四月二十三日

勢いのまま学校を飛び出してから2日連続で休んでしまっている。 母には個展の準備で凄く忙しいと言い訳しているがなんとなく何かあったと気付かれてはいるだろう。

久し振りに触る携帯には沢山の着信があった。 返事を頂戴、だったり心配してる、とか。 意地を張るんじゃなかった、と一瞬思ったがここで折れて今後も微妙な距離感で付き合うくらいなら真っ新な関係に戻りたかった。
花村くんからもメールと電話が来ていたが彼のメールだけは開かず消した。 もう考えたくないのに、多分また考えちゃうから。

メールボックスを整理しているとどうやら完二くんからのメールも無視していたらしい。 一昨日の夜に来ているのを確認して慌ててメールを開く。

おい、みやび、お前この前のインタビューお蔵入りになるかもって言ってたけど今やってるぞ。お袋が録画してるから今度冷やかしてやる

あれ、山野アナがインタビューしに来たから絶対にお蔵入りするかと思った。 けれど冷静に考えると、ローカル局のメインアナを失って放送出来るものがないのかもしれない。
基本的に作業してるところばっかり撮ってたし、テロップか何かで編集し誤魔化せば充分なボリュームがあるものにはなるのだろう。

ごめん!立て込んでた!個展の宣伝ばっちりされてた?私の写りやばくなかったよね!?焦る〜 5月2日は平日なんだけど、搬入手伝ってもらえないかな

完二くんへ返信を送りベットに体を預け沈み込む。寝たいのに、寝れない。 本当にこのままでいいのかな、なんて後悔したりで目を瞑ると皆の顔が浮かぶ。
将来このままぼっちになっちゃったら、完二くん私と結婚してくれるかな。 本気で嫌がりそうだけど、このままぼーっとしてる私を放置しておけるような子じゃないからきっと引き取ってくれるだろう。

完二くん、結婚しよう

人恋しいというか、構って欲しくて言いたい事だけまたメールを送る。 多分完二くんはぁ!?てブチ切れてるだろうなぁ。そう考えると少しだけ笑えて来た。うん、今のうちに寝ちゃおう。

いい夢が見れますように。



* * *



どれだけ怒られてもいいから、日高さんに謝りたかった。そして1人になって欲しくなかった。

事件から遠ざける事で勝手に守れた気でいたし、個展に集中できるだろうとヒーロー気取りだった。
本当に心配ならば、信じてもらえなさそうな話でも全てを打ち明けてその上で守りたいと伝えれば良かったのだ。


「来ちゃった…」

少し振りの日高絵画教室だ。緊張感から自然と唾を飲み込む。 鳴上に大人数で押し掛けても迷惑だし、今はパニックになるだけだと上手いこと言いくるめられ今日は1人だ。
…元々行くつもりではいたが、てっきり里中や天城が付いてくると思っていたので緊張しないほうがおかしい。

おずおずとチャイムを押すと日高さんではない女性の声で返事があった。

「はい」
「あ、あの。花村です」
「あー!花村くんね。待ってて頂戴」

ガラッと引き戸を開けて顔を見せたのは日高さんのお母さんだった。顔は楽しそうににやけている。…ん?なら日高さんはとりあえず元気って感じ?

「こんにちはっす」
「こんにちはー!ねえ花村くん、今お父さんいるからみやびの彼氏ですって紹介していい?」
「い、いや。彼氏じゃないですし、みやびさんには申し訳ないていうかそれは」

以前自転車で迎えに来た時に日高さんのお母さんと少し話したがどうやらそういう認識でいたらしくフツーに焦る。 あっでもそっちのがスムーズに日高さんまで取り次いでもらいやすい…?

