四月十三日

「ダメ無理!ホント無理!怪我するっ!」
「心配しすぎだって!」
「いやホント前向いて!前!」

転校2日目。まだ慣れない道を進んでいると、嫌あああぁ!!!という女の子の絶叫が後ろから聞こえてくる。…とても早朝には似付かわしくない。 けれどこの声の主を知っている気がする。多分、

「日高…?」

想像通りに日高と、日高を自転車の後ろに乗せている花村、と呼ばれていた男子生徒だった。
サーッと自転車が目の前を通り過ぎようとするが、車体が大きく揺れた。必死に花村に捕まっていた日高がその拍子に放り出される。
怪我する、と思った瞬間に慌てて体勢を変え日高の下敷きになる事に成功した。

「な、鳴上くん!?ご、ごめんね。ありがとう」
「いや、怪我は?」
「お陰様で…。鳴上くんこそ平気?」
「全然平気だけど、あっちは大丈夫なのか」

日高を放り出した暴走機関車は何故かゴミ箱に頭から突っ込んでいて転げ回っている。

「は、花村くん!?」
「引っ張り出すから、どいてくれ」

よいしょ、とゴミ箱から出ている足を引っ張りだすと何度か見た顔が現れた。 若干ヨロヨロとしているが花村は無事に立ち上がった。日高も安堵した様だ。

「日高さん、マジごめん…」
「うん、気持ちは嬉しかったけどもう二度と後ろには乗りたくないかな…」

二人の関係性は謎だがこんな危険な事はもう二度と俺も起きて欲しく無いので深く頷くき、 日高に深く頭を下げた花村を何と無く観察する。
…付き合ってるのだろうか?
結構マジマジと見てしまったらしい。俺の視線に気付いた花村に話しかけられた。

「いやー助かったわ、ありがとな!えっと…そうだ、転校生だ。確か、鳴上悠。俺、花村陽介。よろしくな!んでこっちが」
「日高は昨日挨拶して貰ったんだ」
「あ、ウン。昨日花村くんがいない時に」

あ、そうかと少し花村が面白く無さそうな顔をした。彼女だったら昨日は一緒に帰ってるだろうし、花村の片思いだろうか? 少しだけ気不味い空気に俺は空を仰いだ。

「てか昨日といえば、事件知ってんだろ?女子アナがアンテナに≠チてやつ!あれ、なんかの見せしめとかかな?事故な訳ないよな、あんなの」
「うん…不安だったから花村くんが迎えに来てくれて嬉しかった」

もう少しで違う事件が発生しそうだったけど、と日高が苦笑いする。バツが悪いのか花村も苦笑いをした。

「やっべっ、遅刻!」

何だかんだ話し込んでしまったらしい。花村の後ろは懲り懲りと眉根を寄せる日高に自転車を漕いで行ってもらい男2人朝から全力で走る事になった。



「どうよ、この町もう慣れた?」
「慣れたかな」
「へえ、早いな。ここって都会に比べりゃ何も無いけどさ、逆に何も無い≠ェあるってーの?空気とか結構ウマいし、あと食いもんとか…」

放課後になると自分の後ろに座る花村が話しかけて来た。花村の口振りからすると生粋の稲羽育ちでは無さそうだ。 都会からやって来た自分にどこか親近感を感じているのだろうか。

「あ、ここの名物て知ってるか?ビフテキ≠セぜ。すごいっしょ、野暮ったい響き。俺安いとこ知ってんだけど、行っとく?」

花村の隣、俺から見ると右斜め後ろの日高に花村が声を掛けた。

「日高さんもさ、どう?おごるけど。今日助けて貰ったし…てか怪我させかけて本当に申し訳ないです…」

花村の話に天城と雑談していたはずの里中が目ざとく反応し、こっちへ詰め寄って来た。…花村はトラブルメーカーなのか?

