ゲーム終了まで
バトロワごっこ最終日。夜は明けた。
「・・・灰になってしまう」
と浅葱は太陽を見ながら呟く。
Dからは浅葱しか残っていない。正直まいったなという気持ちだ。
冗談を言って盛り上がることならできるが、根が真面目な上に博愛主義者、この遊びには向いていない。
「大佑さんのことはもういいとして」
恒人が残したメモ書き。
手にするには有益すぎる情報。
このまま隠れてやりすごすのが無難に思える。
というより、もうメモ書きがなくとも残りの参加者全てに警戒した方がいい、明希の行動は正しい。ゲームも終盤だ、バンド対抗戦でメンバー以外と行動する理由はもうない。
数でいくならムックの二人とディルの三人が、火力でいくならばマシンガンを所持しているイノランとヒサシが危険だ。
「いや、集まっている時点で火力も大きくなっている可能性が高いんだよね?」
浅葱の武器は斬馬刀のみである。
銃器に対抗できるとは思えない。
「なによりさ、地の文さん・・・」
いきなり話しかけるな!!
「なんか寂しいんだよね、結局メンバーとは会えてないし・・・あ〜あ、みんなといたらもっと色々できたのに」
落ち込むヴァンパイアなお兄さんは別の意味で鬼気迫るものがあった。
「・・・寂しいなぁ」
おそらく今、敗者控室で他のメンバーが胸キュンで盛り上がっているだろう。
とにかく仲良しさんなバンドなのだ。
もうそれだけが頼りとばかりに恒人の書いたメモ書きを大切そうに抱きしめて浅葱はため息をつく。
「バトルロワイヤル・・・か。心理描写には定評があるけれどずいぶんと分かりやすくはあったよね。中学生同士の殺し合いだっけ?それならば全員が中立であるべきだったと思わない?」
ファンタジーではあってもファンタジックではないんだから、と付け加えて浅葱は優雅に微笑んだ。
どうやらこのゲーム終盤という状況で地の文と喋るという反則技で時間を潰すことに決めたらしい。
「正義と悪じゃ無理矢理すぎるなら、『ロウ』『ニュートラル』『ダーク』に振り分けてみようか。この場合、俺はどれになると思う?」
質問まで投げかけて来た・・・『ロウ』じゃないんですかい?
「不正解、『ニュートラル』だよ。全ての人間は『ニュートラル』だ、揺らぐ可能性はあっても『ニュートラル』の域はでない。『ニュートラル』であることが人間の性質って言うべきかな」
言って、少し首を傾げる。
「殺し合いだっけ?あまり考えたくもないけれど・・・正義も悪も不安定な概念なんだよ、人間っていう枠組みにおいては、もちろん悪は存在するけれど、それは個体じゃなくて、もっと曖昧で大きなものだと思う、だから・・・不幸な生い立ちを背負っているから殺し合いに乗ってしまう、逆に正義を声高に叫ぶというのも考えてみれば不自然ではあるよね・・・まあ小説だからなんだろうけれど。ちょっとだけ、ごっこ遊びだけど体感してみてよく分かったよ、これは本物なら俺はきっとなにもできない、メンバーや知り合いは探すだろうけれど、そこから先はどうにもできない。でもきっと発作的な恐怖が連鎖して取り返しがつかない方向へ進んじゃうんだろうね、そうならないようにと思っても・・・ルールとしては上手いかもしれないけど、リアリティを求めたら小説にはならないだろうね、ドラマチックなことなんて起きないだろうから・・・でもこれは《ごっこ遊び》だ」
浅葱は立ち上がり、斬馬刀を担ぐ。
やはりこの男、無駄に様になる。
「・・・ドラマチックに優勝してみようかな」
浅葱
【武器】斬馬刀
【所属】D
【状態】青
【行動方針】優勝を狙う
【特性】ヴァンパイア
(双眼鏡、恒人が残した情報メモを所持)
「もーーーー!どうしろって言うのさ」
明希は愚痴っていた。
一人取り残されて、ここまでくれば誰とも組めないという状況下で、足が止まってしまっていた。
人を警戒させない性格も意味を成さない。
自分の力で生き残らなければいけない。
名簿を見て、残りの面子を確認する。
明け方早々にこちらから逃げてしまった、Dのボーカル、浅葱。そして《マシンガンのマーダー》イノランとヒサシ、ディルアングレイの京、堕威、敏弥。ソフィアの黒柳、最早親しいからこそ信じる信じないの域を超えているムックの逹瑯とミヤ・・・
「無理だよぅ・・・絶対無理だよ〜・・・」
体力には自信があるけれど、勝てる気がしない。
「ミヤ先輩と逹瑯先輩は一緒に行動してるんだっけ」
ため息をつきたくなる。あれで二人とも人は良いけれど、このタイミングでのこのこでていったらものの数秒でゲームオーバーにされてしまうことは目に見えている。
運動神経は良くても戦いには不向きだ、喧嘩すらしたことがない、絡まれたら逃げる。
以前逹瑯からミヤがとてつもなく喧嘩に強いことは聞いていた。
逹瑯が言うには車を殴ったらエアバックが飛び出るレベルらしい。
あの逹瑯である、かなり誇張して喋ったのだが素直な明希は真に受けていた。
隠れてやりすごす、それしかない。
道の端にあるお堂の陰で蹲り鼻を鳴らす。
「あれ?えっと、明希・・・だよな?」
唐突に声をかけられ、明希は跳ねあがるように立ってジェリコを構え、そして「あ・・・」と小さく声を上げた。
木々の間から出て来たのはJだった。
元・ルナシーのベース、明希が尊敬してやまない、目標にしているベーシスト。
「えっと、明希だろ、シドの」
Jは困惑したようにこちらを見ている。
しかしどうだろう、この場合、尊敬の対象であって親しいわけではない。
ルキが京を前に混乱してしまったように明希もまた混乱していた。
まだしも逹瑯達に会った方がまともな対応ができただろう。
銃を下すことすらできない。
両手できっちりと構え、銃口をJに向けたまま動けない。
「え、っと・・・」
とJはまた困り顔で呟いた。
Jはけして善性の人間ではない、噛みつかれたら噛みつき返す、ごくシンプルな闘争本能の持ち主であった。
野生的なのである。
しかし孤高の野生ではない、Jは限りなく身内に甘い人間なのだ。
だからこそ《主催者反撃ルート》以外の道を考えもしなかった。
そこで気づく、明希の視線がJの持っている武器、ネコパンチバズでとまっていることに。
「あ、大丈夫だよ俺はただ・・・」
「それ・・・ネロさんの・・・」
明希は論理的に物事を考えるのが不得手だ、(腹立たしいことに、あの性格で)頭の回転が早い逹瑯辺りなどは容赦なく馬鹿呼ばわりしてくる。
とても感覚的で、先の手を読むような器用さは持ち合わせていない。
「Jさんの武器・・・それだけなんですか?」
「ああ」
とJは頷いてブレザーを捲って腰に差したひのきの棒を見せる。
「これだけ、だけど・・・?」
それでもさすがにオカシイと思う。
ネコパンチバズに関しては持っていても構わない、放置してきたものであるし、狙撃主であったタクヤもゲームオーバーになった。
しかし、ネコパンチバズだけ、というのは変だろう。
あそこにはゆうやのコルト・ウッズマンもかなり目立つ位置に放置されていた。
「うぅ・・・」
分からない、分からないけれど、何かがおかしい。
「いや、なにもしないから、な?」
警戒心剥き出しの野良猫のような反応をされ、たじろいだJはネコパンチバズの銃口を明希から大きく離した形に持ち替えた。
「な?」
それが仇となった。イノランから説明書なしの気まぐれで渡されたネコパンチバズについてJは何も知らない、見た目通り小型のバズーカーだと思っている。
しかし明希は知っていた、恒人から聞いて、あの武器は銃口から大きく外れた所に当たるのだと。
双方の齟齬が決定打。
イノランが遠まわしに、気まぐれに張ったトラップが発動してしまう辺り、やはりJとイノランは幼馴染だと言えるかもしれないが・・・
結果的に明希は引き金をひいた。
ジェリコのを後ろ向きに走りながら乱射する。
「え、ちょっと、おい!?」
当たり判定が鳴り響く中、明希の姿はすぐに見えなくなり、そして・・・
「なんでだよ?」
そんな呟きと同時に長い電子音は響いた。
「もう、どうしよう、どうしよう・・・」
明希はひたすら走り続ける。
「なんで俺、一人なんだろ!と、とにかくもっとちゃんと隠れられる場所を見つけなきゃ!」
明希
【武器】匕首、ニューナンブM60、ジェリコ914
【所属】シド
【状態】青
【行動方針】優勝を狙う、隠れて様子をうかがう。
【特性】???
