一番星道中記(佐助)[3/5]


 



手紙は要約すれば徳川に下って三河武士になれ、返事は三河で聞く、と言うものだった。

幸村は家康彰道両名に激怒し、佐助は複雑に顔をしかめ、信玄は豪快に笑い飛ばした。

間違いなく彰道個人しか目を通さないはずの手紙は、字が読めない彰道の手から佐助に渡り、朝の議で声に出して朗読され、議題となった。

荒れに荒れたのは言うまでも無い。

最後はお館様必殺の拳骨が弟子の脳天に炸裂し、萩原彰道の三河行きが決定した。

断るついでに遊びに来いと言う家康の意図に乗る事にしたのだ。

最後まで反対した幸村の命により真田忍が──最悪家康共々亡き者にできる人数──供に付き、信玄の命により無知な彰道のお守りに佐助が付き添ったのが、この奇妙な一行の正体だった。

忍の足と早馬を使えばそう日は掛からぬはずの旅路も既に10日目。

肝心の彰道を乗せようとすると馬が怯えて狂った様に暴れるものだから、歩きにならざるをえないとは言え、本気を出せば佐助に迫る彰道の健脚は影を潜めていた。

無論、佐助と旅がしたい下心のなせる技。

それを知らない佐助は、思い通りにならず落ち着かない様子で濡れた荷物を手拭いで拭いている。

ここ数日で一線を画した拒絶から、歯に衣着せずずけずけした物言いになった佐助が、警戒しながらも危機感を持たなくなってきたのは明白だった。

畳を外して床下の忍達にも手拭いを渡しながら、湯桶を用意する佐助の背を彰道は見ていた。

湯桶──宿屋における風呂の定番である。






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