三月六日

月刊誌『百合とロリヰタ』

ありがたーい事に『貴女だけの愛しいお人形を〜ミヤビ嬢の手解き〜』という連載をさせて貰っている。

売れっ子読モさんが本誌で紹介してくれたのが切っ掛けで、知名度も上がったりと本当に感謝しきれない。 ちなみに読者層と私の年齢が近いところが挑戦してみようかな?と思わせるらしく、割と好評との事でホッとしている。

次号は4月に発売予定。
GWの個展を宣伝してもいいという事なので今回は更に気合を入れて行く。じゃないと大変申し訳ない。

第1回目はどんな人形を作るのかアイディアを出しの回。
第2回目は材料の買い出し(沖奈の画材屋も紹介したがローカルすぎるのでお父さんの個展に着いていってた時に何回かお使いで行った大きな都会の画材屋も載せた)
第3回目はスチロールでおおまかな形を作ったところまで。
第4回目ーー今回は粘土を盛り付けて行く。といっても粘土が乾くまで2、3日は掛かるので大まかなお顔とボディは作ってきた。なので正確に言えば今回編集部で行う作業は手直し・修正の手順である。

合間の粘土を貼り付ける過程も写真がないと分かり辛いだろうので教室で少し作業する度に母の一眼レフでパシャパシャ撮っては逐一編集部にこれでいいか確認を取った。


長瀬くんに良いとこのお嬢さんみたいな格好と言われるが、私は所謂クラシックロリータが好きである。

今回の衣装は繊細なレースが美しいブラウスと胸元のリボンが特徴的なベージュのケープ。この2点は既製ブランド品だがネイビーのコルセットスカートと同じくネイビーで纏めたヘッドドレスは完二くんお手製である。色合いは落ち着いているけど貴婦人みたいな品と華やかさが素敵だ。

一度パステルピンクの完二くんの趣味全開のドレスも着たことがあるが…2人で頭を抱えた事は記憶に新しい。
それからは素直に私に似合いそうなドレスを閃く度に作ってくれるので買い取らせて頂いている。


都会に行くのは生粋の稲羽市育ちなので本当にドキドキする。
編集部は個性的なファッション街の一角にあるので訪れる度に度肝を抜かれる格好の人に出逢ったりもする。 稲羽では自分がそちら側何だろうけども…。 正直、大分浮くけれども、稲羽にいるファンの期待を裏切りたくないから常に完全武装だ。TPOは守るけども。

「こ、こんにちは」
「ミヤビさん!こんにちは」

お上りさん全開で編集部に着くとコラム用に写真を何点が撮ってもらった。 完二くん製ドレスは編集さん達から評判が良くて凄く嬉しい。 私の連載終わったら完二くんが初めての裁縫コラムやった方がいいね、うん。多分恥かしいって一旦理不尽にキレそうだけど喜ぶと思う。

予め私が作業出来るように机はセットしてあったので、早速作ってきた人形の素体と人形の頭部を取り出す。
多分、ボディより顔の造形について読者さんは見たいはず、という事でどんどん顔に粘土を乗っけては削るを繰り返す。 見られながら作業をするというのは中々恥ずかしいけれど、いい感じに粘土が乗ってくると視線は気にならなくなる。

今回のお人形の顔は売れっ子アイドルとして台頭して来た久慈川りせちゃんを参考にしている。
可愛いのに時通り見せる大人っぽい眼差しがとっても良いよなあと個人的に思っているのと、同時期に規模は違えどメディアに出始めたので勝手に親近感を抱いているからだ。

…作家イメージが壊れるから大声じゃ言えないけども可愛い女の子の顔の造形や仕草を研究しているのでアイドルには結構詳しい自信が、ある。 …友達居なかったから割とテレビっ子なんだよね。

りせちゃんのこの表情だ、というグラビアを参考にしつつ、どんどん手を動かす。 小悪魔っぽい微笑みが魅力的なお顔になっただろうか。ああ〜っ!早く瞳をいれてお化粧を施してあげたい!絶対この子美少女になる!

とりあえず一段落ついたお顔と作業中の写真を確認して作る際のコツなどを編集さんにまとめ伝える。

…オッケーの合図が出た頃には稲羽に着くのは結構遅くなりそう、で。


「完二くんに迎えに来て貰おうかな…」

作り途中のお人形自体は編集部に置いてきたがボディを運搬するために持ってきたケースが丈夫な分、重たい。 あと夜遅くに派手な格好で歩いてると絡まれたりするのが面倒臭い。 一度余りにもしつこくて用も無いのにジュネスの混雑を利用して撒いたこともある。

…うん、呼ぼう。
完二くんにこのドレス姿見せたかったし、何より編集さんになんて褒められたか伝えたいし、丁度いいという事にしておこう。
“今日終電で帰る事になりそうだから、迎えにきてくれると嬉しいな”
とメールの最後にニコニコの絵文字とハートを沢山つけておく。幼馴染への無言の威圧だ。

都会から稲羽へ下る路線は日曜日の夜なのもありスカスカで私以外乗っていない。 適当なボックス席に座ってカフェオレを一口含む。緊張感から一気に解き放たれたからか、何だか瞼が重い。 このまま寝てしまおうと決めて意識を暗闇へフェードアウトさせた。

気持ちよくスヤスヤ寝ていたが、ハッとしたら沖奈まで来ていた。 メールボックスを見ると完二くんから返信が来ていて、今お使いの帰りだから10分くらい待たせるとの事。 それでも嬉しいし、“待ってる!ありがとう”と返信をした。素晴らしく優しい幼馴染を持って私は嬉しい。
どんどんと暗くなっていく風景をなんとなく観察していると程なくして稲羽に着いた。



