明けの明星

※シーズン5のクエストのお話


「お礼は弾むわよ、イライザ。星一つを建て直す位訳無い資金を用意してあげる」
「ほ、本当に?」

ええ、と妖艶にローバさんは微笑んだ。
私はその言葉に直ぐにでも飛び付きたくなったが、彼女の口から名前を出された何人かの同僚は酷く狼狽している様だった。
かなり興奮してしまったが、同僚達の様子とチラリと盗み見した恋人が首を横に振るのを見て徐々に冷静になる。

ローバさんのお願い事はレジェンド全員……いやレヴナントを除いた全員を巻き込んだ、文字通り時空を越える大掛かりなものだった。

ナタリーやヒヨンなら多分……修復出来るであろうアーティファクト……まあ要するにお宝のパーツを別次元から集めてくるというのは、少し考えただけでも危険だし、何故そんなモノが欲しいのかローバさんの意図がいまいち読めない。
まとめ役を引き受けるアニータ先輩はその所為で首を縦には振らなかったが、最終的には流れで引き受ける事になってしまった。

いや、なってしまったというのは少し違うかも知れない。ローバさんの提案に乗っかるフリをして彼女の行動を見張る事になったからだ。

私や、私の母星事情については簡単に情報を得る事が出来るだろう。
けれどローバさんが口にするまで、ミラージュ先輩のお母さんの事やコースティック博士の惑星ガイアでの殺人容疑等……長い時間を共に過ごした筈の私すら知らなかった秘密を、何故か彼女は把握していた。

彼女は知り過ぎている。
故に、恐らく……繋がっている。私達に危害を与えるかもしれない存在と。


* * *


力を入れたら折れてしまいそうな、白くて華奢な指だ。
けれども、この指は力強いエネルギーを持った物を創造する、無限大の可能性を持つ指だ。

「ナタリー……」

ベッドに横たわる少女は影の世界で怪我を負ってから目蓋を閉じたままだ。
ハイドロダムのプラウラーの巣を探索するに当たって、ナタリーは調査をより容易く、安全に行う為にフェンスを事前に設置しようとしてくれたみたいだ。
しかしながらパスと一緒に行動をしていた私が気づいた時には既に遅かった。

彼女の金に輝く前髪を一房掬い、顔を覗き込むが意識は無い。新参者の私すら家族として扱ってくれた彼女の温かさが無いとこんなにも、空虚だ。

「ミス・オースティン」
「……コースティック博士」
「彼女と二人きりにしてくれないか」

コクリと頷くと博士は囁く様に「ありがとう」と言った。珍しく、彼の眉は力無く垂れ下がっている。無理もない。彼はナタリーを実の娘の様に思っているからだ。じっと彼女を見守る博士の肩を軽く叩く。

「きっと、ナタリーは大丈夫ですよ」

博士は返事をしない。けれど、微かに頷いた気もする。そっと二人の元を離れると祈る様に博士はナタリーの手を取った。

どんよりと沈み切った空気の中、突如として青白い閃光が瞬く。虚空だ。
そう認識するとハモンド・ロボティクスの人間から情報を得る為に潜入捜査をしていたオクタビオとレネイ先輩が次元の裂け目から現れた。

「何があったの?」
「私達は建物にいて……」
「あなたには聞いてない。パス、イライザ、何があったの?」

ローバさんが答えようとするが、レネイ先輩はそれを許さなかった。

「巣を調べていたんだ。ワットソンはフェンスを設置するって言ってた。彼女が建物に入っていくのに気づかなかったんだ」
「パスと高い位置でプラウラーの動きを足止めしてました。……ごめんなさい、もっと頻繁にナタリーと連絡を取ればよかった」

レネイ先輩は私の視界が滲む原因をそっと指で拭った。その優しさに、堰を切る様に涙が頬を伝う。

「クリプト」

レネイ先輩に名前を呼ばれた恋人が、私の左手を力強く握った。その温かさが、無性にうれしかった。
空いている右手で乱雑に顔を拭うと、一度泣いてスッキリした所為か気持ちが自然と切り変わる。

「ごめんなさい。もう大丈夫。メソメソしてる場合じゃないし……アジャイを手伝います」
「頼むわね」

レネイ先輩の言葉に頷き、金属を纏った指から手を離す。心配そうに太めの眉をハの字にするヒヨンに囁く様に「行ってくるね」と声を掛けると「ああ」と返される。
ヒヨンの私の意思を尊重してくれるところがやっぱり、好きだ。

