四月二十五日A

「日高さん!大丈夫か!?」
「えっ、花村くん…?みんなぁ…」

自分の背後にある紅色の扉が突如として開くと、見知った顔が4つ。 不安でしょうがなかった私の緊張が少し解ける。ここが何処かも分からないけど、何でここに?…本当に夢じゃないの?

「はいっ!みなさーん!ごちゅうもーく!!」

私の声だけど、私の声じゃない。 黒地に赤い椿が描かれている幕が下りたステージにバニーガールのコスチュームを纏った私が立っている。 パッとスポットライトが当たると凄く嬉しそうな笑みを浮かべる。

「これから日高みやびコレクションをお見せしちゃうー!さあっどれ位の価値があるんでしょうか!?」

幕が勢い良く上がると個展で初出しする予定のドールハウスと人形三体が現れる。
それぞれ人形には過去の私と、今の私…そしてこれからの私を投影し丹念に作り上げたものだ。今の私に出来る全てを注ぎ込んだ自信作。

「オープン・ザ・プラーイッス!」

空中に突如として数字が並ぶ。何処かの鑑定番組のオマージュだろう「1、10、100…」と桁を告げ0が並ぶ。
ネットで自分の作品の値段を公開しているとはいえ少し気恥ずかしい。 数字を告げる音声が止まると自分が予想していた額と大きく違う額が出る。

「0円でしたー残念。価値なし〜!平たく言うと場所もとるしィ…ゴミ?」
「そんな訳ない…。貴方も私だと言うのなら分かるでしょ!?今回の作品は初の個展に向けて今できる全てを注ぎ込んだ!!」
「あははは!でも本物さん自身がこの作品…どころか自分の作品全てに疑問感じちゃってるんでしょォ〜?」
「私のお人形は皆に可愛がられてる…!そんな事考えちゃファンにだって失礼よ!」

怒る私を無視して偽物の私が花村くん達の方へハイヒールをカツカツと鳴らし近寄る。

「ねえねえ、聞いて〜!みやびはね、自信がないの。…それだけだと可愛く聞こえるけどォ、みやびったら自分が持ってない物を持ってる人の事心底妬んでるの!」
「確かに自信は無いよ!でも人形にかける情熱と向き合った時間は誇れる。私はそんな小さな人間なんかじゃ無い…」

皆の方を向きニコニコと話していた偽物が振り向き、心底つまらなさそうな顔をして私を見る。

「ハァ!?だっからさあ〜綺麗な言葉で取り繕うのとか本当にクソダサい!くだらないって思ってるのにいつもファンに媚びちゃってさぁ…なんで媚びちゃってんの?人形の出来が良ければファンなんか勝手に出来るよォ?」
「ファンの人をそんな風に思った事なんて無い…。お人形だって皆に愛されてる…」
「そ?ならなーんで大分前から充分に窯を買えるお金があるのに買わなかったの?個展に合わせてビスクドールを作れば話題性もバッチリなのにィ」
「それは…」
「躊躇ってるよね?このまま人形作家として活動するか。逃げれなくなっちゃうもんね?…作家なのになにも人に伝わらない。キレー!で終わり。才能なんて無い。絵を描いてる時からずーっと気付いてたわよね?」
「やめて!」
「才能も無し、自信も無し。本当に何も無いよねぇ。極め付けにやっと出来た友達までとられちゃうし」

ああ、見ないで。やめて、花村くん、皆、見ないで!聞かないで! 止めてもペラペラと話し続ける偽物の私に皆の視線は釘付けで羞恥のあまり死にそうだ。



「うん、だから、鳴上くんの事死んじゃえって思ってるよねェ?」



思考が、止まる。
…は?いや、そんな事思ってない…。思ってない!こんなの本心じゃない!

「そんな事、思ってない!思ってないよ…!」

アハハハと楽しそうに高笑いする偽物の私を止めようと後ろから近づくが振り払われる。 やめて、違う。…確かに自分と違ってすぐに馴染んだ鳴上くんに嫉妬してた。でも、そこまでは思ってない!

鳴上くんを始め、皆の顔が見れない。もう、辞めて。戻れない、もう戻れない…。パニックで息の仕方が乱れる。苦しい。


ちがうの!!全ては偽物の戯れ言なの!!!


