十月一日

授業と授業の合間の休憩時間。
教科書や体育着などの貸し借りで他クラスの人間も訪れ、暫し賑やかになる時間。
転校してきて早一ヶ月経った俺──花村陽介──はこの時間になるといつも不可解なものを目にしていた。

どうやったら、こんなド田舎でハラジュク系が集まるんだ……?

都会ではチラホラ見かけた所謂パンクスやロリータというのだろうか。 個性的な改造制服の集いが入れ替わり立ち替わりクラスメイトの女子に寄ってたかっているのだ。

中心となる女子生徒は周囲とは打って変わり、綺麗に制服を着こなしていてるので、彼女たちの中では浮いている。 余りにも異様な光景なので最初はいじめられているのだろうか?と警戒したが、どうやら違うらしい。

「はい、花村漫画ありがとー」

迷惑になってはいけないと中心の女子が、集団を廊下に誘導しつつ静かに談笑しているのをこっこり盗み見てると声を掛けられた。

「はいよ、これ面白かっただろ?里中」

新刊出たら貸して、とにんまり笑うクラスメイトの里中とその後ろに同じくクラスメイトの天城が立っていた。

「……花村くん、日高さんのこと気になってる?」

俺が先程まで視線をやっていた集団に気付いたらしい天城が顎に手を掛けながら聞いてきた。
「お、もしかして天城サン妬いてる?」
「……なんで?」
「……ゴメンナサイ」

軽口を叩くと天城から愛のない反応をされる。割と傷つくんですけど……。 はあ、と俺が大きな溜息を吐いても、無視を決め込んだ里中が話を続ける。

「日高みやびさん、通称ミヤビ嬢。彼女、人形みたいに綺麗だけれど、それ以上にすごいんだよ!こう……繊細なやつ。アンティーク?みたいな人形を作ってるんだよ」
「うん、ミヤビドールで検索すると出てくるから花村くんも気になるなら見てみなよ」

里中の説明で腑に落ちた。所謂そっち系のファンなのか、あの集団は……納得納得。

「ふーん。どれどれ」

促されるままに俺は携帯電話で画像検索をしてみた。
淡い紫のドレスを着た人形に不思議と目が止まったので、とりあえず選択して拡大してみた。画像にはミヤビとサインが入ってるから話柄の作品で間違いないだろう。



雪を通り越して氷を思わせる透明感のある肌。 咲き始めたばかりの淡い薔薇色が添えられた唇と頬。 キラキラとした夜空をそのまま閉じ込めたような瞳。

極端に綺麗すぎて作り物だって分かる。けれども、リアルだ。液晶画面越しに繊細な命の灯火を感じさせる。ぶるりと自然に震えたが……感動ではなく恐怖だ、これは。

現役女子高生が作ったんだから正直大したことない、と想像していた予想は大きく裏切られた。
そして俺は一度も話した事がない彼女に偏見を押し付けてしまった事に気付き、猛省した。

このままじっと見ていたら人形たちの世界から帰ってこれないような気がして、俺は携帯電話をそそくさとポケットへしまった。

「なんか、凄かった……。芸術鑑賞とか普段しねぇし、良い感じの言葉出てこねぇけど……」
「あ、初めて見た時の千枝とおんなじ感想」
「何にしても肉ばっかの里中よりは繊細に出来てるアイタッ」
「……こんなに凄い作品だからさ、日高さんと仲良くなりたい気持ちは分かるけど彼女達の接し方はちょっと違うよね」

思いっきり足を踏んできた里中に文句を言おうとしたが日高さんに同情しているのかシュンと眉を下げていて何も言えなくなった。
代わりに「ああ」とだけ返事をして、俺は深く頷いた。
日高さんがどうしたいのかは知る由も無いけれど、あれは健全な高校生同士の交流とは明らかに違うと思う。

天城は彼女をどう捉えているのだろうか。そう思い、彼女に視線を向けると少し考え込んでいるようだった。

「私もね、日高さんの作品、実際に買おうと思った事がある位、良いと思うから……彼女達の気持ちも分かるよ」

ちらりと話題の人物に視線をやった後、天城は続けて言った。

「でもクラスメイトとして日高さんが心配だし、もう少し自分を大切にして欲しいなって思うけど、旅館も作家も……突き詰めれば人気商売だから、ファンが大切って気持ち、少しは分かるかな。それに応援されるのって嫌な気持ちしないもの」
「成る程ね。……腕があっても、売れるとはまた違う話、か」
「うん。人形にも種類があるらしいんだけど……本格的なビスクドールを作る為には窯が必要なんだって。売り上げをその為に貯めてるって話してるの聞いちゃったから尚更」

一直線に将来の夢に向かってるのはすげぇプロ意識が高いというか。
うざいとか、うざくないとかの視野でしか見れなかったのが同じ高校生とは思えなくて恥ずかしく思った。

素人目に見てもただ好きなだけじゃ辿り着けない境地の作品や、ファンへの身の振る舞い方で、不思議ちゃんから本物の作家へと今日一日で彼女の評価がかなり変わった。……凄い一方的にだけれど。


近くに有名人がいる!というミーハー精神もあるが、俺は俄然、日高さんへの興味が湧いてきた。それに……んー……まあ美人だしな……と俺の中の煩悩が。

予鈴が鳴り響き、端正に整った顔を少し引きつらせながらファンにへこへこと「ありがとう」、と挨拶をして日高さんは席に戻る。

俺の席から見て右斜めが彼女の席だ。
綺麗に整えられた髪と、意思が強そうな猫を思わせるつり目がちの大きな瞳。少し濃い赤のリップが白い肌に映えている。
そのまま視線を落とすと、制服はきちんと着ているが白いタイツと厚底が特徴的な革靴で彼女は少しだけ個性を出していた。

まじまじと観察するのは初めてだが、どこか(人形作家という偏見も間違いなくあるけど)ミステリアスな魅力のある美少女だ。

金魚の糞みたいなファンが居なくなったら一度話しかけてみよう……と俺は密かに決めた。

「ここ、テストでるからね」

気付けば現文の授業真っ最中だった。 細井の発言で意識を引き戻され俺は慌てて黒板の内容をノートへ写すことにした。





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