この肉体が
土に還るまで


※暗い過去の所為で死にたい夢主と死の救済をしてくれないレヴナントのお話
※全体的に暗い
※全3話くらいを予定しています
※1話目はほぼレヴナント出ません




どんな人物なのかは、事前に下調べしていた。 それでも開口一番に言われた言葉は、俺の予想の遥か斜め上を行った。

「私を殺して欲しいの」

長い前髪から覗く瞳は、まるで濁った沼の様だった。じっとりとしていて、底のない黒色だ。

「俺と君は初対面だが」
「だから。情とかないでしょ。試合の時にでも事故を装って殺して欲しいの」
「無理だ。情がないからこそ面倒な事に巻き込むな」
「それは一理あるかもしれない。悪かったね」
「……分かってくれたならいい」

正直、こんなにもアッサリと彼女が納得するとは思っていなかった俺は少しだけ拍子抜けした。

ぶっ飛んだ会話を終えると、試合まで時間も無いと言うのに、彼女は名乗る事もせず自身の部屋に帰って行った。

過去の事件の所為で精神的に不安定なところがあるとは、ドローン技師の頃から液晶越しに知ってはいたが、ああまでとは。
レジェンド連中は癖のある人間も多いが、今の所、俺の中で彼女は最も苦手な奴という位置付けに落ち着いた。



「クリプト、ちょっといいか?」
「ああ」

デビュー戦後、声を掛けてきたのは聖人と名高いジブラルタルだった。
誇り高く、正々堂々と戦う姿には、レジェンドとして所属している以上、シンジケートの駒だと理解していても、心動かされるものがあった。
そんな人間からの頼みを無下に断るのも中々に憚れる。

「デビュー戦であそこまで活躍するとはな。全く、大したものだ」
「大物レジェンドにそう言われて悪い気はしないな」
「最後は散々だったみたいだが、初戦から12人も倒すとは。細っこい腕で良くやるぜ」
「お前に比べれば誰でも細いだろう」

俺の返事に、ジブラルタルは腹を抱えて笑った。

「ま、その話は置いといてだな……今日、俺の部隊に若い女が居ただろう。彼女はイライザと言うんだが……」

ジブラルタルが先程の様子とは一転して気不味そうに頭を掻いた。

「イライザがまた困らせる様な事を言ったんじゃないかってな……ほら、お前の彼女を見る目が、な?」
「ご明察だな」
「すまない、俺が彼女の保護者代わりだ。何かあったら気軽に言ってくれ。それと、変わった事があったら教えて欲しい」
「……俺に偶然を装って試合中にでも殺して欲しいと頼んで来たが」

包み隠さずに試合前の事を言い付けると、ジブラルタルは大きな溜息を吐くと同時に頭を抱えた。

「事故でな、イライザは小さい頃に目の前で家族を全員失ってるんだ。俺もその現場に立会ってな……あれは悲惨だった。血は繋がっていないが、イライザは俺の大切な家族だ。血迷った事をしない様にお前も気に掛けてくれると嬉しい」

ジブラルタルに言われなくても、その有名過ぎる事情はレジェンドとして就任する前から知っていた。
されど、彼の泣きそうな程に歪んだ顔を見て己の認識の甘さを思い知る。
ジブラルタルの深い愛と、彼女の深刻な現状を。

若さと、構って欲しさ故の自殺願望なら放っておこうと思ったが、ジブラルタルの悲痛な声と血の繋がらない家族≠ニいう言葉に思う所があり、気が付けば「ああ」と頷いていた。


* * *


ジブラルタルの思いを知ってか知らずかは不明だが、イライザは事ある毎に「殺して欲しい」と懲りずに頼んで来た。

あの心優しい豪快な大男を傷付けてやるな、と彼女の澱んだ瞳を見る度に俺は思う。

ロビーで軽作業をしながらコーヒーを飲んでいると、音も無く近づいてきたイライザは俺の隣に座って来た。
懐かれている……というよりかは、俺やレイスの様な比較的口数が少ない人間の隣を彼女は好んでいる様だった。

