拍手ログ(久秀編)[3/5]


 



【氷売りと侍】





やんごとなき身分の武家や都人が暑気を払うのに氷菓子を食べる事は、氷売りの男はよく知っていた。

だが、氷室の氷柱も尽きかけた猛暑の中それでも氷を探し、遂には自ら山へ分けいらんとする侍がいるとは思ってもいなかった。

代々語り草になりそうな話だが、馬鹿でかい馬ほどもある上背の侍は、氷室より遥かに険しい山の上、雲さえ超えて万年雪を一人で取って戻って来た。

牛ほどもある氷解は全て持ち帰っても溶かすだけだと、氷室の前まで来て下ろすのを氷売りは冗談を見るように見ていた。

百貫あってもおかしくない氷は侍が持っていた見た事もないほど薄い刃で切り崩され、必要な分以外は氷室に納められた。

侍の分の氷にむしろを巻いて大桶に詰めながら氷売りはまじまじと侍を見た。

氷売りが話に聞く侍はもっと粗暴でそのくせ土仕事ひとつ出来ず人殺しばかりしている人でなしだ。

だが、汗一つかかず着物の裾が濡れているのを気にしている男は、そんな想像からかけ離れている。

きっと自分が知っている侍は下っ端も下っ端で、この侍はやんごとない身分の侍その人なんだろうと思い、氷売りは納得した。

だが、ならば何故そんな位の人が氷をわざわざ捜しに来たのだろうか。

家来たちに命じれば富士の頂からさえ氷を運べるのではないだろうか。

これだけ力強い侍なら家来も多いに違いない。

もしかしたら一国の主やも知れぬ。

氷売りは妄想に急かされてうわずった声で尋ねた。

手打ちになるなどと言う無粋な事をしそうにはない、鋭いくせにぼんやりした侍の見目ゆえだった。


「好きな人が食べたいって言うんでね」


はた、と氷売りは無粋な事をしたのは己だと知った。

どこか寂しそうな顔を見て、侍が慕う姫君の先行きが思わしくないだろう事も知った。

床の姫君のために侍は季節外れの氷を一人で取りに来たのだ。

病の前に百戦錬磨の侍が出来た事は、ただ姫君が欲しがった氷菓子を己の手で届ける事だったのだ。

氷売りは涙を隠して、己の妄想に震えた。


「伝わると、よござんすな」

「ああ」


まさかお天道様でも思うまい。

病のはずの姫君が髭を撫でながら、今日も茶を立て茶器を愛で侍のいない日々を謳歌している事を。

そして侍がそれを知りながら、実は暑がりな忍を餌づけして外堀から埋めに掛かっている事を。

お天道様でさえ知らないのだから、氷売りになどわかるはずもなかった。






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