ダンスホールは掌の上


注意など
・ドギツイ訳ではないけれど人を選びそうな下ネタ
・他に類を見ないレベルのキャラ崩壊。ギャグ
・出てくるほぼ全員が格好悪い
・夢主がほぼ出ない
・他のマネージャー(ギャル系女子)が出る
(マネージャー:五人。三年の女子が夢主含め二人、男子が二人。二年が男子一人)



 いつものように練習し、いつものように練習を終える日々。まるで機械の耐久テストのように酷使されるのは、テニス部員であれば選手もマネージャーも変わりはない。
 息の詰まるような日々のなか、刺激を求めて行動に出た者たちがいた──




 その日は何の事情だったのか、真田が先生に呼び止められたため、同じクラスである柳生は一人で部室に辿り着いていた。といっても、それ自体はさほど珍しいことではない。
 むしろ、そこから十数メートルの距離を置いて、彼が通った道をそっくりなぞっている仁王がこの時間に部室に向かっていることの方が意外性に満ち満ちていた。


 制服で練習は出来ない。当然である。ジャージに着替えるにはロッカーを開ける。これも当然である。
 しかし、紳士と称される彼のロッカーから“紫色”がとさり落ちるのは、かのデータマンでもなかなか予想できることではなかっただろう。

 視界を横切っただけではただのハンカチ程度にしか思えないその布。しかし、ただのハンカチにしてはやけに大きかったような。
 首を傾げながらも柳生がその布を拾おうとするのと、珍しく二番手となった仁王が部室に入ってくるのは、ほとんど同時だった。

「……」
「……」

 固まる両者。しかし、その色は真逆。
 逆光に染まるレンズの向こうを青ざめさせたのが柳生。まさに『悪いことを考えています』と口元を歪めるのは仁王。視線を交えたまま静止した二人が目撃したのは、二人の間に落ちたのは、いわゆるブラジャー──それもどぎつい紫色の──だった。



 先に動いたのは仁王。
 後ろ手で、開いたままだった部室のことドアを閉めたかと思うと、紫色の前にしゃがみこむ。そのままそろりとつまみ上げたかと思えば、へたり込んでしまった彼に見せびらかすように広げてみせた。

「ちが、違うんです! これは!!」
「おんしがこういうんを趣味にしとったとはのー。うーわー」
「いえだから違います!! 誤解、これは私の物ではありません!! 誤解です!!!」

 先走った必死の弁明も、詐欺師と呼ばれる彼にとっては玩具に等しい。青くなりながらも赤くなるという謎の器用さを見せる柳生の眼前でヒラつかせながら、仁王はその意地の悪い笑みを深めた。

「こ・れ、真田に見られたらどうなるんじゃろうなぁ〜」
「やめっ……本当に止めてください! 貴方がそこまでの外道だったとは……」

 絞り出すように言葉を吐きながら仁王にしがみつく柳生は、しかし言いきる前に本気でやりかねない人間だったと思い直す。いや、本当にやるだろうか? 少なくとも逃げ出されないようにと本気でぶら下がった。

 と、再びドアノブが捻られる音。

 先生の話はさほど長くなかったのだろう、ドアを開けたのは、呼び止められていたはずの真田だった。
 だがしかし、この男はあまりにも間が悪かった。

 知っての通り、硬派のど真ん中を貫く真田弦一郎という男。硬派と言えば聞こえは良いが、つまりは純真。つまりはうぶ。

 そんな彼の眼前に広がっているのは、二人きりの部室のなかで、明らかに女性ものの下着をかざしている仁王。そしてそんな彼にすがりついている柳生。どう解釈をしようと、真田には刺激が強すぎる光景で。

「………………」
「……あー、真田?」

 仁王は、完全にフリーズした副部長の意識を確かめるためにか、掌だけをひらつかせてみせる。「これはの」と説明を始めようとした彼の言葉で意識を取り戻したらしい柳生は、その声を遮るようにして自らの潔白を証明するために叫び。

「真田くん、これは、これは違うのです! 何故か私のロッカーから出ては来ましたがやましいことなど何も──」
「あっ馬鹿柳生」
「た★□%×????!!!!!」

 突如響いた悲鳴のような怒号。一体何を叫ぼうとしていたのか、それは本人にもわからないのだろう。その顔は真っ赤に染まっていた。

 考えを変えたのか、見せびらかすようにはためかせながら逃げ出した仁王。いつもの習慣なのか、錯乱状態ながら怒鳴り散らし追いかける真田。窘めようとしているのか、弁明を再開しつつ追いかける柳生。
 まだ三人しか集まっていないというのに、テニス部の部室は地獄絵図と呼ぶに相応しい状況に陥っていた。




