瓶詰の天国

※2021年6月22日花村誕記念



「困っているので、助けて下さい」

そう頭を下げるみやびを見て俺と鳴上先輩は顔を見合わせた。俺とみやび、俺と鳴上先輩という組み合わせは珍しくないがこの3人となると途端に珍しくなる不思議なメンバーだった。

「困ってるって……なんだ?完二はともかく内容によっては俺よりも花村や女子に聞いてもらった方がいいんじゃないか?」

そう聞き返す鳴上先輩の言葉にみやびは顔を上げた。

「花村くんの誕生日、何をあげていいか分からないので……年頃の男子って何が欲しいんですか……?」
「そう言うことか。6月のいつだっけ?」
「本人に聞いた訳じゃ無いけど、プロフ見る限り22日……」

みやびが話を聞いて貰うから、と無理矢理奢ってきた紙コップのコーヒーに鳴上先輩は口を着けると「うーん」と顎を軽く掻いた。

「日高は料理が上手いだろ?ありきたりかもしれないがケーキとか」
「最近は暑くなってきたから学校に持って行くのはなぁ……って。うーん、焼き菓子とか嬉しい?お祝い感薄いかな?」

鳴上先輩と全く同じ事を考えていたから、その提案がみやびに一蹴されるとめんどくせー≠ニいう気持ちで一杯になる。背中を思いっきりフードコートの安っぽいイスに預けるとギィと音が鳴った。

「完二くんもなんか案ある?めんどくせーって顔に思いっきり書いてあるけど」

みやびに思いっきり図星を突かれてバツが悪い。仕方なく、少しだけ頭を働かす事にした。

「……何も作る事に拘らなくても良いんじゃねーか?」
「確かに。花村は思わないだろうが、手作りを重たく思う人間もいるしな」
「た、確かに……。うーん、気を遣わせない程度の値段で良いものをあげたい……」

みやびは携帯で花村先輩のプロフ画面を見ながらうーんと唸った。

「暖色っていうか、オレンジ色が好きで……フルーツ系ののど飴が好き。甘い物全般は美味しく食べて貰ってる気がする。ヘッドホンも何時もしてるし……ギターも弾けるって言うから、音楽系とか……?ううーん」
「日高が好きなバンドのCDとかはどうだ?」
「クラシックは多分花村くんの好みじゃないから……後は女の子のアイドルグループも聞くけど、それは花村くんもきっと買ってるし」
「なるほどな」

みやびの話に相槌を打ち真剣に悩んでいる鳴上先輩を見て良い人だよなぁ、と思う。
鳴上先輩は男も惚れる男って感じで、頼れて頭が切れる。里中先輩や天城先輩も俺や花村先輩とは少しばかり違う扱いをしている様に感じる。

でもみやびは鳴上先輩ではなく、花村先輩にホの字らしい。テレビの中まで助けに来てくれるまでは軽い男、という印象だったが今はなんとなくみやびが惹かれた理由も分かる気がする。
いや、俺が花村先輩に気があるという訳ではない。なんだったら鳴上先輩だってそう言う目では見てない!

恋愛とかはよく分かんねーけど、相性ってのはまあ何となく分かる。
みやびは理屈っぽいから同タイプの鳴上先輩の言葉よりも、明るい言葉で背中を押してくれる花村先輩の言葉の方が素直に受け止められれるんだと思う。
まあ少しばかり軽率なところはあるけれど、面倒見のいい人だから大っぴらに態度には出さないがみやびと花村先輩が上手くいけばいい、とは薄ぼんやりと思う。

「あの人、割と身嗜みとか気を遣ってるからそういうのはどうだ?」
「うーん。確かに花村くんは自分に似合う物をよく分かってるというかオシャレだけど……」
「シンプルなネックレスとかブレスレットとか……時計なんかもいいかもな」
「時計はちょっと良いかも、って思ったけど……」

鳴上先輩の提案はいい考えだと思ったが、当事者であるみやびは腕を組み首を傾げている。

「花村先輩には派手な腕時計とか似合いそうだけどよ。何が不満なんだよ」
「私のセンスで選んだ物がもし、花村くんの好みじゃなくても彼なら気を遣って使ってくれそうなのが若干重荷です……」

