ポプラが距離を思い知る
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飽きもせず黄色い髪の彼を眺めていると、ふと聞こえてくる鼾が止み身じろぐ様子が見て取れたので、伊之助を挟んでその隣のベッドに横たわる善逸に声をかけた。
「おはよう善逸」
「……っもぉオオーー! っそういうとこ!! そういうのほんっとダメ!! お母さんに教わらなかったの!? 男は狼なんだよ分かる!?」
「えっと…うん?」
「そこは炭治郎のベッドだろ!! 何普通に寝っ転がってるんだよ!! ポンポンと男の領域に踏み込むんじゃありません! 馬鹿なの襲われたいの!?」
「炭治郎居ないじゃん」
「分かってないなあ!! 鼻が良い炭治郎のことだから、今夜
「善逸ちょっと気持ち悪い」
「っぐはぁっ!!」
つい口をついて出た悪口のついでに、ふと頭に浮かんだ疑問を口にしてみた。
「じゃあさ、善逸のベッドは…?」
特に深く考えなかった。考えていたらとてつもない勇気を要しただろうから、深く考えなかったのは間違いない。
「へ………?」
「っ…な、何でもないっ!」
ポカンとした顔で、目だけはしっかりと私を凝視してくる善逸に耐えきれず私は逃げ出したのだった。その後食事や薬の時間で顔を合わせても善逸は明らかによそよそしかった。本当、なんであんなこと言っちゃったかな。口は災いの元って本当だ。
翌日。屋敷から少し離れた野原で翼を出して日光浴していた。お日様の光を沢山浴びなければならない善逸も連れてくれば良かったなあ、なんて思いながらうつらうつらとする。
「あったか〜い」
でもやっぱり翼が少し窮屈だ。また服を破るのも気が引ける。誰も居ないし服脱いじゃえっ。
「ふゃー、最高…」
空が青いなあ。善逸何してるかなあ。
「善逸は青空がよく似合うのに、部屋に籠もってるなんて勿体無いなぁ」
なんて独り言を零した記憶を最後に、私の意識は沈んでいった。
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「名前っ……!?」
天気も良いのでお気に入りの野原へ出向くと、あられもない格好の名前を見つけて近付いて叱ろうと思ったら、気持ち良さそうに寝ていて。輝くように白い翼を投げ出すように横たわって、幸せいっぱいの寝顔……天使のようだ。……いやそうじゃないだろ。何してるのこの子。
「嘘だろ嘘すぎじゃない……ちょっとさ、いやほんとちょっと待って、この子なんて格好してんの。頼むからさァ、こんなとこで服脱ぎ散らかすなよォ。誰が来るか分かんないじゃん」
呆れながらもぷんすかぷんと母親のように
「ぜん…いつ…」
「……………」
顔に熱が集まっていく。この天使みたいな女の子は自分なんかに好意を向けてくる唯一で。今はこんなに幸せそうに俺の夢を見ているんだ。……ああ、なんか俺まで幸せいっぱいだわ。
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目を覚ますと、もう空は暗くなっていた。昼寝にしては些か寝過ごしてしまったらしい。だけどとっても幸せな夢だった気がする。しかし何故か体の自由がきかなくて思わずもがく。それに確か花畑で日向ぼっこしていたはずなのに、私が今居るのはベッドの中。しかし私とアオイの部屋ではない。ここは炭治郎達の部屋だ。そして此処は……。
「っ、(善逸のベッドだ…!)」
ぶわっと一気に全身から汗が吹き出る感覚。意識してしまえば香ってくる匂いに頭がくらくらしてしまう。鼻血が出そうだ。
「善逸の、匂い…………」
まるで善逸に包まれているようだ。血が目まぐるしく巡り、心臓は爆発してしまいそうな程盛大に脈打つ。しかしやがて匂いではもの足りなくなってきて、私の身体は貪欲に善逸の全てを欲しがっていた。会いたい、善逸に。私が必要だって、強く抱き締めて欲しい。だけどそんなの叶わないと分かっているから苦しくて。
「好き……」
絞り出したような声は部屋に響くことなく善逸の布団の中で霧散した。
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あの後も夢の中からなかなか戻ってこない名前に散らかった衣類をこれでもかという風にぐるぐるに巻きつけて抱きかかえて屋敷まで運んで、何の迷いもなく俺のベッドに寝かせた。だって、だってさァ! 昨日の今日だぞ。昨日名前があんなこと言ったから……。俺のベッドで名前が寝ている……、これは、この光景は、思った以上に腰にクるな。
「俺のベッドならいつでも貸すけど、次からは覚悟しろよな、名前」
捨て台詞のように呟いて部屋を出た。
それから訓練上がりの炭治郎と何故かボロボロの伊之助と夕食を食べて部屋に戻ったら、もう名前は居なくなっていた。
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善逸の匂いをはっきり覚えた私は依存症のようにそれを求めてしまっていた。お風呂場で善逸の脱いだ服を誰よりも早く回収し、洗濯する前にそれを顔に押し付ける。
「すーー……はぁあぁ」