穏やかな気持ちも束の間、部屋から出ようとすると、何かを壁に叩き付ける様な凄まじい音と怒声が響き渡る。
喉元を抑え、叩き付けられたのはローバさんで、加害者はコースティック博士だった。

「ミス・パケットの容態が悪化でもした時は、生き地獄に送ってやる。死を懇願するほどのな」

博士はローバさんの喉元から手を離すと猛然と部屋を去って行く。彼の気持ちは痛い程分かるので、いくら過ぎた行為であれど責める気にはなれなかった。

「ここまでする価値があるの、ローバ?こんなピースに?アーティファクトに?ここまで苦しむ価値があるの?」

レネイ先輩が鋭い眼光を向けながら、問う。

「当然よ」
「何故?私達は何を探してるの?」
「言ったでしょう。わかっているのは機械の一部で……」
「私が聞きたいのはアーティファクトの事じゃない。ソースコード≠フ事よ。一体何なの?」

ソースコード≠ニいうワードが出ると、ローバさんは大きく目を見開いた。
現場作業組からするとさっぱりだが、どうやらレネイ先輩の口振りからオクタビオが上手いことやったらしい。明らかに彼女は動揺をしている。

追求しようと体を一歩踏み出したレネイ先輩が突如として上を見る。彼女の視線に釣られ上を見てみると塊が突如として降って来た。

機械の体は不気味な位に音を立てなかった。
……レヴナントだ。

「それよりも聞きたい事がある……私が神の様に崇め奉られる世界があると、いつになったら教えてくれる?」
「……どうやって入って来たの?」
「さあな。手品か、あるいは入口からか」
「でも、どうして私達がここにいると?」
「風の噂でな。そこのレイスなら、噂について知ってるんじゃないか?」

レヴナントに対し、ピリピリと痛い程の殺意を向けていたローバさんが、突如として名前を出されたレネイ先輩をキッと睨む。

「あなたが教えたの!?」
「まさか。どうして私が!?」
「ローバ、仲間に内通者がいるようだ。肉塊どもめ……連中を簡単に信じてはいけないぞ」

……レヴナントに情報を渡している人が、レジェンド内にいる?そんな事をして旨味がある人なんて、思い当たらない。
そもそも、何度も一緒に死線を超えた仲間達を疑うなんて私には全く理解の及ばない話だった。

「向こうから情報がやって来たのだ。私が頼んだ覚えは無い。たったの数週間だが、もう愛想を尽かされたようだな……味方を作るコツを教えて欲しければ、力になれたかもしれないがな。私に頼めば良かったのだ。『お願いします』と頭を下げればな……」
「本題に入りなさい。何が望み?」

痺れを切らしたレネイ先輩がレヴナントに詰問するが、答えたのはローバさんだった。

「簡単な事よ。シンジケートに宣戦布告して、クーデターを起こす。やつの影≠ェやったように。いや……それとも先に私を殺しに来たのかしら」
「最近は忙しくてな。選択肢が多すぎる……」

機械音声の筈なのに、やけにねっとりとした声色でレヴナントは答えた。
機械の指は、ナタリーが横たわるベッドのシーツを緩慢に這っている。彼に対する嫌悪感からか、それが酷く目に付く。

「一ヶ月前、私にはストーカーがいるとは思いもしなかった。それがどうだ、ローバ。私達はもう長年連れ添った夫婦の様じゃないか」
「私の両親を殺したアンタは、こんなにお喋りだったからしらね」

レヴナントの皮肉に、ピュアレッドのアイシャドウで彩られた瞳をローバさんは限界まで吊り上げる。

「あれから、色んなことが変わったのだ」
「……いい……!?私を殺す気なら……」
「おいおい、私がその気ならお前はもうとっくに死んでいる。そしてコイツらは、お前の死体を我先にと漁ることだろう」

レヴナントは私達に視線を一巡させると、皮肉るように鼻を鳴らした。
その後、突如としてレヴナントはナタリーが休むベッドに飛び乗った。

彼以外のレジェンド全員が、レヴナントに殺気を送る。彼の企みは今はまだ分からないけれど、彼のペースに乗せられるのは、なんだか不快で腹立たしい。
オクタビオは特に顕著で、貧乏揺すりをしながらキョロキョロと周囲を伺っている。……多分だけれど、武器を探している。

