ご存知の通り、


 青い空。白い雲。そんな陽気に、男と女が街へと歩いていた。しかしこの二人、まだ恋仲ではない………まだ。

「ねえ、私最近気付いたことあるの」
「なに?」
「私ね、善逸と居ると、ドキドキするの」
「……」

 沈黙。しかしその表情はやかましいほどの感情を訴えてくる。

「なにその顔」

 乙女の告白に対してその顔はないんじゃないかな。

「いやだってさ!! 嘘でしょ? 最近って……それいつからか知ってる?」

 そうか。善逸は耳が良いから私の鼓動の変化も分かるんだね。

「いつからだろう……」

 脳内で時を遡るにつれて羞恥で顔が熱くなっていくのを感じた。もしかしたら、いやもしかしなくても最初からだったかもしれない。初めて会った日にそういった違和感に首を傾げた記憶がある。

「始めはさ、人見知りな子なのかと思ったけどそういう態度でも無かったよね」
「そうだね、うん」
「しかも『俺のこと好きなの?』って聞いたらグーパンされたし。ビンタじゃないんだよ、グーだよ!? 心も顔もすっごい痛かったなぁ」
「…ごめん」
「会う度に普通の人より心拍数が早いから病気を疑ったんだけど、鬼を前にした時は逆に俺より心拍遅くて怖いくらい冷静だし」
「へー…」
「いや、うん。自分のことに対して鈍感にも程があるよね? ってゆーかさぁあああーーっ、その赤面どうにかしてくんないかな!? 今更そんな可愛い反応されたらこっちが堪らないからねぇええ!?」

 だってこんなことってある? 自分さえ気づいていなかった恋心をその想い人が気づいてたってさ。私はあまり表に感情が出ない方だけど今は内心しっちゃかめっちゃかなんです。善逸の喧しさにも劣らないほどなんです。
 善逸はといえば何やらブツブツと小さな声で呟いていて、私は自然にこの場から去ろうと目論んだ。

「えーっと…。じゃあそういうことなので、私用事思い出したから先に行くね」

 羞恥心が限界を振り切り、自己防衛本能が働き足を踏み出していた。何が"そういうことなので"なのか、話の流れさえも繋げられないほどに脳内はパニック状態。態度には出ないけれど、顔が未だに真っ赤なのがその証拠である。

「えっ待っ……」

 待たない。だってこんな顔、これ以上晒せない。と無心に足を動かしていたのがいけなかったのか、何も無いところで躓いた身体は扇形を描いた。そして。

「っぅぶ!!」

 …………最悪だ。仮にも鬼殺隊なのに、どうして私はこんなにどんくさいのだろう。なんだか情けなくて泣けてくる。


+++


 べしゃっと、明らかに地面に顔面衝突したような音と潰れた声が聞こえ、次いで痛い、と泣きそうな"音"が聞こえ出した。あーあー、もう仕方がないなあ。と眉尻を下げながら歩みを進めようとした瞬間に視界を横切ったのは鬼殺隊の頂点に君臨する男。半々羽織りのそいつは自然に名前を立ち上がらせて「大丈夫か?」と気遣っている。名前からは戸惑う"音"と、それから……。

「っ、」

 下唇を噛んで再度踵を返せば、名前が焦った風に俺の名前を呼んだ。でも無視した。傷ついた"音"に聞かなかったふりをしてその場を走り去る。

 恋する乙女は美しい、と誰かが呟いた。分かってる。名前が好きなのは俺だ。間違いない。だってあんな"音"、表情。会う度に告白されているようなものだった。でも、俺は。その小さな体でーー無意識だったけどーーありったけぶつけてくる好意は嬉し過ぎるし、なんなら抱き締めて口吸いして押し倒したいくらい可愛いけど、けど。俺は返事を返せない。だって、だって……俺じゃ名前を守れないから。俺はとんでもなく弱いからさ。