 少しだけ時計の針は進み、再び部室前。
 三年のレギュラー陣でクラスも同じなのは真田と柳生、仁王と丸井の二組。そのうちの三人が部室内に揃っているわけだが、今度はクラスの被っていない幸村、柳、ジャッカルのうちの前二人が合流を果たしていた。

「──ん? 何か騒がしいな」

 移動中の会話を切り上げて呟いたのは幸村。
 その言葉を受けて顔を上げた柳は、その開いているんだか閉じているんだかよくわからない目を部室の扉へ向ける。
言われてみれば、確かに。あと数メートルまでに迫った部室に耳を傾けなくとも、真田のものらしい怒鳴り声が響いていた。



「うるさいぞ」

 言いながら扉を開いた参謀。達人と称される彼はいつだって冷静沈着を保っていた。仁王などのどんな悪戯にも──例えそれが想定外であろうと──さも想定していたかのようにあしらってみせた見せていた柳だったが、それても衝撃的だと思うことはある。
 今がまさにそれだった。


 彼の前に置かれた状況は、正座させられている仁王と柳生。その二人の前には説教……というには些か理性を欠いた様子で怒鳴り続けていた、今はその声を途切れさせた真田。そしてその片手に握りつぶされていたのは、どぎつい紫色の女性下着。

 柳は開眼した。
 幸村は噴き出した。



「──……弦一郎」
「違う!! これは!! 違うのだ!!!」

 ようやっと、という様子で絞り出した柳の言葉に、鞭打たれたのような反応速度で首を振りだした真田の顔は赤く、青い。

「ほうじゃのー」

 不意に切り出した詐欺師に反応したのは、その隣で背筋を伸ばしていた柳生。

「それ、元々は柳生のロッカーからムグッ」
「止めたまえ!! 私の物でもありませんし真田くんでもないのです!!」
「幸村、これは……」

 いつもなら何かしらの言葉を発しているはずの彼が静かなままだったのが気になったのだろうか、声を掛けながら柳は振り向いた。その他三名もその事に気付いたようで、一旦騒ぐのを止めて視線を送り、その先では。

「皆……俺は、俺は……」

 軽く俯いていた神の子は、片手で目を覆いながら震えていた。




 笑いだしそうなのを堪えていただけだった幸村を含めた五人は、部室内の椅子に腰を下ろした。
 まだ、他の部員が来る様子はない。

「さて……まずは客観的に事実をまとめようか」
「あぁ。俺も未だに状況が掴めていないからな」

 ロッカーを背にした二つの席に座った二人が言う。ちなみにその向かいには柳生と仁王が、挟まれる位置にある、窓を背にした席には真田が座っている。
 とはいえ、最後の一人は呆然自失の様子で何かを呟き続けているために会話は期待できないだろうと、取り敢えずで座らせられているだけだが。『般若心経か風林火山だろうな』幸村は内心で息を吐いた。

「では、第一被害者の私から説明させていただきますね」
「どうだか」

 暗に「本当に加害者なのでは」と込めて呟いた仁王の脇腹を小突いた柳生は姿勢を正し、これまでの経緯を語り出す。
だがしかし、既に起こった以上の情報はないので少々割愛。考え込むまで時間を飛ばす。




「そういえば、まだ仁王くんのロッカーを開けていませんでしたね」

 ぽつり。ここまで静かでなければかき消えていたような呟きがひとつ。

「──待て、待て待て待て。なんじゃ柳生、お前俺が犯人だとでも?」

 言葉が発せられるまでに間があったのは、まさか彼に疑われるとは思っていなかったからか。
 おもむろに立ち上がった柳生の肩を掴むも、引き止めきれずにずるずるとその足はロッカーへ向かっていく。

「さすがの俺でも、こんなことはせん!」
「さぁ、どうでしょう。そうでなくとも、仁王くんのロッカーは私の隣にあります。もしかしたら何かしらの証拠品がある可能性が」
「止めろおんしそうやって俺のロッカーに仕込むつもりじゃろ」
「仕込みません!!」

 力強い否定の言葉に合わせて開かれるロッカー。「おおのもー」なんて呻いた顔の前を、この短時間で目に焼き付いたのと良く似た紫色が過る。柳生にとっては二度目の光景。
 数分か数十分振りに固まる二人の前に、先程の布よりは軽く舞い降りたそれは、所謂ショーツ。その布面積の少なさは、Tバックにも近い。

