BURN!

※夢女交流会のワンドロを加筆修正しました。お題は銃を向けられる。
※前半は暗いけど多分前向きな終わり方です。



事故、事故だったの。
信号を無視したのは運転手。だから、悪いのは運転手なの。そう、あの子も、親も、世間も口を揃えて言う。

でも、あの子のスラリとした白い脚は戻ってこないんだよ。


* * *


あの時庇って貰ったお陰で、何一つとして生きるのに不便がない体の筈なのに、私はとにかく生き辛かった。

残念な事に私にはコレと言った取り柄が何もない。容姿も十人並で、頭は悪い。身体能力が高い訳でも、芸術的センスがある訳でも無い。

そんな私でも多分普通に振る舞えば、普通の生活が送れただろう。随分とこの宇宙は平和になったものだ。

だと言うのに、私の薄汚れた掌の中には小振りのピストルが握られている。
何故と問われ、結論から答えるのならば単純な話、私が馬鹿だからである。

カーボン製の、シンプルで無骨な義足が今は彼女の体を支えている。
今時の技術は素晴らしいもので、メンテナンスを定期的にしなくてはならないが、それでも今迄の脚より下手したら快適かもしれない、なんてケラケラと本人は笑う。

それでも、ただの自己満足だとしても、あの子に、美しい脚を授けたい。
貝殻の様に白くて、なだらかな曲線をあしらったものが彼女には似合うと思う。花なんかの装飾があっても良いかもしれない。

オーダーメイドの、それもふんだんに装飾品をあしらった義足なんて、脳も芸も無い一般人が働いて買えるモノではない。
だから、自分の命を対価にするしかないのだ。


漁夫の利、というのだろうか。
普段だったら私の様な一般参加者組はレジェンドと呼ばれる有力選手達に全く太刀打ちできない。
しかしながら、レジェンド同士の争いの後ならば話は別だ。

地面には3つデスボックスが転がり、周りにはあのミラージュとホライゾンが地面に伏せっていた。
ダウンした味方を起こそうと私に背を向けているのは……恐らく、オクタンだ。
あの脚を見て、間違える馬鹿は流石にいない。

ここで、オクタンを仕留められたら……チャンピオンになるのは難しくても、試合を盛り上げたとして少しばかりの報奨金は出る筈だ。
既に味方2人を失っている私が輝けるとしたら、もうココしかないだろう。

岩陰から姿を現し、利き手をスッと構えた。 今だ。今なら彼の脳天を打ち抜ける。
だと言うのに、私の人差し指は震えるばかりで力が入らない。

「おい、オクタン!後ろ!女の子が!」

遂には蘇生待ちのミラージュが私を視界に捉え、報告する。まずい。

焦り、勢いのままに引き金を引くが、何処に銃口が向いているのかは分からない。目を瞑りながら発砲した所為だ。

「何処狙ってんだよ、お前」
「……ぇ、あっ……」
「そもそも目ぇ開けてねぇのか。やる気あんのか?」
「あ、ります」
「はは、そんな風には見えねえーけどな」

インタビューや配信で見たままの、軽薄な話し方だ。
それが何だか不気味に思えて、思わず怯む。

「あー……それウィングマンか?丁度いいな!俺もウィングマン使ってるからよ、見せてやる」

マスクとゴーグルで彼の表情は窺い知れないが、声色はとても楽しそうだ。けれど、こちらは少しもそんな気分にはなれない。
ピストルの銃口は間違いなく私の胸を狙っているからだ。

「次回の参考にしろよ!」


* * *


間違いなく胸を撃ち抜かれたというのに、私の体はピンピンしている。

この血生臭いゲームでは優秀な回収班がデスボックスになるや否やすぐさま体を拾いに来てくれる。
即死レベルの怪我やデスボックスが回収できない様な場所で倒れると本当に死ぬ事になる……らしいが大多数の参加者は発展した医療により直ぐに日常生活に戻れる。

何度もこのゲームに参加してはいるものの、即敗退ばかりしている所為でレジェンドに会うのは今回が初めてだった。
一般参加者とは違い、正確過ぎるエイムに今回ばかりは本当に死ぬんじゃないかと思った。

その衝撃の所為か、割り当てられたベッドから体を起こすが、なんとなく立ち上がる気力までは湧かなかった。

「お、いるな?」
「……オ、オクタン!?さん……」
「オクタンでいいさ」

一般参加者用医務室に現れた伝説に、私だけでなく周りの参加者も驚く。しかも私に用があるらしい。待たせるのは失礼だと思い、ささっと身嗜みを整えて立ち上がる。

「何か御用ですか?」
「いや、馬鹿は見慣れてるが、お前みたいなタイプの馬鹿は初めてだからな」
「……どうも?」
「コーヒー位は奢ってやるからよ、暇つぶしに付き合えよ」
「はぁ」
「ほらいくぞ」

