四月二十一日

赤いカチューシャに赤いカーディガン。 真っ直ぐな黒髪が凛とした顔立ちに似合う。 間違いなく彼女は、

「雪子ちゃん!」
「…!みやびちゃん!」

廊下だろうが関係ない。
全力で駆け寄り、しっかりと抱き締めると彼女の長い髪が揺れてふんわりと桜の香りがした。間違いない、雪子ちゃんだ。ずっと、心の底から心配して、探していた雪子ちゃんだ。

「雪子ちゃん、大丈夫だったの?怪我はない?何があったの?」
「心配させてごめんね、怪我とかもないし…でも、ここ数日の事実はよく覚えてなくて」
「そうなんだ…」

よく覚えていない、と言う割には雪子ちゃんはいつもよりどこか晴れやかな表情だった。
…多分、この感じだったらもう少し突っ込んで聞いてもいいかもしれない。 安堵とざらついた感情で胸がいっぱいになるが平然とした態度で一緒に教室まで向かった。



朝の教室はまだ私と雪子ちゃんしかいない。 雪子ちゃんに席に座ってもらい、自分は千枝ちゃんの席をお借りする事にした。

「宿題とかは大丈夫?理数系なら自信あるから写して」
「みやびちゃんありがとう。んー…今日物理あるからそれだけいいかな」
「任せて」

プリントとノートを広げると雪子ちゃんは綺麗な字でサラサラと書き進めて行く。 雪子ちゃんは元々学年トップレベルに頭がいいし、私が何も解説しなくても途中止まっては考え、理解をして写しているようだ。

やることが無いので携帯を開きつつチラリと雪子ちゃんを盗み見ると、目があった。

「あ、なんかある?」
「いや、雪子ちゃんが前よりなんか、イキイキしてるかもって」
「そ、そうかな…。あ、でもね、みやびちゃんに言わなきゃってことがあって」
「?」

雪子ちゃんは一瞬躊躇うように唇を軽く噛んだが、しっかりと私を見た。 こっちにまでドキドキが移る。
…もしかして、みんなが私に内緒にしてる件かな。

「前、みやびちゃんに旅館継ぐの?て聞かれた時、曖昧にうん≠ト返事したけど、私…本当はまだ何がやりたいか分からないんだ。というか、むしろ旅館継ぎたくないかもとか、考えたりして」
「雪子ちゃん…」
「この数日間、色んな事悩んだり考えたりしてた。本当に、心配かけてるのに何にも覚えてなくて、ごめんね」
「そんな、謝らないで!…あと、その。雪子ちゃんの事ね、凄いと思う」
「えっ…ど、どこが?」
「自分の本心をこうやって打ち明けてくれるところ」

少しだけ拍子抜けというか、がっかりしたけれど雪子ちゃんの本心が聞けて嬉しかった。
そして、意地ばっかりで本心を言えない自分が恥ずかしいと思った。

「そ、そうかな」
「うん…あのね、雪子ちゃん、私」

「雪子!」

勢い良く教室に入って来たのは千枝ちゃんだった。 間近に来て雪子ちゃんと私が課題をやっているのを確認する様にマジマジ見ると安堵した顔付きになった。

「千枝…もう消えたりしないって」
「うん…」

雪子ちゃんを千枝ちゃんは軽く抱きしめる。
なんだか、さっき同じ事をしたにも関わらず、自分だけこの空気の中では部外者の様に感じてしまって何とも言えない空虚感が胸に広がる。

私も雪子ちゃんの事、本気で心配してたのに、なんで、こう思ってしまうんだろう。

「あ、みやびちゃんあのね。昨日私がジュネスでぼーっとしてる雪子見つけたの。したら何も覚えてないって…本当心配したんだから!」
「うん…本当にごめんね」
「いや、本当心配したけど…よかったよ!」