「えっと、付き合ってはいないんですけど…そのなんとなく…僕の気持ちを察して下さい」
「うんうん。ああじゃあ、みやび呼んでくるから待っててね」

ニコ!と、擬音が見えるくらいには満面のお母さんが一旦扉の奥へ戻りホッとした。 日高さんのお母さんスゲェいい人そうなんだけどノリが若くて少し、しんどい。 けどこの後…日高さんがくると切り替えて考えるとまた違った辛さがある。

パタパタと足音が聞こえて体が自然と強張ったが扉を開けたのはお母さんだった。

「みやびね、ここんところずーっと無心で作業してたから寝てなかったみたいで…今様子みたら気持ちよさそうに寝てて、ごめんねぇ」
「あ、いや、逆に本当に急に来てすみませんでした」
「なんかみやびに伝える事とかある?」
「…この手紙を渡して欲しいのと…その、みやびさんがこの前テレビ出たじゃないですか」
「あ、見ててくれたの?」
「はい。…その後学校でみやびさんのストーカー?みたいなの来てて。気を付けて欲しいんです」

実際にはストーカーなんていなかったのだが、不審者には家族一丸で気を付けて欲しい為少しだけ盛った。

「あーみやびね、やっぱりニッチな需要があるタイプだから…あの子も慣れちゃってるけど改めて気を付けるように言っておくわね」
「そ、そうなんすね」

盛るまでも無く結構この様子だと日常なのか…。お母さんの態度に少し面喰らう。 けれど、伝えたいことは伝えられたかと思う。

失礼します、と頭を下げればまた来てねと優しく微笑むお母さんにまた軽く会釈して来た道を戻る。

とりあえず日高さん、無事そうで良かった。



* * *



うっわ、寝過ぎた…。
窓から外を見ると薄っすらとオレンジに藍色が混ざり始めていた。 この時間だとお父さんは下の教室で生徒さんに指導しているだろう。最低限の身嗜みを整えてリビングに降りる。

リビングに向かうとラップが掛けられたチキンステーキとサラダがあった。 どうやらお母さんはパートに行ったらしい。
ピンク色の「いってきまーす!」と書かれたメモの隣に手紙が置いてある。ちらりと誰からか確認すると花村陽介よりと書いてあり動揺が走る。

えっ、どういう事!? 手紙を開く勇気はなく、いつもより長文のお母さんのメモを見返す。

お母さんパートいってきまーす!

お父さんへ、みやび寝ちゃってるから起こして晩御飯食べさせてね。

みやびへ、今日花村くんが心配して来てくれたよ。テレビのせいでまたストーカーが出たらしいって。手紙も受け取ったから読んであげてね。お母さんは読んでませんよ!お父さんも読んじゃダメだからね。

この手紙は正真正銘の花村くんからのものらしい。 多分私が聞かずに遮ってしまったことの詳細が書かれているのだと思う。

…読もうか。

いや、でも、読んでも彼らの事を信じれなかったらどうしよう。
私はまだ多分彼らと友達でいたいのだと、思う。 だからこそまた裏切られたらと思うと、すごく、怖い。

それなりにあったはずの食欲はすっかり失せてしまっていて、手紙をそっと持ち部屋に再び戻る事にした。

勉強机につき白い封筒の手紙と向き合う。 花村陽介と汚いなりに一生懸命書いたんだろうなと分かる字をじっと見つめると心が温まるのと同時に騒つくのが分かる。

今度、学校に行った時…そう、今度こそ話を聞こう。 みんなの顔が見えないまま1人でこの手紙を受け入れるのは凄く勇気が要る。 文章だけでは余計に…誤解をしてしまうかもしれないし。 みんなの顔を見ながら、全てを受け入れる。

そう決めると一度深呼吸をし、手紙を引き戸に丁寧に仕舞い込んだ。

閉じようとした引き戸の中にある、雑に切り取られたシワシワのメモがふと視界に入った。

「足立さんのナンバー…」

どう処理していいか分からないものを私は机の引き戸にとりあえず突っ込んで忘れようとする悪い癖がある。 今見つけたものも其れのようだ。

あの時、ただ怖いと切り捨ててしまったが今の自分は…。


メモが右の掌の中でくしゃりと小さく音を立てた。





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