四月十二日@

新しい名簿が貼られている掲示板付近は人集りが出来ている。 ううっ、緊張のあまり良く寝れずいつもより遅く来たのが悪い。
女子としては平均的な身長に加え厚底の私だが男子が沢山いると流石によく見えない。 ヒョコヒョコ側から見たら面白いであろう格好で必死に名簿を盗み見た。

2年2組と振り分けされた中に自分と花村くんと千枝ちゃん雪子ちゃんの名前を見つけた瞬間、胸を撫で下ろした。これは本当に嬉しい。

ついでに完二くんの名前も確認しておく。…1年3組らしい。本当に入学出来たのか少し疑ってたので心の中で謝る。ごめんね!

無事に確認出来たのでとりあえず教室まで急ぐ事にした。…新学期早々遅刻は避けたい。


新しく一年を過ごす教室に着くと嬉しそうな千枝ちゃんと雪子ちゃんが出迎えてくれた。

「おっはようー!みんな一緒で良かったよ!」
「おはよう、今年もよろしくね」
「おはよう!私も千枝ちゃんと雪子ちゃんと一緒で嬉しいよ」

…あれ、HRまであまり時間が無くて急いで来たのに花村くんはまだ来てないのだろうか。 ぐるりと教室を見回すと、いた。
具合が悪いのか顔を腕枕に埋めているけど首に掛かっているヘッドホンと明るい茶髪が花村くんだと証明している。

「…花村くん、具合悪いのかな?」
「話しかけんなって言われてるから知らない」

心配して声掛けたのに失礼な奴!と千枝ちゃんはとてもプリプリしている。 確かに花村くんの態度は駄目だと思うけど、喋るのも億劫なくらい辛いのかな…?

皆仲がいい同士で纏まって座っている為、微妙にしか席は空いていない。私を待っていてくれたせいかまだ千枝ちゃん雪子ちゃんも席は決めていないらしい。も、猛烈に申し訳ない。

花村くんの隣の席と前の方が空いていたのでチラリと2人を見るとまあ、決まりだよねと席につく事になった。 な、なんか自然な流れで花村くんの隣ゲットだぜー…?

わざわざ後ろを振り返ってこちらを見てくる千枝ちゃん雪子ちゃんのニヤニヤ顔のせいで余計に顔が熱くなる。 とはいえ隣に座ったのに挨拶しないのも変なので声を掛ける事にした。

「は、花村くんおはよー」
「うぉ、隣日高さんか!ビビったわ」

声を掛けると花村くんは勢いよく顔を上げた。顔色は想像より悪く無い。

「体調悪いの?それとも何か心配事?」
「あー…強いて言うなら物理的なダメージなので大丈夫。ホントホント」

苦笑いする花村くんに何処かぶつけたなら湿布とか貰いに行く?と尋ねるといや、イイっすと辞退された。 本当に大丈夫かなと花村くんの顔を盗み見ると教室の扉が勢いよく開いた。



あー、担任は諸岡先生なのか。
私の事を変な服装でメディア活動する目立ちたがりのふしだらな女だと言ってくるので正直、あまり好きでは無い。 はぁ、と隠れて溜息を吐くと続いて入って来た男の子が目に入る。

色素の薄い髪の毛がサラサラしていて黒の制服に映えている。男の子だけど、綺麗って言葉が似合う。 …転校生なんだろうか?

「静かにしろー!今日から貴様らの担任になる諸岡だ!いいか、春だからって恋愛だ、異性交遊だと浮ついてんじゃないぞワシの目の黒い内は貴様らには特に清く正しい学生生活を送ってもらうからな!」

いきなりのお説教にげんなりする。諸岡先生からチラリと転校生らしき男の子に視線を移すと目が合った。 名前も知らない彼が苦笑いを送ってきたので私も苦笑いで返す事にした。

…あ、文化祭の時に海老原さんに占って貰った人って彼なのかな。

「あーそれからね。不本意ながら転校生を紹介する。ただれた都会からへんぴな地方都市に飛ばされてきた哀れな奴だ。いわば落ち武者だ、分かるな?女子は間違っても色目など使わないように!」

