星を掴む馬鹿(久秀)[14/14]
この不気味で脳天気な男の真意や望みが分かった所で、私に付き合ってやる義理は、ない。
あったとしても、それは私の望む所ではない。
「離せ、卿には失望したよ」
今更に恐れを抱いていたのが馬鹿らしくなる。
鬼のようであると感じた男の中身は、何処にでもいる俗物にすぎなかった。
確かにこれは失望だ。
稀にも在らざるが故に、知らず私が男の横暴を許していたのだ。
「そう言わないでくれよ」
脇腹に差し入れた右手一本であっさりと引き上げられる。
鎧を付けたままで直に触られない事だけが幸い。
刀を握る者とは思えない歪みのない指が、暴れないのを良い事に、私の体の輪郭をなぜていく。
肩越しに背後から首を回して覗き込んで来る萩原彰道と目が合った。
水に打った波紋のごとく常に瞳の穴がゆらゆら揺れる不可思議な目。
その中で送り火と夜が映り踊る様は井戸を覗き込むのに似ている。
この目を抉り取り、腐らせず乾かさず生きた様に飾れたなら、さぞ美しいだろう。
だがそれは造形の美しさであって、男の意思は関与しない。
「卿は見てくれだけの張り子の虎。割ってみれば血糊で固めた紙屑だ」
未だ手にしていた波々と酒がたゆとう気に入りの盃を、刃の代わりに男の首に当てた。
これが本当の刃であったなら、迷わず喉を掻いただろう。
「地獄の炎こそ卿にはお似合いだ」
指先の火打の爪を擦り合わせると、がっと火花が散る。
酒の濃密な酒精に引火して、他では見られぬ真に赤い炎が瞬時に立ち上ぼった。
盃を満たすのはもはや鬼火。
「不快だよ、私の側に偽善は必要ない」
じりじりと夜に咲いた酒の炎に首を炙られながら、入り交じった悲哀と少しの喜悦を彰道は浮かべたまま。
その表情が見下されているようで癪に障る。
漆が焦げ、金細工が崩れ、男の人脂が溶ろける酒を鼻先まで持ち上げてやる。
下卑た顔に火の付いた酒をぶちまけて二度とその顔を見なくて済むよう焼潰してしまいたい衝動に駆られる。
ためらうこともない。
「爛れてしまえ」
燃える盃を持つ手に力を込めた。
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