(アイテム、無線盗聴器を所持)
【J ゲームオーバー】
【残り11人】
逹瑯は周囲から軽薄な人間だと思われている、しかし同時にそれが彼の繊細さの裏返しで、情に脆く優しいところがあることを彼の周囲は知っている。
我が儘で傲岸不遜で、それでも逹瑯が多くの友人に愛されているのはその子供のような純粋さ故だった。
そして逹瑯は口ではあれこれ言いながら子供のような純粋さでミヤを信頼していた。それは憧れに似ている、それも子供がヒーローに憧れる感覚によく似ている。
「ミヤ君ならなんとかしてくれる」「ミヤ君に任せておけば絶対に大丈夫」その気持ちは逹瑯の根底に揺らぐことなく存在していた。
ごっこ遊びでも本物のバトロワでも揺らがないそれ。
逹瑯の不安はむしろ自分がミヤから見捨てられることにあった。
自分がミヤを信じられないかもしれないという不安は端からなかった。
今、終了時刻が迫っている今この時、ミヤからの信頼をひしひしと感じている。自分の我が儘を受け入れ、そのために行動してくれるミヤに安心感に包まれている。
だからこそ、裏切れない、失敗はできない。
逹瑯の恐怖はずっと「見捨てられること」にあった。
ミヤは逹瑯を結局見捨てなかった。
見捨てるタイミングはあったはずなのに、離れて行くことはなかった。
間違いなく「親友」と呼べるガラや大佑とは違う、メンバーとしても友人としても繋がっているユッケやサトチとも違う、ミヤは逹瑯にとって指針であり、恒星だった。
彼なくしては自分の居場所も分からなくなってしまう。
逹瑯は息も足音も殺し、足早に移動する、遥か前方に見える背中を、リュウイチの背中を見失わぬように。
ミヤは周囲から頼りにされる人間だった、それは子供の頃からで、幼馴染みのユッケなのは同い年にも関わらずどこか年上相手のように接してくる。
マイペースでどこかぼんやりとした性格でありながら、ミヤはいるだけで周囲に安心感と威圧を同時に与える男だった。
そんなミヤにとって逹瑯は初めて出会った「読めない」人間であり、だからこそ惹かれる部分があった。人間的な相性が良いとはいえない、しかし逹瑯ほど一緒にいて刺激になる人間はいなかった。
逹瑯の純粋さに人間の善性そのものを疑ってたミヤは確かに癒されたのだった。それが表立った押しつけがましい善性ではなく、奥底に隠した透明な善性だったからだと今では冷静に分析できる。
ミヤはいつの間にか逹瑯に絶対的な信頼を寄せるようになっていた。
憧れすら抱き始めた。
ミヤは逹瑯から離れ、リュウイチに回り込むように足早に移動する。
鏡映しの二人は、もう言葉もなく真っ直ぐに最後の戦いへと進んでいた。
ミヤ
【武器】レミントンM870、ギターの弦、水倉りすかのカッターナイフ、簡易レーダー
【所属】ムック
【状態】青
【行動方針】優勝を狙う、リュウイチを倒す
【特性】策士リーダー
(アイテム《鳩笛》を所持しています)
逹瑯
【武器】サイボーグクロちゃんのガトリング砲、バタフライナイフ、AK47
【所属】ムック
【状態】青
【行動方針】優勝を狙う、リュウイチを倒す
【特性】俺様サドモード
(イノランが《マシンガンのマーダー》である確証を得ています)
幕間―敗者控室―
「さぁみなさん!最後ですよ〜いまのうちにじゃんじゃん賭けて下さいな!」
ソフィアのキーボード、都の明るい声に周囲の人間は賭け札を掴んでざわめきだす。
「今の時点で負けた人も重ねて賭けてオッケーです」
その隣ではサクラがアンニュイな微笑みを浮かべていた。サクラが都になにかを話し、賭け方が少し変わったのはおそらく自分達が一番儲かるようにルールを変更したのだろう。
サクラがそういうところに頭が回ることを知っている面々はもちろん賭けを辞退している。
「つまりなんだ・・・俺に賭けたからその負け分を俺に払え、と?」
教室の隅でメンバーに取り囲まれ凍りついているのはガラだ。
「そういうこと、きっちり払って貰うぞ」
にんまりとしたネロを押しのけ、ガラは一直線に都の所へ向かう。
「お、ガラ君は誰に賭けるの?」
「メンバーの負け分20枚プラス俺から30枚・・・京さんに賭けます!」
「一枚千円だけど大丈夫なん?」
「かまいません」
少し心配そうに頷く都の隣でサクラはやはりアンニュイな笑みを浮かべていた。
「今のところはイノランさんとムックチームに票が集まってるけど・・・どうなるかねぇ」
「あ、俺も京さんに20枚・・・」
ルキが寄ってきて小声で言い、メンバーからどつかれるのを横目にサクラは手元にある紙・・・誰が誰に賭けたかを書かれているのを見た。
「そこの真面目集団は賭けないの?君等んとこのボーカル残ってるけど」
サクラの視線が向いていることに気づき、ロッカーに腰掛けていたDの面々は顔を見合わせる。
「あ〜〜・・・空気読まない発言で申し訳ないですが、賭け事は少し抵抗があるので」
代表して大城が言えば、サクラは目を細めて頷いた。
「まあ、それが賢明なんだけどね、了解」
「やっちゃんって隠れ鬼畜なんやけどねぇ・・・」
すぐ傍でケン・ロイドを捕捉し、勝手に血糊を塗って遊んでいたハイドが笑う。
「キチクってナニ?」
諦めて大人しくしていたケン・ロイドに問いかけられハイドはブラックな顔つきで言う。
「イノランさんみたいな人のことや、褒め言葉」
「・・・ハイドも充分、鬼畜だから」
近くでそれを聞き咎めたガクトが苦笑する。
既にほとんどの人間がゲームオーバー、喧騒に包まれる教室の中でシドのメンバーはスピーカーの前に集まっていた。
マオはついさっき戻って来たばかりだ。
「明希様、大丈夫かな?」
「え、明希が大丈夫かとか聞いちゃうゆうやが大丈夫?」
ふざけるしんぢの太腿にマオの蹴りが入る。
「大丈夫やないと困る。俺が命がけで繋いだんだからな」
「ああ、マオ様かっこよかったよ」
しんぢはふざけた調子のまま笑う。
「当たり前やろ!」
「浅葱君、大丈夫かな?」
「っていうか・・・なんや遊びって分かっててもゲームオーバーになること考えたら嫌な気分やねぇ」
大城と涙沙、二人揃って水玉模様に血糊をつけた二人が顔をしかめる。
「そうっすね、なんかあまり面白くはないです・・・それに浅葱さんこういうの向いてなさそうですし」
