十一月二十八日

今回メインになる三体は少し大きく作ろうと考えていたので石粉粘土を一体当たり八袋。
さらに各種パーツやボディを薔薇色に染めるためにお気に入りの油絵の具など。
十キロは軽く超える荷物を完二くんは何でもないように運んでくれる。うーん頼もしい。

大体買うものは決まっているのだが新しい商品が出ていないかなど、リサーチの為にも沖奈の画材屋へは急ぎでなければ定期的に足を運ぶ様にしている。
完二くんもついでに手芸屋に行きたい様で大抵は快く一緒に出掛けてくれる。しかも荷物持ちを申し出てくれるので本当に有難い。

「私の買い物は終わりだから……布も見たいし、ちょっと休憩したら手芸屋行こうか」
「オレ、行きてぇ店があんだけど……」
「ここから近いならそこにしようか。すっごく食べなければ奢るよ」

私と一緒に出掛ける時、完二くんは事前にリサーチしているのか男の子一人じゃ入りづらいであろう可愛いお店を提案して来る。
折角の自然に訪れる機会を逃さない……という執念とリサーチしちゃうマメさが可愛いなぁと思う。けれど、本人に言うとブチ切れるから言わない。


沖奈駅から少し歩いた所にあるモール内に期間限定ショップとしてお目当てのお店は出店しているようだった。 白と淡いピンクを基調とした内装が可愛い。

「童話モチーフのパフェのお店なんだね」
「……オレはこの熊と蜂蜜のやつ」
「決めるの早!えっと、人魚姫のゼリー仕立てにしようかな」

アイスやゼリーなど冷たいデザートが好きなのもあるけれど、青いゼリーとパールを意識しているらしい不思議な色合いのトッピングについつい惹かれた。
でも、濃厚な甘さも好きだなぁ。完二くんのチョコ系だし、一口貰えないかな……。

店員さんにオーダーをとってもらい、今日の買い物の疲れが出たのかぼーっとしていると完二くんがあっ、と声を漏らした。

「なんかあった?」
「いや尚紀のねーちゃんがいると思って」
「尚紀くん?ああ、商店街の幼馴染?」

完二くんがガン見する先に視線をやると、色素の薄いふわふわとした髪が目を引く女の人がいた。

……もしかして、だけど。
視線に気付いたのか尚紀くん?のお姉さんは相席している女友達に一言言ってこっちに歩いて来る。あ、どうしよう。


「完二くん……とみやびちゃんであってる?」
「お久しぶりッス、いやよく分かりましたね」
「尚紀が完二くん頭真っ金金にしてヤバイって騒いでたから……八十高受ける時は黒染めしないと流石にヤバイよ、うん。てか顔怖いのに拍車がかかってる」

お姉さんは面白そうにふふっと笑う。
最近髪の毛を染めてますます恐くなった完二くんに物怖じしないのは流石、幼馴染といったところか。

「あっ、一方的に知ってるの気持ち悪いよね。小西早紀です。八十高二年生でジュネスでバイトしてるから、尚紀以外にも花ちゃんから聞いたりしてます」
「私一年なんでそんなご丁寧に……。花ちゃんって、花村くんのことでしょうか」
「うん、文化祭一緒にやったとか、真面目でなんでも一人でやっちゃうから抱え込みすぎてないか心配とか」
「そ、そうなんですか」

小西先輩は、やっぱりジュネスで見かけたあの女の人らしい。
ふわふわな髪の毛の他にも、全体的に色素が薄いからか雪の様な印象を受ける綺麗な人だ。 どこか儚げなのに、とても快活な声と雰囲気を持っていて引き込まれるタイプの人だと思う。

……というか花村くん、小西先輩の前でそんな風に私の事を言ってたのか。驚きと恥ずかしさで少しどもりがちになってしまう。

「……花ちゃん、他の人の事はよく見てるし気にかけられるけど、自分の事となると馬鹿だから支えてあげてね」
「あー……確かにそうかもしれませんね。いつも支えられてばかりですが、良く見ておきます」

確かにそんなところもあるよね、花村くん。気を遣いすぎて空回りしてる感じとか……敢えてお調子者を演じている所とか、まだ短い付き合いだというのに私は彼のそういう所を知り過ぎている。
コクンと頷いて返せば小西先輩は嬉しそうに目を細めた。

「話変わるけど、完二くんとみやびちゃんて幼馴染なんでしょ?仲良さそうだから知らなかったら付き合ってるって思いそう」
「……みやびは姉ぶろうとするけど最早妹っすね。だからゼッテーそういうんじゃないッス。バカだし」

小西先輩の言葉に完二くんが面倒臭そうに答える。まあ割とよく聞かれるもんね。

「バカってなに。私は完二くんのこと、すごく筋肉質な女友達だと思ってます。それも親友」
「なるほどねぇ……いつも聞かれてるでしょ、めんどくさい事聞いてごめんね」

そっかそっかー、と小西先輩は納得したように私達を見つめる。先輩はどこか嬉しそうな様子で、私はそれを疑問に思う。
……完二くんが実はタイプだったりとか?
相当私は呆けた顔をしていたらしい。小西先輩がクスッと笑う。

「いや個人的に花ちゃんとみやびちゃんお似合いだなーって思っただけだからさ」
「えっ、あっ!?そ、そうですか?」

もう、振られているので似合うも似合わないも無いけど……!

