お久しぶりです、お恨み申し上げます。


『初めまして、殺して下さい。』の続編


 地獄を知っている。私は輪廻転生に抗うすべなく、生まれる前はその地獄とやらで幾度も幾度も、それこそ数百万回は下らない程死に続けた。気が狂う程の、なんて形容は生ぬるい程の苦痛と屈辱の海に投げ捨てられたのは、私が愛する人に葬って貰ったからだ。あんなに大好きだった人を怨んでしまいそうになるのを、恋心を必死に手繰り寄せながら気を失ってはまた叫び狂うの繰り返し。あれに比べれば、生まれ変わってたった一度死ぬくらい、わけない。地獄の記憶があるまま生まれてしまった私は、死なんてちっとも恐くない。死んだらまた輪廻転生。繰り返し。ただそれだけ。怖いのは、またあの人の手で地獄へ葬り去られること。それだけはもう二度とごめんだ。ロマンチックだなんて言えないほど、実際に彼を憎んだ。自業自得にも関わらず、自分で望んだことにも関わらず、お門違いにも彼の優しさを怨んだ。そして絶叫するほどの苦痛の連続の中で、罪の無い彼を許すのさえ骨が折れた。何度か自分を見失って、ふとよぎる彼の残像で何もかも思い出す。いつ終わるのか分からないという不安はとうに捨て、いつまでも続くのだといつしか漠然と思い込み始めた頃、地獄は終わった。
 気がつけば目の前は真っ白で、血の色なんてどこにも見当たらない。失明も何度か経験したが、血の臭いもしない。自分の体はまるで赤ん坊のように無意味で稚拙な動きしか出来ない。声を発したタイミングで聞こえたのはまるで産声うぶごえだった。次いであやすような優しい子守歌が鼓膜を撫でた瞬間、私は悟った。転生したのだと。



「ねえ君、スカート丈もう少し長くし…」
「煩わしい、殺されたいの?」
「ひっ、」

 記憶を持って生まれたのは手違いなのだと思う。そのおかげで、同じく転生したらしい我妻善逸に出会って、私はまた恋をするどころか敵視していた。異世界トリップし、鬼となり、好きな人に切られ、地獄へ落ち、生まれ変わり、また同じ人を好きになる、……なんてロマンチックな話になるはずもない。地獄を知っている、地獄に落ちた理由を知っている、それだけで我妻善逸を恨むには充分過ぎた。それはもう、話しかけられただけで殺意が涌くほどだった。
 それでも風紀委員である彼には毎朝否が応でも顔を合わせる。最近は前を横切る度に震え上がっている彼を横目で一瞥いちべつするのがマイブームだ。


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 苗字名前、彼女は高校から編入してきたけど人当たりが良く、いつも友達に囲まれているような子だ。

「苗字さんはよく笑うし明るい子だぞ」

 炭治郎はそう言うけど、俺は……俺だけが何故か初対面から嫌われていた。というより憎まれてさえいるような気がする。

「それに善逸を見た時の苗字さんは、なんとなく好意の匂いもするんだ。多分、嫌われてはないよ」
「そうは言ってもさぁー」

 俺は彼女の笑った顔なんて一度も見たことが無い。クラスも違うし接点も少ないから当たり前だけど。



 なんて思った翌日のことだった。委員会活動を建て前に、朝から女の子を舐め回すように見ているところを冨岡先生に見つかっ……たのかと思いきやいつもの理由で理不尽に殴られた。するとカラカラと可愛らしい笑い声が耳を擽って、俺はドキドキしながら腫れ上がった顔をそちらへ向けた。

「あはははは! 冨岡先生理不尽過ぎ」

 彼女が坪にハマったように笑い続ける理由は俺が理不尽に殴られているからというとんでもないものだけど、その笑い声が耳に貼り付いたようにそれだけが脳内を反響して思考回路が停止した。

「何が面白い」
「ははは、もー冨岡先生面白すぎ」
「そうか」

 二人の会話に俺は蚊帳の外だが、関係ない。俺の目に映る彼女はもう今までの彼女とは違って見える。立派な可愛らしい、女の子だ。



 それから俺は炭治郎がうんざりするほど付き添わせてしつこく名前ちゃんにつきまとった。それでも名前ちゃんは段々と俺を睨むことも減ったし、それとは逆に目が合うことが増えた。

「クンクン、…! じゃあ善逸、俺は先に行ってるぞ」
「え、何急になんだよちょっと待ってくれよ炭治郎ぉお〜」

 急に鼻をクンクンさせたかと思えば勝手に何かを察したように自信満々で去っていった。まだ名前ちゃんと二人きりになるのはちょっと怖い。でも、

「あっはっは、我妻と竈門見てると飽きないわ」

 渡り廊下に響き渡る、カラカラと聴き心地の良い笑い声が俺を後押した。

「俺さ、名前ちゃんのこと好きになっちゃったかも」
「………は、」

 これは漠然とした感覚なんだけど、名前ちゃんは俺じゃないと駄目な気がするんだ。

「おい、どこかで会ったことないか?」

 え。は? いや、は? ちょっと待て。俺今、告白したんだけど! え、邪魔されちゃうの俺!? 嘘でしょおおおおーーーーー……。


+++


 渡り廊下のど真ん中で青天の霹靂のように告白してくる我妻善逸が悪いのか、空気を読まない私の後ろの人物が悪いのか、不憫にも我妻善逸の告白は流れる運びとなった。そして肩を掴まれて振り向けば、記憶にある人物にそっくりさんが居た。

「!」

 驚いた。生まれ変わりであろうこの男も地獄を経験したはず。なんと答えればよいか分からないので、首だけはなんとか横に振る。

「……名前と連絡先を教えてくれ」
「「……は?」」

 私と我妻善逸が綺麗にハモった。

「駄目か?」
「いやいやいや! ハァアア゛!? 俺の前で何ナンパしてんだよお前え!! てかそもそも今は俺が!! 名前ちゃんに告ってたとこなんだよ!! 空気読めよくそ野郎お!!」

 猗窩座、もとい狛治。そもそもコイツに出会わなければ、鬼になんかならなかったし、鬼にならなければ善逸に切られる必要も地獄へ落ちることもなかった。つまり私がコイツを許すことは永遠に無いだろう。しかもコイツには前世の記憶は無いようだ。

「嫌です。私に関わらないで」
「あっちょっと名前ちゃん待って」

 ムカつくムカつくムカつく。なんであいつは地獄のこと覚えてないのに私だけ覚えてるの。私だって出来ることなら忘れたいのに。



「恋雪先輩と狛治先輩、今日も目の保養ね〜」

 更には私を差し置いて幸せになっているときた。何それ嫌がらせ以外の何物でもなくない? 許せないんだけど。今度は私が地獄へ落としてやろうか。

「名前、あいつに付きまとわれて困ってるなら俺が守ってやろう」

 しかも昨日あんなに突き放したのに私のどこが気に入ったのか我妻善逸と同じくらいつきまとってくる。

「気安く名前呼ばないでもらえますか? ってゆーかあなたがそのストーカーなんですけど。自意識過剰ですか。笑えます」
「ああ、笑っていいぞ、お前の笑ったところが見たい」

 ゾクゾク、と背筋を駆け抜けたのは嫌悪以外の何物でもない。笑えますなんて言ったけど私の口角や眉尻は一ミリも傾いていないだろう。虫唾が走るとはこのことだ。



 梅雨入りした。あれから何度か狛治先輩と仕方なく話をしてみて分かったことがある。彼は私を女として見ているわけではないということ。恋雪先輩と婚約しているわけだし、二人は絵になるような相思相愛っぷりだ。自意識過剰は私の方だったようだ。ならば何故あの人はこんなにも私をつけまわすのか、それはただ仲良くなりたいとか、庇護対象にしたいとか、そんなところだと結論を出した。よくよく思い出せば、鬼舞辻を連れてくる前の彼を兄のように慕っていたのは私の方だったかもしれない。

「名前ちゃん、一緒に帰らない?」
「我妻、…うん」

 ふと視線を逸らして窓から外を見た。今日も一日中降ってグラウンドの地面はさぞ柔らかいだろう。それなのに、小雨になったからか野球部が泥だらけになりながらグラウンドの隅っこを走っていた。そこかしこに水溜まりが出来ているが、今にも雨は上がりそうで遠くの雲の切れ間に光が差し込んでいる。
 あの日も雨だった。せっかくの善逸のふわふわな髪の毛を拝めないことに酷くがっかりした記憶がある。

「善逸」
「! なあに、名前ちゃん」

 初めて名前で呼べば、分かりやすく喜びの色が声に出ている。顔を見なくても分かる、今きっと、犬が尻尾をブンブン振っていると表現するに相応しい喜びが全面に出ているのだろう。そう想像してクスリと笑った。

「ねえ、今度は私と一緒に地獄に落ちてくれる?」
「地獄!? 急に怖いんだけど!! どこから出てくるのその発想さぁ!?」
「えーじゃあ、私がずっと探してたのは狛治先輩なのかも。先輩に連絡先教えようかなー」

 わざとらしく唆してみるけれど、既に連絡先交換していることは秘密にしよう。

「はあああ!? 何言ってんの!? 正気!?」

 彼が騒ぎ始めるとなかなか手に負えないので、人差し指一本でその口を黙らせた。我ながら見事だ。自分から彼に触れたのは初めて……いや、久しぶりだ。

「我妻善逸、あの日のやり直ししよ」

 それはどの日のつもりで言ったのか、目の前の彼は知らないはずなのに。

「俺と生きて、名前ちゃん」

 まるで、あの雨の日の涙に濡れた善逸がそう言ったような気がした。トキリ、遂にときめいてしまった私の心臓。ああ、また落ちちゃった。今度は間違えないかな私。間違えずに貴方に恋が出来るだろうか。
 もう一度遠くの空を見つめた。ようやく雨が上がった。瑞々しい風が吹き回り、泣きはらした雲が散り散りになって柔らかい光を透き通らせる。ちょっとした幻想的な景色だ。

「向こうの空、綺麗だね」
「…ほんとだ、綺麗だね。……名前ちゃん、」

 大丈夫。大丈夫だよ。そんな不安そうにしなくても、大丈夫なんだよ。だってほら、大好きな人を恨むなんて苦しいこと、私が平気で出来るはずないでしょう。もう疲れちゃったみたい。

「私ね、夕方の遠くの空を見るのが好きなんだ」

 だからね、その、ああ、言いたいのに声が、勇気が出ない。善逸は音で察しているのか、私が何か言うのを待つように優しい沈黙を演出してくれる。

「あのね、…また一緒に見てくれる?」

 告白の返事だと解釈してくれればそれでいい。私にとってはあの日のやり直しだと、そう思っていたいだけだから。彼が答えを囁く直前の、「勿論」とでも言うようなその微笑みの、夕陽で透き通ったその琥珀色の瞳を見れただけで、私の地獄に光が差したような気がした。



fin.


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