十月十三日

こっちに来てすぐだったと思う。
具体的な日付までは、流石に覚えてないんだけどさ。


「お疲れ様ーっす」

土曜日の十六時三十分。
この時間なら人はいるはずだが、返事は無い。 少し戸惑いながらも控え室の扉をゆっくりと俺は開いた。

ジュネスの従業員控え室の一部にはパーテーションで仕切られた事務所がある。 普段はそこで親父がシフトを作ったり、本部に売り上げを送ったりとデスクワークをこなしている。

……どうやら今日は面接を行なっているらしい。 親父の声と、聞いた事がない若い女の子と思われる声がパーテーションの向こう側からする。

バイトまではあと三十分ある。……今から売り場に出るのは微妙だ。けれども、この環境では心休まらない。俺は渋々ながら静かに控え室のパイプ椅子に腰を下ろした。

「小西さんは、何故食品売り場希望なんだい?」
「実家が商店街の酒屋なんです。ジュネスのなにがこんなにもウケているのか、働いて学びたいんです。」

へぇ、と俺は仕切り越しに聞こえる言葉に少しばかり関心してしまった。 面接の為の嘘かもしれないけど、ご実家の事を凄く大切に思っている。そんな印象を受けた。

バイトして金が貯まったら、服を買って流行りの音楽を聴いて、出来たら可愛い女の子と楽しく遊びたいなんて思っている俺が急に恥ずかしくなってしまった。
俺は高校生の割には、勘がいいというか、働く事は向いてると思う。でも、働いた先にあるものって……何だろうか?

「そっかあ、若いのにしっかりしてるよ。是非、ウチで働いて欲しい。」
「あ、ありがとうございます」

どうやら親父も俺と同じポイントでグッときたらしい。採用である。
よかったじゃーん!とパーテーション越しのまだ知らぬ女子に俺は心の中でお祝いの言葉を送る。

「陽介、お前そこにいるんだろ」
「い、いるけどォ!?」
「小西さんに挨拶しなさい」

……不意を突かれ、変な声が出た。
恥ずかしくて、誤魔化すようにパイプ椅子から勢い良く立ち上がると、俺は仕切りの方へ体を向ける。

「小西早紀です。お世話になります。」
「は、花村陽介ッス。一応店長の息子です。なんかシフトとか困った事あったら言ってくれれば相談乗りますんで……」

色素の薄いフワフワの髪の毛。 薄くて淡い色をした唇。 とろんとしている優しげな目元。

先程の面接でのしっかりとした受け答えから勝手に想像していたイメージとは違い、どこか儚げな容姿だった。

そのギャップにどきっ、とした。


* * *


「小西さんも八十高なんですか?」
「そうですよ、今は二年生です」
「あ、俺一年なんで敬語とかいいですよ!……俺、最近転校して来たばっかなんで学校の事とか、ここら辺の事、教えてくれると嬉しいッス」

小西さん……改め、小西先輩は面接の時もそうだが、バイトの研修もかなりしっかりこなしていたので、年上なのかなと思っていたが、やはりそうだった。

「ふふ、その代わりちゃんと研修指導お願い致しますね、次期店長?」
「ちょ、その呼び方は辞めて下さい!」
「なら……花ちゃんって呼んでいいかな」
「え」

小西先輩は口角を上げ、悪戯に微笑んでいる。

「うちの弟に花ちゃん、どことなく似てる」

顔とかじゃなくて、なんか生意気なのに素直で頑張り屋で……ちょっとウザいうちの弟。と褒めてんのか貶されているのかよくわからない評価を先輩から頂く。

「別に花ちゃん呼びでもいいですけど!特別ですよ、特別」
「はいはい、調子にのるなー」

顔を見合わせて小西先輩と心の底から笑う。
この町にきてから、……いや都会でもいいな、と思う子は沢山いたけれど、初めて胸にキュンとした甘い痺れを感じた。

すごい、小西先輩と過ごす時間は楽しい。
有意義で、学ぶ姿勢に尊敬したり。考え方もたった一歳上とは思えない位、オトナだ。……それだけじゃない。ドキドキとした下心もあったりして。

……たまに小西先輩の嫌な噂なんかを学校のやつから聞いたりしたけれど、彼女はいつも真剣に働いていて、俺は全く信じていなかった。

小西先輩が将来の為に働くというのならば、俺も目先の金だけじゃなくて、バイトを通して自分の未来について考えてみようと思えた。

バイトでも、学校でも、常に彼女の事を意識してしまう自分がいて、小西先輩の事を好きなんだな、と自覚するのに、長くはかからなかった。


* * *


バイトの休憩時間、小西先輩に何日かシフトを変わってくれないかと俺は頼んでいた。
先輩のクラスは文化祭では特に出し物は無い筈だった。……あわよくば一緒に文化祭なんか回れたらいいなと探りを入れていたが、現状無理そうである。

「いいけど……クラスの女子を庇って文化祭委員になっちゃった?」

どういうシチュエーションなの、と小西先輩から面白そうに尋ねられた。そう疑問に思うのは当然だ。

「あの、日高みやびさんって知ってますか?」
「私は交流はないけど……友達の友達ってやつ?弟の友達と仲が良いらしくて、名前は聞くかな」

人形作りしてる子でしょ、と言われ俺はうなずく。

「クラスの奴等が、面倒いけど折角の文化祭だし何もやらないのもォ〜……あ!日高さんの展示会やろ!とか軽率に言い出して」
「……本気でやってる人にとっては迷惑でしかない話よね」

日高さんとは微妙に知り合いらしいし、適当なクラスメイトに嫌悪感を感じているのだろうか。小西先輩の眉根に皺が寄っている。

「んで、とっさに俺こっちの名産品とか食べて見たぁーいとか言っちゃって……俺と日高さんが文化祭委員に……」
「あはは、花ちゃんっぽい!……でも良かったんじゃない?日高さんも感謝してたでしょ」
「あ、まあ。クラスにそんなに話せるやついなかったらしくて、折角なんで友達になりました」

へぇ!と小西先輩は嬉しそうに薄い唇を半月の形にした。なんだかやたらと楽しそうな様子だ。

「……俺が庇った事気にしてるのか、物作りは得意だから任せといて!とか言って本当に殆どの事は彼女一人でやっちゃうんですけど……だからこそ尚更今迄一人で全部やって来たんだなて思って……ほっとけなくて」
「気になってるんだ?」
「いや気になってますけど、そういうんじゃないですから!!!」

いや、もしかしたらそういう気になるなのかもしれないけど、俺が今一番一緒にいたいのは目の前にいる、小西先輩で……。


クスクス笑う先輩に好きだ、って言いたい。
ダメでも、弟としてじゃなくて一人の男として意識してもらえるかもしれない。
でも、この心地良い関係を壊したくない。

喉の奥がキュッと締まって、自分の指をゆるく握る事しかできない俺は本当に臆病だ。
今日も進展は、特にない。





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