「レヴナント、眠っているレディに対してそれは無いんじゃないかな」

時間稼ぎと……単純にレヴナントの非礼すぎる態度に頭に血が上ったのだ。

「……お前の様な非力な皮付きに興味は無い。失せろ」
「同期の言葉位、偶には聞いてもいいんじゃない?……暫くは趣味の殺し合いをする予定なんでしょう?」

レヴナントは相変わらずナタリーのベッドから退こうとはしない。
私の胸元にはそれこそ殺傷能力は低いが身体を拘束するには十分過ぎる薬品が忍ばせてある。変な動きを少しでもしたら、直ぐに投げ付けるつもりだ。

「……お前達を生かしてやっているのはただ、お前達の歪み合いが愛らしいからだ……ただ、私よりもあんなスペアパーツに執心しているのは気に食わないがな。そこに、興味を持った。ローバ、何故こうも早く気を変えた?」

……私達がこんなにも酷い目に遭っていながらも集めているのは、レヴナントのスペアパーツ?
ローバさんが、レヴナントを殺すヒントを得るために?いや、でも彼女はソースコードというモノを欲しがっているらしい。
……ハモンドの人間は、秘匿しているソースコードと引き換えにレヴナントのスペアなんて本当に必要なのだろうか。

「もう私への興味を失ったか?そうなら、今すぐここで切り裂いてやるぞ」

やっとの事でレヴナントはベッドから跳ね降りた。そしてそのままローバさんに詰め寄る。

「クーデターの件の話をするならば……私の現し身には勝手に世界を統べさせればいい。私にとっては肉塊の王になるほど、惨めなことはないからな。……それに、お前の方がずっと面白そうだ」
「あら、珍しく話が合ったわね」

二人は熱く見詰め合った。勿論、甘くロマンティックでは無い……違う熱量を持って。

「ママにベッドで跳ぶんじゃないと、教わらなかったのかい?」
「何!?」

カチャリ、と銃を突き付ける音と……馴染みのある声が酷く私を安堵させた。
アニータ先輩がジブ先輩とハウンド先輩を引き連れポータルから姿を現したのだ。

「間に合ったみたいね。この新入りに、規律を守らないとどうなるか教えてやるわよ、みんな」
「皮付きごときが、私の邪魔をするとは……」

銃口と、大抵の人間がそれだけで失神するのではないかという程の殺気を放つ眼をアニータ先輩はレヴナントに向ける。
流石に怯む……というよりかは面倒になったと思ったらしいレヴナントは地面からトーテムを生み出した。

相変わらず仕組みは謎に包まれている。天才的な頭脳を持つナタリーやヒヨンですら分からないのだから私が分かる訳もないのだけれど。

そんな得体の知れないトーテムに向かって予想外にオクタビオが飛びかかる。……止めなくちゃ!

「オクタビオ!」

オクタビオの隣にいたアジャイが彼の腕を掴もうとするが、それよりもアニータ先輩の腕と怒声が早かった。

「生きたトーテムよ!触っちゃダメ!」

煙が消えるのと一緒にレヴナントは姿を消していた。今回の件で犠牲者が増えなかったのは良かったけれど……皆それぞれ思う所がある、と言った顔付きだった。

「くっ!アイツに情報を漏らしていた奴がいる!」

吐き捨てる様にローバさんは言った。苛立ち、いつもの余裕がある洗練された振る舞いは影を潜める。

「そう熱くならないで。ソープオペラじゃないんだから……。あの人造人間は、影に潜むのが趣味なのよ。私たちの誰かがミッションの話を盗み聞きされたって不思議じゃない。必ずしもスパイって決まったわけじゃない」