相変わらずのマイナス思考に呆れて何も言えなくなる。鳴上先輩すら苦笑いだ。

「好みじゃなくても、日高が真剣に選んだ物なら花村は絶対喜んで着けるさ」
「そう、かなぁ……別に恋人じゃないから着ける義理なんて無いし……」
「恋人じゃなくても、花村にとって日高は確実に大切な人だよ」

鳴上先輩の言う事は最もだった。
花村先輩とは知り合ってまだ短いが、去年から今年に掛けてのみやびの変化から察するに花村先輩だってみやびから受けた影響はきっと大きい筈だ。

「……う、ん?」

いまいち歯切れの悪いみやびの頭を軽く叩くと「痛った!」とみやびは頭をさすった。

「花村先輩にも失礼だからな、気に入らないプレゼント如きでグチグチ言うタマかよ、先輩は」
「言わない……」
「日高の経済状況はまあ普通の高校生とは少しばかり違うと思うから、そこだけ考慮すれば花村は何でも喜ぶさ」

オチを付けるように鳴上先輩がそう言うとみやびは渋々ながらも納得したようで頷いた。


* * *


花村くんは黒よりも白の方が似合うなぁ、なんて夏服のシャツ姿を盗み見て思った。
初夏の陽射しが彼の茶髪を透かしてキラキラと輝かすのもあって、いつもより魅力的に感じてしまう。なんていうか、夏がとても似合うのだ。

真昼の刺すような明るい光と、夜の喧騒が引いてどこか名残惜しい様な静寂。そんな夏の魅力を私は花村くんに感じている。

鳴上くんと楽しそうに話す彼に癒されつつも、相変わらずプレゼント選びに難航している私は内心頭を抱えていた。
鳴上くんだったら何をあげるんだろう。いやでも男の子同士だったら普通はあげたり……はしないか。
鳴上くんがプレゼントを贈るとしたら家族か、恋人になるのだろうか。今、彼には恋人はいないそうだが、なんとなく千枝ちゃんと雪子ちゃんを見てしまう。モテる男は辛いね。

それはさておき、彼は気が利くからきっと好みの物を選べる筈だ。それも本人すら気付いてなかった欲しいものというか。

私の目からすれば、花村くんには必要なものが全て揃っている様に見える。
オレンジと赤のヘッドホンに、派手なエナメルバック。拘っているのであろう泥一つ着いてあない真っ白なスニーカー。明るい外ハネ気味の髪は垢抜けていて彼自身の明朗な人柄を充分に引き立てている。

うーん、と思わず声に出して唸る。シンプルだけど、少しだけ遊び心があるようなTシャツとかなら最悪気に入らなくてもインナーとしてタンスの肥やしにはならないだろうか……。
またも消極的な考えになっていることを自覚して人目がなければ机に突っ伏したい気分だった。

「な、日高さん!」
「う、うぇ?ごめんね。話聞いてなかった」

鳴上くんと話していた筈の花村くんが私に同意を求めてくるが、意識を飛ばしていた私は話の流れが全く読めない。

「あ、いやむしろこっちこそ急に話振ってごめんな。夏だからさ、皆でどっか行きたいよなーて話してた」
「成る程。で、花村くんは何処に行きたいの?」
「ちょっと遠いけど海とか……ってあれ」

花村くんは私の顔を見た後、鼻を一度スン、とひくつかせた。ケアは充分にしている筈だが、もしかしたら汗臭いのかもしれないと思い、身をすくめる。

「なんか、花の匂いがする……日高さんっていつもお菓子の匂いと埃っぽい……っていうと語弊があるな。クラシック?な香りが混ざった香水の香りがするけど、変えた?」
「あ、うん。夏場だから軽いのに変えた」
「印象がだいぶ違うけど、この花の匂いも結構好きだな。……いつもより軽快な感じだけどちょっと重たくて日高さんらしさもある」
「あ、ありがとう」

ストレートすぎる花村くんの褒め言葉の所為で頬がかあっと熱くなる。真っ赤な顔を見られたくなくて、少しだけ俯き毛先を捻った。

変化に気付いてくれるというのは中々に嬉しい事だ。少なからず私の常に興味を持っているという事だからだ。
思わずニヤける口元を花村くんから隠す様に顔を背けると鳴上くんと目が合う。言葉は無くても「良かったな」と言われているのが分かる。