ハイ、これは私の格好もあって魔女狩りという言葉が似つかわしいと思います。

…つまりは、絶体絶命である。

駅前の階段のところに腰を下ろしてスケジュール帳を開いていたら、「ハーイ!お嬢さん!」だなんて声を掛けられて、顔を上げれば目の前に派手めなお兄さんが3人いるじゃないですか。

「こ、こんばんは…」
「どうしたの?こんなとこで?もう電車無いよ?」
「あ、あの。迎えの人が来てくれるので。お構い無く」
「あー、じゃあお迎えが来るまでオレ達も待っててあげるよ。女の子1人じゃ不安でしょ?」

あー無視すると面倒になりそうだったから話したけど…これは長期戦になりそうだ。 金銭目的じゃなさそうだけど駅前は少し薄暗い。
こっちでは奇抜な格好だけど自分は一応妙齢の女性だし何処かに連れ込まれたりしたら不味い。

「いえ、彼氏が来てくれるんで…本当に大丈夫です」

男が来るぞアピール。そして完二くんが来たら目の前の人達がボコボコにしてしまいそうで、加害者にさせないように、という心配り。

「オイ、テメーら何やってんだ」

…をしてたんですが突如として現れた完二くんは鬼の形相である。うん、中学生とは思えない位本気で怖い。 ちらりとお兄さん達の方を横目で見ると完全に萎縮して固まってる。

「完二くんが来るまでお話ししてただけだから…大丈夫だよ、帰ろう」
「ハァ?んな雰囲気じゃなかっただろ。んだ?なんか脅されたのか?」

おい、と私の隣に座って来ていたロン毛のお兄さんのシャツを完二くんがグッと引っ張る。緊張の走る良くない雰囲気だ。

「完二くん!ダメだって!」
「みやびに何したんだオメーら、マジで締めんぞ…素直に吐け」
「ちょっと絡まれたけどさ、それだけなの!」
「いやホント!可愛かったから声掛けただけで!何もしてないんです!スミマセン!」

両腕を上げて降参アピールをするお兄さん達を見て完二くんはロン毛さんのシャツから手を離す。
すかさずバッとロン毛さんは完二くんから距離を取り、固まっている2人に目配せをするとワーッと走り去っていった。



ありがとう、と伝えたくて完二くんの方を向き直すとこちらに車が走って来るのを発見した。 サイレンは鳴っていないがパトランプはクルクルと回っている。
私が絡まれていたのを誰かが通報してくれたのかもしれない。パタンと車から男の人2人が出て来た。恐らく、警察の人。

グレーのワイシャツを着たダンディな風貌の男性とネイビーのスーツを着ている寝癖が気になる20代後半くらいの男性。 ダンディな男性の方を見て完二くんがやべ、と小さく漏らした。…知り合い?

「…巽、お前なあ」
「いやいや、殴ったりとかはマジでしてないっす…」
「…あの!もしかしたら私が男性に絡まれているって通報があったのかも知れませんが、完二くんじゃないです。男性3人組だったんですけど…迎えに来た完二くんに萎縮して逃げていったんです」

男性に睨まれてしどろもどろになる完二くんに助け舟を出すと男性2人がこちらを見据える。手には警察手帳。

「稲羽署の堂島です」
「あ、同じく。足立です」
「お怪我などは無いでしょうか」
「あ、それは大丈夫です。えっと、申し遅れましたが私は日高みやびです」
「失礼ですが…巽さんとはどの様なご関係で?」
「所謂幼馴染でして、帰りが遅くなりそうだったので迎えに来てもらう予定でした…もし証言として弱ければ約束のメールも、これ」

堂島さんという刑事さんに携帯の画面を見せるとありがとうございます、と静かに微笑まれた。

「巽…お前なあ、おふくろさんといい日高さんといい大切な人の守り方はよく考えろよ」
「…ウッス」

はあ、と堂島さんが溜息を吐く。
どうやら完二くんは良い子だけど…手段が悪いせいで勘違いされ易い、というのを理解して頂いてる様だ。 話し振りから完二くんがお母さんの為に暴走族をキュッと締めちゃった件もきっと堂島さんが担当されたのだろう。

「あの、完二くんの事信じて下さって有難う御座います」

ペコリと堂島さんに頭を下げると少しだけ困った様な声でいえ、と返事された。

「巽」
「…ウッス」
「今回は日高さんの証言を信じる。もともと女性が男3人に絡まれてるという内容だったしな…悲しませんなよ」
「わかりやした…」
「あの、私、完二くんが誤解される様な事がない様にずっと見てますので」
「ああそれが良いだろう」

堂島さんがふっ、と笑うと空気が和らいだ。 ガタイの良い完二くんが怖いのかずっと緊張してる様だった足立さんがはあ〜と大きな溜息を吐いた。

「いやあ、巽くん!良い幼馴染さんじゃない。日高さんの為にも平和が一番だよ、うん」

ねえ日高さん、と足立さんがヘラヘラと笑いかけてくる。

完二くんのお陰で警察の方には結構お世話になってきたが、足立さんみたいなゆるいタイプの人は初めてである。
…良く言えば、親しみ易い感じではある。緊張続きだったからもしかしたら気遣ってくれているのかもしれない。うん、そうかも。
そうですね、と間を空けて私もヘラりと返す事にした。

「遅いし、お前らも乗ってけ」

足立さんの寝癖をチラチラ確認していると堂島さんに声を掛けられたので甘える事にした。

家に着くと父と母に驚かれたが完二くんが申し訳無さげに事情を説明してくれた。 完二くんと刑事さん2人に有難う御座いましたと深々頭を下げる父と母と一緒になってもう一度お礼を言う。

今度は完二くんを送りにいく車を見送ろうとすると足立さんに“またね”と口パクで微笑まれたけれども、またがない事を信じたいので苦笑いで返した。





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