嫌です、とは言わせない凄みがあった。緊張と周囲の好奇の目で私の胃は限界を迎えそうだったが、彼と話す事自体は問題無いどころか若干感動している。


「お前、ゲームに参加するのは初めてか?」
「いえ……もう10回は、参加してます」
「マジか。初めて見る顔だからよ」
「序盤敗退常連なので」

そう正直に言えば彼はマスクをしているにも関わらず、はっきりと分かる程に破顔した。恥ずかしくて顔から火が出そうだ。

「なあ、なんで俺を撃たなかったんだ?……いや違うな。撃てなかったんだ?俺の熱狂的なファンだから見逃した訳じゃなさそうだ」
「……いつも一方的にやられてるので、いざ撃つとなると緊張して……」
「ふぅん。じゃあ、良かったじゃねえか次からはウィングマンに関してはバッチリだ」

彼の皮肉に気の利いた返答をする事が出来ない。気不味くて、コーヒーの代わりに奢ってもらったオレンジジュースをちまちまと啜った。

「銃も碌に撃てねぇお子ちゃまがこのゲームに参加する理由はなんだ?……はは、取って食ったりしねーよ。単なる暇つぶしだ」
「……償いっていうか……、自己満というか……」
「償い?そりゃ、穏やかじゃねーな」

非は私に無いとは言え、後悔が残る過去の自分行いを口にするのは少しばかり躊躇われ、唇を尖らせた。
チラリと彼の顔を盗み見るが、ゴーグル越しの瞳はギラギラしている。答えるしか無いみたいだ。

「事故で……私を庇って、親友の足が義足になったんです」
「ほぉん?鋼鉄の足は中々にイケてるけどな……女となると話が違ってくるのか?おっと、男女差別はよくないな。好みの問題だ」
「そうなんです、好みの問題です」
「ん?つまりは親友好みの義足の金が払えねえって話か?」
「いや、彼女は加害者からキチンと賠償金を受け取って……今のシンプルなカーボンの足を気に入ってます」
「あー……お前好みの足じゃねえって事だな?はは、ちゃんとイカレててホッとしたぜ」

自らの手で足を吹っ飛ばしたイカれ野郎にそう言われるのは納得がいかない。更にはヤバげな薬常習犯だし。

「白い……ヨーロッパのお城みたいな華やかな装飾、あんな感じの足をプレゼントしたいんです」
「走るのには不向きそうだ」

マスクを雑にずらし、彼はコークを勢い良く飲む。喉仏が上下に動いてセクシーだ。

彼の完全なる素顔は不明だが、例え整っていなくても製薬会社の御曹司で、かつ有名配信者。更にはレジェンドである事に変わりはない。……生きていて壁にぶち当たった事は有るのだろうか。こうも恵まれている人間は中々いないだろう。

「次アリーナで会ったらよ、お前の願い叶えてやるよ」
「えっ」

オクタンの唐突な発言に思わず目剥いた。

「な、なんでですか!?、出会ったばっかりですよ。私達」
「俺は優しいからな!久々にお前みたいな馬鹿に会えて最高だったぜ」

金持特有の道楽なのだろうか。
彼だって義足ユーザーだ。巨額を必要としている事は理解している筈だ。それなのに、気紛れで願いを叶えるだなんて、本当にぶっ飛んだ男だ。

「あ、そうだ。お前、名前は?」
「……イライザ。イライザ・オースティン」
「それさえ聞ければ優秀なハッカーが身内にいるからよ。じゃあな」

多分、あの口振りだとレジェンドの1人であるクリプトにでも私の口座番号を調べてもらうのだろうか。
にしても、何故今じゃなくてアリーナで会った時なのだろう。俺を倒せたら、とでも条件をふっかけてくるのだろうか。

……流石レジェンド、本当にイカれた人だ。


* * *


初動、拾った武器は図らずともウィングマンだった。

降りた場所では他の部隊も降下していて、早速戦闘が始まるが私が駆けつける前に終わる。
味方2人は知り合いでも何でも無い、今日初めて顔を合わせた他人同士だ。初っ端から何も出来なくて、余計に気不味い。

味方2人の後ろをトボトボ着いていく形で本日の試合も進行して行く。
いつの間にか部隊数は半分を切っている。となると、バナーとアナウンスの情報から察するに今残っているのは殆どがレジェンド組だ。

「おい、ちっさいの」
「わ、私ですか?」
「俺は本気でチャンピオン狙ってんだ。足だけは引っ張るなよ」
「……はい」

釘を刺され思わず縮こまる。景色の良い昼間のオリンパスだと言うのに私の心は曇りだ。

この2人は中々の手練そうだ。邪魔さえしなければ今回は良い成績を残せそうである。
ああでも、オクタンとは出交わしたら撃つよりも先に話したいんだけれど。そんな事言ったら胸倉を掴まれてもおかしくなさそうなので、無言を貫くが。

「リングに早めに入ってギリギリで駆け込んでくるアホを撃つ。いいな?」
「……そうだな。現在地的に、ソーラーアレイの建物の上を取るのが最善か」
「オーケー」
「……そ、その作戦で大丈夫です」

元より発言権は無いのだが、一応同意だけはしておく。
重たい銃よりは軽い銃のがまだエイムが合うという理由でウィングマンを何となく持っているが、その作戦でいくのならアサルトライフルかスナイパーに持ち替えた方が良いかもしれない。

