後鬼
―鬼ごっこするひとこのゆびとまれ
あれは小学校時代だったか「かごめかごめ」が苦手だという友人がいた。
確かに独特の遊戯で一種の怖さもあるけれど、それを言うならば「ことしのぼたん」とか「あぶくたった」のほうが怖いと恒人は思う。
単純に前フリの長い鬼ごっこではあるが歌詞が怖い。
では何故「かごめかごめ」が怖いのか、と問えばその友人は「怖いんじゃなくて人の名前を呼ぶのが照れくさくて苦手」と答えた。
なるほどその友人はいつも相手を二人称で呼んでいて名前を呼ぶことはなかった。人の名前を呼ぶのが恥ずかしいだなんて考えたこともないからそこは分からなかったけれど「かごめかごめ」は絶対に相手の名前を呼ばなければいけない遊びなので苦手というのも頷ける。
「はい、回想と現実逃避終了」
ぴっとした声で言って恒人は大きく伸びをした。
現在地、どこかの小学校の校舎、それも真っ暗。
「・・・やれやれ、今度はなんなんでしょうかねぇ」
きょろきょろと周囲を見渡すとなんの光源もないのに物がはっきりと見えてこれが現実ではないことが分かる。
「ってことはまた夢かな?」
ライブ前のようにまんべんなく身体を動かして軽いストレッチをしながら首を傾げる。基本的に冷静なのだ。
でも今回は眠った覚えがない、たしかネットサーフィン中だった。
それで、確か・・・
「フラッシュの脱出ゲームって書かれたアドレスをクリックしたんですよね」
瞬間、画面が真っ暗になったのでブラクラかと驚いたが。
まあ大事なデータはこまめにバックアップしているのでさほど慌てなかったけれど。
「で、此処にいました、と」
周囲を伺いながらアキレス腱のストレッチ。
リジーの部屋とは違って、パソコンを触っていた時に着ていたジーパンにTシャツ姿のままだ。
「タイトルは確か・・・『夜の校舎で鬼ごっこ』だっけ?しかもサブタイトルが『カゴメカゴメ』だったから妙に気になったんだよなぁ」
なんで鬼ごっこなのにかごめかごめなんだよ!と突っ込みたい気持ちでクリックしたのだ。
「でもこうして夜の校舎にいるってことはガチで鬼ごっこしなきゃいけないんですかねぇ・・・この場合俺は鬼なのか逃げる方なのか・・・」
ぴょんぴょんとその場で跳ねてみる。部屋の中にいたので素足だったため床に足がくっつく不快な感触がした。
そういえばリジーの部屋と違い、此処は湿気と暑さのあるちゃんとした「夏の夜」だ。
「・・・さて、どうしよう?」
これが鬼ごっこならいつまでも同じ場所に止まっているのは得策ではない気がするが、状況がいまいち掴めない。
どうしたものかと迷っているうちに、廊下の向こうから足音が聞こえた。
ぱた、ぱた、ぱた、ぱた、ぱた、と軽い靴で歩く音。おそらく階段を下りてきている。
逃げるか、相手を見るか迷うが、此処は一回相手の姿を確認した方が良い気もする。
いつでも走りだせるように準備して相手が姿を現すのを待った。
此処は廊下の真ん中あたり、見たところ向こうにも階段があるのは分かっていたので確認してから逃げても大丈夫だろう。
相手が人間のスピードで移動してくれれば、だが。
角を曲がって姿を現した相手の姿を見て、さすがの恒人も顔を引きつらせる。
鬼だった。
角が生えていて、口が裂けて牙が長くて、金色の目を爛々と光らせた鬼だった。
なまはげをうんと怖くした感じだ。
但し、頭身は人間と同じで背も恒人とたいして変わらないように見えたが。
さあ逃げようか、と思ったが様子がおかしい。
姿を見せてから、そのまま動く気配がない。
「・・・ん?」
恒人が首を傾げると、鬼は何故か一歩後ろに下がった。
唸り声というか、胃を揺さぶるような声こそ上げたが、逃げるように下がる。