アニータ先輩の言う通りだと、私は思った。
今さっきだってレヴナントは蜘蛛のように壁に張り付き様子を見てたのだから。何より仲間を疑いたく無かった。

「それこそ、スパイが撹乱させるために言いそうな言葉だがな」

それなのにヒヨンは少し皮肉っぽい事を言う。 オーバー気味にジトっと視線を向けると彼は慌てて「すまない」と謝った。

「そんな風に考える方が思うツボよ。人造人間がこっちを撹乱しに来てるだけ。アイツはそういう奴よ。それだけの話」

アニータ先輩は全員の顔を窺う様に見回してから言った。

「6時にここで再集合してて。それから、くれぐれも油断はしないように。さっきの任務の様子じゃ、この先はもっとキツいことになるわ」

解散となると、カツカツとヒールを鳴らしてローバさんは憤りを隠さずに行ってしまった。
彼女から誤解されたままなのは、嫌だった。 彼女の後ろ姿を追いかけようとすると、ヒヨンが私の腕を掴む。

「イライザが考えている事は分かる。だが、ローバが隠している事が分かってからでも遅くは無い」
「……そうだね。うん、このややこしい事態が終わってから美しい友情を育むよ」
「君に万一があった時の、俺の気持ちも考えてくれ。本当は一緒に現場に出向きたいが……ワットソンの事もある。俺は此処から離れられない」

ナタリーがベッドに伏せっている今、アーティファクトの作業を進められるのはヒヨンだけだ。
それに、いつレヴナントが襲撃してくるか分からない。間違い無く、今回もヒヨンは留守番を任されるだろう。

「君は優しい。故に無茶をする。それだけは、俺に誓ってしないでくれ」

肩に添えられた両手は微かに震えていた。その手を包み込む様に握り締めると、お返しとばかりにギュッと体を包み込まれた。


* * *


作業をしているヒヨンとナタリーにコーヒーを手渡すと「ありがとう」と微笑まれた。
本当は砂糖がたっぷりと入ったお手製のミルクティーを振る舞いたかったのだが二人から、やんわりと断られてしまった。

それは兎も角、ナタリーは意識も戻り、体調も大分良くなって一安心だ。……その代わりに、今度はオクタビオが如何やら単身、影の世界に行ってしまった様だ。

しかしながら、アニータ先輩は此処数日の私達のボロボロ具合から休養が必要だと判断したらしい。私も、自分自身の体調が万全ではないと自覚しているし、皆の体調も概ねそうだった。 その為、未だにオクタビオ救出作戦は行われていない。

オクタビオと幼馴染のアジャイは酷く動揺している様だった。私ですら心配なのだ、その比では無い筈だ。ソワソワと落ち着きのないアジャイの代わりに皆の看護を申し出ると頭を下げられた。

その後彼女は勢い良く何処かへ向かって行った。オクタビオを追って一人、影の世界に行くような真似をアジャイはしないだろうけれど、……不安だ。

不安を溶かすように細かい作業を進めるヒヨンとナタリーを見詰める。私からすると本当にさっぱり……だけれど、機械人間の頭部に見える何かを二人は楽しそうに弄っていた。こういう時、工学はからきしな所為で少しだけ疎外感を覚える。

細やかな嫉妬心から、機会があればヒヨンの前でコースティック博士と楽しげに専門的な生物学の話をしてやろう……と内心思っていると勢い良くアジャイが皆のアジトと化しているパラダイスラウンジに飛び込んで来た。それも一旦自宅に帰った筈のアニータ先輩を引き連れて。

「コイツ、目があるの!?」

ヒヨンとナタリーの手の中にあるモノを見てアジャイはギョッとしたようだった。

「ハッ!俺も同じ事を言ったぜ!」
「でも、そっちの話をしてるヒマはないんだ。ジブラルタル、力を貸して。シルバを探そう」
「俺様はいつだって力になるぜ」

どうやらアジャイはアニータ先輩と話をつけて来たらしい。声を掛けられたジブ先輩が力強く頷いた。

「……あと、イライザ。ありがとう、皆の世話を頼んじゃって」
「ううん。不謹慎だけど楽しかったから。……いってらっしゃい!」

私が手を振るとアジャイは口の端を少しだけ吊り上げ、レネイ先輩が用意したポータルに飛び込んだ。

「ちょっとローバ、話があるの」
「そう?構わないわ。何なら、2人になれる所探しましょうか」
「お構いなく。レジェンドの皆、集合して。話しておきたい事があるの。私達が異世界で命を賭けている本当の理由。そして、それがお宝とは関係がなかった事……ローバはハモンドから報酬を受けるために動いてたのよ」