「あたしにはお詫びとかそーゆーの、無いわけ?成龍伝説。…てか、みやびちゃん怪我させたってナニ!?」
「いや、昨日あんな事件あったばっかだし朝迎えにいったとき、その、チャリで」
「はぁ!?信じらんない!もう二度と自転車乗らないでよ!怖っ!」
「怪我はしてないんだけどね。でも、千枝ちゃんに激しく同意」
「みやびちゃんは当然奢られるとして、雪子も一緒に来ない?」

里中に話しかけられた天城は悩む素ぶりも見せず、すぐに首を横に振った。

「いいよ、太っちゃうし。それに家の手伝いあるから」
「天城って、もう女将修行とかやってんの?」
「…そんな、修行なんて。忙しい時手伝ってるだけ。それじゃ私、行くね」

スタスタと天城は行ってしまった。折角なら色々話したかったが仕方ない。

「仕方ないか。じゃ、あたし達も行こ」
「え、マジ三人分おごる流れ…?」
「二人分で大丈夫だよ。私も個展の準備あるし…お店行く途中で別れて帰るから」
「えー!みやびちゃんまで!?…でもそっかGWだもんね…」
「うん、頑張るから。花村くん、私は明日カフェオレで大丈夫だから」

ふふっ、と日高は悪戯っぽく笑った。意外とちゃっかりしている。 天城もだが日高にも聞きたい事が沢山あったのでやはり少し残念だ。そもそもなんの個展を開くつもりなんだ。…それくらいは花村や里中に聞いてもいいか。

んじゃ、レッツゴー!という里中の掛け声で一同はぞろぞろと学校の外へ出た。



ステーキハウスと聞いていたが大型ショッピングモールジュネス≠ワで来てしまった。専門店街にでもあるのかと思ったがフードコートに連れて来られた。
まあ、高校生の懐事情なんてそんなもんだろう。 けれど目の前に座る里中はイマイチ納得していない様だ。

「安い店ってここかよ…ここビフテキなんてないじゃんよ」
「お前にもおごんならあっちのステーキハウスは無理だっつの」
「だからって自分ち連れてくる事ないでしょーが」
「別に俺んちって訳じゃねーって」

ジュネスが、花村の家?
理解できずに里中と花村の方を見ると花村がああ、と少しだけ苦い顔をした。

「あーえと、お前にはまだ言ってなかったよな。俺も都会から引っ越して来たんだよ、半年ぐらい前。親父が新しく出来たココの店長になる事んなってさ。んで、家族で来たってわけ」
「なるほど、だから家か」

俺の思った通りだったらしい。都会からやって来たから親近感、もしくは心配してくれているのだろう。この短い間で花村は気遣いが出来るムードメーカーだと理解していた。

「んじゃこれ、歓迎の印ってことで」

乾杯を紙コップのジュースで交わすとたわいもない話題で盛り上がった。 そういえば今後の付き合いにも関係ありそうだし、聞きたい事があったのだ。

「花村って日高と付き合ってるのか?」
「ばっ、はっ!おま突然ぶっ込んでくるのな!?」
「…そこんところ私もみやびちゃんに聞けてないんだけど」
「つ、付き合ってない!けど、…まあその、俺がなんとかしなきゃいけない感じ」

