とある留守番艦娘の心境
鎮守府で提督達の帰りを待つことしかできない私の目には、今日の出陣はいつも以上に戦力を失ったようで、帰投した時の提督は酷く苦しんでいるように見えました。
今回の出撃では誰も失うことはなかったものの、艦娘達が大破していく姿を見ていて平気でいられる提督はいません。提督によっては大破させるのを拒むあまり、小破での進軍すら避ける者もいるのだそう。
艦娘達が傷つく姿を見るのは提督にとってはそれほどの苦行だといえるのです。
しかし今回はいつものそれとは違って、大破したのは提督が大切にしている赤城さんでした。
提督は隠しているようだったのですが、艦娘達の間ではそれは言わずと知れたことで、二人が付き合っていることもみんなが知っている。
提督のことを思っている艦娘は他にも実はいたりするのだけれど…、
二人の間を割って入れるわけがありませんし、例え入れたとしても、鈍感な提督にこのささやかな恋心を気付いてもらえることはたぶんもうありません。
恥ずかしながら、私もそのうちの一人で、提督を眺めることだけに小さな喜びを見つけ、この恋心を密かに守っていました。もちろん二人の恋路を邪魔するほど、私も野暮ではありません。
しかし、今回はどうもそうはいかなかったのです。自分でもどうしてかわかりませんが、涙が込み上げてきました。「赤城っ、赤城っ……!」と、最愛の人を愛おしみ悲しむ提督の声が聞こえてきた瞬間、涙が止まりませんでした。
赤城さんが大破したことへの悲しみからくる涙であると思いたかったのですが、そうではありませんでした。
……こんなにも提督は苦しんでいるというのに、旗艦である私は今の彼を救うことができない。こんなにも、提督の側に居られる立場にあるのに、何もしてあげられない。こんなにも、私は提督の力になりたいのに、一緒に出撃することもできない。こんなにも、私は提督を思っているのに、笑顔にさせることすらできないーーー
込み上げてくる感情は、だんだんと今まで出てくることもなかった感情へと変わっていきました。
…駄目。二人の邪魔はしないって決めたじゃない。幸せな提督をみているだけで私も幸せになれるんでしょ。
でも、今の提督は幸せ……………?
丁度その時、入渠室のほうから提督が私のいる提督室に戻ってきました。
「明石………………?」
涙を止めようとしましたが、止められず、そんな私を見て提督は驚いたようでした。
「どうしたんだ、どこか痛いのか………?」
ああ、駄目です。そんなに優しい声をかけられたら、余計に止まらなくなってしまう。提督自身も辛いはずなのに、こんな鎮守府で待ってることしかできない私にもその優しさを向けてくれるの…………?
俯いたまま泣いているらしい私を見てどうにも提督は放って置けなくなったようで、私の側へしゃがみこんで私の顔を覗き込みました。
「明石、どうしたんだ?」
提督の顔はぐちゃぐちゃで、涙で目は腫れていました。たぶん沢山泣いたんだろうと思います。そんな提督を見ていたらまた涙が溢れてきました。
「提督……、ひっく、赤城さん…大丈夫なんですか………うぐっ」
「………重症だったけど、明日になれば元気になるだろうって。ごめんな、俺がくよくよしてたらみんなが不安になるよな。明石も不安にさせてごめんな」
あまり思ってもいない言葉を発した私に対し、提督はそう言って、私の頭をぽんぽんと優しく叩きました。
違う、そうじゃなくて…
私は顔をあげてぶんぶんと顔を横に振ると、提督と目を合わせました。
「……わ、たし……提督のお役に、立、てなくて…何もでき、なくて、悔しかった、です……そんな私が許せ…なく、て……」
「提督のこと…もっと支えたいです…、提督の側でもっと、役に立ちたいです、もっと、提督を幸せにしてあげたいんです………!!」
提督も酷い顔だったけれど、きっとこう伝えた時の私も酷い顔だっただろう。
私のこの心の叫びをどう受け取ったのか、提督は私を包み込むように抱きしめた。
「明石……、やっぱりお前を旗艦にしてよかった」
「え、」
「お前の気持ち、とっても嬉しい。こんな優秀な旗艦は他にはいないよ。さすが俺の惚れた女だ」
「惚れた……女…?」
意味がわからなかった。彼は赤城さんのことが好きだったのではなかったのか。彼女と付き合っていたのではないのか。もしそうでないなら、それって、それって……
「それって、提督、私は自惚れてもいいのですか」
照れ臭そうに笑った彼はとても幼く見えた。
「好きだよ、明石」
彼の口からその言葉が出るのをどんなに待ち望んだことか。
私は微笑みを返した後、彼の唇に自分の唇を重ねた。
少し涙のしょっぱい味がした。
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後日聞いたが、赤城さんとは付き合っていなかったらしい。どうやら、私が赤城さんを修理することが多いため、私のことをよく知っている彼女に話を伺っていたそうだ。仲が良いように見えたのも、提督室によく二人で居たのも、私との関係を赤城さんに相談していたのだそう。はたから見たら恋人にしか見えなかったというのに、とんだ結末じゃない、こんなのってある?
それに、確かに赤城さんとは修理の最中話すけど……彼女は食べることにしか集中してないし、私のことなんて何か知っていたのだろうか。
当の赤城さんはそんなことは気にもしていないようで、今日もボーキサイトをハムスターのように頬張っているようだ。
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