道中、走り歩きをしつつ、目を皿の様にして他の武器候補を探すが見つからない。
立ち止まってじっくり武器を探したいとお願いするのは、今の自分には無理だった。

無事ソーラーアレイまで辿り着くと、先陣を切る男が、第一候補の建物の上によじ登り手招きした。誰もいないらしい。

同じ空気を吸うのは躊躇われたので、一緒の部屋で待機をしつつも私は2人とは違うドアの前で監視をする事にした。
ちゃんと報告さえすればきっと彼等も文句は無い筈だ。

手元のウィングマンを再度見遣る。レトロなブロンズカラーが味のあるお気に入りのスキンだ。
この銃口を自分の脳天に向けてトリガーを引けば、混沌を極めている癖に味気の無い生涯は幕を閉じるのだ。
悪癖と自覚しつつも、死のうと思えば楽に死ねる環境にいるのだと思うとなんだか無性にホッとする。

「チビ、よそ見すんな」
「すみま……」

(貴方も私を見てるという事は、よそ見してますよね?)そう内心思いつつも謝罪の言葉を口にする途中、時が止まった。

「はは、1人ダウンだ!」
「オ、オクタン!?」
「テメッ!」
「よーし、俺もワンダウンだ。残りは……」

狭い室内に、あっという間にデスボックスが2つ積み上がった。ひょいとその箱を乗り越えた男2人とバッチリと目が合う。

「おー、あん時の」
「よお、イライザ。コイツとは話があるから、まだ撃つなよミラージュ」
「こ、こんにちは……?」

非常識なオクタンは兎も角、ミラージュさんとは一応面識があるので挨拶をすると苦笑いを返された。
冷静になると、私も今の行動は少しばかりズレてる気がする。

「お、今日もウィングマンか。よし、その銃で今度こそ俺を撃ち抜いて見せろ」
「で、出来なかったら……?」
「死にたがりなお前を確実にあの世に送ってやる。はは、サイコーで粋なプレゼントだ。なーに心配するな、金は友人宛に振り込んでおいてやる」

生きる事は、確かに得意では無いと思うけれど。

あまりにもぶっ飛んだオクタンの言葉にミラージュさんの顔を思わず見詰めるが、彼は頭を一掻きすると大きく溜息をつくだけで助けてくれる気はないらしい。

「……クリプちゃんとこ行くわ。お邪魔みたいだからな」
「ミラージュさん!、?」

頼みの綱だった彼は出て行ってしまった。
パタンと扉が閉まると、完全にオクタンと2人っきりになってしまう。

「……本気ですか?」
「ああ、俺様はいつでも本気だ」

空気が、重苦しい。
オクタンのゴーグル越しの瞳なんて見なくても、彼が本気なのは分かりきっていた。

いざ死が直面するとなると、こんなにも呼吸が浅くなるものなのだな、と妙に冷めた頭で思う。

確かにオクタンの言う通り、私は死にたがりなのかもしれない。
あの事件は切っ掛けに過ぎず、物心ついた頃には自ら生き辛い道を歩んで来た気もする。

此処で人生の幕引きを選ぶのは、美しい気もする。それに、あの子に完璧な足も用意出来る。
目蓋を閉じると、「覚悟は出来たんだな?」と彼が尋ねてきた。

「……出来ました」
「オーケー。3・2・1でカウントする。そのタイミングで撃たなかったら、此処で今生の別れだ」

ゴクリと生唾を飲む。
今日初めて視線をかち合わせたオクタンはこんな時でも楽しそうだ。死を楽しむだなんて、本当にイカれてる。
不快に思う反面、もう少しだけ彼の事を知りたかったな、なんても思う。

「3……」

レジェンドの選手一同は彼の事をどう思ってるのか、とか。
さっきのミラージュさんの表情はいろんな感情が入り混じっていて、コレというものが読み取れなかった。
こんな感じの修羅場は普段から引っ切りなしなのか、それともイレギュラーなのかすら分からない。

「2……」

ああ、そうだ。ライフラインさんに聞くのが良いかもしれない。オクタンとは幼馴染らしいし。
幼少期から、ずっとぶっ飛んでたのかな。面白いエピソードが沢山ありそう。いや、もしかしたら思わず顔を歪ませる話ばっかりかも。彼の底は計り知れない。

「1……」

嗚呼でもなんだか、彼女の口から聞くのは妬ける気がする。別に私はオクタンの熱烈なファンでも無いけれど……。

バン、と単発銃の音が鳴り響いた。

ちゃんと目を開けて撃ったのに、弾は彼の頭の上を通り過ぎ、壁にめり込んだ。

「……大外れだが、やる気はあるみたいだな」
「私がやりたい事、やっと分かったんで……まだ死にたくないなぁって」
「お、どんなブッ飛んだ事だ?俺に教えてくれよ」
「……貴方のこと、知りたいです」
「あ?」

今、マスクの所為で見えない顔はどんな表情をしているんだろう。
顔色が微かにでも赤く染まってたら嬉しい。そう思いながら人差し指がトリガーを引いた。

狙うは左胸だ。





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