「水柱が相手なら、身を引くしかないじゃんか」

 名前から強い憧れの"音"がした。顔も紅潮していた。そんな顔で俺以外の男を見ないでくれよ。自分の腹でドロドロしたものが轟く。



 それから数日。名前とは会っていない。そうしたら偶然、とんでもないものを見つけてしまった。名前とその横で団子を食べている水柱だ。なにそれなにそれなにそれ!! デートか!? ふざけんなよな!!
 頭に血が登り、気付けば、水柱と見つめ合う名前との間に割り込むように乱入していた。

「あの!! この子は俺のことが好きなので!!」
「…そうか」

 しかしあまりにも手応えが無さ過ぎる水柱に怯んだ。

「ちょっ…! ね、ねえどうしたの善逸、どうしたの? ななな何の話?」

 水柱と俺とを交互に見やって慌てだす名前に、俺は更に憤慨する。何だよその慌て様。ほんとのことだろ? それとも水柱にバレると何か都合でも悪いのかよ。

「ちょっと名前! 水柱と何で一緒なの!?」
「え、(買い物に)付き合って貰ってて」
「は、はあああ!? 付き合…って、はあああ!? ちょ、名前が好きなのは俺じゃないのかよぉおおっ!! ようやく自覚したと思ったのにさあ……お、っと」

 突然後ろから押され、俺にぶつかったその人が体勢を崩して傾くのが視界の隅に映った。それが女の子だと認識した後の行動は速かったと思う。転びそうになった身体を光の速さで支えにいった。

「っ、……すみません! ありがとうございます」
「いえいえ。君みたいな可愛い女の子が怪我をしなくて良かった。次からは気をつけてね」
「っ…はい……」

 その女の子は顔をほんのり赤く染めてきびすを返して行ってしまった。名残なごり惜しく思いながらも振り向けば、名前から悲しい音がした。

「…………私は善逸じゃないとだめなのに、善逸は女の子なら誰でもいいんだね」
「名前?」
「もういや…っ。善逸なんか好きにならなければ良かった!」

 そう吐き捨て、涙の雫を残して走り去る名前を追いかけようと思えど一向に足が動いてくれない。

「追いかけないのか?」

 その場に取り残された水柱が俺に問う。

「別に…」
「好いているからこそ、相手を傷つけてしまうこともある」
「……?」
「あいつはいつもお前の話ばかりする」
「でも、俺じゃ…」
「うるさい。つべこべ言わずさっさと追いかけろ!!」
「ええぇはいぃっ!!」

 突然声を荒げた水柱に、俺は尻を叩かれたように走り出した。柱はどいつもこいつも理不尽だ。


+++


「……はぁ、」

 走り去ったはいいものの、善逸は追いかけて来ないし、そのまま任務が入ってくるし憂鬱だ。
 会いたくてたまらないのに、未だになけなしのプライドと欲望が葛藤している。嫉妬で頭に血がのぼったときは、まるでこの身が焼かれたみたいに心臓やはらわたがひりひりと痛んだ。今なら、これも貴方がくれる痛みならばと愛しくて仕方ないほど。それでいて、他の女性に優しくする貴方を殺してしまいたい醜い私もいるのだ。
 知らないうちにこんなにも大きくなっていた恋心を持て余している。手を握ったりキスするくらいじゃ生ぬるい、愛を囁いたり身体を捧げるのでさえきっとまだ足りない。これほどの想いを彼に伝える方法を思い付かない。かといって小出しにするのは嫌なのだ。私がこんなに好きなんだということを伝えたい。どうすれば私のこの狂うほどの想いを伝えられるだろうか。