右肩から肘辺りまでべっとりと血糊を塗った状態の恒人が肩を竦める。
「うん、俺もここでみんながゲームオーバーになるとこ見てたらなんか冷や冷やしたもん。こうやって見てると逆にリアルなんだよね」
英蔵は他3人の手によって、もはや元の色が分からないほど真っ赤にされていた、重たく感じるほど血糊を塗られたのは《全身複雑骨折》という意味不明なことを書いたことへの愛を込めたツッコミである。
どこまでも真面目な彼等は、敬愛するボーカリストのことを真剣に案じていた。
モニターのすぐ傍に薫と心夜が立っていた。どちらとも無言、しかしその顔にはうっすらと笑みが浮かんでいる。
心夜は持ち前の無機質な目で、薫はどこか鋭い目でモニターを見つめながら二人は確かに笑っていた、同じ理由で笑っていた。
そんな二人の微笑みに他の面々は気づかない、二人の微笑みの理由に気づかない。
スピーカーの前ではユッケが満面の笑顔モニターに向けていた、楽しいというよりは嬉しいといった顔だ。
「そうだよね、ぐっちゃとたつぅはそうでなきゃ・・・」
その隣でサトチが力強く頷く、馬鹿と言われる彼だってメンバーのことならよく分かっているのだ。
「おう、だから俺、二人のことすげぇ好きだ」
「Jのヤツだっせぇ!後輩にやられてやんの!イノランに会えば面白かったのに〜」
優雅に机に腰掛けたスギゾウが鼻で笑うのを聞いて、真矢が呆れたように言う。
「お前のその性格って、本当に死んでも治らないんだろうなぁ」
「しかしどうよ、リュウのヤツ・・・案外いけちゃうんじゃない?イノランもだけど」
目を輝かせてモニターを見つめるスギゾウに真矢は肩を竦め、こちらに歩いてくる人物をを見咎めた。
「あ、ユウナ君おつかれ〜」
「お疲れ様です、もうそろそろ終わりそうですね」
エンジェルスマイルを放出しながら二人に、備え付けのコーヒーサーバーで入れたコーヒーを手渡す。
「ユウナ・・・ホントにごめんね、反省してる」
「いやいや、別に怒ってもないですし、こっちこそ攻撃しちゃってすみません」
「でもさぁ・・・」
「いいですって。ほら、やっぱりイノランさんが優勝ですかね?俺、イノランさんに賭けてきたんですけど」
スギゾウはそれを聞いて微妙な顔をする。
「それは・・・どうなるかな?」
幕間―管理システム―
『主催者よりお知らせです、禁止エリアの増加を決定しました。30分単位で増えるのでしっかりメモして下さい。今から30分後に・・・』
テンション高く放送するヒデの隣でJ・Y氏は静かにモニターを眺めていた。
この禁止エリアの増加はまるで追い込み漁だ、着実に残りの参加者は顔を合わせる羽目になるだろう。
いったいなにが起こるのか、想像もつかない。
『以上です!では残り少なくなりましたが全力で頑張ってください!気合い入れてね〜!!』
マイクを置いたヒデにJ・Y氏はゆっくりと語りかけた。
「本当はなんでこんなことをしたの?」
「バトロワごっこの開催なら思いつきだよ、最近は後輩たちと絡む機会もないからね〜」
「本音は?」
「やめてよ、インタビューする時の目になってるよ。ただ俺はみんなと楽しく遊びたかっただけなんだから・・・アナタはあんま知らないか、昔はめちゃくちゃだったんだよ。いろんな居酒屋で出入り禁止喰らうぐらい暴れてさ、いつ寝たっけってぐらい仕事以外は飲みまくってたし、めちゃくちゃでぐちゃぐちゃで楽しかった。それにくらべりゃ最近の子達はみんな真面目ちゃんしてるよね。それが悪いとも思わないけど」
ヒデはどこか愛おしそうにモニターをみながら無邪気な笑顔を見せる。
この歳になっても変わらない笑顔。
「ハメ外していいんだよ、本気でぶつかり合ってもいいんだよ、そりゃ俺らの世代は後輩が生意気言ったらぶっ飛ばしてたけどさ、それだけみんな本気でぶつかり合ってたから・・・みんなもっと不器用でいいんだよ、器用でいるのはたぶん、すごく疲れるから。おっちゃんが押しつけがましかったかな?」
「・・・そんなことはないと思うよ」
「俺ら馬鹿だったからさぁ。みんな今の若者はダメになってるなんて言うけど俺からすれば良くなってるよ、聡いし賢いし筋は通ってるし、どこで曲げてどこで曲げないかちゃんと分かってるんだよね。何一つ曲げなかった俺らはやっぱ馬鹿だった・・・俺はさ、そんな連中と馬鹿をやりたかったんだよ、昔みたいに、殴り合って分かり合った遠い日に、さ」
そして最終決戦の時は来た。ミヤからの鳩笛の合図を受け、逹瑯はリュウイチの前へ躍り出る。
「どうも!世界一腕の立つ殺し屋ですっ!」
右手にガトリング砲をつけ、左手にAK47を構えた逹瑯にリュウイチは驚いた顔で振り返る。
ミヤが逆方向でわざと物音を立てていたのでそちらに気を取られていたはずだ。リュウイチが持ち直す前に逹瑯は走り回りながら両手に持った銃を連射した。二重の銃声がさながらドラムとベースのアンサンブルのように響き渡る。
「あちゃ、鉄板ネタなのに外しました!?」
リュウイチとてただ黙って連射を受けていたわけではない、同じように走り出し、避けるがガトリング砲がやっかいだった、撃てる範囲が広すぎる。
逹瑯の動き自体は大きな銃を二丁も構えているせいか緩慢だったが、リュウイチのデザートイーグルにはしっかり警戒しているらしく、向けた時点で乱射を中断しても大きく避けていた。
リュウイチにも焦りはある、こちらが防弾チョッキを身につけていることは知れ渡っているはずだ、ならばこの特攻は・・・
ピピピピとリュウイチの胸のランプが電子音を立て始めた。
慌てて足を止めるとそれを待っていたかのように逹瑯は後ろへ回り込む。
リュウイチの背後を取りながら逹瑯は心の中でガッツポーズを決めていた。
『いいか逹瑯、このゲームがフェアなら防弾チョッキの存在もフェアなはずなんだ、けして無敵のチートアイテムじゃない』
『だからどういうことよ?』
『これも原作で気に入らなかった部分だが、防弾チョッキは完全に弾丸を防ぎきれるようなものじゃない・・・おそらくこのゲームのアイテムでも限界値が設定されているはずだ、それは口径かもしくは一定以上のダメージを受けた時だと予想できる』
『ああ、こっちは火力デカイ銃器揃ってるもんね、それを乱射すれば!』