当然の様に挨拶は無く、更には長く垂れた髪が幽霊を思わせて、不気味だ。

「おはよう。……イライザもメシか?」

柄ではないが、俺は彼女に対しては小まめに声を掛けるようになっていた。
そうでもしないと、いつの間にか水泡の様に消えてしまってもおかしくないと思うからだ。

「ご飯は、いらない。どうせ死ぬんだから」

今日も今日とて悪い意味で変わらない彼女の返事に自然と眉根が寄る。

「……ジブラルタルをあまり困らせるな」
「困らせたくないから、死にたいんだよ」

どちらかと言えば、俺はイライザよりもジブラルタルを心配しているのだ。
繰り返されるお決まりのやり取りに段々と苛立ってくる。

「ねぇ、クリプト私を殺してよ」
「……ッ良い加減にしろ!俺は確かにお前が死のうが生きようがどうでも良いが……。分かってるだろう!?」

不躾で、頼まれた人間の気持ちなんて全く鑑みない勝手過ぎる願いに、怒りが頂点に達した。
俺が彼女に対して同僚以上の特別な感情は抱いていないにしても、人を……誰かの大切な存在を……殺す事による後味の悪さくらい分かるだろうに。

「ジブが、私の事大切に思ってる事位、バカな私でも分かるよ」

俺の怒声の所為でロビーはシーンと静まり返っていた。たまたま場に居合わせたライフラインとオクタンが俺達をチラチラと見遣る中、ぽつぽつとイライザは語り始めた。

「じゃあ、」
「ジブの為にも私の為にも、生きたいよ。でもね、夜になるとこのまま生きていていいのか、分からなくなるの。怖いの。不安に押し潰されそうになるの。こんなに苦しいなら死んだほうが良いんだよ、多分。パパとママに会えるし。私が苦しい顔するとジブも辛くなるんだから。でも空元気する気力も無くて」

彼女が吐露した闇の匂いは、俺も知っている。
今も行方どころか生死すら分からぬミラの事を考えるだけで、どす黒い復讐の炎と焦燥、不安が俺を包み込む。

されど、俺にはまだミスティックがいる。それに、不明故にまだミラは生きているかもしれないという希望はある。しかし彼女には、それすらも無いのだ。

「ジブに抱き締められると、あったかくて生きてるって思う。でも、いつか、ジブも私の前からいなくなっちゃうかもしれない。だって、私がいたらジブは幸せになれない」

しゃくり上げ、真っ黒に沈んだ瞳と、低い鼻から溢れ出る体液は滝の様に止まる事を知らず、とても綺麗とは言い難かったが、俺の庇護欲を掻き立てるには充分過ぎた。
視界の端でライフラインがハンカチの準備をするのを見て、少しずつ頭が冷えて来る。

「もういい。……俺こそ、考えなしだった。すまない」
「……はは、クリプトまで困らしちゃった」
「散々迷惑かけられてきたんだ、今更気にするな。……お前は自分の事だけ考えとけ」

心からの本心だった。
そう言い残して後はライフライン(と役に立つかは分からないがオクタン)に任せる事にした。


* * *


「クリプト、ちょっと」

ロビーでの騒動があった数日後、廊下ですれ違おうとしたライフラインに呼び止められた。
彼女が俺に何を話そうとしているかは察していたので、足を止めた。

「なんだ」
「イライザの事、有難うねって。誰か1人だけがずっと支えてたらその人も潰れちゃうからね。みんなで見守ろうって言っててさ……まさかアンタも協力してくれてるとは思わなかったよ」
「まあ、一応は同僚だからな。ジブラルタルの心情を汲んだら協力せざるは得ないだろう」
「意外とアンタ、優しいんだねって褒めてんだからさ。素直に受け止めなよ」

豪快に笑うライフラインに背中を叩かれるが、自分に優しいという言葉はどうも相応しいとは思えず唇を結んだ。

「薬でイライザの症状を和らげてあげる事は出来るけど……根本的な治療はしっかり周りの人間が支えてあげて、彼女自身がもう怖い事は起こらないって頭から理解しないとダメなの」
「……本当に根気がいるな」
「だから、1人でも多くの人間が関わるべきなんだよ。ま、シルバのバカは変な入れ知恵するしコースティックも被検体にしようとするから近寄らせないようにしてる。それ以外の大体の奴らは様子を見てくれてるわ」
「なんだ、大層愛されてるじゃないか」

皮肉っぽく笑うと、ライフラインも冗談めかして笑った。

「あとは、あれね。これまでに無い夢中になれる刺激があれば変わるかもしれないわね」
「ほう?どんなだ?」
「鈍いわね。アンタ、懐かれてるんだから口説いてみなさいよ」

