星を掴む馬鹿(久秀)[1/14]


 



「卿が欲しいのは物か、富か?」


東大寺の余り余り、広すぎる板間に男が二人。

座禅を組んだ男が静かに告げた。

白髪交じりの髪を結った男の前には、人の握り拳で十になる長さから名付けられたとする宝剣十柄剣が横たわっていた。

それと並べられているのは、十柄剣よりさらに長く、刃渡りだけで五尺はあろうかと言う直刀。

驚くべきはその鞘の薄さ、果たして刃は収まっているのかと疑いたくなる指一つの幅もない。

涅槃仏のように寝転がり初老の男の話を聞く巨漢の獲物がそれだった。

季節は雨の頃を過ぎて、青々と抜けた空には入道雲が流れ、日増しに陽射しが強く照り付ける初夏を過ぎようとしていた。

大きな日陰になった大伽藍は風がなくともひんやりとした冷気が堂に満ち、猥雑な蝉の声も遠く、その質とあいまって、どこか俗世から切り離された風情だった。

厳かさに一点の墨を落とした座禅を組む男の声は、場に似つかわしい慇懃さで優しく乞うようであるが、腹の内からの侮蔑嫌悪の情が雑な鍍金の下から覗いたものだった。


「欲しいならばくれてやろう。だから出ていけ」

「やだべー」


年甲斐もなく巨漢が舌を出してかかかと笑う。

松永久秀にとって萩原彰道は度し難い大馬鹿者であり、間違いなく目の上のこぶだった。







おにがきたりて異聞
〜星を掴む馬鹿〜







ふらりと東大寺を訪れた謎の巨漢の名は萩原彰道。

松永久秀が知りうる男の素性などその程度であったし、ことさら知りたいとも思わなかった。

本当に何をするでもなく、その巨体で寺院内を歩き回り、悪戯に鐘をつき、賽銭箱を持ち上げては小銭をくすね、兵と賭博に興じ、日が暮れれば縁の下で暖も取らずに寝る。

乞食である、と言えばあるのだが、余りに体が作り込まれていた。

上背にかなり恵まれている久秀でさえ見上げる巨躯と、擦り切れた麻布の下の鋼の肉体。

唯一の持ち物である異形の剣を抜き放った事はないが、なまなかな使い手であるはずもないと思わせる気概があった。

さりとて間者かと問われても、怪しすぎて逆に首を捻ってしまう。

世捨て人が一番近い肩書きだろうが、それにした所で、俗世に一番近いであろう東大寺に来る意味が分からない。

そんな人間に四六時中見られていて気分がいいわけもなく、久秀は久秀なりに、この男を放り出す算段を立てていた。






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