リクエスト企画短編[1/3]


リク@心は交わさず
リクエスト:慶次と一緒にお座敷でお酒を飲む殺伐としたお話。




舐めるように酒を飲む姿は酔いよりも味を楽しんでいるに違いない。
多少は嗜んでいるのだろうが、想像と違いやけに静かに飲む男である。
青灰の陶盃が大きく横に引かれた男らしい唇に触れる。
無精髭がちらちらと残った喉が動いて酒精が嚥下される。
騒がしく厚かましく宴に割り込む姿しか知らないせいか、別人のように見えてしまうのに顔をしかめて慶次は塩辛い漬け物を噛み締めた。

一人酒を手酌で飲む上背のある大男とさしで酒を呑む事になったいきさつは成り行きでしかなかった。
本来ならここには別人が座って男の相手をしていたはずである。
頼まれ事を断れない性にため息をついた慶次の目下の悩みは何も喋らない男であった。

慶次が代理で座敷に上がった時には既に一合を飲んだ男が窓を背に胡座をかいていた。
手前には二膳の肴と桶に入った冷。
結わえていた髪をといてきなり色の衣に這わせ、こちらへ驚いたように顔を上げた男。
ふちの色が滲んだような瞳は、夕焼けの赤のせいで黒ずんで見えて、より来なければ良かったと慶次に思わせた。

慶次ははっきりと男のことが苦手であった。
初対面の時から妙な影を男に感じたからである。
へらへらと軽く笑う癖に影がぞろぞろとその裏に見えるのだ。
見られている、と言う感覚がこちらの意識に強く割り込んで来ると言えばいいのか。

今は窓の縁に腕を掛けて日の落ちた外を見下ろしているから目はこちらを見ていない。
酒気を帯びたのもあるだろう。
酒盃も肴もすすんでいない。
皺が寄った黄色い布地から白っぽい脚がぬるりと伸びて、腕が肩からだらりと床に垂れて、長い髪の間から背から続く首が出ている。
いつもよりは嫌な気配が薄い背だけがこちらを向いている。


いまなら大丈夫ではないのか。


そっと慶次が、指をゆるりと静かに伸ばす。
知られてはならない。
悟られてはいけない。
畳の目を這う。

きぬ擦れを抑えて肩を、じんわりとすり足で。
耳が見えるだけの頭。
息を殺して吐いて、力の限り吸うと。

指の腹がざらりとした布地に触っても、まだ気づかれない。
つるりとした感触。
逃さぬように目を前から離さず、指先だけを別物に動かす。
肩さえ揺らさず握り締めた時が、息を飲み歯を食いしばる合図だった。


呆気に取られた目が次の瞬間こちらを見ていた。
それが床に向けて倒れていれば慶次の目算通りだったのに。
強い風が室内を駆け抜ける。

しかと見返した男がへらりとしていた口元を引き攣らせ、今更に現状を理解し、把握した焦りを感情に現したが、開いた口からは何の音も出なかった。


代わりに、砕け散る音がした。


男の手の中でただの竹でできた扇が、半ば断たれながら、それでも一撃を受け止めていた。
散るのは片ではなく、ひびから染み出した闇色の火の粉であったが。
慶次が握り締めた柄を忌ま忌ましさから握り直す音が指に伝わった。

店に預けるにしても大きすぎる長刀は、顔見知りゆえに座敷まで持ち込む事を許されていた。
慶次のすぐそばで場所を取っていた長物が、慶次の手の中で男の首を折らんと大きく静かに振るわれたのだ。

背後からの一撃を、咄嗟に受け止めたのは男の懐で手慰みに弄られていた扇であった。
無心だったからこそ、妙な意識も煩悩も挟まずに身体が動いたのだが、いまいち男は分かっていなかった。
跳ね上がった腕が、気を通した竹を迫り来る鞘に掲げて勢いをそいだ。

手から真っ二つになった扇が落ちるが、床に着く前に炎にあぶられて灰になる。
慶次が刀を引いて本腰で再度振りかぶるのと、男が刀を引っつかんで窓枠から身を踊らせるのは同時ではなかっただろうか。


凄まじい破砕音を響かせ、木片と共に髪を振り乱した大男が空から落ちてきた。
でかい図体は地に打ち付けられる前に手を器用に着いて、反転そのまま転がるように通りを一目散に駆けた。
その後を追って、今度は爽やかな花弁と華やかな黄の衣を纏った傾奇者が大穴になった窓から降りてきた。
慌てて道に飛び出した店主に大声で謝りながらも木片を踏み砕いて走る。
赤ら顔に据わった目はしていたが酔漢の戯れと片付けるには大きすぎる騒ぎを起こしながら、遠くの背に向けて刀を伸ばす。


はた迷惑な楽しくもない喧嘩をした両人は、後日奥州双竜にこっぴどく叱られる事になるのだが、なぜそんな事になったのかお互いが理由もないが故に口にすることがなかった。
いろいろと憶測する竜を尻目に、二人はその後もたびたび楽しくもない場を友にした。
ただ、男は二度と慶次の前で酒を口にする事はなくなったのは確かである。










- 115 -

|
おにがきたりてTOP
HP
.