アニータ先輩の言葉に、ローバさんの顔色から血色が消える。どうやら相当焦っている様だ。

「バンガロール、どんな事実を掴んだつもりかは知らないけれど、その説明は全然……」
「あら?皆に悪魔の取引をバラして欲しくないの?」
「……何の話をしているんだ?」
「何も。何でもないわ。ただのゴシップと噂話よ」
「こっちには書き起こしがあるのよ、お姫様」

アニータ先輩はとことんローバさんを追い詰めるつもりらしい。

「スカルタウンを掘り返した時、貴女はレヴナントの外殻だらけの倉庫を取り壊したと言っていたわね」
「事実、そうだもの。貴女たちも見てたでしょう?」
「でも、それが全てじゃなかった。貴女は他の物を探していた。ソースコードと呼ばれているモノをね」
「何の話をしているのかしら」

ローバさんはシラを切ろうとするが、アニータ先輩を援護射撃する様にレネイ先輩も口を開く。

「ハモンドの例の女性……オクタンのデート相手ね。彼女もソースコードの存在に触れていたわ」
「書き起こしを見ていきましょう……ここでハモンド側の代表者が言ってるわ。『そちらの望みは承知しているの、ミス・アンドラーデ。狙いはソースコードでしょう。幸い、私達はその在処を知っている。座標を教えてあげましょう。その代わり、こちらの要求も聞いてもらえるかしら』」
「待て……俺達は、ハモンドの為にこんな事を?」

自分の手の中にあるパーツをヒヨンは憎々しげに見つめた。そう、これはローバさんが欲しいと言う古代のお宝でも、レヴナントのスペアパーツでもない、……ハモンドが欲している得体の知れない機械という事だ。

「連中の汚れ仕事をさせられていたのね。お宝は、ローバの作り話だったみたい」
「こんがらがってきたな……お宝がないのは分かったが。バンガロール、お前はそれで良いんじゃないか?お前はIMCの出身で、ハモンドはIMCだ。奴らの為になるんだろ?」

ポリポリとウェーブかがった髪を掻きながらミラージュ先輩が言った。
ハモンドロボティクスはIMCの子会社だ。そして、アニータ先輩は現在は事故に巻き込まれ、籍を離れているがIMCに所属している軍人だ。
単純に考えればミラージュ先輩の言う通りIMC側の人間からすればメリットしかないのであろうけれど、……ハモンドはどうもキナ臭いのだ。

一世紀にも及ぶ長い間ハモンドは戦争兵器や、更にはあのレヴナントを作った組織だ。警戒しない方が、おかしい。

「ハモンドは話が別よ。私も知ってるグループ企業だけど、IMCとは関係がない。だからこそ怖いのよ。私達全員にとって……連中はアウトランズ全体を脅威に晒すかもしれない事に、手を染めようとしているわ。そうなれば貴方達も他人事ではないでしょう?」
「私達は連中の実験の……モルモットって訳」
「全てを破壊してしまう兵器のね」

ハウンド先輩の言葉に思わず、体が震えた。

「ローバ、どうして仲間に嘘を?何故真実を話してくれなかったんだい?」
「貴方には分からないわ。ただの道具だもの」
「それはちょっと酷……!」

パスを道具扱いする彼女に身を乗り出そうとするが、ナタリーとヒヨンに体を抑えられた。無用なトラブルは避けろとの事らしい。

「おい、そんな言い方はないだろ。少なくとも、コイツは正直者だ。お前が俺達を信じていたら……」

ミラージュ先輩がローバさんを咎めてくれたお陰で少しだけ胸の溜飲が下がったのも束の間、彼女は激情を露わにした。

「信じる?誰を信じるって?あの悪魔は何百人もの命を奪ってきたのよ。私はアイツに家族を奪われた。そして貴方達は、アイツと肩を並べて戦っている」

彼女の肩は震えていた。全身で全てを否定する姿は、まるで、幼い少女の様だ。
いつもの捉え所が無い、色気と余裕に満ちた彼女の姿とは全く結び付かなくて、呆気に取られる。

「それに、貴方達の中にはご丁寧に本性を見せてくれた人もいたわね。動きを漏らしていたでしょう。はした金の為?暗殺対象者リストで特別待遇をして貰う為?……もし、あんたらの一人でも信用出来るほどバカだったら、私はとっくに世界から抹殺されていたでしょう」
「……ローバさん」
「私、貴女みたいな如何にもお人好しって人、嫌いだわ。虫唾が走るの」

