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ぞっとする話ではないが、男の足元に広がる影が一瞬消え失せて見えたのだ。

吹きすさぶ雪風は、肌を冷え切らせひび割れさせるには十分で、空から舞っていないと言うだけで吹雪となんら変わりはなかった。

小十郎は必死に陣羽織の袂を右手でかき寄せ、踏ん張りの効かないずぶずぶした雪原で、それでも背を伸ばして風に逆らい前を睨みつける。

視界は真っ白で、見る間に髪と言わず体と言わず雪が積もっていく有様で。

雪混じりの風を吸い込むだけで、息が五臓を食い破る痛みが喉をさいなむ。

昼さなかの明るさとは思えぬ陰りと、ごうごうと足音も呼気も何も聞こえなくなる暴風と、柄を握っても痛みしかかえしてこない冷えと、詰まったのか凍ったのか効かない鼻で、五感がことごとく潰される。

踏み出したと思った足がすぐももまで埋もれ、持ち上げるより押し付けるように雪の中を進む。

まるで勝手が効かないのだ。

歯噛みしようにも歯の根が合わずがたがた言うばかり。

唯一血の上った頭だけが、周囲の冷えを押しのけて小十郎を動かし続けていた。

雪の壁の中から突き出される槍を、振り下ろされる刀を、一閃で払いのける。

拙いとしか言えない技量の攻撃も、この雪風の中で動きが鈍った身には辛い。

だからこそ余計に、眼前にいる男に腹をたてるのだ。

無音のうちに、足元に真っ赤な飛沫が肉と共に飛び散る。

風の音で馬鹿になった耳にはもう刀を交わす音も、悲鳴も聞こえはしない。

湯気を立てながら冷え切り雪に吸われていく血反吐と、生きているままの形で端から凍り付いていく雑兵。

雪の中をかき分けて進む目印にしては悪趣味に過ぎた。

しかし、人が、兵がいれば、そこはその先には必ず本陣が、寒さがしのげるであろう場所があるのだ、という男の言い分を、自身の冷静な頭が肯定したのだ。

雪の中であることなど、男は意に介しているようには見えなかった。

それこそ切ったものを捨て置くのと同程度に、気にしていないのだ。

ばたばた髪を揺らした大きな男が、またぞろ刀をふるって血花を大きく咲かせる。

一瞬だけ広がる暖かな風が、ぶちまけられた臓物の上げる湯気なのだと思うと、眉によった皺が深くなった。

風上で、男は奥州で浮かべていたのと変わらぬ呑気な顔で、敵を屠り血路を開いていく。

雪に飲まれて男の影は、どこにも伸びていなかった。



 

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