十二月二十三日

苺が沢山乗ったショートケーキにするか、それともブッシュドノエルか。 ギリギリまで悩んだけれど、最終的には見栄え重視でショートケーキにした。
スポンジを厚く焼いて、真っ白なクリームでコーティングしていくと一気に華やいだクリスマスムードになる。

チキンやポテトは花村くん達が買って来てくれるらしいので、サラダとシャンメリーで作ったフルーツポンチも用意しておく。
腕によりをかけたメニューなので、皆が喜んでくれると嬉しい。


「おっじゃましまーす!」
「いらっしゃーい」

時計は十三時三十分を示していた。
一番乗りはワクワクしているのが既に漏れ出ている千枝ちゃんと雪子ちゃんだった。 手伝いの為に少しだけ早く来てくれたらしい。

教室のフローリングを水拭きしていたのを千枝ちゃんに代わってもらって、雪子ちゃんには電子ケトルをリビングからとってきてもらいお茶の準備をしてもらう事にした。

普段は生徒さんが休憩の時に使っているテーブルを念入りに拭いて清潔なクロスをテーブルにかける。
雰囲気出しに小さなツリーと余った粘土で作ったミニチュアのサンタさんもそっと置いておく。

「日高さん、来たぜー!」
「あ、どうぞどうぞ上がってー!」

清掃がキッチリ終わった教室を見渡すと、換気の為に上げた搬入用のシャッター越しに男性陣が姿を現した。
三人の手にはフライドチキンとお菓子が沢山入ってるであろう袋が下がっている。
玄関から入ってもらうよう促すとスリッパに履き替えた全員が揃った。


「チキン!」
「の、前にケーキを切り分けようね」

止めなければこのまま一気に全てのチキンを食べ尽くしそうな千枝ちゃんを止めて、ケーキを六等分する。 苺が沢山のったケーキに皆もテンションが上がったのか「おお〜っ」という歓声が至る所から聞こえた。

「ん!とっても美味しい……本当にみやびちゃんはお料理得意で羨ましい……」
「日高、うちの部でマネージャーやらないか?」

スポンジと生クリームの部分を満面の笑みでもぐもぐ味わっている雪子ちゃんと、真剣な表情で口説いてくる長瀬くんに少し照れる。

「こういうの作った回数多くて慣れてるだけだから、うん。……でもありがとう」
「いや、なんていうか上品な味だし。日高さん、作ってくれてマジサンキューな」

目を細め、じっくり味わっていた花村くんから不意に褒められて頬が一気に熱くなる。
どもりながらうん、と返すと顔を赤くする私に気付いた花村くんも、恥ずかしいのか誤魔化す様に微妙な笑顔になる。

ハッと気付き、視線を周囲にやると想像通り皆ニヤニヤ笑いを浮かべていた。
特に、ニヤニヤと口角を不自然に吊り上げている一条くんの顔が非常に腹立たしい。
何とかしたいけれど、反対側の離れた位置に彼は座っている為、それは出来無さそうだ。
冷ややかな視線を一条くんに向けると、彼は大袈裟に肩を竦めた。


ケーキとチキンとフライドポテト、それにサラダとフルーツポンチが皿から綺麗に無くなったので、いよいよプレゼント交換タイムである。

輪になった私達は、プレゼント相手の名前が書かれているくじを順々に引いていった。

千枝ちゃんのプレゼントは花村くん宛になった。
どんなプレゼントだろうと、彼の背後から一緒に箱の中を覗き込むが、これはビーフジャーキー……?なのだろうか。
「美味しそうなガムでしょ」という千枝ちゃんの言葉に、私達は一斉に顔を見合わせた。

花村くんのプレゼントは一条くんに当たった。
高価そうなレトルトカレーの詰め合わせで、パッケージもオシャレだ。おそらく、ジュネスでは売ってない。専門店の通信販売だろうか?
ずっと気になっていたものらしく、一条くんにせめても食べた感想はしっかり聞かせろよ、と花村くんはせがんでいた。

一条くんのプレゼントは雪子ちゃんに当たった。
黒地に白の斑ら模様が美しい牡丹が堂々と刺繍されてるブックカバーだ。 すごいカッコよくて手触りも良さそう。雪子ちゃんも気に入った様で嬉しそうにしている。

雪子ちゃんのプレゼントは千枝ちゃんに。
普段雪子ちゃんも使っている天城屋温泉特製のハンドクリームらしい。
仄かに香り立つ桜の匂いが上品である。試しに少しだけ塗らせて貰ったけれど、潤うのにベタつかないのでこれは私も欲しい……。