混じり気一つ無い、純粋な憎悪が籠った瞳だった。思わず、怯んだ。
何か声を掛けなくては、と反射的に思ったがそういう私の性質が偽善的で彼女からすれば、虫唾が走るのであろう。黙り込むしか、なかった。

「貴女を信頼した私達も、バカだったみたいね。でも、それもこれで終わりよ。ローバ、ソースコードって何なの?」

レネイ先輩が、ローバさんに問い掛ける。
グルグルと負の感情が自分の中で渦巻くが、それでも時は待ってくれない。……この厄介な感情と向き合うのは、全てにケリがついてからだ。

「アイツの惨めな存在を消すための秘密を、やっとの思いで掴んだのよ……。言えばヤツに気付かれる。絶対に……」
「アイツの頭だ」

長い間、事態を黙って静観していたコースティック博士が口を開き、一同は揃って彼を見た。

「私は少しだけヴィンソン・ダイナミクスにいた事がある。人造人間のプログラミングにも精通している」

博士が工学の方面にも造詣が深い事に少なからず驚くと同時に場違いだが、またも仲間外れだなぁ、と思う。
そして、理解出来るからこそナタリーの天賦の才に心酔しているのか、とも納得する。

「普通は感情、記憶、人格といった個体の内部ロジックの『源流』を司る、元となる人間の脳組織は頭蓋フレームに組み込まれている。……だがレヴナントの場合は、ヤツの生体組織……ソースコードがユニットの外部にあったのか。面白い」

ふむ、と興味深いとでもいう風に頷いた博士にローバさんはワナワナと身体を震わせた。

「なんて事を……!貴方は、私に死刑を宣告したのよ!悪魔の手先がこの話をアイツに伝えたら、私は寝ている間に殺される。間違い無くね!」
「じゃあ、寝ない事だな」

癇癪を起こすローバさんに対してハウンド先輩が淡々と返した。
人を信じれないと言うのならば、確かにそう言う事になってしまうだろう。

「もう、ここを出よう。謎解きは終わっただろう」

行こう、とでも言う様にヒヨンが私の肩を掴む。それだけで沈んでいた心が多少なりと浮上するのだから私は単純な生き物だ。

「そう簡単な話だったら良いんだけれど、アーティファクトは完成させないといけないわ」

場の空気が、凍った。
レネイ先輩の言葉に皆ピタリと動きを止めたのだ。

「待って。信じられないけれど……もう一度言ってくれる?」
「レイス、ついに頭がイカれちまったか?ピースは集め続けちゃいえない、って言ったんだよな?」
「……いい?コレにはまだどんな力があるか分からないの。ここで完成させなければ、ハモンドの命を受けた誰かが完成させるでしょうね。……そして、連中の企みを暴く手段が失われてしまう」
「つまり、ローバの汚れ仕事を続けろと?」
「私達で真相に辿り着きましょう。これを完成させて、役割を突き止めた上で……破壊するの。でないと、アウトランズの全員が苦しむ事になるかもしれない」

レネイ先輩の言う通り、得体の知れないモノを放っておくというのも危険な気がする。……それに乗りかかった船だ。いくら邪険にされようと、家族を奪われた彼女に寄り添いたいという気持ちは本物だ。

突如として、ポータルからアジャイとジブ先輩がオクタビオを抱えて現れた。

全身血塗れで自慢の義足は両方ともに無くなっていたが、息はあるらしい。現場にいた人々はアジャイの指示に従い看護を始めた。
アジャイに湯を用意しろと命令され慌てるヒヨンを尻目に、私はそっと場から離れた。

アニータ先輩と二人、ひっそりと話していたローバさんが会話を終え、此方に向かって来るのを呼び止めた。

「ローバさん」
「……しつこいわよ」
「ソースコードが手に入ったら……」
「元々、此処は私の居場所じゃないもの」
「……この件が終わるまで、ウザいとは思いますけれど、私、ローバさんの側にいますから……安心して寝ていいですよ。もし、私が寝ちゃっても優秀な監視活動の達人が見守ってくれる筈ですし……何より、夜更かしはお肌の大敵でしょう?」

一瞬だけ私の方に視線をやると、彼女は大きな溜息を吐いた。

「本当、貴女のそういうところ……嫌いだわ」





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