うーん、でも彼、優しそうだしモテるんじゃないかなあとぼんやり視線をやる、が。

「誰が落武者だ。…鳴上悠です。よろしく」
「む…貴様の名は腐ったミカン帳に刻んでおくからな…!」

前言撤回。鳴上くんはかなり物をハッキリと言うタイプらしい。 しれっとなんでもない顔をしてらっしゃる。
そんな鳴上くんに諸岡先生は怒り爆発で話は終わりそうにない。 千枝ちゃんの隣の席が空いていて、多分彼の席はそこになるんだろう。 軽くポンポンと千枝ちゃんの背中を叩くと何が言いたいか伝わった様である。

「センセー。転校生の席、ここでいいですかー?」
「あ?そうか。よし、じゃあ貴様の席はあそこだ。さっさと着席しろ!」

諸岡先生からやっと解放された鳴上くんがいそいそと千枝ちゃんの隣に座る。私から見ると左斜めの席である。
千枝ちゃんがこそっと鳴上くんに耳打ちしてる内容は恐らく諸岡先生関連だろう。苦い顔をしている。

「静かにしろ、貴様ら!出席を取るから折り目正しく返事しろ!」

うー諸岡先生じゃなければこのクラス最高だったのに…。



「千枝ちゃん、雪子ちゃん。一緒に帰ろう」
「ジュネスでお昼食べちゃおうかと思うんだけど、みやびちゃんもそうする?」
「お母さんまだパートだろうし、そうする」

私がコクリと頷くと同時にスピーカーから校内放送が鳴り響く。

「先生方にお知らせします。只今より緊急職員会議を行いますので、至急職員室までお戻り下さい。また、全校生徒は各自教室に戻り指示があるで下校しないで下さい」
「うーむむ、いいか?指示があるまで教室から出るなよ」

諸岡先生が急いで教室からいなくなると一気に騒がしくなる。サイレンの音もするし…何か事件なのだろうか。 チラリと花村くんの方を見ると具合はだいぶ良くなったのだろう。机から起き上がっている。

「日高さん、不安?」
「ウーン…こんな事なかったから少し」
「…今日俺自転車なんだけど、後ろ乗ってく?送るけど」
「嬉しいけど、千枝ちゃん雪子ちゃんとご飯食べてくから。花村くんも来る?」
「ンー…チャリだしバイトだから遠慮しとくわ」
「そっか。えーっと、また今度…お願いしてもいいかな」
「あ、ウン…」

妙に気恥ずかしくなって花村くんから視線を外すと、雪子ちゃんがよく知らない男の子に声を掛けられていた。

「あ、あのさ。天城ちょっと訊きたい事あるんだけど…天城んちの旅館にさ、山野アナが泊まってるってさ、マジ?」
「そういうの、答えられない」
「あ、ああ。そりゃそっか」

不倫騒動で連日世間を騒がしている山野アナ。テレビっ子の私が知らない訳が無い。 …それに先日、働く10代という特集でインタビューを受けたので実は直接面識が、ある。
個展の宣伝と引き換えに快く受けたんだけど、恐らくお蔵入りになるんだろうなと少しガッカリしていたのでその名前が出てきて驚いた。

…正直、色々と気になる。
けれど大切な友達である雪子ちゃんから無理に訊き出すほどの話ではないと思うので聞かなかった事にした。うん、聞いてない。

男の子と入れ替わりに千枝ちゃんが席を立って雪子ちゃんのところでなにか話している。…暇だもんねぇ。

「みやびちゃんもやったー?」
「えっ何を?春休み宿題出てたっけ」
「違う違う、雨の日の真夜中に…てやつ」
「千枝ってば…みやびちゃんは、ほら」
「あ、聞くだけ野暮だったか。…寧ろ悩める花村に教えるべきだったね」
「あ?なんの話だよ、里中」

すっかり忘れていたけど、千枝ちゃんと雪子ちゃんの揶揄うような笑顔で思い出したぞ。 所謂、運命の人がテレビに現れるって奴だ。

「な、なんでもないよ!花村くん」

アハハと誤魔化すように笑うと再び校内放送が流れる。皆待ちわびていたのか教室が一気に静かになる。

「全校生徒にお知らせします。学区内で、事件が発生しました。通学路に警察官が動員されています。出来るだけ保護者の方と連絡を取り、落ち着いて速やかに下校してください…」

事件!?と教室中が騒つく。
完二くん関連で暴走族がどーたらこうたらみたいなのには悲しい事に慣れているが、普段こんな厳戒態勢では無い。 多分、怪我人とかそういう規模では無いんだろう。 そう考えると体がブルリと震えた。

…皆で出来るだけ纏まって帰ろう。





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