四月十九日

「あの、私八十神高校の日高みやびって言います。天城雪子さんとはクラスメイトで…大切な友達なんです」

連日のニュースに何処にも姿を見せない、連絡もつかない雪子ちゃん。 放課後、私はいてもたってもいられず稲羽警察署へ出向いていた。

窓口のお巡りさんが私の制服と顔をまじまじと見て「あー本当に天城さんのお友達か…」と確認する様に呟いた。 きっと、連日野次馬の対応をしていたに違いない。

「ここのところ、学校にも来てなくて…連絡も何1つ無いんです。雪子さんの親友の…里中千枝さんにも」

雪子ちゃんの親友は私じゃなくて、千枝ちゃんだし、千枝ちゃんの親友は勿論雪子ちゃんだ。
わかってはいるけど、ここ連日の皆との距離と相まって胸がザワザワとするのを、無視した。



「天城さんは最近何処か様子が変だったりしたのかな?」

お巡りさんに受付奥のパーテーションで仕切られたテーブル席に座るように促されたのでおずおずと座る。 しっかりと聞いてもらえそうで少しだけ安堵した。

「いえ…ただ、ここの所ずっと旅館のお仕事で忙しそうにしてました。後は…親友の千枝さんに新しく仲良くしてる友人が出来たみたいで、最近はあまり話してるようには見えませんでした」
「そっか、天城さん恋人とかはいなかったの?」
「私の知る限り、いません」
「駆け落ちとか…家出とか…頼れそうな人って他にいなかったのかな、彼女」
「私の知る限りでは…でも、雪子ちゃん美人だし、この前知らない人に声掛けられてたんです。も、もし…誘拐とかだったら、わっ…私…」

我慢していたがここ数日の不安と寂しさで目頭が不意に熱くなり、自然と言葉に詰まる。

「そうだよね、不安だよね。えっと、ゆっくり落ち着いて」
「は、はい」

隣の席に置いたカバンからハンカチを探し出そうとすると、目の前に見覚えのあるハンカチを握った手がぬっと現れた。白地にラベンダーの刺繍。間違いなく私のだ。

「木村さんが日高さん泣かしてる」
「あ、足立刑事…お知り合いですか」
「堂島さんの甥っ子くんの友達なんだよね」
「あ、ハイ…」
「あの時、天城さんと一緒にいたよね。僕にもその話聞かせてくれると嬉しいんだけど」

ハンカチで顔を抑えながら足立さんに「ふぁい」と鼻声で答えると「あはは!」と笑われた。 …泣いている女の子に対してこの人微妙に失礼だな。
ポジティヴに考えると和ませようとしてくれているに違いないのだけど、ちょっと足立さんの神経を疑う。前から思ってたけどやっぱり少し変な人だよね、ウン。


生まれて初めての取調室は少しだけ薄暗くて、何一つとして悪い事をしてないのに萎縮してしまう。 すっかり涙も止まり、キョロキョロと落ち着きのない私に席に着くよう足立さんが促す。

「物珍しい?」
「完二くん関連で結構お世話になったりしてますが、流石に取調室までは」
「あはは、目立つ幼馴染を持つと大変だね…んで、早速聞いて言っていいかな」
「はい」
「天城さんと連絡が取れなくなったのはいつからかな?」
「4月16日の夕方にお客さん一旦キリついたよてメールがきて最近会えなくて心配だったんですけどホッとして。メール見せますね」

携帯電話をポケットから取り出し、メールを足立さんに見せると軽く頷いた。

「これ後でコピーさせてくれるかい」
「勿論いいですよ」
「ありがとう。よし続けて」
「えっと、日曜日は個展の準備を一日してたので連絡はしてないです。月曜日と今日学校来てなくて…。休み?てメールも電話もしましたけど返信来なくて。ここの所、物騒だし、怖くて、来ました」

言葉尻はまた自然と声が震えてしまったが、言いたい事はしっかりと伝わったはずだ。 足立さんの顔をちらりと伺うと不思議そうな顔をしていた。

「えっと、何か?」
「いやなんで日高さんだけ警察署に来たんだろうて思ってたんだけど、そっか、知らなかったのかって」
「私だけ知らないこと…?」
「天城さんがそのメールの後位にいなくなったって旅館の人から連絡が来てさ。日曜に甥っ子くん達に少し話聞いたんだよね」
「え…っと。それって茶髪の男の子とボブカットの女の子もですか」
「女の子は見てないけど、男の子は一緒にいたよ」

鳴上くんと花村くんは確実に何かを知っているのに、私に何も言ってくれてない。
月曜日も今日も千枝ちゃんと一緒に放課後になると何処かに一目散で駆けていくので恐らく千枝ちゃんも知っているのに。

