ハルマゲドン・バスターズ[2/11]


 



情けない話だ、と城主たる伊達政宗は見知った眼前の男に切り出した。

記憶が確かならば、同じような対峙をほんの昨日、行ったように思うのだが、希望としてはそれが気のせいとか思い違いであってこそ欲しいと思った。

だが、たかだか昨日の大事を忘れられるほど奥州筆頭の頭は器用にはできていなかった。

それができたなら人生をもう少し上手く運ぶことができただろう。

眼前の男などは輪を掛けてそう言ったことが不得手であるのは疑うべくもなかった。


「Ah...お前本気で頭が悪いんじゃねぇか?」


心底の言葉だった。

眼前の男とは、昨日会ったばかりの前田慶次、であるはずだ。

しかしもはや政宗の認識を持ってしても、そうであると確信を持って認めるのはやぶさかであった。

なんせ顔面が芋のようにぼこぼこに腫れ上がっているのだから。


「ひょれひゃっひぇひゃんひぇいひへんほ」

「何言ってっか分からねぇよ」


小十郎の拳骨を食らった後に、あの萩原彰道にそれはもう派手に喧嘩を吹っ掛けたらしいが。

勝敗は言うまでもなく負けが込んだ見た目で分かった。


「ひゃんひゃんはゅ」

「だから分からねぇっつってんだろが!」


青たんで目が潰れ、唇が腫れて鴨のような口がひょこひょこ動いているのは滑稽だが、真面に相手をする方からして見ればひたすらに腹が立つ。

何かしらを伝えたいらしい事は分かる。

傷は顔に限らず全身に及んでいて、決して浅いものとは言えないのが、動く度に肩を引きつらせる様から見て取れた。

寝ていたいだろう傷身をおして、前田慶次は伊達政宗の前までやってきたのだ。

門番に不審者と思われ止められようと、何故か殺気立った小十郎に遭遇し先日の恐ろしい記憶から腰を抜かそうと、這ってまでしてだ。

話す事を諦めたらしい──表情からは一切読み取れないが──慶次が、兎の物真似と取れないことはない仕草で手を頭の上で振り出したのを、耳を捻りあげて止めたあたりで、政宗は自分の使っていた紙と筆を強引に慶次の手に握らせた。

慶次に伝達法を任せていたのでは、時間と忍耐の無駄だと察したからだ。

仕事の書き損じと言えどまごうことなき紙と、質の良い狸毛の筆、鹿の膠を使わない純然たるすすを練り上げた墨を刷った墨汁。

これ以上ない品々を使って、これも青草の薫りが抜け切らぬ畳の上で、慶次はようやく真面に伝わりそうなものを書き出した。

だが、呆れ気味に慶次の頭と紙面を見下ろしていた政宗の眉は見る間に吊り上がり、書き終えた時には渋面を作り上げていた。


「……どう言う意味だ?」


縦の高さも肩も揃わぬ下手糞な字は、それでも書かれた意図を違えず伝えるものだった。


『あれは鬼だ。黒い鬼が来た』


目に映ったままの姿をただ書いただけの、ただそれだけの言葉だった。

黒い闇を纏った萩原彰道の姿は、意図せずして慶次に鬼を連想させた。

再び紙を畳に置いた慶次が筆を走らせる。

垣間見た恐ろしい目を、事の顛末を、余す事なく紙に語り掛ける様に。

酷く濃い墨の乾く臭いが部屋を満たすまで、筆の音が止まる事はなかった。






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