『しかしもっと難しくて・・・《超大当たり判定武器》でしか倒せないってルールならアウトだけどな、やってみる価値はあると思う・・・乗るか?』
『なにその無駄な質問、乗るに決まってんじゃん』
だからこそ、連射しまくった。音にまぎれそして逹瑯が走り回っていたのでレーザーポインター機能も混ざってバレなかったはずだがミヤも物陰からレミントンM870をショットガンを撃っているはずだ。
「これで俺らの勝ちっす!」
逹瑯はそう高らかに言い放って二丁同時に引き金をひいた。
カチっと軽い音がした。
「あらら、弾切れ?」
リュウイチが可笑しそうに言って振り返る、振り返りざまにデザートイーグルが逹瑯の持つAK47を弾き飛ばす。
「うあ、やばっ・・・!?」
即座に後ろに下がるがガトリング砲はリロードに時間がかかる、銃口はしっかりとこちらを捉えていた。
「形勢逆転みたいだね?」
リュウイチの胸のランプはオレンジが点灯している。倒し切るには至らなかったらしい、逹瑯が半笑いで後ろに下がる。
「う゛ぉぉぉぉぉぉぉッ!!」
横の茂みから雄叫びが上がった、ミヤがショットガンを構えてこちらに走ってくる。
逹瑯は間の抜けた顔でそちらを見る、『お前がミスしたら俺は逃げるから』と言い切っていたミヤが走り出て来たという事実が飲み込めずに只呆然とミヤの姿を見ていた。
一方リュウイチは驚くでもなく横目でその姿を確認すると、背中から出した物体をフリスビーのように投げた。
その物体はミヤが踏みだした足元に綺麗に着地する。避けようとしたのか体勢を崩したミヤは逆にその物体の上に倒れ込む形になった。
逹瑯の目にはそれがスローモーションで見えていた、そしてミヤが倒れると同時に診療所が爆破された時と大差ない、周囲を揺るがす大爆発音が響き渡った。
―《大爆文様》、元はアンジェロのタケオが所持していた、大型地雷である。
しかし電子音と残響に耳を打たれ、立ちつくしていた逹瑯にその声は真っ直ぐに届いた。
「逹瑯、行けっ!」
二対一という意味ではなく、リュウイチは一人で逹瑯とミヤはどこまでも二人だった。
逹瑯は放物線を描いて投げ渡されたショットガンを受け取り、リュウイチのデザートイーグルを弾き飛ばし撃ち、リュウイチもサブの武器として隠していたS&W M500を抜いて撃つ。
僅かな間が、予想外の大音響から立ち直るまでのほんの僅かな時間差が勝敗を決めた。
リュウイチはその場に座り込んで自らを倒した二人組を見ていた。微笑ましさに頬が緩むのを感じながら、そしてどこか懐かしさを感じながら、この二人が相手ならゲームオーバーになったことも満足だと心から言える気持ちだ。
その二人もまた地面にべったりと座り込んでいる。
「ミヤぐぅぅん・・・」
「いや、お前・・・なんでマジで泣いてんだよ・・・」
ミヤも既に《死亡判定》を喰らってはいたが目の前で泣きだした逹瑯相手に無言というわけにもいかず、ずっと一緒に行動していた逹瑯相手に漏らしてはいけない情報もなにもないので仕方なく相手にしている。
「だっでぇぇ、ミ゛ヤ゛ぐん逃げるって言ったのにぃ・・・来たじゃんかあああ!!」
「だから、泣くことじゃないだろ・・・」
「涙が勝手に出てくるんだもん!!」
「思春期の女子かっ!?」
逹瑯の胸のランプは紫が点灯していたが、生き残った。
一人生き残って本気で泣いてしまっていた。
「お、俺・・・絶対に優勝す・・・」
パアンと乾いた音が響き、逹瑯の胸のランプが点滅を始める。呆然とする逹瑯の肩越しにミヤは逃げて行く背中を見る。
「あれは・・・誰だ?」
「黒柳君だね、ソフィアの」
ミヤよりもはっきり見える位置にいたリュウイチが答えるのと同時に長い電子音が響き逹瑯の胸のランプも赤になる。
わざとらしく表情をつくり、演技力をフルに使ってその場に倒れ込んで死んだフリをする逹瑯にミヤは吹き出すように笑い、死体ごっこをしていた逹瑯もすぐに耐えきれなくなって笑い出した。
「お前、マジだっせぇ!!優勝するとか言った直後に撃たれてやんの!」
「ダサイって言わないでよ〜・・・なにこれ・・・」
「日頃の行いが悪いからだべ!」
ミヤは転倒した時に、逹瑯は倒れ込んだ時に、それぞれ顔や服に泥がつき3日間戦い抜いてボロボロの状態で、いつまでも爽快に笑い続けた。
本来ならば武器回収をすべきかもしれないが、黒柳はそれを諦めた、銃に加えて近距離用の武器と、リーチの長い武器を所持しているのでこれ以上持っても、残りの時間で使いこなせるよう説明書を読みこめる自信がなかった。
そして黒柳は一つの計画を立てていた。禁止エリアが増え、最終的には一箇所に参加者が集められる形になる。
先にそこへ行き、地の利を得、待ち伏せをするつもりだったのだ。
ソフィアに優勝をもたらすため、黒柳は走る。
当のメンバーがトトカルチョに夢中になっているとは知らずに、根が生真面目な黒柳は優勝に向けて走り出した。
【ムック ミヤ ゲームオーバー】
【リュウイチ ゲームオーバー】
【ムック 逹瑯 ゲームオーバー】
黒柳能生
【武器】ベレッタM92、ファイティングナイフ、ビリー・カーンの三節棍
【所属】ソフィア
【状態】緑(かすり傷判定)
【行動方針】優勝を目指す
【特性】なんちゃってクール
【残り8人】
リュウイチとムック鏡コンビが対戦する少し前、浅葱は禁止エリアを避けるための移動を開始していた。斬馬刀が邪魔であまり木々の間を抜けることもできず、それなりに開けた道を慎重に歩いて行く。
山歩きに慣れているというほどではなかった、浅葱が住んでいた場所もミヤ達に負けない、おそらくミヤ達以上に自然に囲まれた場所であったが、一定を越えると自然は厳しさを増す。子供が駆けまわって遊べるレベルを超えるのだ。冬ともなれば雪に閉ざされる場所、浅葱にとって自然は愛でるものであって、遊び場ではない。
都会っ子よりは慣れているという程度だ。
しばらく進むと苦心した様子で、必要以上にきょろきょろしているくせに注意力散漫になっている人物を見つけた、浅葱は少し迷い、なるべく驚かせないように声をかける。
「明希君?」
「ふひゃああ!!うあ・・・浅葱さん」
ジェリコ914を向けた明希が素っ頓狂な声を上げ、それから少し安心したように息を吐いて浅葱を見た。