「あ、じゃあ長瀬くんと私がプレゼント交換しあいっこだね」

残りのくじは二枚しかない。つまりは、私と長瀬くんのタイマンである。

「おう、これ」
「あ、包装がとっても可愛い……。私からも、どうぞ」

正直、受け取った瞬間驚いた。長瀬くんらしからぬ、繊細な小花柄のペーパーに包まれた小箱だ。
ベロアのリボンを解くと、中からふんわりとした花の香りが漂った。

「……ラベンダー?」
「お前ミルクティー好きだって言ってただろ。変わり種だけど、なんかお前っぽいし」
「うんうん!すっごい嬉しいけど……本当に長瀬くん?」

まじまじと長瀬くんの顔を見つめると彼は「はぁ?」と呆れ顔を浮かべた。
うん、面倒なリアクションしてごめんね。その反応は紛れも無く長瀬くんです。

誰に当たるかは分からないけれど、私が喜ぶだろうと考えてくれたらしいプレゼントは素直に嬉しい。
ラベンダーの香りが、乙女心をこれでもかという程にくすぐった。

「ありがたく今晩から飲ませて貰います。あ、私からのプレゼントもどうぞ」
「……これ、色鉛筆か?」
「ううん、水彩色鉛筆」

そのまま色鉛筆として使ってもよし。水彩絵の具としてボカして使ってもよし。濡らした紙に書き込んで思いっきり濃く溶かしてもよし。
アイディア出しやスケッチなどはこれ一つでOKな、万能画材でありながら扱いは簡単である。
長瀬くんに使い方をざっとレクチャーするが、首を傾げている。普段絵を描かない人からすると、やっぱりピンと来ないらしい。


「日高、提案なんだが……。今度、教えてもらうついでに出掛けないか」
「勿論いいよ!これを機に皆に物作りの楽しさを知って貰いたいって思ってたし……」

ここら辺ならスケッチできる場所は沢山のある。
山や鮫川で自然を見ながらスケッチしてもいいし、抽象画を描くのも良いかもしれない。
体も動かせるし、長瀬くんにも好都合だろう。

「予備のスケッチブックと、安いものだしお下がりで申し訳ないんだけど……中学時代使ってた鉛筆とかもプレゼントするね」
「助かる」

いつもの、どこか揶揄うような笑顔ではなく、子供みたいにワクワクを隠し切れない笑顔を浮かべる長瀬くんは、不覚にも可愛いと思った。

「どうせなら皆も一緒に行こうか?」

プレゼントにあーだーこだと騒いでいる皆に声を掛けようとすると、長瀬くんに手首を軽く握られた。

「……どうかした?」 「あーその。……人に見せられる様なレベルになってからにしてくれ」
「あ、なるほど。なら、まずは二人で練習しよう」

長瀬くんと二人が嫌な訳では無かったが、皆と折角だし行きたかった。
けれど、ここら辺は山ばかりだし、きっと機会はいくらでもある。
納得して頷けば長瀬くんはどこかホッとした顔付きになった。


男性陣にチキンの箱などゴミをまとめて貰っている間に、女子組はリビングで洗い物をする事になった。

雪子ちゃんは普段旅館のお手伝いをしているからか凄く手際が良い。 最初は手伝うつもりだったけれど、邪魔になりそうだったので千枝ちゃんと椅子に腰かけた。

「みやびちゃん、長瀬くんとデート行くんだね」
「……そういうつもりじゃないし、長瀬くんも違うと思うよ。長瀬くん、私が花村くんの事……その、振られたけど、未だに好きなの知ってるし」
「……あー」

千枝ちゃんが少しだけ口の形を歪ませた。何か言おうとして、止めた感じだ。

「気になるから、言って欲しいかな」
「いや、悩ませるだけだから止めとくわ。ねっ、雪子?」
「うーん……、そうだね。多分その時になれば分かると思うな」

千枝ちゃんも雪子ちゃんも、勘違いだった時の事を考えて、答えるのを避けている様な口振りだった。

……自惚れじゃなければ、長瀬くんがもしかしたら私に気があるかも?という話なんだろう。

長瀬くんが、私みたいなインドア系を好きになる訳がないと思う。逆に好きになる要素ってあるのかな、とお聞きしたい。
変に意識しても私が恥をかくだけだよなぁと思うので、この話は積極的にしたくはない。

でも、多分、私しか気付かなかったと思うけれど。
長瀬くんに誘われた時、チラリと盗み見た花村くんの表情が、少しだけ冷めていて。ちょっと、怖かった。

「みやびちゃん、どうかした?」
「んー、なんでもないよ」

雪子ちゃんが気遣ってくれたけれど、なんでもない、はず。
多分、なんでもない、……はずだ。





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