「鳴上くんが来たせいで自分の嫌な所が見たくも無いのに浮き彫りになっていくよね?みーんな、鳴上くんといると楽しそう。秘密なんか共有しちゃって…あーかわいそ!1人でなんとかなると思ってるのも痛い虚勢だよねぇー、アハハ!アタシにはなぁーんにもない!!!」

息が、止まる。涙が滲む。

「…だから、アタシがオーディションに出るの。幸いにもアタシ割と可愛いし。何も出来なくても…きっと誰かが愛して、可愛がってくれるよ、ウフフ」
「あなたは…私…なんかじゃ無い…」
「あー?聞こえない!」
「日高さんダメだ!!」

後ろで花村くんが叫ぶ。 でも、何がダメなのか分からない。 だって、


「あなたは、私なんかじゃない!!」


詰まる息を奥で飲み込んで、今出る最大ボリュームで叫ぶ。言えた。 その途端、滲む視界の先で偽物の私の姿がキャハハハと嬌声にも似た高笑いと共に揺らぐ。


巨大な張り付いた笑顔の女性…いや人形かもしれない…がマリオネットの様に椿の幹に捕らわれている。
私の偽物がこの化け物に姿を変えたの?…幹が食い込むのか青白い肌からは椿と同じ赤い血が流れている。とんでもなくグロテスクだ。 これって、私の心の…擬人化なのだろうか。

朦朧とする意識の中千枝ちゃんと雪子ちゃんが倒れ込む私を部屋の隅に座らせる。

「みやびちゃん…ごめんね。辛かったよね。すぐ終わらせるから…!」
「絶対に…守るから安心して!クマさん、よろしくね」
「ミヤビチャンはまかせんしゃい!」

そう言うと2人は熊のぬいぐるみ…?を側に置いて花村くんと鳴上くんの所まで戻っていった。 守られるだけなんて、嫌だ。また1人になりたくない。 けれど、這ってく気力も無く壁に体重を預ける。



「我は影…真なる我…アタシの居場所を盗ったおバカさんに分からせてあげる…」

巨大な女性に花村くん、鳴上くん、千枝ちゃん雪子ちゃんが立ち向かう。 指揮者は鳴上くんらしく、花村くんが彼にアイコンタクトを送る。

「くらえ!ガル!」
「ああっ!」

花村くんが人型の怪物を召喚すると風魔法を使い、私が生み出した怪物にぶつける。直撃だ。

「センセイ、風が弱点クマ!」
「鳴上ぃ!」
「総攻撃だ!」

わっと4人が怯んだ怪物を取り囲み総攻撃に取り掛かる。それでも手強いらしくピンピンとしている。

「皆は傷付けたくない…彼だけ消えればいいのに…」

そう怪物が呟くと鳴上くんに雷撃を放つ。ぐあっと唸り鳴上くんはその場に座り込む。 そこへ追撃の雷撃が襲うが攻撃を受けたのは千枝ちゃんだった。

「里中…、庇ってくれたのか」
「リーダーが倒れたら、ヤバイっしょ。電気弱点なんだね、気を付けて」
「ありがとう」

千枝ちゃんに腕を引っ張り上げてもらい鳴上くんが立ち上がる。
怪物は千枝ちゃんを攻撃してしまった事に動揺している様だった。頭を抱え震えている。

「千枝ちゃんごめんなさい…。やつは一撃で仕留めるから、もう庇わないで…」
「みやびちゃんも、鳴上くんも大切な友達だからそれは約束出来ない」

震える怪物に千枝ちゃんの氷魔法と雪子ちゃんの炎が炸裂するが、ダメージよりもまだ千枝ちゃんに攻撃してしまった事を気にしている様だった。

「わかった、最初からこうすれば良かったんだ…」

怪物が鳴上くん以外の3人に魔法をかける。特別ダメージがある訳ではなさそうだが、何かがおかしい。

「えっ!」

突然、目の焦点が合っていない花村くんが鳴上くんにスパナを投げつけた。鳴上くんは華麗に避けるが、千枝ちゃんと雪子ちゃんの連続攻撃からは避けきれず、脇腹に靴跡が残っていた。
次の攻撃に備えてガードをする鳴上くんだったが、花村くんと千枝ちゃん雪子ちゃんは突然お金をばら撒き始めた。

「操られてるかと思ったが…混乱してるのか」

鳴上くんは風の妖精から力を貰っているのかと思ったが状況が分かるとまた違う水色の髪の妖精を召喚した。

「ハイピクシー、メパトラ!」

瞬時に3人の顔が正気に戻る。なんて言うか、本当に凄い。 ピンチな状態でも焦らず冷静で、こんな異常事態に巻き込まれても活路を見出す。



こんな意味が分からないところに連れてこられた時から何となく気付いていた。 偶然か、はたまた計画的にここを見付けたのかは不明だけど、多分彼らはこの危険な世界から雪子ちゃんの救出をしていたのだろう。

鳴上くんは、リーダーに相応しい。

こんな世界の事を信じてくれって言われても私は信じなかっただろうし、多分鳴上くんを確実に頭がおかしい人と決めつけるだろう。
今も打ち明けてくれなかった事を恨めしく思う気持ちは正直、あるけれど鳴上くんがとった行動はベストだったのだろう。