「明希君さ、あれから少し考えたんだけど。俺と一緒に行動しない?」
「え、え、だってもうゲーム終わりで、俺らは別のバンドです・・・よ?」
うにゅっとした顔で首を傾げる明希に浅葱はあくまで穏やかに言う。
「残りの面子を考えてみてよ、俺らじゃ到底敵わない。火力が大きいか、固まってるでしょう?だからさ、彼等を倒すところだけ協力して残り二人になったら俺達で戦って優勝を決める方がまだしも可能性があると思わない?」
「む〜・・・んんん〜」
元より先頭に立つより人について行くタイプの明希は、浅葱の堂々としながらも穏やかな態度に安心感すら覚え出す。
そして浅葱に言われたことを考えてみれば、なるほどその通りだ。
なによりしばらく行動を共にし、お世話になった(と明希は一方的に思っている)恒人のメンバー。恒人からは『博識で判断力があって頼りになって優しい男の中の男』だと聞いていた人物。
自分より年下なのにずいぶんとしっかりした彼があそこまで言うのだから、きっと本当に頼れる人なのだろう。
「ん、いいですよ。一緒に行動しましょう!」
「そっか、よかった。じゃあ行こうか」
手を差し出した浅葱にぴょんぴょんと近寄って明希は嬉しそうに笑う。年上に懐く速度は電光石火だ。
「えへへ・・・よろしくお願いします」
「うん、よろしくね、明希君」
普通ならば引くような明希の態度を浅葱は気にする様子もない。むしろ好意的に捉えたらしい。
元々、素直な人間が好きなのだ。
そして猫系の人間に弱い。
二人で歩き出してすぐ、遠くで銃声が聞こえた。さすがに音から距離までは計れないが、禁止エリアになってない区域の一番遠くではないかと浅葱は思う。マシンガンより重い音の割に小さく聞こえるのは木々に遮られてるだけとは思えない。
「誰か戦ってるんですかね?」
不安そうに身を寄せる明希に浅葱は目を細める。
「だろうね・・・マシンガンじゃなくて別の・・・最初の夜から聞こえてた音の人だと思うけど・・・」
「あ、だったらたぶんた・・・」
明希の言葉は爆発音に遮られた、反射的に身をかがめてしまうような爆音。
「また・・・爆発?」
浅葱は木々の向こうを見つめるが、あくまで音だけの爆発なので炎も煙も見えない。もし見えたらシャレにならないのだけれど。
「診療所の爆破とは音の質が違うような・・・もっと破裂っぽい音だった・・・」
「浅葱さん危ないっ!!」
思考の渦に沈んでいた浅葱を明希が思いっきりつき飛ばし、直後にぱららららっという耳慣れた音が響いた。
イノランはそう遠くない位置で話し声がした気がして視線を上げた。欝蒼とした木々の向こうには道があったはずだから、そちらだろうかと当たりをつけてどうしようか悩んでいるところに、あの爆発音。
思わず手元の手榴弾を確認してしまうほどに大きな音。
「・・・なんだ、誰だ?」
そして、休憩中だったため下していたディバックをそのままに木々の間から飛び出ると明希と浅葱の姿がすぐ傍にあった。
浅葱は呆然と空を見上げており、その向こうの明希は息を飲んでこちらを凝視していた。
左手に下げていたミニウージーを無造作に掲げる。ディバックの上にコルト・パイソンを置き忘れて来たことに気づいたがどうでもいい、浅葱はこちらに気づいていないようだからすぐに片はつくと、引き金をひいた。
リュウイチという天才と奇人は紙一重の見本のような『天然』と、スギゾウというひたすら理屈を捏ねくりまわし、ドツボに嵌まるタイプの『天然』をずっと間近で見、自身が周囲に脅威すらあたえる気まぐれさを突き詰めた『天然』であるから、気づかなかった。
馬鹿も極めれば『天然』になることに。
ごっこ遊びで、優勝争いに突入したこの時間帯にバンドメンバー以外を身を呈して庇うという行為を反射的に行ってしまう、度を超えた、しかし善良なる馬鹿、それが明希という人物だった。
いくら気まぐれで動いているイノランでも理解を越えた行動を前に一瞬思考が止まる。
そして浅葱もまた周囲から『天然』と呼ばれるタイプの人間だった、彼の場合「天才と奇人」に近いが、決定的な違いは人の善行を人間の善性を絶対に疑わないという信念を持っているところだ。
だから浅葱は明希の行動に驚きこそすれ、理解を越える様な行動ではなかった。立ち直りも早い。
持っていた斬馬刀を、一直線に突き出す。
牙突さながらの一撃はイノランの持つミニウージーを弾き飛ばした。
とっさに繰り出してしまった突き技に、浅葱自身が少し驚きながら息を吐く。
何度か頭の中でシュミレーションはしていたが、やはりいくら玩具とはいえ人に向けるのは抵抗を感じるものだった。
「あ、これ恒人君のですよ〜」
そんな中でのんきな調子を崩さない明希は、浅葱を突き飛ばした拍子に地面に座り込んだ状態のままジェリコを手渡す、渡すと同時に点滅していたランプが長い音を立てて赤に変わった。
「・・・まいったなぁ」
イノランはそう言って肩を竦める、ちらりと横に視線をやったがミニウージーは思いの外遠くに飛ばされていた。
「まったく、予想外なことばっかりするから人間って面白いよね。上手くこっちの誘導に嵌まってくれても面白いけどさ、思いもよらないことをされると、もうどうしょうもなく面白い。だから俺は人間が好きだよ、嫌いでもあるけれどね。浅葱君は・・・どうなのかな?」
「人間そのものを愛していなければ・・・音楽をやっていませんよ」
「ああ、やっぱりだ・・・みんな俺より良いことを言う・・・お終いの時間だよ、グランドフィナーレの前に俺は舞台を降りるべき役割なんだ」
ジェリコを向けられたイノランは構えもせず、少し斜めに立ったまま笑う。
その裏にある感情は一切隠した、写真のような微笑みに向け、浅葱は引き金をひく。
電子音が鳴りだした直後、その切り取られたような微笑みに無邪気さが混ざったのを浅葱は敏感に感じ取った。
右手首のスナップを利かせて飛んできた物体を斬馬刀で弾き落とす、地面に落ちたのは巨大な鋏だった。焦った気持ちを落ち着かせる過程で気づく、これが最後の切り札であるなら効き手ではない右で投げることは不自然なことに。
かつん
と靴に何かが当たる。
ピンを抜かれた手榴弾がそこに転がっていた。