「…堂島さんの甥っ子さんなので、少し言いづらいんですが…鳴上くんと仲が良い友人達が何か隠してるみたいなんです」
「なんで、日高さんだけ教えてくれないんだろうね…天城さんもその何かについて知ってそうだった?」
「いえ、天城さんも…ここ最近は旅館が忙しいらしく、すぐ帰っちゃうので。私も個展を控えていたので天城さんと一緒にすぐ帰るようにしてました」
「そっか、…でも今は緊急事態だし何か天城さんに繋がりそうな事だったら普通友達には言ってくれるよね」

足立さんの真っ直ぐと向けられた視線がざくりと刺さる。 多分、この視線の意味は疑いでは無くて、…哀れみだ。

「多分、私の事信用してくれてないんだと思います。最初は、個展があるから気を遣ってくれてるのかもて思ってたのですがそんな大事な事って、普通は、教えてくれますよね…」
「あ、で、でも、これ内緒にしてねって言ったからね、僕。だからかも」
「いえ、私だけ知りませんでした」



私が言い切ると、シーンとした空気に包まれ取調室に変な緊張感が走る。 足立さんはやっちゃった、とバツの悪そうな顔をしている。色々と分かり易過ぎる。

「日高さんさ、その、上手く言えないけど。誰にも頼れなくて、どうしようもなく不安な時とかあるじゃない」
「…はい」
「巽くんの事調べるついでに日高さんの事も少し調べたんだけど、…そんな目で見ないでよ…勝手にごめんね。えっと、天才人形作家さんなんでしょ」
「いや、私なんか本当に駄目で…」
「もー謙遜はいいから、話し続けさせて。僕も学生時代は結構なガリ勉でね。友達はあんまり多い方ではなかったからさ、なんというか、上手く言えないけど…日高さんの気持ち分かるっていうか。頼ってよ」

あはは、と足立さんは少しだけ赤くなった頬を軽く掻いた。 冗談ぽく笑って誤魔化しているつもりの様だが本格的に照れているらしい。

「足立さん」
「なんだい」
「意外と心強かったというか、今の言葉、嬉しかったです」
「ちょっとおー、意外って何!」
「あはは、寝癖とネクタイ如何にかしてから言えばカッコよかったのに」

そういうと足立さんは寝癖を軽く押さえつつ、胸ポケットからメモを取り出した。 黒のボールペンでサラサラと数字がいくつか書き込まれていく。意外とクセのない綺麗な字だ。

「これあげる」
「足立さんの携帯番号ですか?」
「そう。何か分かったら連絡して欲しいのと…今の日高さんこそ心配だから。なんでも聞くよ」
「…高校生をナンパしていいんですか?」
「もぉ、本気で心配してるんだよ」

口を尖らせながら足立さんが無理やり私の手にメモを握らせる。 掴んだ手はゴツゴツとしていて飄々としているが彼が立派な警察官で男の人だと分からせる。 そう意識すると自然と顔が熱くなった。

「あれ、少しは脈ありかな」
「…やっぱり少しは下心、あるじゃないですか」
「美人と話せて嬉しくない男なんていないよ」
「…見た目で判断されるの、あんまり好きじゃないです」

緊急連絡先として足立さんの書いたメモを乱雑にカバンの奥へ一応はつっこんだ。
…無性にムカついたというか、悲しかったのだ。私の気持ちを分かってくれそうな人とやっと出逢えたと思ったのに。 この人と話すと、気持ちがぐちゃぐちゃになる。

「失礼します」

カバンを肩に掛けて席から立ち上がろうとしたら、手首をしっかりと掴まれた。若干痛いんですけど。

「待って、日高さん」
「…雪子ちゃんの話だったらいつでも話しますし、聞きますから」
「僕も見た目で判断されるのは好きじゃない。……君と僕は似ているから声を掛けたんだ」
「友達がいないところですか」
「いいや、違う。そういう表面的なところじゃない」

足立さんの目がしっかりと私を見据える。 真っ黒な瞳の中で蛍光灯の光だけがゆらゆらと揺れている。
自分のドロドロとした汚い所を、その瞳は何故か知っている。揺るぎない確証をその瞳は何故か持っている。

「わかるでしょ」


こわい、と思った。


「わ、わかりません!」

掴まれている腕を弾く様にして解放すると、そのままの勢いで扉へ走った。 バン、と大きな音が鳴るがそんな事知ったこっちゃない。

一刻も早く足立さんから離れたい!



取調室に比べると廊下は眩し過ぎるくらい明るかった。安堵の息が自然と漏れる。 歩きつつ浅い深呼吸を繰り返し息を整えるが、考えたく無くてもあの瞳≠ェ脳裏を過る。

「私は、1人でも大丈夫」

もし、みんなが私から離れていってしまっても私は私なのだから。 其れなりの矜持を持って16年生きてきたのだ。
きっと、大丈夫。

そう信じたくて、誰もいない廊下で1人呟いた。





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