俺がなんとかしなきゃいけない感じ、とはどう言う事なんだ。花村の片思いだと思っていたので深く突っ込みたくなる。

「それって」
「あ、小西先輩じゃん」

突っ込もうと思った矢先に花村の意識が一人の女性に逸れた。 全体的に色素が薄いからか、繊細な雰囲気で、ウェーブかかった長い髪が印象的だ。

「わり、ちょっと」

小西先輩と呼ばれた女性のところへ花村がスタスタと行ってしまった。どことなく嬉しそうな表情の花村にますます分からなくなる。

「小西先輩が花村の彼女?」

里中にこっそりと聞くと里中も声を潜める。

「…小西先輩の事好きらしいんだけど、正直みやびちゃんと揺れてる様に見えるかなぁ」
「ちなみに日高は」
「…まあ、鳴上くんが思う通りじゃないかなあ…」

つまり日高は花村の事が好きだが、花村は小西先輩の事が好き。けれど花村は日高の事も満更ではない、て感じか。

「…大変だな」

所謂三角関係ってやつだ。俺からすれば日高と仲良さげに見えたし、意外だ。 小西先輩との方が花村は仲がいいのだろうか。ちらりと2人の方を伺う。

「お疲れッス。なんか元気ない?」
「おーす…今、やっと休憩。花ちゃんは?友達連れて自分ちの売り上げに貢献してるとこ?」
「うわ、ムカつくなー。…つか、ホントに元気なさそうだけど。何かあった?」
「…別に。ちょっと疲れてるだけ」
「何かあったら何でも言ってよ。俺…」
「だーいじょうぶだって。ありがとね…

ハァ…あーもーなんで昨日早退なんてしたんだろ…」

ため息をついた小西先輩と目が合う。そのまま同じテーブルにいる里中を確認して、彼女は何かに気づいた様だ。口元に少しだけ笑みを浮かべこちらへやって来た。

「キミが転校生?あ、私のことは聞いてる?」
「鳴上悠です。小西先輩、よろしくお願い致します」
「あはは、礼儀正しい。都会っ子同士は、やっぱり気があう?花ちゃんが男友達連れてるなんて珍しいよね」
「べ、別にそんな事ないよー」
「こいつ、友達少ないからさ。仲良くしてやってね」
「はい」

しっかりと返事をすると小西先輩は柔らかく笑った。儚げな外見なのにフランクな雰囲気で花村が好意を寄せるのもなんとなくわかる。

「でも、花ちゃんお節介でイイヤツだけど、ウザかったらウザいっていいなね?」
「いや、イイヤツだと思います」
「あははっ。分かってるって、冗談だよー」
「せ、先輩〜、変な心配しないでよ」

俺への挨拶が一通り済み、小西先輩は里中へ話しかけた。

「里中さんも、花ちゃんのこと宜しくね。…今日みやびちゃんは?」
「個展の準備で帰っちゃいました。…みやびちゃんの事知ってたんですね」
「共通の知り合いがいるんだよね。だけどこの前偶然会った時しか話したことなかったからさ、もっと話したくて」

残念、と小西先輩がオーバーな仕草で肩をすくめた。

「あーもう休憩終わりだ。こっちも残念。それじゃね」
「あ、先輩…」

先輩を見送る花村の顔は寂しげだ。色々と分かりやすい。先輩の姿が完全に見えなくなると静かに花村は席に着いた。

「はは、人の事“ウザいだろ?”とか言って小西先輩の方がお節介じゃんな?あの人弟いるもんだから俺の事も割とそんな扱いていうか…」
「…弟扱い、不満て事?ふーん…」

里中が白い目を花村に向ける。“小西先輩なのか、日高なのかいい加減に選べよ”そんな目だ。

「…なんだよ」
「べっつにー?」
「2人とも落ち着けって」

注意しても小競り合いをする花村と里中を尻目に小西先輩と花村の距離について振り返る。

多分、単純な距離感とかは日高よりも小西先輩のが近いのだろう。 日高のことを何故か聞いてないがさん付けで呼ぶし、どこかクラスのマドンナに接するような距離感だ。親しいんだろうけど憧れのがまだ大きいというか。

それに比べると小西先輩とは大分親しい心落ち着く関係なのだろう。 男女の関係になりたい、という下心は先程の短い時間で充分伝わってきたけれど日高と接している時より緊張感がないというか。 小西先輩も花村も気遣いが出来るタイプだと思うしそもそもの人間性が近いのかもしれない。

…頑張れよ、と此処にいない日高にエールを心の中で送る。

まだ転校して2日目の俺がこんなにやきもきするというか、ソワソワするのだから里中はその比では無いのだろう。 はぁ、と大きなため息を吐いた後、彼女はしっかりと花村に向き合った。


「…悩める花村に、イイコト教えてあげる。“マヨナカテレビ”って知ってる?」





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