3度目の爆発音は澄んだ青空に響き渡る。
「いやいや、使う気はまったくなかったんだけどさ。あれだけカッコつけた台詞の後にセコイことやったらどうなるのかなぁって思って。浅葱君、明希君、耳は大丈夫?」
木にもたれたまま軽快に笑うイノランに明希と浅葱は苦笑するしかない。
近距離での爆発だったため、イノランの《死亡判定》は浅葱の銃なのか自爆なのか曖昧になってしまったが、銃ということにしておいてと軽く言われ浅葱は了承している。
「俺は大丈夫です・・・」
「俺も耳大丈夫ですよ〜ベースも爆音なんで!」
「誰かさんのいらないトコはマネしなくて良いんだよ。しかしさっきの銃撃戦と爆破も入れたらけっこう減ったよね?」
「ええ、そうでしょうね。あともう少し、ですか・・・」
【シド 明希 ゲームオーバー】
【イノラン ゲームオーバー】
【D 浅葱 ゲームオーバー】
【残り5人】
「ちょ、ちょっとなんなの!?」
「とし坊、落ち着け」
立て続けに響いた爆発音に敏弥は激しく動揺し、それを堕威が諌める。
「もう残り人数も少ないってことや、願わくば火力のデカイ武器持った連中がまとめてゲームオーバーになったことを祈るばかりやな」
禁止エリアにならない地区に入りこんだことを地図で確認していた京が頷く。
「堕威君、敏弥・・・二手に分かれるで」
「ええ!?なんで!?」
さらに動揺する敏弥に京は静かな声で言う。
「固まってるとこ火力の大きい武器で狙い撃ちにされたら全滅する。これはあくまでごっこ遊びや、バンド内で一人でも生き残ればええ。だから敏弥、お前はどっかに隠れてろ」
「・・・は!?」
「年の若い奴が残るのが筋ってもんやろ、敵は俺らが相手する、敏弥はどっかに隠れてゲーム終了を待て」
「ちょっと待ってよ、いくら遊びだからって、そんな自分だけ逃げるようなことできるわけないじゃない」
京の漆黒の瞳が静かに敏弥を見た、こうなると梃子でも動かないことを敏弥は分かっている、分かっているが承諾はできない。
「そんなに言うなら京君が隠れたらええんちゃう?とし坊の言うことも分かるで、此処まできて隠れてろ言うのは酷やろ」
堕威が入れるフォローに京は苛立ったのか目を細める。
「・・・俺な、作戦があるねん。これが上手くいったら必ず勝てる、でもこれが正しい確証もない。だからそのバックアップとして堕威君にいて欲しいし、敏弥はもう一つのバックアップとして俺らが失敗した場合に残っててくれなきゃ困るんや。優勝せなあかんからな」
「分かったよ、分かりました、そういうことなら仕方ないね」
敏弥はぱたぱたと手を振って笑う。
京の頑固さには毎度頭が下がる思いだ。
「じゃあ堕威君、京君のことよろしくな」
「おう、とし坊も隠れるのにドジってゲームオーバーにならんようにな」
「いくらなんでもそこまで抜けてませんよ〜だ」
京
【武器】愚神礼賛−シームレスバイアス−(超大当たり判定武器)
【所属】ディルアングレイ
【状態】青
【行動方針】作戦を思いついたので実行する
【特性】?
(《支給武器一覧》を持っています)
堕威
【武器】コルトガバメント
【所属】ディルアングレイ
【状態】青
【行動方針】京のバックアップ
【特性】?
敏弥
【武器】錘(二本)
【所属】ディルアングレイ
【状態】緑(かすり傷判定)
【行動方針】しばらく身を隠す、堕威のバックアップ
【特性】?
集落C、海に近いその場所は潮の香りに満ちている。家々の間を歩きながら黒柳は待ち伏せするのに丁度良い場所を探して歩いていた。
視界に入ったのは焼却炉、何故か蓋が開きっぱなしになっている。あそこに隠れれば見つからなさそうではあるが、黒柳の体格では入れるかどうかは分からなかった(堕威が入れたので黒柳も入れるだろうが、もちろんそんなことは知らない)。しかしあの焼却炉の影なら妥当かもしれないと近寄ってみる。
昔、小学校などにあった旧式の焼却炉はかなり大きい。
待ち伏せするには良いかもしれない、銃撃戦になったら、民家のほうに走れば良い。希望としてはマシンガンを所持している人間は不意を突いて討ちたいものだ。
右手にベレッタ、左手に三節棍を握り締め、黒柳は焼却炉の影に隠れようとした時、背後に人の気配を感じて振り返る。
きょとんとした風に立っていたのは、モデルのような体躯に、ニット帽を被った女子制服姿の男。偶然にも一日目に討ちもらしたディルアングレイの敏弥がそこに立っていた。
黒柳は即座にベレッタを撃つが、一日目同様、錘でガードされて当たり判定を食らわすには至らない。ベレッタをベルトに差し、三節棍を構える。
敏弥のほうも覚悟を決めたのか、逃げることはせず錘を交差させて攻撃態勢を取った。
地面を蹴りながら黒柳は周囲にも視線を飛ばす、リュウイチが京を人質に取るという暴挙に出た後、ディルのメンバーは一緒に行動しているはずだが姿が見えない、これは罠でどこかで隠れて狙っているかもしれないという思いが黒柳の手を鈍らせる。
三節棍と錘を何度も打ち合せながら、一進一退の攻防。
「やるな、アンタ」
「そちらこそ・・・」
そんな言葉を交わして、一旦距離を取る。周囲に人の気配はない、敏弥はメンバーとなんらかの理由があって別行動を取っているのだと踏み、賭けに出る。三節棍の手元にあるボタンを押せば、鎖の音を立てて三節棍が伸びた。伸びた三節棍の端が敏弥の左側の錘を絡め取ったのを確認すると一気に横に薙ぐ。
「・・・っ!?」
絡め取られた錘は横に飛んでいき、地面を激しくバウンドしながら茂みの向こうへ消え、敏弥はそれに軽く舌打ちすると、残った錘を構えた。
黒柳は改めてベレッタを取りだして敏弥に向ける、完全にではないが勝利を確信しながら向けた銃口の先で敏弥が意外な行動に出た。
持っていた錘を思いっきりぶん投げたのだ、黒柳に向けてではない、仮にぶつけるつもりで投げられのなら黒柳は余裕で避けることができる。
錘はカーブをつけて、黒柳の後方に飛んで行った。
「は?なんのつもり・・・」
敏弥の僅かに上げた口角を捉え、後ろを向いた黒柳の眼に映ったのは、焼却炉にぶつかって跳ね返り、自分の方へ飛んでくる錘だった。