叫びそうになるが、多分花村くんは小西先輩に振った振られたは言わないだろうし、私の所為で二人が気不味くなったりしたら嫌だ。
心臓がばくばくして、身体中の血が大暴れしている。その所為で顔が尋常じゃなく熱くなる。
それを照れている、と受け取ったらしい小西先輩は実に微笑ましいといった様子でニコニコだ。

「お、花ちゃん脈アリか?……もし何か困った事とかあったらさ、遠慮なしに言ってくれていいよ」

恐らく私達が頼んだであろうメニューを持った店員さんが近づいて来たのを見て、小西先輩が私達の座席から立ち上がる。
連れとそろそろ出るから、と小西先輩は手をヒラヒラと振って同級生らしい女の子と店を出て行った。


「……花ちゃんって誰だよ」

先輩の背中が完全に消えると完二くんが疑問に思っていたのか口を開く。

「ジュネスの店長の息子さん。文化祭委員を一緒にやったクラスメイトで、私の友人兼恩人兼……好きな人」
「ふーん、なら良かったんじゃねえの?」

完二くんはこの話題よりも目の前のクマさんの方に興味があるらしく、ケータイでパシャパシャ写真を撮り始めた。……なら聞かないで欲しい。

「いやでも、私振られちゃってるんだよね……」
「は?お前が?」

私のパフェをいい感じに撮ろうと自分の方に引き寄せていた完二くんがここに来て驚きの表情を見せた。

「あー……お前ケバいから……そこじゃね」
「私的にはこれが一番しっくりくるの!」

キツイ顔だと自覚している。
だったらいっそ赤リップが似合う上品な色気ある女になりたいのだ。

「……多分花村くん、小西先輩の事が好きなんだよね……」
「ま、尚紀のねーちゃん面倒見いいし。バイトが一緒なら惚れてもおかしくねぇんじゃないか」
「うん、少ししか話してないけど……ハキハキされてて話しやすい人だなぁって思った」

花村くん、転校生だったし親身になってくれる人がいたらやっぱりホッとしただろうな。 彼自身が明るいムードメーカーなので忘れがちだが越して来たばかりの、居場所がない時期というのはやはり辛いと思う。

……居場所か。
私は、花村くんのそういうのの一部になれているんだろうか。貰ってばかりで、私は花村くんに対して何も出来てないと思う。


「おい先食うぞ」
「あ、まだダメ!私も写真撮りたい」

呆けていたらしい私に完二くんが声をかけてきて、ハッとする。 完二くんに持っていかれたパフェを自分の方に手繰り寄せ、いそいそと撮影準備をする。
パフェにピントを合わせて淡いパステルの店内をほんわかとぼかして一枚撮る。 同様にクマさんのケーキもパシャりと一枚。 完二くんにどうぞ、とジェスチャーを送ればクマさんの耳が消える。

「……お前さ、何しててもどこかつまんねーって顔してたけど、今日久し振りに会ったらなんか少し変わった気がする」
「……そう思う?」
「だからフラれたとしてもアレっつーか、意味無くなんてないんじゃねーか」
「だよね。……私、諦めが悪いからまだ花村くんの事好きなんだ」
「相変わらず頑固だなオイ」

完二くんは呆れつつも微妙に笑っている。 幼馴染の性格なんか当然知っているに決まってる、そんな顔だ。

「でも今日小西先輩に会って……もしかしたら迷惑かもしれないって、少し揺らいじゃった」
「……そいつにナンか言われたワケじゃねーんだろ?」
「言われてない……けど花村くんの幸せより私の幸せなのかなとか。分かんなくなってきた」

好きな人がいる人に片思いするのは罪なのだろうか?いや、想うだけならば問題はないはず。
けれど、私は自分の感情を優先して、想いを伝えてしまった。

「はあ?別に尚紀のねーちゃんとそいつが両思いってワケじゃないなら、迷惑かけるわけじゃねーし。ていうかそこまで言うならお前が幸せにしろ」

なるほど、すごい。私には良い意味で無い考え方だ。
グルグルと良くない方に複雑化していく思考が、完二くんの言葉一つでシンプルな問題になった。

「なんか完二くんがカッコイイ事言ってる……」

バカ野郎、と照れ隠しに暴言を吐くと完二くんはフガフガと一気にクマさんを口に収めていく。

「あ!一口食べたかったのに!」
「へへっ、ご馳走さん」
「バカ野郎は完二くんだよ……」

完二くんに味見させてあげようと思ってたけど、もう知らない。
カラフルなチョコレートがコーティングされているシリアルを口に含めばもう最高で譲る気持ちは完全に消え失せる。 一口、と言ってくる完二くんを無視して優雅にパフェを口に運ぶ。

不貞腐れたように完二くんはイチゴジャムが入った紅茶を飲んだが、想像以上に美味しかったらしくウットリと幸せそうな顔になっている。

……完二くんと幼馴染でよかったなぁ、とゼリーの中のナタデココと共に幸せを噛み締めた。





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