ダイヤモンド・パーカッション[1/1]
忍の夜は長い。
闇こそ忍の本性なれば、色濃い月影ほど居心地の良い場所もない。さんさんとお天道様に照らされて有りもしない愛想を振りまくより、押し当てた刃を音もなく引く方が性に合っているのだ。
ただ夜であると言うだけで軽くなる羽音もせぬ足取りが、屋敷の瓦を踏んで数瞬でぬかるみに取られた鈍足と化したのは、耳から聞いた夜明けの如き雷報ゆえだった。
なんで?と目だけで聞き返したが、部下から正答がかえる事はない。夜に浮かんだ目が、困っておりますお助けください、とばかりにすがってくるだけだった。
佐助もすがりたかった、上司に。
だが佐助は知っている。原因が上司だと言うことを。そして、今からその上司の油をこってりと絞らなければならないことを。
頭痛と共に月をふり仰いだ佐助に、夜は余りにも無情だった。
夜の顔。昼の顔。服ごと着替えて別の顔。くるりと隠して人の顔。
むわりとした草いきれも装束ごと脱ぎ捨てて、さも今湯沸かし場から駆けつけましたと言わんばかりの格好で、佐助は座敷に上がり座布団のない畳に座した。
違和感がない笑顔を浮かべられた佐助は、忍として何一つ恥じる所がなかった。あくまでも主を立て、下世話に踏み込もうとしない下人を演じ切る。素晴らしい演技だ、非の打ち所が無い。天才である。さすが甲斐にその人ありと噂される最強の忍!こんなに名が売れてるのに顔が割れてないんだから忍として完璧すぎでしょ!もう最高!俺様って天才すぎ!とでも思っていなければやっていられなかった。
目の前に、自分の主がいた。
まん丸に見開いた目に、開いた口が「さ」と音を出そうとして踏みとどまった顔、何か不味いと察して滲み出した汗。
その横に、もうひとりの主がいた。家主の方である。
絶対にあってはいけない事であるが、二人は出会ってしまったらしい。偶然、この広い奥州で、わざと人がいない刻限を狙っての入国なのに、共連れが目を離し、次の者と入れ替わるまでの間に。
なにその早わざ。冗談は胃袋の大きさだけにして欲しい。
絶対にあってはいけない事なのである。
なぜなら。なぜなら、ここに佐助は居ないのだから。
「佐兵」
偽りの主が、偽りの名を呼ぶ。
被った皮の名は佐兵。謎多き男、萩原彰道の下人である。
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