敏弥の支給武器である錘はどう分解したところでディバッグに入る大きさではなかった。説明書には空気を入れて膨らませるように書いてあり、ボール用の空気入れも一緒に入っていた。
このゲームの間中ずっと手に持っていたのだから一応分かってはいたことが、先程黒柳に錘自体を飛ばされてしまった時に、それが利用できるという思いに変わる。大きくバウンドして飛んでいったということは、物にぶつければ跳ね返るということだ。
だから黒柳ではなく、その後ろの焼却炉目がけて投げた。
黒柳に当たれば幸い、当たらなくとも隙を作ることはできる。
そして錘は、振り返った黒柳の胸に直撃した。
ベレッタを取り落とした黒柳は、《当たり判定》の響く胸のランプを見下ろしている。即座に飛びこみ、ベレッタを拾うと敏弥は銃口を黒柳に向けた近距離で、心臓部に銃口を突き付け引き金をひこうとしたが、逆に自分の心臓部分に衝撃が走り、弾かれる。
「え・・・そん、な!?」
黒柳の手には大ぶりのナイフが握られていた、ファイティングナイフ。
巨大なナイフでの心臓部での一撃ということで、敏弥の胸のランプは点滅時間も短い状態で赤に変わる、即死のようなものなのだろう。
対する黒柳はオレンジ(大怪我判定)。
「まあ、ナイスファイト」
「・・・どうも」
黒柳に笑顔で言われ、敏弥は親指を立てて答えた。
黒柳が立ち去った後、敏弥はその場に座り込んだ。
「やばい、京君の計画台無しだし、そんなドジ踏まないとか言って踏んだし・・・後でなに言われるんだろう・・・」
黒柳能生
【武器】ベレッタM92、ファイティングナイフ、ビリー・カーンの三節棍
【所属】ソフィア
【状態】オレンジ(大怪我判定)
【行動方針】優勝を目指す
【特性】なんちゃってクール
【ディルアングレイ 敏弥 ゲームオーバー】
【残り4人】
京はずっと考えていたことがあった。この《ごっこ遊び》はヒデが考案したものだ、練り上げるのに人の知恵を借りた可能性は高いが、人が決めたルールには必ず穴がある。
例えば当たり判定中は移動は禁止だが手は動かしても良いというルール。
足以外は動かしても良いということだ、バスケでトラベリングを取られるように審判が傍で見ているわけでもなく、多少足がズレたぐらいではルール違反とはみなされない。
銃で撃たれようが鈍器で殴られようがナイフで刺されようが、実際なら手すら動かせない状況であっても移動以外の制限はない。
考えてみればかなり危ういルールだ。相手が銃を持っていた場合は連続して《死亡判定》を出さない限り勝てない。
マシンガンや口径の大きな銃に極めて有利で、相討ちの可能性が高まる。
かといってもっと移動制限を細かくしてしまうと、戦闘に集中できないので妥当なルールだと京も思う。
京が思いついたのはそんなルールの穴だ。
《主催者反撃ルート》、それをキリト以外の誰もやらなかったという事実。
キリトならばやってしまえて、他の頭が回る連中が躊躇うような方法、それがとっかかりになって《主催者反撃ルート》の方法は分かった。
京にとって重要なのはそのルートがある故の穴。
ルールブックに本来ならば禁止項目として絶対に載っていなけらばならないことが載っていない、禁止されていない。
《主催者反撃ルート》に絡むが故に禁止できず、それを匂わせるようなことすら書けなかったことが、この《ごっこ遊び》最大の穴。
京はうっすらと微笑みを浮かべる。
ガラの行動でようやく吹っ切れたのだ、人とじゃれ合うことを避け続けてきたけれど、《ごっこ遊び》ぐらいやってもいいじゃないかという気持ちにようやくなれた。
少年の心を失わない、他の皆のように。
悪役にでもヒーローにでも主人公にでもなればいい。
キリトがキリトらしく《主催者反撃ルート》を突き進んだように。
薫が薫らしく、京を守ることに終始したように。
ガラがガラらしく、京のために動くことを喜んでくれたように。
自分もやればいい、成りきればいい、きっとほとんどの皆がそうしているように。
そういえば、こんな風に山道を駆けまわり、遊ぶなんていつぶりだろうか、いつぶりだなんて言えないほど遠い昔になってしまった。
精神はどこまでも広がりながら、いつのまにか遊びといえば手の届く範囲に収めきってしまって、全身を使って遊ぶことなどなくなった。
すっかり忘れていた。
土の匂いを、草の匂いを、海の匂いを胸一杯に感じながら少しだけ心地よい気持ちになる。
忘れていたことを思い出す。
自らの意志で追いこみ、沈めてきた心が浮遊する。
耳を焼く叫びは遠くなり、胸を切り刻む痛みが和らいでいく。
これは《ごっこ遊び》だから。
只の遊びだから。
・・・楽しめばいいのだ。
今いったいどういう状況になっている?
ヒサシはイングラムをいつでも撃てる状況にしたまま海岸線に出た、すぐ傍に集落Cがあり、残りの参加者は禁止エリアの関係で此処に集まるはずだった。身を隠すか、それなりに遮蔽物のあるところで誘き出すか迷い、後者を選んで海岸へとやって来た、浜辺には数艘の中型船がうち捨てられている。
二度響いた爆発音はそれぞれまったく別方向からだった。
おそらく銃声も加えれば参加者はもうほとんどいないだろう。
イノランがどうなったのかが気になる、彼の口ぶりからするに最終的にはマシンガンVSマシンガンのバトルをやるつもりなのかもしれない。
いや、そもそもイノランの場合、優勝する気なのかどうかも微妙ではあったのだけれど。
ヒサシは船の影に隠れ、小さく息を吐いた。
少しだけ下を向いたその時、全身に何かが覆いかぶさった、指を引き金にかけたままだったイングラムがぱぱぱぱっと音を立てる。
網だった、魚を獲るのにでも使う様な巨大な網が頭の上から被せられていた、慌ててそれから出ようとするが、無骨な形をしたイングラムが網に引っ掛かりなかなか取れない。
仕方なくイングラムを手放し、とにかく身体だけ網から出して、自分より高い位置にサブの銃であるコルト・ウッズマンを向ける。
網から抜け出るまでにどれだけ時間がかかったのか、混乱していたので分からないが、船に人の姿はない。
しかし網が降って来たのが上からなのは確実だ。
網に引っ掛かったままのイングラムを回収すべきか、攻撃してこなかった相手は銃を持っていないものとして、船の上をさがすべきか、どうする?
