一番星道中記(佐助)[1/5]


 



雨に濡れた編み笠を脱いで床に叩き付けると、音を立てて床に座った。

その音に驚いてざわざわと天井裏がどよめく気配がする。

不審な点は何もないごく普通の街道沿いにある宿屋だが、屋根と言わす床と言わず、みっちり身を寄せ合って真田忍が詰めているのだから、佐助からしてみればがやがや五月蠅いことこの上ない。

それは後から部屋に入ってきた男も同じようで、苦笑いを浮かべながら畳を注意深く踏んでいる。

まさか畳の隙間から刀を刺すような使い古された手を警戒しているわけではなく、縁に使われた麻布が擦り切れるまで代えられていない畳が自分の体重を支え切れずに抜けて、下にいる忍を潰すかもしれないと心配しているからだ。

身の丈は七尺と、折しも噂に聞く風魔小太郎の風貌と似通っているが、まるで無関係な男の名は萩原彰道。

背を向けて不機嫌をあらわにしている赤毛の青年の名は猿飛佐助。

どちらも甲斐は武田にその名ありと言われる猛者だが、片や名が売れてなお未だに得体が知れぬ侍、片や忍ぶべきを見誤ったが風に見える戦忍。

この両人、実はあまり仲がよろしくない。

と言うのも、彰道の『未だに得体が知れぬ』事が大いに関係している。

真田が忍の腕を持ってすれば知れぬ事はないと自負する佐助にとって、他国の書架や船乗りの噂まで掻き集めてみても、面白いほど男に関する情報が上がらないのだから、不機嫌にもなる。

男は男で、事あるごとに殺気を隠さずつっ掛かってくる年若い忍が可愛くて仕方ない難儀な性格で、撫で回す構い倒すでますます不機嫌を煽っている始末。

聞かれればどこで仕入れたかも定かでない眉唾物から医家の目の鱗を落とす英知までひけらかす男だが、己の出自だけは貝の殻のようにだんまりを決め込んでいた。






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