 なんて考え事をしながら走っていたら迷子になってしまった。私の鎹鴉ともはぐれてしまったようだ。不甲斐ない。とりあえずこの森を抜けよう。



「は?」

 森を抜けて、ようやく鎹鴉と合流してーーめっちゃつつかれたーー急いで目的地へ向かった。しかし着いてみれば、今し方顔を合わせていた善逸が艶めかしい裸体の女鬼の血鬼術に捕らわれていた。女鬼は善逸の隊服に手をかけ、誘惑している。善逸の顔は見るまでもない、真っ赤で理性なんてもう紙切れのごとくペラペラだろう。私が迷子になっている間に一体何があったというのか。
 目の当たりにした光景に、思いのほか低い声が出て自分が嫌になる。だが私は悪くない、はずなんだ。それなのにこの胸を突き上げる不快感は何だ。

「善逸を口説くのは、私の許可をとってからにして、この痴女」
「なぁに? このちんちくりん」
「ちんちくりん…、っ……ぐ…言い返せない…」

 何やら触手のような気持ち悪い物に捕まっている善逸を助け出そうと奮闘するも、悔しいことに鬼の方が一枚も二枚も上手だ。足が震えてる善逸はいつものことだけれど、私がやるしかない。

「醜女の嫉妬なんて良い恥晒しだわね」
「何ですって…?」
「あんた程度の女、誰にも見向きされないでしょう。可哀相に」

 ああもう怒った。切り刻んでやる。

「雷の呼吸 伍の型 熱界雷」

 技を繰り出す。遅れて鬼の首が宙を舞った。

「こんな、女を捨てたような鬼狩りに切られるなんて! 畜生!! 畜生!! 畜生!! 畜生!! お前…呪ってやる…!」

 生首が金切り声を上げながら私の方を睨み上げる様に、思わず身震いした。すると、善逸が私を庇うように背中を見せる。

「名前は! 名前はな、俺の可愛いお嫁さんになるんだよ! 呪いなんて届かないくらい俺が幸せにするから!」

 ……かっこいい。善逸のくせになんでそんなかっこいいこと言っちゃうの? 惚れた弱味かもしれないけれど、控えめに言って惚れ直してしまう。



 それから無言で善逸に手をひかれて歩いていた。さっき、心臓をわし掴んだ言葉が脳内を埋め尽くしていき、とうとうぽつりと呟いた。

「…お嫁さん、私でいいの?」

 二人の足が止まる。蚊の鳴くような声だったけど、善逸には聞こえたはずだ。

「…さっきさ、嫉妬してくれたんでしょ?」

 意味もなく「そうだっけ?」と惚けてしまう私はどうしようもない馬鹿だ。だから善逸が呆れたように溜め息を吐くのも頷ける。私は確かに嫉妬していた。そしてそれはつまり、私が善逸を独占したいと思っていたということに等しい。

「嬉しかったよ。…俺もさ、やきもち妬いたの。水柱に」
「えっ、善逸が!? やきもち? 冨岡さんに?」
「…なに、悪い?」

 嬉し過ぎて首をぶんぶんぶんと勢い良く横に振る。嫉妬されるというのは存外気分の良いものだった。でもなんだか笑えた。善逸が妬いたやきもちは妬き損だ。だって冨岡さんは。

「私を鬼から助けてくれた人だよ」
「へ?」
「憧れで目標なんだ」
「それってつまり…」
「ご存知の通り、私が好きなのは善逸ですけど?」

 照れながらも告白すれば、善逸は黙り込んでしまった。きっと私も……二人とも赤面しているのだろう。恥ずかしさと沈黙に耐えきれず、私はきびすを返して歩き出した。つられたように踵を返した善逸が私の後に続いた。

「好きだよ善逸」

 道の先を見据えて小さな声で零す。善逸だから聞こえる音量で、大切に丁寧に発音した。しばしの間の後、手を握られた。足並みを揃えて隣を歩く善逸を見上げれば、未だに顔が赤かった。そしてそれを見るのはなかなかどうして気分が良かった。残りの帰路きろをにこにこしながら辿った。善逸は何も言わなかった。言えなかったのかもしれない。それでも良かった。善逸が嫉妬してくれるなら、私はもうこの手を離すわけにはいかない。



