ハルマゲドン・バスターズ[3/11]


 



「大丈夫ですか、萩原様」

「大丈夫大丈夫、身体が頑丈なのだけが取り柄なんでね」


はははと軽く笑う男の頭は、それでも未だ血が止まる気配が無かった。

痛みに顔をしかめる事もないので、下人である屋兵も遠慮なく包帯を巻き付けていく。

擦って煎じたとくさの葉の煮汁──山伏の言う十枚の野草をただ煮ただけのあれである──に漬けた布地はそこそこ効きそうな青臭い臭いを発していた。

こめかみなら兎も角、脳天から血をにじませておいて飄々としているのだから、誰とは言わないが本来の上司とかその上司とか並に頑丈なんだろうと思う。

だくだくと血を流し、下ろしたての晴れ着を見事に染め上げて帰宅した萩原彰道には流石に二人揃って度肝を抜かれたが、良く考えたくもないが毎日似た光景を目の当たりにしていた。

長年奥州に住む屋兵にしても、やはり懐かしさを感じたらしい。

お館様の殴り合いは、何も今に始まった話では無いのだから。


「過信はよろしくありやせんよ?」

「そうですよ萩原様」


血のにじむ包帯を何度か巻いてやっと血止めの目処が付いたらしく、溜め息を付きながら屋兵が結び目を作り始めた。

俺はそれに合わせながらもわざと幾何か遅れて、籠の中から場所の分かっている鋏を探す素振りをした。

こちらを暇そうに見ている萩原彰道の視線に焦ったように手を動かし、慌てた顔で見つけた鋏を屋兵に渡す。

少しばかり完璧すぎる演技の仕上げに申し訳なさそうな笑顔を付け加えれば、騙され無い男などいないだろう。

まさか武田にその忍ありと言われる猿飛佐助本人が、わざわざ様子見に出向いているなど思いもしないだろう、この男は。

「ありがとう、佐…兵だったかな」


屋兵の孫と言う身分にふさわしい、ありふれた名を呼ばれ、名を覚えて貰えた嬉しさを演技しながら笑みをこぼす。


「はい!萩原様!」

「彰道と呼んでくれ、みょ…家名で呼ばれるのは気恥ずかしいから」


自然に嬉しげな笑みを浮かべた彰道の馬鹿面に、家名を呼ばれたくない理由も聞き出さないとと心に止めつつ、目を見張ってみせる。


「お武家様に、そのようなこと…」

「良いんだ、俺が呼ばれたいから」

「で、では…彰道様」

「…………」


優しく目許を崩す笑みに、親愛の情以外を見出だすことは、悔しいけどできなかった。

萩原彰道は、俺様を助けた時と何から変わらぬ裏の無い感情で、自らが偶然にも助けた新しい下人見習いにして同居人たる佐兵の身を快く引き取ったのだ。

その佐兵こそが、屋兵の上司たる戦忍であり、己の命を狙い死に追いやるやもしれぬ男であるとは知らずに。

同じく役者である屋兵が微笑ましげに偽りの穏やかさを演出する一室で、誰もが嘘を吐く夕暮れが訪れようとしていた。



 


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