトから分からない様に手で顔を覆い隠す。 頬に当たる掌がじんわりと熱をもって、顔は今真っ赤になっている筈だ。口元も緩みきって、ニヤニヤ顔全開である。
早く放課後にならないかなぁなんて、今日は一日中授業に集中出来なさそうだ。
* * *
「完成図としてはこんな感じです」
日高さんがぺろん、と大きな模造紙を野郎三人に広げて見せる。 装飾がふんだんに施された三面鏡付きドレッサーの様なドールハウス。 本来鏡があるべき場所に人形を収納するらしい。
「この細かい装飾は私がスノコで仕上げるので大きな形作りをお願いします」
この細かい所を任されたらマジヤバイ……と内心焦っていたので俺はホッとする。
日高さんのご実家は絵画教室だとは知っていたが、作業スペースがかなり広い。 教室は一段高くなったところがフローリングになっていて、イーゼルや彫刻などが多数置いてある。
……隅の方にある細かい粘土カスでいっぱいの学習机みたいなスペースで多分、日高さんは人形を作っているのだろう。
フローリングに俺達は荷物を置かせてもらい、コンクリートで出来た土間の部分で木材作業に取り掛かろうとしていた。 換気のためにシャッターも全開で冬の放課後らしく柔らかな日差しが入ってくる。
まず俺と長瀬が大まかにノコギリを使ってどんどん木材を加工しやすいサイズにしていく。
そして比較的手先が器用だと自己申請していた一条が日高さんが仕上げだけで済むように糸鋸で大まかな形に整えていく段取りだ。
「はい、差し入れ」
一条が仕事を回すまで空いてるのかリビングのほうに消えて戻ってきた日高さんの手にはペットボトルが詰まったビニール袋とクリームと苺でデコレーションされているカップケーキがのったお盆。
「宣材にお菓子の画像使いたくて、昨日作ったものだから。遠慮せず」
「マジ!?日高さんの手作りか!」
「本当に手先器用だな、お前」
いただきまーす!とお礼もそこそこに一人一つずつカップケーキを手に取り、揃って縁側に腰をかける。
料理の腕前は文化祭で知っていたが、今回のスイーツも例に漏れず、美味しい。控えめな甘さと苺の甘酸っぱさが程良い。
「ん、今回のもマジでウマい」
「口にあったみたいでよかった」
にっこりと猫を思わせる瞳を細め微笑む日高さんは色っぽいのに可愛い。
……こんなにも魅力的で出来た子に告白されたのも幻のようだし、それを断った俺も幻レベルの馬鹿だなとは思うのだけど。
……考えれば考えるほど分からなくなる。
すべて時の流れに身を委ねようとあれ以来日高さんとは当たり障りなく、友人として付き合ってきた。
日高さんのことを考えれば誰か俺以外と幸せになって欲しいのだが、それでも俺の事をずっと好きでいて欲しいだなんて最低で、馬鹿なことも考えていて。
……今日も彼女の交友関係が気になって唐突にお手伝いに参加したりして。 ケーキが美味しければ美味しいほど罪悪感が募り俺は自己嫌悪に陥る。
作業着を着てくる、とお盆を回収して日高さんはリビングの方へ消えていく。 消えてゆく彼女の背中を見届けると一条が揶揄う様に俺に話しかけてくる。
「花村クンはどうして此処にいるんですかねぇ」
「日高さんにジュネスん時の事聞いたらお前らに手伝ってもらうていうから」
「日高さんが俺か長瀬と間違いあったらマズイもんな」
「監視役、お勤めご苦労」
「そういうんじゃ……ないつっの」
長瀬にバシバシと背中を叩かれる。フツーに痛いんですけど。
「そういうんじゃないなら遠慮無く俺は日高を狙っていくぞ」
「えっ、おお?」
「確か前、いい人とくっついて幸せになって欲しいって言ってたよな」
不敵に微笑む長瀬はマジなのか冗談なのか分からない。 一条も呆気にとられた顔をしていて、そこから判断は付かない。
答えあぐねて黙っていると額に思いっきり衝撃が走る。どうやらデコピンをされたらしい。
「無理に迫って日高を困らせる気は無い。だけどまあ、本気だ」
マジか、マジなのか。
頭を思いっきり鈍器でゴツンとやられたほうがマシなんじゃ無いかと思う位の衝撃が走る。同時に走馬灯かのように日高さんとの思い出が脳裏にブァーと広がってゆく。
……見事に俺にとっては≠「い思い出しかない。
「まあ、花村も考えろよ。美味しい思いだけすんのはさ、ずるいわ」
「……みんな喧嘩してるの?」
スッと現れた日高さんが沈黙を破る。
日高さんは黒いツナギに普段は下ろしている長い髪をポニーテールにしている。 すごい新鮮で純粋にいいな、と思ったけれど先程の流れでこんな風に思っていいのか、とか分からなくなっていて。
「してないしてない!……まあ俺は二人とも応援してるから」
ガンバって、とちょっと面白そうに笑う一条に少々苛ついたが、不思議そうな表情の日高さんを見ると何も言えなくなる。
不思議そうな表情を浮かべつつも、大事ではないと判断したらしい日高さんが電動糸鋸をセッティングしはじめたので俺も慌てて縁側から立ち上がり木材目掛け歩き出す。
何事も無かったように作業は再び始まったが、俺は非常に息苦しく。 あまり本日の進捗に貢献は出来なかった。