変態になってしまったという自覚はある。先日善逸に気持ち悪いと言った手前、罪悪感すらあるし自分で自分にひいている。でも誰にも迷惑はかけていない。私はただ"仕事"をしているだけで、その合間にちょっと深呼吸してリラックスしているだけだ。そう、これは仕方ないことなんだ。恋をすれば誰でも匂いくらい嗅ぐはず。私は変態だけど異常じゃない。
しかし悪運がいつまでも続くはずはない。私の変態的行為がとうとう善逸に見つかる日が来てしまった。
「お願い善逸、嫌いにならないで…!」
「…!」
気付けばなりふり構わずいつも善逸がしているみたいにすがりつくようにして請うていた。私は次から次へ溢れてくる涙と嗚咽と羞恥心と絶望感に目眩を引き起こし、その後の記憶を持つことはなかった。
それからだ。私が善逸を避けるようになったのは。三人の部屋の仕事が回ってくる度になほちゃん達に代わってもらい、廊下で黄色を見た瞬間に
しのぶさんが説得したらしく、善逸と伊之助がようやく機能回復訓練に参加復帰したらしい。そして私はといえば、とうとう"限界"に達していた。
遂に衝動に突き動かされて行動を起こしたのは深夜。耳の良い彼のことだから忍び足でも起きてしまうかもしれないと恐る恐る部屋の戸に手をかけると、部屋の外まで聞こえてくるいびきに思わず笑みをこぼす。こみ上げる愛しさに背中を押され、静かに戸をひいた。大丈夫、大丈夫。そろそろと近付いて寝ている善逸に見とれた。
何時間でも見ていられる。だって大好きな男の子が、ずっと私の視界の中にいる。ここ最近の不満が解消され、安心と心地良いときめきが私の心を満たしていく。
「善逸、…大好き」
布団からはみ出た無防備な手をぎゅっと握りながら、
「何してるの」
「…え?」
条件反射で声の方へ振り向くと、向日葵色の目と目が合った。こんな状況なのにあまりに真顔で何考えてるか分からない表情が私を射抜く。私がしていること……、私は今何している? 自分の行動を省みて、段々と頭が冷静になっていく。それと同時に羞恥で体温は上昇していくのに、恐怖で冷や汗が伝った。自分の服の匂いを嗅ぐような変態女が夜這いをしているだなんてさぞ気持ち悪いだろう。善逸にとうとう嫌われてしまうという恐怖に、私は小さく「ごめん」と謝り、速やかに部屋を出ようとした。しかし足を前に出した瞬間、突然ぐるりと目眩のような感覚に襲われ止まったと思って目を開けると善逸のベッドの上で善逸に組み敷かれていた。え、何で? 私嫌われたんじゃないの? 怒られるの? こんな体勢で?
些か狼狽していると、善逸の指が私の目元の水滴を掬った。ああ、泣いていたのか私。それにしてもやっぱり善逸は優しいなあ。こんな気持ち悪い女にも優しく出来るなんて。ああ、善逸の匂いがする。布団の中で保温された善逸の体温が心地良すぎる。えっと、これは何のご褒美ですか?
「善逸こそ何してるの」
思いの外、冷淡な声音が出てしまった。
「いやこれは、ごめんつい……っじゃなくて!!! 名前があんなこと言うから!」
俺に非はない! と主張する彼をじと目で見上げれば、怯んだように少し目が泳ぐ。
「ねぇ…さっきの、本当?」
かと思えば射抜くように、目に毒な眼差しを向けてくるから、今度はこちらがそれとなく目を逸らす。
「さっきの、…って?」
「っ…だから、」
「ごめん」
「え、」
「……まだ分からないの」
この時代の善逸と、同級生の善逸くん。生まれ変わりなのか、同一人物として捉えていいのか、違う時代に生きる違う人物として捉えるべきなのか。私は答えを出せていない。出さなきゃいけない。どちらが好きなのか。その答えは、環境に甘えて出してはいけないと思うから。どっちの善逸も大好きだよ。だけど、どちらかを選べば、もう一方の善逸を裏切ってしまうことになるんじゃないだろうか。変態行為までしておきながら、最後の最後で慎重な臆病者になってしまう。
「………はぁ、」
善逸は私の迷いを聞き取ったのか、上から退いて横に寝転んだ。どうしたのかとまじまじ見つめていると逡巡した様子を見せてからぎゅっと腕を巻き付けてくる。
「ちょっ、なっ、ぜっ、善逸!?」
「次は覚悟してって言ったよね俺」
「え、いつ、ってか待っ…て…っ、」
気付いたら首筋に善逸の顔が潜り込んでいて、くんくんと匂いを嗅ぐ仕草。理解したと同時に全身が沸騰したように興奮する私の身体、呆気なく
「ひゃ…ぜん…善逸待ってお願い」
「帰さない……元の世界にも、もう一人の俺のところにも」
「……善逸、」
「名前は俺のことが好きだろ。俺だけ見てればいいじゃんか、ずっと」
その言葉に呆気なく壊れたのは私の今までの我慢で。同じく壊れた涙腺は
それでもとにかく私はその言葉に救われたのだった。暗闇で何も見えなかった私の世界が照らされて明るくなったような気がした。善逸は泣きじゃくる私を優しく抱き締め続けて、時折頭や背中を撫でてくれた。私、今なら何でも出来る気がするよ。ねえ、今だけは善逸のことだけ考えていたいよ……。
泣き疲れて眠った少女を抱き締めながらやがて同じく眠りに堕ちた少年は、その夜幸せな夢を見た。
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