リクエスト企画短編[3/3]


 



ああ桜色の日々よ!
貴方に会ったその日から私の人生は私のものではなくなったのです!
素晴らしき日々に感謝を!
何より愛おしき我が背の君に、共に過ごす掛け替えのない時よ!永遠なれ!




【ある男の話】




男の日課は朝の仕事より前、夜が明けた後に、いつも決まった道を走る事であった。
むろん修練のためである。
余り裕福ではない武家に生を受け名を受けた男には身を鍛えるための場が家にはなかった。倉もない手狭な家であるから、もっぱら外が鍛練の場であった。

鍛練であるからには、走るだけでは足りぬ。手を鍛える必要もあった。
ゆえに男は登る事を鍛練としていた。
幸い武家屋敷には手近な白壁がわんさかとあったから、壁に登った。忍返しが付いていない家は少なかったので、登る壁はだいたい決まっていたし、人目に付かずに登れる時や場所も限られていた。
だが鍛練のためであるから、男は探して登った。
伊達には珍しくない短く髷のない髪を逆立てて風に揺らしながら、雨の日と雪の日以外ことごとく登った。

多少下心があったことを認めるのはやぶさかではない。

登りきった壁の上で、ちょうど松の影になり見えにくいだろう位置に陣取ると、真っ直ぐ前を向いて男は拝んだ。

拝んだ先には

井戸端でひとっ風呂とばかりに水を浴びる男の惜しみないけつがあった。

けつだけではない。武人なら憧れずにはいられない逆三角形の背、ぎっちり引き絞られた腰、はちきれんばかりの肉が盛り上がった太ももと間の股、濡れた髪をかき上げると見える太い首から喉にかけての線、美しい肩から指先までの彫りの深い造形。

完璧である肢体をつぶさに見て取れるほど目が良いことが男の自慢であったが、誰にも言ったことはない。
誰が言うものが勿体ない。
自慢が、ではなく見た物を口にすることでその素晴らしさがおとしめられる気がして、だ。

込み上げる尊敬の念が胸を熱くする。
家のものも誰も見ていない、私だけが見ている。
今確かに私の世界には彼の武人しかおらぬのだと、彼を観測している人は私しかおらぬのだと。
腕とか股とかを打ち震わせ、私は松の木の裏で腕立て伏せをして鍛練を続けた。今ならば親指だけでいけるきがする。
あの美しい腕に、私の腕が近づくのを感じて海老反りになるほど私の背筋が唸った。
ああ、だから朝の鍛練は辞められないのだ!







力一杯閉めた勝手口を背にした大男の前に、釜戸を背にした老人が立っていた。二人がいたのは裏庭に面したお勝手の土間である。
無言である。
何にも動じない、それこそ主である目の前にいる大男が戸を押さえるのに必死で全裸であることにさえ動じない老人が、若干ではあるが狼狽していた。
主である大男は言うまでもなく、引き攣った顔で今にも叫びそうであった。


「なんかいた、壁になんかいた」


老人は随分と前から壁に現れる不審者を知ってはいたが、主が何も言わぬので、後をつけて身元を洗い不審な所が何もない単なる変質者である事まで調べ上げるだけにとどめていた。
実のところ異国の忍である老人は、仔細を報告する義務もない。聞かれれば当たり障りのない範囲で告げ口はしたが。

大男が知った上で無視しているから聞いてこない、と思っていたから報告していなかった。

だが大男は目に見えて今気付いたとばかりに怯えている。
あのあからさまな目線に、本気で気付いていなかったらしい。
目線に気付いていれば、松の影から丸見えなびくんびくんと跳ねる息の荒い不審な男が目に入っただろう。
目に入ったら叫んでも良い程度に気持ちの悪い光景を毎朝眺めていた老人は、主の鈍感さに驚いていた。だがこれで全裸で歩き回る悪癖も多少は治るだろうと言う安堵もあった。
泣きついてきた大男をなだめながら老人は遠い目をしてそんな事を考えていた。




翌日、大男が竹槍片手に壁から男を突き落としたのは言うまでもない事ではあった。





リク:鬼主を心酔するヤンデレぎみなモブから見た主人公の一日と、観察されていることに気付いた際の反応
一日もちませんでした、そしてヤンデレではない気がします……すいません!


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