思ってもみなかった言葉に俺は固まった。そもそも、そんな感情は少しも持ち合わせていない。

「……ジブラルタルと10は離れてると聞いたが」
「そうだけど……。でも、クリプトとイライザならそんなに歳は離れていないでしょ?」
「俺はジブラルタルより年上だ」

そう言うとライフラインはギョッと目を丸くした。


* * *


俺がレジェンドとして就任してから、数ヶ月の月日が経った。

依然、ミラに繋がる情報は掴めていないが、シンジケートへの目眩しは継続して上手くいっていると思われる。
試合にも、個性が強すぎるレジェンドの面々にも、なんとなく慣れてきた。

人々が試合に飽きない様に、定期的にスカウトされた人材がこのゲームにはやって来る。
新人が来るとしたら、そろそろ時期だろうと調べて見れば案の定、ハモンド・ロボティクスからの推薦を経てジェームズ・マコーミック……フォージと呼ばれている男が近いうちに就任予定となっていた。

「ほぉ〜!この新人、腕っ節が強いのか!……奴を見掛けたら近寄らない方がいいな」
「武器の組み合わせ次第ではどんな距離でも戦えるのは強みね」
「……ああ、このヤンチャな男ね」
「何何!?アニータ、その含みのある言葉は!?会った事あるの?」
「お前ら、五月蝿いぞ」

酒を片手にロビーに集まったレジェンド連中はフォージのインタビューを液晶越しに見てはワイワイ好き勝手に感想を言い合っていた。

「……この人は、駄目そう」

フォージはサービス精神旺盛らしく、身振り手振りがやたらと激しい。
奴みたいなタイプは、殺して欲しいとどんなに懇願しようが周囲からの評価を気にして絶対に頼みを聞いてはくれないだろう。

ジブラルタルと俺の間に座り、不満気にチビチビとオレンジジュースを啜るイライザの人を見る目の確かさに思わず笑ってしまった。

「違いない」
「お〜!?イライザ、お前ブラックジョークなら言えるんだな」

ガハハと酒の所為か上機嫌なミラージュがイライザの頭の上に腕を乗せ、更に酒を呷る様に飲む。

「やめて、ミラージュ。痛いし酒臭い」
「……おっさん、見苦しいぞ」
「なんだよぉ!お前ら2人は特に俺に対して愛が無さすぎる!そうだ、その目だ!その目をやめてくれ!」

ミラージュが喚くと、その場にいた全員が笑った。イライザですら、呆れたように笑った。

その顔を盗み見て、俺は思った。
こいつら全員が、イライザの生きる理由になるんじゃないか、と。それこそワットソンでは無いが、家族の様な特別な繋がりが俺の瞳にもはっきりと映る。

彼女はとっくの昔に気付いている。
ただ、また失う事への恐怖が邪魔をして受け入れる事が出来ないだけなのだ。ならば、

ジブラルタルと目が合うと、彼は唇の端を少しだけ釣り上げ、小さく頷いた。
彼から見ても、最近の彼女の調子は良いのだろう。その表情から喜びの感情が滲み出ていた。



わあわあと連中は懲りずに騒ぐが、突如として中継映像が乱れた。違和感からか、全員が黙り込み再度モニターを見上げる。

「なんだ……?」
「……ッ!」

スタジオの照明が付き、カメラがフォージを写す。が、画面にはフォージだけではなく……不気味な人とは言い難い異形の姿が映り込む。

「えっ」

誰の物とも言えぬ驚嘆の声が上がった。

その異形の正体について触れる間も無く、フォージは異形の持つ鋭い爪に胸を貫かれた。
インタビュワーの女の顔とスーツには真っ赤な鮮血が飛び散り、絶叫が響く。
その後、画面が切り替わり音声は途切れた。

「場を盛り上げる為のフェイク……って訳では無さそうだな……はは……」

血相を変えたミラージュが眉を引き攣らせながら言った。その発言に対して一同は揃って頷く。

あれはどう見ても演出では無い。普段から死に近い位置にいる者達だからこそ確証を持ってそう言えた。

「おい、イライザ……」

あれ程ショッキングな光景を見たと言うのに先程から全く反応を示さない彼女を怪訝に思い声を掛けると、彼女は口を開いた。

「遂に死神が私を迎えに来てくれたのかもしれない……!」

恍惚とした表情を浮かべながら、イライザは体を打ち震わせていた。その異様な熱を帯びた顔に、ゾッとする。

皮肉なことに、あの得体の知れない異形の存在が彼女を見た事もない笑顔にさせていた。





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