なんで、私だけ何も知らないんだろう。

気付けばそればっかり考えてしまって。 今、私はきちんと笑えているのだろうか。



「雪子ちゃん、千枝ちゃん一緒に帰ろう」

恐らく下手くそでぎごちない笑顔になっているだろうけど、放課後いつもの様に誘ってみた。

…雪子ちゃんが戻って来てくれたから、きっといつもみたいに帰れるのだろうという期待も込めて。

けれども雪子ちゃんと千枝ちゃんは一瞬顔を見合わせたが、2人とも申し訳無さそうな顔をした。

…なんで?
とても嫌な予感がして、胸がバクバクする。

「ごめん、みやびちゃん…先約があって」
「明日は一緒に帰れるから、ごめんね」

先約って?今日まで休みだったのに?と突っ込みたくなったが恐らく、

「よーす!お前ら先に行ってる…から」

花村くんと鳴上くんが先約なのだろう。 2人に声をかけに来たが私の姿を見て声のボリュームをあからさまに落とす花村くんの所為で何もかもを悟る。

「あの、私邪魔だよね、ごめん。先帰る」
「いや、邪魔とかそんなんじゃなくて、その、ここんところずっと、ゴメンな…」
「ゴメン、てなんの事?」
「…隠し事してて、ゴメン。日高さん個展も近いし、…上手く言えないけど、危険も伴うから関わって欲しくなくて、その。分かって欲しい」

警察署での足立さんの発言や行方知らずだった雪子ちゃんを千枝ちゃんが発見した事を考えると、多分、何らかの事件に首を突っ込んでるんだろう。
雪子ちゃんが拐われたからこのメンバーで集まろう、という訳じゃなさそうだし、鳴上くんが転校してからすぐ、花村くんと千枝ちゃんとでコソコソしていた。

…時期的にそれこそ連続殺人事件と自然に結び付く。

「鳴上くんが」
「え?」
「鳴上くんが、事件に首突っ込もうって決めたの?」
「は?いや、」
「…日高、信じられないかもしれないが、聞いて欲しい事があるんだ」
「私、ずっと心配してた、友達だから」
「落ち着いてくれ、日高」

焦る鳴上くんの顔を見ると一気にカーッと熱くなる。ダメだ、抑えられない。

「でも皆はそう思ってなかったみたいだし、言い訳なんて聞きたくない!」

背後から日高!という叫び声が聞こえるが振り返らず、教室を飛び出した。



心が、グチャグチャだ。

1人でも大丈夫だと思ってたのに。 なのに結局皆の顔見て期待して、何もかも話してくれるって思い込んで。

私は1人じゃ何も出来ない。でも友達には信用されてないし、私も信用出来ていない。

グチャグチャな思考の中、場違いだが足が速くて良かったと思った。 多分、涙で顔の化粧はボロボロ取れているだろう。なるべく早く、1秒でも速く人に会わないで家に帰りたい。

嫌味なくらい燦燦とした太陽を背に急いだ。



* * *



−自己紹介をお願いします。

「日高みやびと申します。ミヤビドールと呼ばれる人形をこの世に送り出しています」

−何を切っ掛けに作家になられたのですか?

「父は画家をしていまして…私も画家志望だったのですが人形作家のミヤタ先生の作品に出逢ってから私も新たに人形に命を吹き込みたいと思うようになりました」

−今後の目標を教えて下さい。

「今現在は粘土で出来た人形を作っているのですが、私が、…そうですね。私が、納得出来るようになったらビスクドールを作りたいです。私が生み出した、可愛い子達を長く長く愛でてもらいたいです」


可愛いあの子が淡々と不自然なテロップと会話しているのを見つめる。

平日20時から、冴えないケーブルテレビの冴えない特集に彼女は出ていた。

「働く10代、ねぇ」

はぁ、面倒な事になってきた。

作り物の笑顔は完璧だ。 人形だけでなく、彼女は自分自身が世界観の一部であると理解している。 カメラは黙々と作業を続ける彼女を追い続ける。うん、ずっと見てられる。 けれど、不意の質問に声が震えたり、たまに視線が泳ぐ。

コア過ぎる雑誌のコラムしかメディアにでてないし、本当は慣れていないんだよね。少し脇が甘いところも、高校生らしい。

こんなもの見せられたら、皆彼女の事知りたくなっちゃうんじゃないかな。


「早く連絡頂戴よ、みやびちゃん」





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