 それ以降も、善逸はなかなか私にはっきりと「好き」だと言うことはなかった。

 討伐任務の後、善逸と隣合って歩く。ずっと前……私が自分の気持ちに気付く前から、いつも私の隣を歩いてた時の横顔。そんな善逸を斜め後ろから眺めているうち、あ……と思うと同時にキスしたくなってしまった。なってしまったからにはしなくては気が済まないのが私である。まるでお預けを食らったように見つめ、次に一度目を伏せて逡巡し、やがて「よし」と決心すれば目当ての肌まで一直線。不意を打ちたいという悪戯心と自己顕示欲がせめぎ合った結果、善逸の羽織りの袖をくいっと引っ付かみ、それに反応して振り向きかけた彼の頬に口付けを落とす。間抜けな顔でしばらく呆けていた善逸だが、やがて弾かれたように喚き出した。

「ねえ! そんな可愛いことされたら困るんだけど!」
「…好きな人の気を引きたくて、虐めたいのが男の子なら、困らせたいのが女の子なのよ」
「…じゃあ虐めたい」

 ぞくっ、と内蔵を突き上げてきたのは期待だろうか。女という生き物は我ながらしょうがないやつだ。いつも遠回しに愛を囁くこの人に求められれば、受け入れるしかないのだから。でもとりあえずは頭に鳴り響く警笛に従って、にじり寄る善逸から後ずさる。

「っ、その必要ないって! 私既に善逸にゾッコンだからね! むしろ善逸しか目に入らなくて困るくらいだもの!」
「じゃあ毎日、俺に好きって言ってくれる?」
「え?」
「俺達恋人だけど、たまに不安になるっていうかさ。名前の『好き』を独り占めしたいんだ! だから…、」

 「ね?」なんて首を傾げるこの人はさしずめ悪魔か何かだろうか。自分は私に遠回しに愛を囁くくせに、私からはその言葉が欲しいと強請る。甘え上手な仕草、寂しげで泣きそうな目。つい頭を撫でてあげたくなるような佇まい。全部、全部与えてあげたくなってしまう。そもそも既に私の最愛は貴方だというのに、"私の「好き」を独り占めしたい"とはなんていじらしいこと。まあ、良い。足りないというならば……。

「善逸が好き。世界で一番好きです。しょうがないからこれから…毎日は会わないかもしれないから、会う度に言ってあげる。私が誰よりも善逸のこと好きだから、よそ見はしないでよね?」
「う…うん!」

 コクコクと嬉しそうに頷く善逸に、私も嬉しくなってしまう。

「ねえ、じゃあさ、私が善逸の"好き"を独り占めしたいって言ったら、どう…す…」

 言い切らないうちに善逸の顔が近付いて、あっという間に唇が奪われてしまった。初めてではない。むしろ毎日欠かさずしてくれる口付けは、今みたいな唇を合わせるだけのもの。

「俺のはいつもあげてるじゃんか。それとも足りない?」

 なにそれ反則じゃない? だけど、そうだよ。足りないの。

「うん。もっと」

 ねえ、満たされた顔で愛のおかわりを強請ねだるのは、罪でしょうか? 優しい眼差しから一転して獰猛どうもうなそれで「じゃあいっぱいあげるね! 虐めるかもだけど、名前が言ったんだもんね」なんて言う男に一瞬で横抱きにされる私は、きっともうすぐその強請った愛とやらを受け取るのだろう。それがどんな形をしていても、どんな愛でも、私が貴方に捧げる"好き"の代償にはなり得ないけれど。共鳴するのだ。

「善逸、大好き」

 大好きな人の腕の中で揺れながら、善逸が言わない分も私が言うようにしようと思った。だけど「〜〜っもう! 知ってるよ! ちょっと口閉じててくんない!?」と吠える善逸の言うとおりに口をつぐめば、自分で頼んできたくせに閉じた唇をこじ開けてきた善逸に布団へ運ばれるまでの間ずっと満足に呼吸もさせて貰えなかった。


END



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