ハルマゲドン・バスターズ[5/11]
夜半も過ぎ、じわじわと寝静まるには苦しい熱を帯びた湿り気は、真綿の布団をより寝苦しいものへと変える。
寝苦しさに布団から這い出したまま、壁に背を預け四半刻。
寝ずの番に運ばせた冷え切った井戸水を、身体をほてらせる酒の代わりにとちびちびやっていたが、寝付けやしない。
菊を焚いて月見に襖を開け放ってもいいのだが、ただでさえ尻が痛い痒いと気が散る中で、蚊にまでたかられては、やっていられない。
晴れて奥州の王となった身で、尻叩きと蚊の刺し跡に苦しめられるなぞ、どこの鼻垂れ小僧だと言うのだ。
前田慶次あたりなら、あの歳でもしょっちゅう味わっていそうだが。
なんとか気を散らして、寝入ろうとするが、背中がうっすら濡れ、いくら水を飲んでも布団に戻れぬほど蒸し蒸している。
「はぁ…」
「いやぁ、なまめかしい溜息だねぇ。よっ色男!」
ざぁっと部屋の気温が季節を無視して下がったが、政宗の感じる暑さは己自身の感情により急激に蒸し上がった。
「五月蝿ぇ馬鹿でかい蚊が、耳元で飛び回るってのは不快きわまりねぇな」
声だけが聞こえる男がなおさら蚊を思い起こさせて腹立たしかった。
「あー機嫌悪かった旦那?まぁこんだけ熱いとね」
政宗の閉じた瞼の裏にはありありと、肩をすくめる真田の忍の小憎たらしい見下した目と、無駄に着込んで見ている方が暑苦しくなる姿が浮かんだが、苛立ちから目を開いた。
「ああ猛烈に悪いな。用もないのに顔出した忍をうっかりくびり殺しそうな程度にな」
「こっわーい、俺様用があるから来たのにそりゃないぜ旦那!」
一々かんに障る物言いをする忍であるが、甲斐との繋ぎとして使っている以上、当人かどうか、毎度毎度確認を取る必要がある。
符丁を決めてよりなお、無意味に等しいやり取りを幾許か経てからでないと、諾と認めない。
認められなければ姿を現さない、のも符丁の一つであったからだ。
そして名を呼ぶことが、割半であった。
「降りて来い猿飛」
「残念!俺様今夜は下にいましたぁ」
上がった畳を予定通り上を見上げたまま踵落としで仕留める。
間を外された忍は見事、めくれた畳と敷いた畳の間に挟まり、鈍い音を立てて潰れた。
「ひ、ひっでぇ」
「あーすっとしたぜ猿飛」
やっと本当に気が紛れた独眼竜が尻を気にしながら胡座をかきなおし、床下から侵入した忍こと猿飛佐助も畳によいこらせと立て膝をついて座る。
「で、甲斐からわざわざ何の用だ猿飛」
先程の暑さなど居住まいを正すと同時に懐にしまったふうに、政宗が尋ねる。
その目は何かしら、心当たりがあるだろうことを思い出した苦々しさと、好奇を押し隠さぬ嬉しげな色を浮かべ、ただじっと猿飛の一挙動に耳を傾けた。
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