「海とか行った事ないけど……皆とだったら、楽しいかも」
「おおっ!じゃあ日高さんはオッケーね!水着、楽しみだなぁ!」

どちらかと言えば水遊びよりも、見た事のない経験した事のない事を皆で出来るという事に喜びを見出していたのだが、水を差すのは宜しくない。
照れくさいけれど、林間学校の時は心の準備が出来ぬ間に水着を公開することになったので、しっかり覚悟を決めた上で私も花村くんの水着姿を見たいのもある。

それにしても、海。
暑い夏は燦々とした陽射しが水面に跳ね返り、キラキラと輝く。水に入った瞬間の冷たさは心地良くて、塩でベタつく風すらも幸福のスパイスになる。
凍える様な冬は人の盛りが過ぎ静寂に満ちている。暗い色に染まった水は孤独を知っていて、人の心に寄り添い宥めてくれる。

まるで花村くんだなぁ、なんて思う。
鳴上くんとの雑談に花を咲かす彼にうっすらと幻影を見た。


* * *


「花村くん、今日誕生日だよね?よかったら、これ受け取って下さい」
「えっ!?……マジ!?俺言ってないけど!」

私の言葉に花村くんはその場で跳び、のけぞった。普段からオーバーリアクション気味な彼とはいえ、流石にここまで派手なのは初めてだ。 まずい。此処に来てサプライズは引かれたかもしれないと思い嫌な汗が噴き出す。

「プロフで見て。ごめん、怖がらせた?」
「いやいやいや、嬉しくて!そっちで驚いてる感じ!……ヤベー嬉しい」

彼の表情をチラリと見るが、頬が薄らと赤らんでいる。嘘偽りなく本当に喜んでいるようで胸をほっと撫で下ろす。

若干……いやかなりの下心を持って、稲羽市に突如としてやって来たりせちゃんの様子を見てくるという男子組(というか花村くん)と女子組は本日別行動だ。
私は完二くんの保護者として丸久さんに着いていくつもりだったが、こういう時、帰りは決まって完二くんが送ってくれるのでさっと教室で渡す事にした。

男の子だから青か緑がいいかな、とは思ったけれど花村くんのイメージ的に寒色よりも暖色だろうと思いラッピングは赤にした。

袋を渡すと「開けてもいい?」と期待に満ちた瞳で花村くんは聞く。もし花村くんに尻尾があったらパタパタ引きちぎれんばかりに振っていただろう。

「いいよ」
「じゃあ失礼して」

花村くんはしゅるしゅるとリボンをほどいた。用意したのは私本人なのだから何が入っているかなんて分かり切ってはいるがドキドキとした鼓動で胸が張り裂けそうだ。

「香水?」
「あ、うん。香りものとか苦手ではないのかな、って前思ったから」
「付けてもいい?」

コクリと頷くと花村くんは青の小瓶を取り出し手首にワンプッシュ吹きかけた。

「オレンジ……っていうかシトラス系?とマリンノート……か?」
「うん。夏にぴったりかなって。シトラスにも色々種類はあるけど、トップノートは比較的甘いものにした。それでも嫌らしく香らないでスッと馴染んで……なんていうか元気いっぱいで花村くんっぽいなぁって」

クンクンと忙しなく鼻を動かしていた花村くんは急に顔を上げたと思いきや、目を見開き頬を真っ赤に染めた。

「あの、もっとオリジナリティがあって複雑な香りとかも正直あったんだけど、皆の好きが詰まっていて親しみやすい所が、良いなって思って……好みの香りじゃなかったら掃除の時にエタノール代わりにでも……」
「いや、気に入ったから!」

私の言い訳を遮る様に花村くんは言った。その勢いに今度は私が目を丸くする番だった。

「ま、毎日つけてくるし」
「あ、うん……嬉しいよ」
「じゃ、じゃあ相棒と完二も待ってるし行こうぜ!」

ラッピングの袋に再び瓶を丁寧に仕舞うと花村くんは足早に下駄箱に向かった。
照れ臭い時の花村くんの反応は分かりやすくて可愛い。嬉しいのと同時にホッとする。

彼が歩く度に、広がる果実とそれを包み込む海風を思わす爽やかな香りに初夏を感じた。





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