暑くもないのに頬を汗が伝う、自分の心音が煩いので冷や汗なのかもしれない。
ぎぃ
と音がしたのは自分の後方だった。
すぐさま振り返ると、後ろの船の上に小柄な人影があり、誰かを確認する間もなくコルト・ウッズマンを撃った。
《当たり判定》を示す電子音は鳴らない。
人影は船から飛びおりて一直線に駆けて来る、禍々しいほど黒い釘バットを片手に走ってくるのはディルアングレイの京。
彼はブレザーの前を開け、下の開襟シャツも全てのボタンを外して大きく開き、上半身の素肌を、刺青だらけの身体を晒していた。
「・・・・あ、あ」
《主催者反撃ルート》の方法が『制服を脱ぐこと』である以上、『制服を脱いではいけない』というルールは存在しない。
『主催者反撃ルートを除いて制服を脱いではいけない』などという記載ももちろんできない。
そして、制服にさえ当たらなければ《当たり判定》はでない。
ヒサシは京の意図を理解した、理解しながら春の麗らかな日差しすら吸収するような黒い釘バットを見る。
銃を所持していないなら、まだ勝てるかもしれない、なにも上半身裸になっているわけではないのだ、攻撃のために止まったところを制服を狙って撃てばいい。
そして、ノックされるボールの気分を味わった。
《超大当たり判定武器》である《愚神礼賛》はその一撃で、ほんの数秒の点滅でヒサシに《死亡判定》を喰らわせた。
黒柳能生はロックを絵に描いたような男、否、そうであるように振る舞い続けて来た男だった。
自己主張を曲げたことはなくメンバーとの衝突も多かったが、それは全て彼の繊細さの裏返しであり、彼がソフィアというバンドを愛していることを示していた。本気で喧嘩したことは数えきれないが、決定的な亀裂を作ったことはない、今でもメンバー全員を大切に思い続け、黒柳もメンバーから大切に思われている。
実質ソフィアの中ではトモ(赤松)に次いでヘタレな男ではあったが、その負けず嫌いな性格ははメンバーから絶大な支持を受けていた。
―もうすぐ終わる。
黒柳は心の中で呟く、息を殺し、ベレッタを握り締め、優勝することだけを考える。
優勝賞品はもうどうでもよかった、とにかく勝ちたかった、負けたくはなかった、負ける自分を認められなかった。
松岡は、都は、ジルは、トモはどんな風にゲームオーバーになったのかと考える、きっと彼等は彼等なりにやったのだろうと思う。
ならば自分も自分なりにやればいい。
自分らしくやればいい。
自分を貫くことはイコールでバンドを愛することだった。
幾多の苦難を乗り越えて来た黒柳はたかだか《ごっこ遊び》を苦難とは思えなかった、本物だったらとも考えなかった。
目的はただ一つ『優勝すること』それのみだ。
「京君、上手くいったな!」
「うん、一応盗聴器に向かって確認は取ったし、警告もでなかった、やっぱり裏技としてはこれが正解や」
前を肌蹴たまま、京と堕威は道を急ぐ。
「これであと何人残ってるかやな・・・」
「そやね、リュウイチさんはどうしたんやろ」
辿りついたのは集落B、混戦になった時に有利なのはやはり此処だろうということと、敏弥がこの辺りに隠れると言っていたのでその確認も兼ねている、しかし二人が見たのは焼却炉の前で赤いランプを灯してゲームオーバーとなった敏弥の姿だった。
「アホやね」
「・・・阿呆やな」
「返す言葉もないよ、《死因》は《心臓を大型のナイフで一突き》ってとこかな」
肩を竦める敏弥に二人は苦笑しつつ近寄って行く、困惑したような笑顔を浮かべていることが気にはなるが、敏弥からこれ以上の情報を聞き出すことはできない。
「ん・・・これって・・・」
敏弥の近くで京が拾い上げたのは三節棍だった、他でもないこの武器を所持したメリーのテツと戦った京はそれをはっきりと覚えている。
放置したはずだが使い勝手の良い武器なので誰かが拾ったのだろう。
「凶器がナイフなことといい、これを拾ったことといい、マシンガンじゃないとしたら・・・」
貰った《支給武器一覧》を思い出しながら思索する京の隣に堕威が並ぶ。
「イノランさんは除外やな」
「あとDの浅葱も除外できるで、斬馬刀と三節棍を持ち歩くのは無理やろ、ってことは明希か、Jさんの可能性もあるな、もしくは黒柳さん」
「ここまで来ても絞り込めんもんやねぇ」
堕威はうんざりした様に言い、ふと背後が気になった。
ヒサシから逃げるために隠れた焼却炉が真後ろにある。
予感と言うほどでもない、只あそこには自分ぐらい図体のデカイ人間でも入れるのだという思いが堕威を振り向かせる。
空いた蓋から手が伸びて、その手に握られた拳銃がこちらを向いていた。
「京君、避けろっ!」
とっさに京を突き飛ばしたのと同時に銃声が響く、銃口は京の背中に照準が合わさっていたので、変わりに突き飛ばした堕威の腕にレーザーポインタの光が刺さり、胸のランプが点滅する。
突き飛ばされた京は受け身を取ると起きあがった勢いでジャンプすると、そのまま焼却炉の上に飛び乗り、ヒサシから回収したイングラムを構える。
斜めを向いて開いた形になっている焼却炉の中に、蹲るようにしながら銃口をこちらに向けている黒柳の姿が見えた。
黒柳は敏弥を倒せたことを利用するつもりだった、敏弥はメンバーと行動を共にしていたはずであり、なんらかの理由があって別行動をしていたとしても此処に来るはずだとそう思った。
ならば待ち伏せればいい、待ち伏せするのに一番良い場所、人が隠れるとは思いもしないような場所として焼却炉の中を選んだ。
不意をついて倒すならば簡単だし、居場所がばれても反撃はできる。
焼却炉の蓋が斜め上を向いた形でついているのだ、相手が攻撃するのは難しい。それこそ近距離で手を突っ込まなければ無理。
まさかその場所に堕威も隠れたことがあるとは知らずに、ディルの二人を待ち伏せた。こちらに背を向ける形で二人が立った好機を逃さず、京を撃ったと思ったのにまさかあのタイミングで堕威が振り返るとは思わなかった。
そして、京の運動能力を見誤っていた、一瞬で飛び乗れるとは思わなかった。
しかしまだ終わりではない、黒柳はベレッタを撃つ、撃ったが《当たり判定》は出ない。
京はステージの上から客席を睥睨するかのように黒柳を見下ろしている。
前を開けた制服と、伸びた金髪が風にたなびく。
同じボーカルでも松岡とは真逆の禍々しい空気を纏う彼は、イングラムの引き金を引く。
逃げ場のない黒柳に、軽い銃声とレーザーポインタの光は降り注いだ、執拗に降り注ぐそれが終わる頃、黒柳の胸のランプは赤に変わっていた。
「・・・終わった。堕威君、大丈夫か?」
「オレンジ、大怪我判定や・・・あと何人やろな・・・」
京が焼却炉の上に乗ったまま心配そうに問いかけ、堕威は頷いて笑ったその時、ガリガリという音と共に声が響いた。
『ぴんぽんぱんぽーん!!主催者のヒデちゃんです。たった今、優勝者が決定しました!!優勝はディルアングレイの京君、そして堕威君です、おめでと〜〜〜!!』
京と堕威は顔を見合わせた、事情が飲み込めずにぽかんとした顔を只、見合わせる。
『優勝者が決定したため、V系バトロワごっこ大会はこれにて終了です!!現在《死亡判定》を喰らって待っている皆さんも速やかに廃校へ戻って下さい。京君と堕威君もね、改めて優勝おめでと〜〜!!』
そう言われても二人はまだぽかんとしていた、焼却炉の中から黒柳が拍手を響かせ、座り込んだままだった敏弥にも笑顔で拍手を送られ、ようやく二人は息を吐く。
「よっしゃあああああああ!!!!」
京はそう叫んで、堕威に飛びかかるように焼却炉から跳ぶ。
「おお!?」
飛んできた京と手を打ち合わせ、堕威も叫ぶ。
「おっしゃああああああ!!!!!」
高らかに拳を上げ、上げた拳を打ち合わせ、何度もハイタッチを繰り返しながら、その場を飛びまわる京と堕威に、焼却炉から顔をのぞかせた黒柳が笑う。
「・・・若いねぇ」
「ん、いや、なんていいますか・・・」
今やレアモノになった京の無邪気な笑顔を見ながら敏弥はそれ以上言うのをやめた。はしゃぎまわる京を見ることができる嬉しさは、きっと近しい人間にしか分かるまい。
ジャンプとハイタッチを繰り返す京と堕威をの上にスピーカーから流れだした音楽が降り注ぐ。
曲は『遠き山に日は落ちて』。
やはり法則性のない選曲だったが、タイミングとして悪くはなかろう。
二番から京が歌い出す、珍しく澄んだ真っ直ぐな声で歌う。
やみに燃えし かがり火は
炎今は 鎮まりて
眠れ安く いこえよと
さそうごとく 消えゆけば
安き御手に 守られて
いざや 楽しき 夢を見ん
遊びを終え、家路につく寂しさを含ませた歌声が海辺の集落に響き渡る。それはこの3日間に亘る遊戯を締めくくるのに相応しいものだった。
- 11 -
*前次#
ページ: