暗闇で発光する確率

「帰ろう」

 禰豆子を想う善逸へ申し訳なさを感じてしまったあの後、先に口を開いたのは私の方。ギクシャクしながら、お互い触れ合わない距離感を保ちながら歩いた。

 そうしてまたすれ違いのようなお互いを避け合う日々が過ぎても、善逸が任務に向かうのは当たり前のこと。珍しくしのぶさんが気遣ってきても、今はただ体を動かしていたいに尽きる故にあんに心配無用と答える。

「名前、ここ数日無理していませんか? 」
「私がやるべき事ははっきりしてますから。善逸も炭治郎も伊之助も自分に出来ることを精一杯やっているはずです。私は信じてますから」

 とは言ったものの、である。蝶屋敷でアオイを巻き込み何やら一悶着ひともんちゃくあってからの急な長期任務で花街に向かった善逸達に、私は何故か勝手に苛立ちを感じていたのだ。

 数日経った頃、鎹鴉の救援要請を受けたという本部からの情報が舞い込んだ。蛇柱が向かうと聞くと同時に私は翼を広げていた。

 まだちゃんと仲直りしてないのに、こんなに心配させるなんて許さない。死んだら絶対に承知しないんだからね。


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 辺りに響き渡る爆発の衝撃音。建物の下敷きになりそうな善逸を間一髪というところで抱き締め翼で包み込み爆破範囲から脱出した。善逸は刀を握り締めながらも目を開かず、那田蜘蛛山の時と同じ様子だった。

「善逸、ねえ起きてよ…」

 善逸は見えているのかいないのか、自然な流れで私をキュッと抱き締めてから踵を返した。

「危ないから名前は此処にいて」

 なんでそんなボロボロになってまで……とか、ああほらまた頭から血を流して……とか、その女物の服誰の……とか、寝てるの起きてるのどっち……とか、言いたいことは山ほどあるんだけど。

「うん」

 背中を向けて走り出した善逸に対して、それしか口から出てくれなかった。


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 気が付くと体中とんでもなくボロボロで、心当たりの無い傷だらけで全身激痛だった。辺り一面瓦礫がれきしかないほど悲惨な現場で状況がほとんど理解出来ない。でもまあ鬼と戦ったんだということは分かる。俺は足手まといだったに違いないけど。

「善逸っ!」

 同じくボロボロの炭治郎と死にそうだった伊之助と服が血だらけの禰豆子ちゃんとで寄り添って泣き喚いていると、これまたボロボロの翼で飛んで向かってくる名前の姿。そうしてそのまま凄い勢いで俺に抱きついてきた。思わず禰豆子ちゃんから手を離す。どうして名前がここに、とかいう疑問よりも先に内心でこら、と叱る。だってほら! 俺達まだ恋人同士じゃないでしょ。絶対両想いだけどさ、名前は俺にちゃんと言わなきゃいけないことがあるでしょ。だからこんな無防備なことするのはまずいわけで……、

「善逸、善逸の馬鹿…! これ以上心配させたらもう、許さない。ほんと、許さない…!」

 ああああ可愛い。何が何だか分からんが俺が悪いのね、ごめんなさいね。でもこんなに体密着させてきて、ほんと一体どういうつもりなのかな!? もう結婚しよう!!

「名前、結婚しよう」
「っ、……まだこりないの?」
「……ねえ、今度さ。お祭りがあるんだけど二人で出掛けない?」
「何を言われても結婚はしませ……ん? え? 今なんて?」
「だからぁ! お出掛け! 一緒にお出掛けしよう!!!」
「……!」

 それってつまりデートでは? 目を見開いて硬直した私が悶々と考えているうちにいつの間にか三人共激痛と疲労により意識を飛ばしていたのだった。


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 それから挙動不審になった私の答えなんて聞く気は無いようで目を覚ました善逸によって勝手にデートは決行される話の流れになっていたが否定も出来ず。しかしそれはお祭りデートという名の見回りとなってしまったのは鬼殺隊あるあるで。

「善逸、鬼が出ないか見回りも兼ねてるんだからしっかりね」
「ちょっとぉおオオオ!? 嫌なこと思い出させるの止めてよね!! せっかくウキウキしてたのにさァ!!」

 私の言葉を聞いて一転して怯え出す隊服姿の帯刀ーーつまり完全装備フルそうびーーした善逸に、軽蔑の眼差しを向ける。それにしてもお祭りというだけあって人が多い。屋台がずらりと並んでおり、遠くに神輿みこしが見えた。

「大体さァ、こんな煩い場所で鬼の音なんか聴けるわけ……あれ、名前?」

 辺りを見回していただけなのに、ふと我に返ると善逸を見失っていた。早く合流しなければと善逸を探し始めた瞬間、人混みの中に黄色い羽織りを見つけた。善逸も私と合流しようと周りをキョロキョロしているようだった。

「善逸見っけ」

 善逸が私を見つけるよりも先に私が善逸を見つけられたことが無性に嬉しかった。私の視界にはいつも貴方がいるの。何度見失っても、すぐに見つけられるんだよ。誇らしげに微笑むと、突然手を掴まれてしまった。

「もう俺から離れないで」

 ごく自然に手を繋ぎ歩き出し、背中越しにそう投げかける善逸の後ろ姿に見惚れるしかなかった。珍しく真面目な声音を聞いた。怒っているのか窺おうにも顔が見えない。ただ俺について来いと、背中で語る男から目が離せない。どうしてこの人は。無自覚に突然に、こうもときめかせてくるんだろうか。「うん」と、小さな小さな返事はこの喧騒の中では流石に拾って貰えなかったかもしれないけれど、私がぎゅっと握り返せば善逸も更に力を込めてきたことに浮かれた私は人知れずこの町で一番の幸せ者の表情をしたのだった。



「っ、ちょ…嘘でしょ…!」
「名前、大丈夫!?」

 それから鬼が出ることもなく平和に時は過ぎ、祭りも終盤という頃。お祭り帰宅ラッシュとでも言うのだろうか、私達は人波に揉まれて何故か壁の隙間に押し込まれていた。
 わ、ちょ、近、わ、わわわわわ……!
 壁ドン状態で他人から庇ってくれる善逸を至近距離で見上げる形にドキりと心臓が高鳴る。ああ、きっとこれだけ密着していれば私の興奮なんて手に取るようにバレてしまうだろう。あまりの羞恥に私はただ目を瞑って祈った。


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 男として、ここは我慢しなければならないと分かる。でも、我慢の限界というものを今にも越えていきそうなほどこの展開は拷問だ!! なにもこんなさ、

「ん…」
「っ……、」

 こんな声出されたらさァアああああ!! 我慢なんて出来るわけねぇよな!? いやほんと無理。俺は内心でちゃんと名前に謝ってから、着崩れて色っぽい首筋に顔を埋めた。

「ぅぐ、痛…」
「大丈夫、あとちょっとだから」
「ん、…も、無理ぃ…」

 頭のほんの片隅の冷静な部分で考えた。会話だけ見ると勘違いしてしまいそうなシチュエーションが浮かんできて、その他の冷静じゃない脳が更に冷静さを欠いていく。

「ぁ…善逸ぅ…」

 もう駄目だ、我慢出来ない。そう思ったとき、もう既にそこに吸い付いていた。


+++


「…っは、はぁ…」
「っ〜〜!」

 お互いの肌は布越しに全て密着し、熱い吐息を首筋に感じ、善逸の乱れた呼吸音が鼓膜を蹂躙じゅうりんし、汗ばんだ隊服を押し付けられ、壁と好きな人に挟まれて動けないこの状況。これで興奮するなという方が頭がおかしいというもの。色んな限界に達した私は、あと少しで人波が過ぎ去るというところで意識を手放した。手放す前、首元に感じたチクっとした痛みは何だったのかなんて考えられるわけもなく。


 嘘かまことか、気を失い全身脱力した私を善逸は屋敷まで姫抱きで運んだと後から小耳に挟んだ時は、何故そんな貴重な瞬間に意識を手放していたと布を噛んで悔しがった。


+++


 祭りの日に付けてしまった所有印を見る為に、毎日名前に会う度にわざとらしく襟を整えるふりをする。何故かそれだけで満たされるのだから、藤の花の家紋の屋敷で俺にそれを付けた名前の気持ちが分かる。そういえば、もう俺にそれをつけようという気にはならないのだろうか。



 柱稽古が始まり、それを手伝う名前がふと俺の上半身裸を見て赤面したときに思わず訊いてみた。

「名前はさ、もう俺に所有印付けてくれないの?」


+++


「ふぇっ!?」

 泣き虫でヘタレのわりに鍛え抜かれた身体つきを垣間見て目のやり場に困っていると、何を考えているのか分からない表情でとんでもないことを訊いてきた。思わず周囲に人影が無いか確認した私はまともだろう。

「なっ…何言ってるのかチンプンカンプンなんですけどっ!?」

 だってそれをつける権利をもう私は持っていない。それを掴み取る腕を自ら縛り上げたのだから。

「名前、俺のとこに夜這いに来たとき言ったよね、待ってくれって。ねえ、俺はいつまで待てばいいの?」
「っ! 私……」
「俺、名前のこと本当に好きだよ。前の世界の俺を忘れろとは言わないけど、これからの人生を俺と生きて欲しい」

 ああ、また軽々と嘘を吐く愛しい人。炭治郎ならば、こんな堂々と嘘を吐けないのに。そんな気持ちで睥睨することをもう何度繰り返してきただろうか。そうだね、善逸。もう終わりにしよう。

「善逸…、善逸がね、誰を想っているかは別として、私はもう答えを出してるの。でもその答えはまだ許されてないから、待っていて欲しいの」
「ええ!? どっどういう…ことなの!?」
「約束しよう、善逸。私はこの恋に人生を捧げるために答えを答えにする。貴方はそれまで死なない。約束しよう」

 この時私は、元の世界に帰ることになると、そうしなければならないと、不思議と確信出来ていたんだ。


+++


 『約束しよう』そう言った名前の覚悟を決めた瞳に同意を誓った俺もまた覚悟を決めて柱稽古に励んだ。『良い女じゃねぇか。お前もちっとは見習えよ』俺にそう言ったのは元音柱で、余計なお世話も良いところだ。大体なに盗み聞きなんてしてるんだよ、………………あれ? ちょっと待て、どこから聞かれていた…………?


+++


 不確かな根拠で盛大な約束をしてから数日後。その日は朝から何かを予感していた。空は快晴で、屋外に出れば太陽は燦々として私を照りつけている。太陽が真上にきた時、それは起こった。真っ先に感じたのは猛烈な熱さと眩しさ。太陽の光と熱がまるで私を中心とする直径2mの円内のみに注がれているようだった。次に気付いたのが、いつの間にか出ている翼が光り輝いているということ。蒸発していくような恐怖を最後に私の意識は途絶えた。


 気が付いたとき、世界は違っていた。青空を囲む地平線は山々ではなく、ビルや民家。でも私はその世界を知っているはずだった。何故なら、

「え…嘘だろ、名前ちゃん…なの…?」

 "君"がいたからだ。

「え…、善逸…くん?」

 ああ、戻ってきた。私はきっと、善逸くんへの恋を終わらせるために戻ってきたんだ。そう漠然と悟った。

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