十月四日

例の日高さんと話す機会は、意外にも早く訪れた。

「花村くん……だよね?庇ってくれてありがとう」

放課後、一年一組の文化祭実行委員を押し付けられた俺と日高さんしかいない教室。
俺が作業の為に机をくっつけようと動かしていると、おずおずとタイミングを伺っていたらしい彼女がそう言った。

「えっと、私、日高みやび。人形作りやってて。個人の作品をクラスの展示として文化祭でだすのは違うよな、って困ってたから、ありがとう」
「そうだよなぁ!?……俺、日高さんの作品をこの前チラッと見てさ。本当に同い年が作ったとは思えない程、凄くて、きれいだった」
「あ、ありがとう」

俺が作品のことを知ってるのが意外だったらしい日高さんは目を丸くした後、目と頬のあたりを紅潮させた。
猫顔の所為で少しだけきつい印象を受ける彼女の照れ顔はかなり、グッとくるものがあった。

「……普段はネット販売のみで活動しているんだけど、来年のGWは稲羽会館で初めて個展をやるから、もしよかったら来てね」

日高さんは宣伝してごめんね、と肩を少しだけすくめ、照れ臭そうに笑った。

「なら尚更、本物のゲージュツってやつだし、文化祭で出すのは違うよなぁって思うわ。それに、もし悪戯されたりとか、盗まれたとか考えたらさ」

適当すぎるクラスメイト達に俺は怒りが沸々と湧いてきた。
休憩室は初めての文化祭なのに無いわー、でも今から劇とかの練習もねぇ……、嗚呼ならばと言うことで話題の有名人に白羽がたった訳である。

うちの文化祭、聞くところによるとチケット制ではないらしいし、繁盛どころかパニックやトラブルが起きてもおかしく無いよな……。

「でも、いなば食堂、って名前のお店でいいのかな?花村くんすごくいい企画だと思う」
「マジ!?咄嗟だったんだけど……」
「なら、尚更すごいよ。転校したばっかで八十稲羽のグルメに興味ある!……なんて機転が利くなぁ……もしかして本当に食べたかったの?」

ふふふ、と静かに笑う彼女は心から安堵してくれているようだ。

「お礼に私、本当に出来るだけ頑張るから……」
「おう、頑張ってこうぜ」

やる気満々の日高さんに笑い返せば、彼女は何かを急に思い出した様で「あっ、」と小さく声を漏らして困った顔をした。

「でも、その……天城さんと付き合っているのに二人きりはまずいよね?サクッと打ち合わせを終わらせよう」
「そうだな!……ってなんで天城!?」
「告白したって風の噂で……」
「転校三日目で盛大にフラれた!」
「あ、里中さんと仲良いから、もしかして……?」
「里中は女じゃねーし!」
「……里中さんも、天城さんも小学校から一緒だけど女の子だよ?」
「……異性として見てないって意味デス……」

もしかしたら、日高さんは、ちょっと天然なのか。しっかりとしてそうなイメージだったので正直、意外だった。

「そういうことか、ごめん。私本当に友達少なくて……遅れて色々とファンの人から聞くんだよね……」

疎いんだよね、と手をもじもじとさせながら彼女は苦笑いを浮かべた。

「でも花村くんはすごいよね、短期間で友達が出来てて。私、ずっと稲羽に住んでるんだけど実はあんまり友達いなくて……」
「ふーん?いつもファンの人に囲まれてるように見えっけど……?」
「ファンの人だからこそ、理想の日高みやびじゃなきゃって、キャラをつくっちゃって……」

私も里中さんや天城さんと仲良くなりたい、と羨む様な何処か卑屈さを感じる彼女の呟きに、俺は動揺した。

いつも人に囲まれ、彼女は多くの愛に包まれている存在だと思っていたが、彼女の口振り的にどうやらそうでは無いらしい。
なんとなくそれを察してはいたが、日高さん自身の口から聞けるとは思っていなかった。

事情を全く知らない転校生という俺の立場だからこそ、彼女はこんなにも赤裸々に話をしてくれるのだろう。

「全然喋った事ない男の子と一緒に進めるの不安だったんだけど、花村くんって話しやすいね。……あ、だからすぐに友達が出来たのかな」
「いや、失礼かもしんねぇけど俺こそ日高さんがこんな喋る子だとは、あ、モチロンいい意味で!」
「……なんか、今日は!……その、花村くんのノリに寄せられてる……かも?」

「うわー恥ずかしい!」と机の上に肘を立て日高さんは顔を隠す。
想像上の彼女とのギャップは凄まじいが、人慣れしてない感じが微笑ましくて俺の中で好感度は上がりっぱなしだ。

こんなにも、精一杯自分の事を話してくれたんだ。ならば、期待に応えてやりたくなるのは、当然の話だろう。
ゴクリと生唾を飲み込んだ後、恐る恐る俺は口を開いた。

「……もし嫌じゃなかったら、俺と友達……とか、ドウデスカ……」

えっ、と勢い良く顔を上げた日高さんが目を見開き、そのまま全てが止まる。

「あっ、ほ、ほら!俺経由で天城と里中と仲良くなればよくねー!?って。日高さん、話すと面白いって分かったし!」

……マズったかな……とめちゃくちゃ俺は内心焦っている。制服の中に着ているロンTの内側が少しだけじんわりとしているのが分かる。

いやでも、勘違いかもしれないけれど、誘われているように聞こえちゃったんだからしょうがない。

……美女とお近づきになれるなら、俺は多少の恥位ならかいても構わない……というか、そうでもしないと無理……。
俺の頭の中は急速にグルグルとしているが依然、時間と空気は止まったままだ。


「ずっと友達でいるって約束してくれたら、いいよ」
「えっ、」

微妙すぎる空気を破ったのは日高さんだった。
俺の言葉に嘘はないかと確かめる様に彼女は俺の瞳を覗き込む。

多分、俺の顔は異常に赤くなっているに違いなかった。 仕方ねーだろ!こんなに女の子と顔を近付ける事なんて、滅多に……いや!全く無いんだから!

日高さんは少しつり目がちだし、作家オーラを纏っているからか、クラスメイト達は綺麗と言うけれど、猫みたいな可愛らしさだ、とまじまじと見て思う。

恥ずかしくて目が泳ぎそうだったが、ここで反らしたら駄目な気がして、しっかりと彼女の目を俺も見つめ返す。

なんだこれ、ご褒美なの?罰ゲームなの?

微妙にしんどい時間が少しだけ流れた。俺の行動は功を成したらしく、日高#さんはふんわりと笑った。

「よろしくね、花村くん」
「も、勿論」
「学校で初めて出来た友達だから、本当に嬉しい!」

歌でも歌い出しそうなくらいに喜んでいる彼女に恋人って形で友達を辞めるパターンはダメなのかな、なんてぼんやりと思ったが聞ける空気ではなかった。
友達宣言は遠回しに「その気無いです!」って意味だったらスゲェ恥ずかしいし……。


……そしてなにより、まあ、俺には心に決めた人がいるし。


「じゃあ、いなば食堂のメニューを早速具体的に考えていこう」

嬉しそうな表情で彼女は俺からノートへ視線を移した。これがまぁ、あんまりにもアッサリで。
あ、多分これ、完全に俺とはそういう事じゃないやつ、と思い知らされる。

鼻歌交じりにアイディアを書き出す彼女を一瞥して俺もノートに視線を落とした。





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