滅ぶべき悪よ[1/1]


官兵衛と三成を苛めようとして、斜め上に夢主が走って変態話になりました









少なくとも小生は、その男ほどに理不尽に自由な男を知らなかった。

我が儘な男なら暇に尽きぬ嫌な身の上だが、そもさん拘りだとかしがらみだとかを解さぬ珍妙な男など考え付く限りでそれしか思い付かない。

前田の風来坊がそれに近いが、あれも精々我が儘の部類に入る程度だ。

どうやらうちの凶王もそう考えているらしく、こめかみに見る間に血筋が浮いて目尻が吊り上がった。

ただでさえ気の短い三成の導火線が一気に弾け飛ぶ音が、地面を抉って鯉口を切る鞘走りに重なって耳を劈いたが、やはり自由な男はにたにたとしていた。


「隙ありだ三成、そして官兵衛」


声もなく鞘を憎しみで砕かんばかりに噛み締める三成を嘲笑うにしては、微妙に締まりのない顔をしている男に小生は両の腕で頭を抱えた。

口の端から荒い呼気をびょうびょうと漏らす三成のこの後が小生は怖い。

三成の真っ白な喉を鳴らしているのは間違いなく怨嗟の呻きだし、がちがちに肩を怒らせているのは煮えくる理不尽への憤怒に相違ないし、どろどろ飛び散るのは闇色の殺意に違いない。

慧眼などなくとも感じる三成の怒りと言う怒りが、小生の肌に真冬の吹雪の雪粒よろしく叩き付けられ鳥肌を隙間なく立てた。

本気で今、凶王の名に相応しい三成が小生を標的にしていなくて、良かった。

勝てる勝てない以前に心がばきばきにへし折れてしまうだろう、子供を睨んで殺せる真っ赤な眼光が三成の本気なら、小生は一生勝てなくていいから敵に回りたくないと思う。

だが、それをことさら楽しそうに、相変わらずにやにやと正面から見ている男は、もしかしたら恐怖だとか絶望からさえ自由なのではないかと錯覚してしまう────そんなはずはないのだが。

楽しそうではあるが、なぜ楽しそうなのかを考えると欠片も羨ましく思えないのは、小生も三成も所詮は人の道から外れきれぬ真っ当な精神を宿した身だからだろう。

この光景を見て眉をひそめぬのは、当に人の道から外れ全てを照らさんとする権現くらいなものだろう。

権現にしたって口元を引きつらせるくらいはするだろうが忍耐の外道は、目が笑っていない笑いで流し切るだろう。

だが、そんな忍耐なんぞ欲しいとは思わない。

それがこの場ならなおさらだ。

にんまり非常によろしくない笑いをする男がこちらをためつすがめつ、握り締めたものにそっと顔を近付けたあたりで小生たちの我慢はあっさり限界を迎えた。


「やめろぉぉぉ!」

「がっ…貴様ァァァッ!」


鎖を振り乱し、あるいは鞘を吐き捨てて引きつり叫ぶ目の前でおぞましい光景が繰り広げられる。

見目は良い部類に入るだろう男が手に持った布地に、頬擦りをした。


「「あぁぁぁぁぁっ!!!!」」


これほど小生達の心が隔てなく通じ合ったことはかつてないだろうが、そんなことはどうでもいい。

頬に当たる感触を確かめるような動きが、ただの布地に対するものなら、それが例え臓物にまみれた手拭いでも気にせず、今の状況から脱せるならば、あまつさえ自分の顔を拭くのに使ってもいいとさえ思う。

だが、その布地だけはだめだ。


「返せぇぇっ小生の褌ぃぃっ!」

「私の褌に触れるなぁっ!」


それは小生と三成の褌だった。


ことさら愛用しているわけではない、愛着などないただの褌だ。

しかしだからと言って、この状況を諦観しているほど無頓着でいられるわけがないのは、男──萩原彰道──が明確な意思を持って褌を探し、褌を盗み、褌を懐に入れ、褌をわざわざ小生達に見せ、褌に頬擦りしているからだ。

せめて知らぬ場所でせんずりこくなら気色が悪いがまだ知らぬが仏となれただろうが、これは駄目だ。

明らかに見せつける部分も意図に含まれている、言い逃れしようのない変態行為だ。

白昼堂々の犯行に戦慄を覚えざるをえない。

可能ならば近付きたくない類いの変態だ。

気付けば疎らにいたはずの人影は視界に入る限りではこの場の三人以外いない。

耐え切れなかったのは分かるが、置いて行かないで欲しいと切に思った。

男がにやにやした口元をことさら真面目に引き結んで、とろりとした目をゆっくり瞼で包みながら両手いっぱいの──何枚盗んだんじゃぁぁぁ──褌に顔を埋める様は、最低を通り越してなんかもう嫌だ泣きたい。

三成に至っては喚き散らして後退りしながら泣いて刑部を声の限り呼んでえづいている痛ましいが理解できすぎる惨状を一人で繰り広げていた。

だが、今日は刑部はいない。

いないからこその変態の凶行だ。

虎視眈々と機会を狙っていたのが今なら手にとるように分かる、気持ち悪い。


「洗いたてなのが残念だ」


少ししょんぼりして見せる彰道に脂汗がぶわっと噴出すのを止められない。

本気か、と問うべきか正気か、と問うべきか。

どちらも答えは良い笑顔だろうよ!


「き、貴様は死ね!今すぐ!汚れた魂ごと光射さぬ無明の闇の底に落ち魑魅魍魎にすら蔑まれ輪廻する事なく己の行いを悔いろぉっ!」

「そうだ!お前さんは死ね!とりあえず病気だから近付くな放せ触るなぁっ!」


我ながら酷い言い草だが、変態ほど害がある病はない。

この男の自由に過ぎる気質に変態が加味されれば、大禍ツ神もかくやの傍迷惑ぶりだ。

頬擦りの衝撃から罵って立て直した気概で何とか武器を構える。

目配せした三成の血走った目は、殺るぞ徹底的に、と語っていた。

小生も瞳孔が開き気味の目で、全力出さなかったら殴る、と返した。

引きつった笑みを引っ込めて構える姿の悲惨さといったらない。

久方振りの必死の共闘、だがしかし、更に襲い来る衝撃が小生の膝を折らせ、三成を受け身も取らせず地面にめり込ませた。


「ふんどしなめてもぐもぐしたらうまいかな?」

「「それだけは止めろぉぉぉぉぉぉっ!」」







結局、刑部はその日も、その次の日も帰ってこなかった。

彰道により引き起こされた狂乱と災禍は、騒ぎを聞き付けた二人の和子による正義の鉄槌もとい、焦土作戦により消毒されるに至りようやく終息を見た。

だがしかし、べたべたに濡れた褌は二人の男の心を一生癒えぬであろう生々しい傷跡で覆い、また一人の不死身の男に一生ものとなる生々しい思い出を刻んだ。

案の定、彰道は死ななかったが、憎まれっ子なんたらだろうと臍を噛むだけでそのあたりの子細は取り沙汰されることもなかった。

むしろ、西の総大将がかたくなに褌をはかないので目のやり場に困っているらしいと言う歪みない噂が、東の総大将の息の根を色んな意味で止めかけた方が、よほどの大事として世間を騒がせた。

その裏で密かに心労で倒れた刑部がいたことは、西軍のみが知ることであった。



end






2からの三年間で病状が悪化した夢主です
本編夢でこのノリをやると苦情来そうなので外伝にしました
寝ぼけたまま書くとこんなのしか書けません

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