星を掴む馬鹿(久秀)[3/14]
「……底の知れぬ男だ」
髪揺らし背を向けて遠ざかる萩原彰道の大きな身体が見えなくなってから、やっと呟く。
無意識に握り締めていた手袋には汗がじっとりと滲んでいた。
火傷の絶えない左手に爪を立てたため生傷古傷がじくじくと痛む。
久秀がぼんやりと見つめていたのは、先ほどまで彰道が寝転んでいた日陰の板間。
戸板の開け放たれた大伽藍の中、喰い散らかした煎餅のかけらに早くも雀達が群がっている。
集まる姿は和やかな平穏に思えた。
何の感情もなく見つめる久秀に構わず、あるいは気付かず、雀は本能のまま餌を腹に納めていく。
が、間を置かず、囀りがけたたましく鳴り響いた。
飛び立てず床の上で羽ばたき、もがき苦しみ出した雀を見ても久秀は無感情だった。
喉を焼く痛みに血反吐を吐き赤い飛沫を板に散らし羽根で激しく床を打ち飛び立とうとしたが、すぐに静かになる。
ゆらりと立ち上ぼるのは血の薫り。
「毒を皿まで喰らうか」
久秀が調合した毒は、一度口にすれば臓腑をただれ腐らせ、ものの瞬きの内に死にいたら占める苛烈なものだった。
味も匂いも微かな複合毒であり、忍さえ殺せる。
それを日毎、気付きもせずに相当量口にしながら、彰道はそれらしき変調をきたす事さえなかったのだ。
稀人と言え限度がある。
薄ら寒い想像が久秀の脳裏をよぎる。
果たして
果たして萩原彰道は人間なのであろうか
と
己の度の外れた考えに失笑を禁じえない。
人でなかったから何だと言うのだ。
人同士だから分かり合えるなどと言う虚辞を、真に受けている阿呆ほど救い難いものはない。
理解できないものに古来より人は怯え、忌み嫌い、それを鬼と呼んだ。
死霊も才知も病も、理解できないものは全て鬼。
ならば正しく、萩原彰道は松永久秀にとっての鬼であった。
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