四月十二日A

「あれ?帰り1人?よかったら一緒に帰んない?」

千枝ちゃんが颯爽と帰ろうとする鳴上くんに声を掛ける。…男の子とは言え転校生1人が、このタイミングで帰るのはちょっと怖いよね。まだ道わからないだろうし…。

「あーあたし里中千枝ね。隣の席なのは知ってるでしょ?んじゃヨロシク!」

にっと千枝ちゃんが笑うと鳴上くんもよろしく、と微笑んだ。…おお、都会から来たからなのだろうか。余裕がある感じでなんかかっこいい。

「で、こっちは天城雪子ね」
「あ、初めまして…何か急でごめんね…」
「あはは…初めまして鳴上くん。私は日高みやびだよ」
「うん、天城も日高もよろしく」

自己紹介も済んでさあ帰ろうとした所にスタスタと花村くんが近付いてきた。…何故か引き攣った笑顔で。

「あ、えーと、里中…さんこれスゲー面白かったです。技の繰り出しが流石に本場つーか…申し訳ない!事故なんだ!バイト代入るまで待って!」

じゃ、と逃げるように背中を向けた花村くんを千枝ちゃんがみごとに捕らえる。

「待てコラ!貸したDVDに何した?」

ドン、と凄く痛そうな音がした。花村くんが見た事ない顔で悶絶してるんだけど…。

「は、花村くん大丈夫?何処か痛い?」
「ふぐおおぉ…ちょ…羞恥プレイか…だ、大丈夫本当に日高さん、大丈夫」

「なんで!?信じられない!ヒビ入ってんじゃん…」

…千枝ちゃんの物らしい成龍伝説は多分、再生はもう無理だろう。これは怒るのも無理はない。
ていうか、花村くんが朝ぐったりしてたの物理的な事故って行ってたからその時…かなあ。 自転車で通学してるらしいけど、花村くんの後ろ乗るの不安になって来たぞ。

「みやびちゃんも雪子も、花村なんか放っといて帰ろう」

鬼の形相の千枝ちゃんにそう凄まれちゃうとウン…としか言えなかった。



「キミさ、雪子だよね。こ、これからどっか遊びに行かない?」
「え…だ、誰?」

校門を出ようとすると黒目が特徴的な男の子に雪子ちゃんが声を掛けられた。 苗字じゃなくて名前で呼ぶから知り合いなのかと思ったら違うらしい。な、なんか怖いぞ。
周りの生徒達もヒソヒソと噂している。「誰?」とか「ハチコーの奴じゃねーよな…」とか「鏡見ろよ」とか好き勝手に。 酷い言われ様だけど、やっぱり私が疎いだけじゃなくて、皆知らない人なのか…。

「あ、あのさ、行くの?行かないの?どっち」
「…い、行かない」
「…そう。てか、みやびもいんじゃん。あのどうしようもない不良以外友達いないんじゃなかったっけ」
「え」
「構ってやろうと思ったけど、付き合う人間は選べよな」

何を言ってるんだろう、この人。 気が付けば手を思いっきり振り上げていた。

が、誰かに振り上げた手を掴まれた。 このメンバーの中で私の手首を掴めるほど背が高いのは1人しかいない。

「鳴上くん…」
「日高、構うなよ」
「あ、うん…」

一方的に知られてて気持ち悪いのもあったが、何よりもよくも知らないのに私の友達を馬鹿にするのが許せなかったのだ。 けれど、鳴上くんの言う通り構ったら負けなのだろう。 手首を解放した鳴上くんがギロリと男子生徒を睨むと走って行った。

「よう天城、また悩める男子をフッたのか?…て、あー…、日高さんパターンだった?」
「雪子ちゃんはフッたけど、…私は喧嘩売られただけ」
「…なんか突っ込みどころ多いんですケド…。日高さんその、」
「大丈夫だよ。…バイト頑張ってね」
「…おう。お前ら、あんま転校生に迷惑かけんなよー」

んじゃ、と花村くんが自転車に跨りどんどん距離を作って行く。 色々と察して聞かないでくれたと花村くんには感謝しかない。 遠くへ消えていく彼の背中がこんな時だからか、名残惜しく感じた。



「俺はね、3人とも可愛いって思うけど」

何もない田舎道を歩きながら、何故雪子ちゃんに彼氏がいないのかを真剣に考える会が絶賛開催されていた。ら、これだ。
…いつも私を揶揄うけれど実はウブな千枝ちゃんと雪子ちゃんが鳴上くんの爆弾発言に凄く動揺していて可愛い。

なはは、と誤魔化すように笑った千枝ちゃんがピタリと止まる。千枝ちゃんの視線の先には人集りが出来ている。

「あれ、何だろ」

周りにはブルーシートが敷かれていて警察官が沢山いる。一目で校内放送していた事件現場なんだと分かる。 野次馬根性丸出しの主婦さん方の話を聞くと早退した高校生がアンテナに引っかかった死体を発見した、らしい。

「おい、ここで何してる」

この刑事さんには身に覚えがあった。堂島さんだ。 しかし私ではなく鳴上くんに声を掛けてきた。…2人の関係性って?

「…知り合い?」
「コイツの保護者の堂島だ。あー…まあその、仲良くしてやってくれ。とにかく4人ともウロウロしてないでさっさと帰れ」

こんな偶然あるのかと堂島さんを見ると目が合った。 あ、と女子生徒の内1人が私だと気付いたらしい堂島さんの前を紺のスーツが走り抜けて行く。

「うっ…うええぇぇぇ…」

顔は見えないが田んぼで嘔吐する若い刑事さんは足立さん、かな。この前会った時の飄々としたオーラは皆無だ。

「足立!おめえはいつまで新米気分だ!今すぐ本庁帰るか?あぁ!?」
「す…すいませ…うっぷ」
「たぁく…顔洗ってこい。すぐ地取り出るぞ!」

足立さんの足取りが少し怪しい。顔色も吐いたんだから当たり前なんだけど悪い。

「足立さん」
「あー…日高さん」
「その様子だとハンカチとティッシュ持って無さそうなんであげます」

お気に入りなんで今度返して下さいね、と言えば足立さんはヘラリと笑った。 無理矢理にでも笑えれば大丈夫だろう。「頑張って下さい」と言えば足早に駆けて行った。



「今日はこんなだし…帰ろっか」
「そ、そうだね」

直接は見てないとは言えやっぱり色々と不穏な空気だ。寄り道はしないで帰ろう。

じゃあ、と皆と別れたが明日から色々と大丈夫なのか不安でしょうがなかった。
気持ちが暗くなる中、空だけは青々としていた。





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