「鳴上、申し訳ねぇ」
「う、それあたしだよね…ホントごめん」
「大丈夫さ、それより頼むぞ」
「オッケー!」

花村くんと鳴上くんの風が合わさり、小さな台風になって怪物を包み込む。 椿で磔にされていた巨大な女が崩れ落ち、断末魔をあげると私と瓜二つの姿に戻る。

「クマ、そっちは無事か?」
「大丈夫クマ!…って、危ないクマよ!」



這って皆の所へ行こうとしたがぬいぐるみに行く手を塞がれる。

はやく、謝らなきゃいけないのに。許してもらえるかは分からないけど。

ぬいぐるみに諌められ泣きそうな私に花村くんが肩を貸してくれる。何で皆こんなに優しいんだろう。

「みんな、本当にごめんなさい」
「いや、俺らこそ謝らないといけない…話さない方が危険に巻き込まれなくて済むと思い込んで結果、危ない目に合わせてしまった。本当に申し訳ない」
「鳴上くんが、大人過ぎて、なんか、本当に色々と至らない自分が本当に恥ずかしい…。あの、嫉妬してた。間違いなく。ごめんなさい。けれど、流石に死んで欲しいとまでは思ってないから、その…」
「分かってる。話は此処を出てからだ。俺より話すべき奴も此処にはいるだろうし」



責めるような金色をした瞳の私がこっちを見る。 偽物と彼女を認めない結果暴走してしまったが、本当はわかっていた。

「私、本当は物を作るのが怖い。作れば作るほど自分の引き出しが無いって分かるから。才能が無いと思い知らされるから。…なのに作らないと自分の価値が無くなるって無理してたと思う」

コクリと目の前の彼女は頷く。

「そこに鳴上くんが来たから、焦って妬んでた。いつか飽きられて、忘れられる事に怯える作家の私しかいなくなっちゃうって。…でも、私…これからも物を作りたい…。これからね、視野も広げる。それが楽しい事だって皆が教えてくれたから」

私の紛れも無い本心だ。彼女はそれを知ってる。 何故なら彼女は私だから。

睨む瞳がまた違う意味を持って細まった。 そして隣の花村くんを指差す。

「おっおう?」
「絶対に迎えに行くから心配しないで」

そう言うと彼女は笑顔を見せ、姿を変える。

陶器を思わせる白い肌に目蓋を閉じた穏やかな表情。髪のように生えた若い椿の樹木と花は緑と赤が鮮やかだ。黒い着物に金の袈裟を模したと思われるドレス。

「綺麗な女性…」
「これが、みやびちゃんのペルソナ?」
「よろしくね、…シロビクニ」

何故か彼女の名前を知っている。 ああ、彼女は私なのだ。そう受け入れると一気に力が抜ける。



花村くんに支えられていなかったら地面にそのまま崩れ落ちていただろう。花村くんが「おわ!」と声を上げてずり落ちそうになる私を支え直す。

「日高さん大丈夫か?」
「うん…」
「今日の所は早く引き上げよう」

鳴上くんの提案に皆頷く。私だけでなく皆も此処に来るまで大変だっただろう。

「花村くん、私歩けるから大丈夫」
「いや、明らかに無理だろ」

じゃあお願いだから4人掛かりで私の腕を引き摺ってくれ、と言おうとしたら花村くんがしっかりと私の体をホールドした。…これはいろんな意味で逃げられないぞ?

「は、なむらくん…?」
「本当に、ごめんな。って言うのと…こんな時くらい甘えろっての!」
「あっ、はい」
「日高、素直に花村の肩借りろ」

こう言われちゃうと、恥ずかしいけれど抵抗出来ない。 いつもだったらニヤニヤしてる筈の千枝ちゃんと雪子ちゃんも心底安堵したような顔で、無理するなと勧めて来る。…これ強制イベントかあ。

…好きな人が間近にいるのって、嬉しさよりも緊張とか羞恥のが勝る。女の子に迷惑はかけたくないし、…鳴上くんは…気不味いよなあ。
仲良くなりたいけれど…こんな私を彼は許してくれるだろうか。

「いくぜ?日高さん」
「あ、うん」

あんな事があったばかりなのに直ぐにマイナスの事ばかり考えてしまうのが自分の良くない所だ。

切り替えて、大人しく花村くんの肩をお借りする。歩き始めた花村くんはゆっくりとした歩調で気遣ってくれているのが分かる。 少しだけ前を歩く皆の歩調もゆっくりで敵から庇うように時たまにこちらを伺ってくれる。


皆の背中と隣の体温に思わず頬に温かい涙が伝った。

みんな、大好き。





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