欲しいもの
 昔から、他人の物を欲しがる性分やった。

「小春と俺は一心同体なんや!」

 だからあの人にどうしようもなく執着しとる自分に気付いたとき、自身への嫌悪感が浮かぶより先に、ストンと納得してしまった。


『ひとのものを取るのは悪いことなんやで』

 今からすれば遥か昔の記憶。幼稚園だか保育園だかの先生の声が甦る。
 はいはい分かっとりますよ。人生で初めてあないに叱られたんやから、もう二度とせぇへんって。
 戒めのように内心でボヤいて、けれど視線はやっぱりあの人を追ってしまう。

「ユウくん」
「小春ぅ」
「ンユウくぅん」
「ン小春ぅう!!」
「煩いわ」

 キモいより傷付くでそれは!! なんて声もBGMの一部だ。普通「煩い」よりも「キモい」のが傷付くやろ、どっち言えばえぇねん。つい洩らしたため息に何と思ったのか、ギュッと眉間を結んだオクラ頭が近寄ってくる。

「光、お前顔えぇからって何言うても許されると思ったらアカンで!」
「去年のユウジ先輩よりは頭えぇと思いますよ、俺」
「ああぁぁあ! ああ言えばこう言うやっちゃなお前は!!」
「そんなクールなトコも素敵なんよね〜」
「浮気か小春!!」

 ギャアキャアと男二人が駆け回り出したのを認め、本格的に景色の一部と認定する。こないに動くとか、凝った背景ですねー。

 ──光。
 その声で俺の名が呼ばれるようになったのはいつだったのか。部屋でのたうつほど嬉しかったのに日付を覚えとらんのは俺のポカや。
 喧しさから来る不機嫌を装って、普段より少しだけ尖らせた唇が気付かれる気配はない。本音はニヤけそうになったのを誤魔化しただけや、わざわざ寄ってきてまで名前呼んで貰えるなんて思っとらんかったから。

 普段は小春先輩にばかり向けられている目が、俺に向いていた事実が酷く擽ったかった。

     *

 昔から、他人の物を欲しがる性分やった。

 兄と年が離れていたこともあって、欲しいと言ったものはおおよそ大体与えられ。元々そんなに物欲強い方やないし、それで済んどるうちは良かったけど、やっぱり順風満帆ほどつまらんものはないのか。幼い俺が次に欲しがるようになったものは隣の誰かが持っとる物。しかも手に入った直後に飽きるというめんどくさい性質付き。

 血筋や生まれのイメージで語られるのは好まんけど、大阪の子供らしくない言動やったっちゅうんは今でも定期的に聞く。はしゃがない、泣かない、(あんま)笑わない、手の掛からないけれどどこか不安になる子供やったと。悪いことは基本せず、一度注意されればきっちり止めたことは確かに記憶にある。だから、誰かのオモチャを奪い上げてる所を見られ、それから目一杯に叱られた時が俺の初めての大失敗で、それ以降は『ひとのものを取るのは悪いことなんや』と学んだ。

 学んだと一口に言っても、その欲求が消えた訳やない。中学に上がってしばらく経った今でも、他人のモノが欲しくて欲しくてしゃーない。
 やから、ユウジ先輩が欲しくなってもうたんやと思ってた。のに。

「ユウくんとのコンビ、もう解散してん」

 小春先輩がユウジ先輩を手放しても、ユウジ先輩が欲しい気持ちは無くなってくれなかった。

2019/05/08

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