[1/4]


 



萩原彰道の夕刻は特にする事がないままぼんやりと優雅な午後の昼下がりのように過ぎようとしていた。

たかだか日が沈みかけただけの刻限なのだが、明かりが乏しいこの時代はよほどの事がないと残業などありえない。

雪に埋もれる冬が来るまでに全てを終わらせようとする勤勉さでほとんどの者達は仕事を定時に終わらせようと躍起だった。

そもそも仕事がない萩原彰道は一連の朝の騒ぎで昼半ばまで仕事をサボタージュした後、名残惜しいが仕方なく顔を出すためだけに登城し、小十郎に鍬で殴られ、政宗にガンを付けられ、城に運ばれていたらしい慶次に毛を逆立てて威嚇され、伊達軍の明らかに身内に対するものではないよそよそしい視線をいつも以上に感じながら、二の丸を後にした。

ウハウハハーレム武将百人斬り計画は灰燼に帰したかに見えた。

萩原彰道は心ここにあらずと言った風に、薄暗くなった自室で匂い薄い上等な蝋燭を幾つも付け、ゆらゆら幾重にも揺れる影に囲まれながら、口慰みに干し肉の塩漬けをしゃぶる。

鳥や兎や薬効があるとする猪以外の肉は不浄なものだと口にしないのが常識の戦国だが、探す所を探せば肉も手に入る。

いい加減、精進料理と低カロリー高タンパクな鳥料理だけの薄味食生活には飽きた。

ガッツリ食べたいぞ肉。

屋兵に用意させた干し肉をさらに塩漬けにしたり醤油で戻したりして食べているが、現代人の肥えた舌が満足するレベルには程遠かった。

九州や四国辺りに行くと猪や狸を食べているらしいが、奥州では調理法自体が存在しないくさい。

だが、そんな不満だらけの食卓も今日限りで終わりかと思うと肉を咥えた口がにんまりととろけた。

気持ち悪いくらい笑いが止まらない。

遠くからとてとてと軽く軽快に一定の歩幅で近付いて来る足音に顔を引っ張って伸びた鼻の下を正す。

いつ止まったかのか分からない足音が消え、内から蝋燭に照らされた障子の外で衣擦れの音がするのをドキドキとした胸を抱えて聞く。



 



男の名は佐兵。

一部の人間からすると捻りが感じられない、また一部の人間には失笑ともつかぬ笑みを浮かべさせ、故に承知の本人はむしろ皮肉を込めて名乗ったであろう猿飛佐助の偽名である。

屋兵の孫であるから佐兵。

当り前だが猿飛佐助の祖父が屋兵と言う下人であった記録などないし、状況から言えば屋兵も架空の人間であろう事は想像に堅くなかった。

伊達に仕える黒脛衣組を出し抜いた事を考えると実在する草の者──厳密には訓練を受けた忍者と市井の噂を掻集め定住する草の者は別だが──かもしれないが、要は武田の息の掛かった忍である。

妙にすばしっこくて器用なじいさんだなぁと思っていたが、考えてみれば落ち着きが過ぎていた。

武田の忍であるなら、あの上司にしてこの部下あり、所により隕石が降るでしょうと冷静に微笑ましくスルーする度胸があってしかるべく。

多少の殺し合い程度では動じない心臓を持っているのも得心がいった。

つまり、伊達の領内にいながら、殿様さえ知らぬうちに武田信玄の手の上に供されていた事になる。

老兵恐るべしと言うべきか、佐助お疲れ様と言うべきか、幸村また仲間外れだろうなと言うべきか。

こちらが勘づく所か全て丸っとお見通しとは知らない佐助が、可愛らしい小尻で着物を押し上げているのを後ろについて歩きながらじっくり見下ろす。

本格的に夜がにじり寄る薄暗がりの廊下で、俺は佐助の太股には苦無がくくり付けられているか否かについて真剣に悩みながら、今夜の食卓へとなるべくゆっくり歩を進めた。






- 114 -

|
おにがきたりてTOP
HP
.