 そろりと視線を送った柳生が見たのは、今までにないほど血の気を失った仁王の顔だった。


「セットだな」

 二人に机の上のそれをよく見えるようにしたかったのか、横に椅子を引いた柳が言う。
 緩慢な動作で、机の上のものとたった今床に落ちたものの二つを見比べれば、確かにレースやらデザインやらが似通っていた。

「……じゃな」
「ですね」
「たたたたたたたるんどる!!!」

 同意の言葉により、飛びかけていた意識をどうにか引き戻したのか、真田は再び朱を取り戻した顔で叫ぶ。がしかし、幸村の片手により止められ、上げかけていた腰を下ろす。
 柳とは逆側に椅子を引いていた彼は、しみじみと、本当にしみじみと噛み締めるように言葉を紡いだ。

「……まさか、二人がそういう関係だとは思わなかったよ」
「違います!!!!」「違う!!!!」

 息の合った否定は、幸村の言葉を食いつつ部室に響く。この問答が始まってから随分と時間が経ったような気もするが、他のレギュラーも、それどころかそれ以外の部員の影も見えない辺り、それほどの時間は経っていないらしい。
 早く終わってくれ。そう願ったのは、果たして誰だったか。

「あのなぁ幸村、この鬼畜眼鏡がどうかは知らんが」
「いい加減本気で怒りますよ」
「俺にはとっっっっっっても大事な名字っちゅう彼女が居」
「じゃあ名字のものなんじゃないの?」
「え」

 るんじゃから、と続いたはずの言葉をぶった切る幸村の言葉。
 爆弾投下。照れやら羞恥やらで頭に血が昇り過ぎて目眩がしてきた真田を除いた、柳の付く二人はそう確信したそうな。

 既に大分青ざめていた詐欺師の顔は、憐れみを通り越して不安を抱くほどの土気色に到達した。
 詐欺師とて一人の人間、それ以前に中学生である。付き合い始めたばかりの彼女の下着かもしれないという事実に、その思考は一瞬だけフル稼働。


 まるで時間を圧縮したような一瞬のなか、仁王は走馬灯のようなものを見た。
 人間の走馬灯とは、一瞬で今までの人生を振り返ることによって類似した出来事はなかったか、そのことを応用することで現状から逃れることは出来ないかを思考している時間のではないかという説がある。
 つまり今の仁王は、人生の窮地に追い込まれているに等しかった。

 しかし、そのフル稼働が一瞬以上続くことはなかった。
 彼が言葉を切った数秒後、力強く開かれたドアの向こうから、女子マネ二人が看板を振りかざしながら、

「ドッキリでしたー!!」

 と叫んだからだ。
 ほぼ全員の思考が止まったのは言うまでもない。



 そのときの部室内の空気は、まるでお通夜のようだったと語ったのは、ドッキリを仕掛けたどちらだったか。




 ネタバラシタイムが訪れたことにより、柳生は安堵し、仁王は魂を吐き出し、柳はデータ取りに切り替わり、真田は説教にシフトしようとし、幸村がそれを止めた。


「さすがに意地悪が過ぎたと思って、二人に入ってくるよう合図したんだ」

 何てことないことのように笑う神の子。邪神だろうと神には違いないのである。

 事の始まりは、マネージャーの二人が『面白いものを見付けたから、レギュラーにドッキリをしかけてみたい』と提案してきたことらしい。良いリフレッシュになると思って快諾したという幸村自身も、そのドッキリの内容は知らなかったという。

「一応聞くが、どうして内容は聞かなかったんだ?」
「だって、全部知ってたらつまらないじゃないか。柳にバレる可能性だって上がるし」
「……確かに、扉を開けたときの驚きに嘘は見られなかった。それ以降がやけに落ち着いていたので、そちらは気になったが」
「あはは、良いメンタルトレーニングになったろう?」

 笑う幸村に異論を挟むものはいなかった。
 数呼吸を置いて、次に冷静さを取り戻したらしい柳生が質問を投げる。

「それでは、今ここにいない丸井くん、桑原くん、切原くんも貴女方と共犯だと考えても宜しいのでしょうか? 先程時間を確認したところ、すでに練習の開始時間は過ぎていましたので」
「あぁ、他の部員にはもう練習に入ってもらってるっていうかぁ」
「そうそう、ドッキリやるからあんまり近寄っちゃだめだよ的な感じの紙を、部室の外壁に貼りまくったからね。着替えも他のところでやってもらったり」

