友人たちに幸村くんのイメージを問うと、大体が「格好良い」「神々しい」「美人」「神の子というよりもはや神」「性格も良いし頭も良い」と褒め言葉のみが上げられる。欠点があるとすれば今にも消えそうな儚さ、いやどんな欠点であろうと美点にしてしまう男。それが、立海生徒の言う『神の子』幸村精市。
だけど私は思う、というか実際そうではないと知っていた。
花に水を撒くべくホースを引けば踏んづけ転び、高いところにある本を取ろうとすれば伸ばした先か本人が落ちかけ(最悪本棚が一列空になる)し、グリーンカーテンにシャワーヘッドを向ければ風向きが変わり全て頭から浴びる。
不思議なタイミングで突然鈍臭くなる少年。それが私の中の印象だった。
とはいえ、その鈍臭さが常に発揮されているわけではないのも知っている。
テニス部では部長を務め、クラスでもさりげなくまとめ役……というほどはっきりとではないけれど、少なくとも重鎮ポジにいる。日常の中で凡ミスをしたところなんて見たことはなく、そういった普段の彼だけを見ていたなら私も友人たちと同じイメージを持っていただろう。『幸村精市は神の子であり、私のような凡俗が手を伸ばして良い相手ではない』と。
「こんなはずじゃなかったんだけどなぁ」
もふもふとシーツが喋る。否、シーツにすっぽり覆われた幸村くんが。
今回は愉快なピタゴラスイッチでシーツに沈んだ訳ではない、彼の名誉のために述べておく。先に上げた気まぐれ風のシャワー事件によって水浸しになった幸村くんが、ジャージに着替えるべく目隠しを求めてこうなっただけ。
……うん、情けなさが上がった気がする。
ごめんね幸村くん、人間らしくて可愛いと思うよ。部室に行けば早いだろうになぁと過ったけど、かの幸村部長が水浸しで着替えに行ったらそっちのが事件になるよね。
中々に失礼な事を考えていると、彼の着替えは終わっていたらしい。見慣れない黄色に身を包んだ幸村くんが目の前にいた。
「……似合うね、ジャージ」
「そりゃあ毎日着てるからね」
そっけない言葉の割りに嬉しそうにした彼の隙を突き、ジャージに水分のお裾分けを始めていた制服を回収する。教室の窓際、よく陽の当たるところに干しておけば放課後にはなんとかなる……はず。
「ほら、もう部活行きな。髪はさすがにどうにもならないけど、この暑さならすぐ乾くか汗にまみれるかするでしょ」
「けど、制服」
「私が見とくよ。部活終わったら……まぁ取りに来るなりなんなり」
「……ありがとう、君には助けられてばかりだ」
はにかむ美少年。最近知ったことだけど、少女も少年に含まれるらしい。
……別に、今思ったのに深い意味はない。ないってば。
軽やかに走り去っていく幸村くんの、肩でたなびくそれの縫い目が目立っていることを指摘出来ないまま見送った二分後。やけに赤く彼は、置き去りにしたままだったテニスバッグを取りに戻ってきたのだった。
「俺はね、なるべく格好良くありたいんだよ」
「うん」
日が完全に傾いた結果、湿ってんだか冷えてんだかわからなくなってしまったブレザーに袖を通す幸村くんは言う。まるで適当に相槌を打ったようになってしまったけれど、彼が言いたいことは伝わった。
伏せられた睫毛を眺める。
見目は生まれつきのもの。だけど、運動と勉強の双方で秀でているのはさすがに努力あってのものだろう。僻みと羨みと尊敬と崇拝と、その他様々な色眼鏡をかける有象無象は「神は何物を与えれば気が済むんだ」と嘆いていたが、随分厚いガラスを使っているらしい。努力を見ようとしない人間ほど苛つくものはない。
「……聞いてる?」
「聞いてるよ、だからボタンくらい見ながらつけな」
「あ」
勝手に思い出して勝手に不機嫌になっている私に気付いたらしい、器用にもブレザーのボタンをかけ違えた彼に向けられた藍色から目を逸らす。
目が合った瞬間でこそ跳ねた心臓も、小さな子供みたいなミスに緩やかに戻っていく。つい、口許が緩んだ。
「……俺は、好きな子の前では格好良くありたいんだって」
「そうだね、私も好きな人の前ではもっと女の子らしくいたいな」
気まずそうに照れくさそうに、そして拗ねたようにぽつり言い切った彼は、やっぱり勘違いをしているらしい。彼のところの副部長風に言うならたるんどる私の言葉を噛み砕きもせず、眉間に挟んでしまったらしい幸村くんに向き直る。
濡れたような黒青の髪にころころと変わる表情に合わせて色を変える瞳、それから存外柔らかそうな頬。まじまじと見たことがあるわけじゃない、十二分過ぎるほど整った顔を見つめるのは照れる。
まぁ、整ってなくても照れるか。きゅうと口を結んだ彼を見ながら笑いを洩らした。
「だってのに、その人は私の前でばっかりおかしな動きするんだもの。つい面倒見ちゃうから、お母さんポジで見られてないか不安なんだよね」
「……それって」
噛み砕きすぎて、これじゃもう答えだ。テニスバッグを忘れていった時より赤くなってしまった彼を見ながら思う。
……って、そんな勢い良く立ち上がったら──
思考ってやつは、声にするより早く働くことが出来る。多分。その速度が行動にも備わっていればなぁ、自分で弾き飛ばした椅子の反撃により机に伏せたポンコツの子を眺めながら思った。
彼にはまだまだ私が必要らしい。それも仕方のないこと、だって私に幸村くんが必要なんだもの。
言葉にしたら彼が茹で蛸になる様がありありと浮かんだので、口に出すのは止めておくことにした。
18/10/21
18/11/15 修正