 マネージャー二人の応答により訪れる沈黙。そっと耳を澄ませてみれば、校庭からは練習をしているらしい声が確かに響いていた。

「……」
「うっわ、ウケる。真田マジでボーゼンじゃん」
「ちなみに、丸井と桑原にはこのドッキリはちょーっと切原くんには刺激が強すぎるからって、練習の方に誘導してもらったんだよね」
「ジャッカルが保険だというのが、ありありとわかる布陣だな」

 何かをノートに書き付けながら言った柳に、後が怖いねぇと顔を見合わせた二人。その片割れである名字の肩は、突然握られた。

「うっわ?! び、びっくりした……仁王?」
「……」
「いてててて」

 力強く、掴むでなく握っている仁王は、どうやら無事に己の魂を吸入できたらしい。しかし、俯いたままの顔は、長めの前髪で隠されていて窺えない。

「……一応聞くが」
「う、うん」
「これ、どっちのなんじゃ」

 これ、と差し出されたのは、仁王のロッカーから出てきた方の紫色。随分平静を取り戻せたらしい真田の「そんなことを聞くな!」という叫びに応える者はいなかった。

「……どっちのか、早う答えんしゃい」
「どっちの……っつーか、ねぇ?」
「ねぇ」

 顔を見合わせるばかりの二人を急かすように、名字の肩はぎちぎちと鳴る。

「いてててて。わかった、わかったから一回離して」
「……」
「ありがと。それで、これがどっちのかだっけ?」
「正確に言っちゃえば、どっちのでもあるしどっちのでもない的な」
「そう、これ男性用女性下着なんだよ! 面白くない?」
「──は?」

 その言葉があまりにも想定外のものだったからだろうか。勢いよく顔は上げられたが、はっきりと「意味がわからない」と書かれていた。詐欺師としては致命的な状態ではあるが、その色はさっきよりもマシになっていた。

「え、なん、え? すまん突発性の難聴になったらしい。何て? 今何て言った?」
「男性用女性下着」

 繰り返された言葉が聞き間違いでないことを噛み締めた仁王は、ついさっきまで名字の肩を握りしめていた手で目を覆い、天井を見上げた。慰めのソフトタッチが一人、二人、三人。

「それにしても、仁王がここまで本気で頭を抱えているのは初めて見たな」
「えぇ。ショックというよりは怒りが大きそうですが」
「えーこわ」
「こっわウケる」
「おまんら本気で黙れ」

 部室には、女子マネ二人の笑い声ばかりが響いていた。




「まさかとは思うけど……それ、仁王にあげるのかい?」

 部活も終わり、あとは全員退出して鍵を閉めるだけとなった頃。“それ”こと、丁寧に畳まれ元のパッケージに詰め直された男性用女性下着を指しながら部長は問いた。

「え、もしかして幸村、これ欲しいの?」
「ウケる」
「要らないよ怒るよ」
「やっべ五感奪われる」

 低められた声に慌てて身支度を済ませるも、例のブツは鞄の中に収められることはなく。見覚えのあるナンデモ店のロゴが描かれたビニール袋に押し込められていた。

「いやー、でもスゴいよね。あの店何でもあるわマジ」
「これ見たとき、二人で笑い転げたもんね」
「ね。今考えたら良く買えたわーってハナシ」
「うん、今だったら無理」
「二度と買うな」

 最後の言葉は仁王のもの。練習中ずっと不機嫌を貫いていた彼は、部活が終わるや否や名字に引っ付いて離れなくなっていた。「磁石みてぇ」という後輩の言葉は、柳のノートに書き込まれていたり。

「まぁ結局、誰かが着るとかは無かったし。誰かに押し付けようかなーって」
「押し付けるな、今すぐ捨てろ」
「学校に捨てていく方が問題になりますよ、落ち着いてください仁王くん」


 わらわらと帰路につく彼らは知らない。かの事件の最中の犯人はマネージャー全員であること。幾人かのロッカーに仕掛けられていたカメラ、そして机の中に仕掛けられていた録音機が稼働していたこと。幸村たちによるネタバラシの際に、男子マネージャーによってそれらが回収されていたこと。
 そして、それらの映像・音声がどこぞの番組のように編集される運命にあることを──

18/01/08
18/11/17 修正、公開

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