「・・・んんん?」
その動作に見覚えがある。
特徴的な妙な動きを自分は知っている。
「ああ、それで・・・『カゴメカゴメ』ってことなのかな?」
今度は逆に恒人が一歩踏み出してみると、鬼は飛び上がるようにして陰に隠れようとした。
「待って下さい、英蔵さん!」
そう呼びかけると、鬼は英蔵の姿に変わった、いや「戻った」と言うべきか。
駆け寄ろうとすると、英蔵は逃げ出した。
どうやら向こうにもこっちの姿が鬼に見えているらしい。
と分かったが、逃げられるとなにか腹が立つ。
全速力で駆けて行き、階段を降りようとしていた英蔵の服の襟を思いっきり引っ張って転倒させた。
廊下に寝転んだ英蔵をのぞき込む形になる。
「い、いや!ちょっとタイム!タイム!マジでタイム!」
本人としては必死なのだろうがいまいち緊迫感のない物言いに恒人は吹き出すように失笑した。
しかし英蔵の視界に映っているのは鬼の姿なのでそれも意味がない。
たぶん、こちらも名前を呼んでもらえれば元の姿に見えるのだろうけれど、それをどう伝えたものか・・・紙とペンは持っていない。
そういえば、こちらは仕草で分かったんだっけと恒人は頷き・・・ある仕草をしてみた。
メンバー内で流行っているギャグだ。
この状況でやるにはシュールだとは思ったけれど、仕方がない。
「あ、あれ?つ・・ツネ!?恒人!?」
そう名前を呼んだ瞬間、英蔵の視界に映る恒人も本来の姿に戻ったのだろう、英蔵は目を見開いて跳ね起きた。
「ツ、ツネ!なんで鬼の姿なんて!!っていうか此処どこ!?なにがどうなってるの!?」
「落ち着いて下さい、俺もよく分かっていません」
「そっか、そうだよね・・・」
今度はしゅんとなる英蔵に恒人はまた吹き出してしまった。
「英蔵さんもネット中でしたか?それで変な脱出ゲームのアドレス踏んで?」
「そう、そうなんだ・・・ってあああああああああ!!!!!!」
大声で叫んだ英蔵に恒人は耳を塞いで叫びかえす。
「なんっすか!いきなり変な声上げないで下さい!!」
「ギ、ギター隊の練習中だったから、る、るいちゃんも一緒に見てたんだ!!!」
「・・・涙沙さんも此処にいるってことですか?」
「た、たぶん・・・」
自信なさげに俯くがこれはしかたあるまい。
「探しに行きましょう」
凛々しい表情で廊下の奥を見据える恒人に一瞬呆けてしまってから、慌てて英蔵も立ちあがる。
恒人と会えてよかったと思ってしまってから首を振った。
この状況ではいるほうが事態は悪いのだ。そもそも六つも年下の子を完全に頼る気でいた自分に喝を入れるべく英蔵は自分の頬を叩く。
自分がしっかりしなくてはいけない、むしろ自分が先導する気持ちで・・・いや恒人の方が冷静だし判断力もありそうだ、そんなことをして悪い方向へ行ってしまったらどうする。
でもメンバーだ、守らなければいけない、涙沙もこの場所にいるのなら一刻も早く見つけなければ。
少なくとも恒人よりは腕っ節に自信はある。
それが役に立つかはともかく・・・
「英蔵さん、なにを百面相してるんですか?」
「うえ!?いや、ちょっとね色々考え事をね・・・」
へへっと笑ってみせると恒人は小さくため息をついた。
「状況を整理しましょう」
「・・・うん」
「ゲームのアドレスを踏んで此処に来た。その辺の理屈はまず脇に置きましょう。問題は俺には英蔵さんの姿が鬼に見えたというところです」
「うん、俺も最初、ツネが鬼に見えた・・・」
「そしてそれは、相手の名前を呼べば解除されます」
「そうなんだ・・・」
「分かってなかったんですか。まあいいですけど・・・ということは涙沙さんの姿も鬼に見えて、涙沙さんも俺達の姿が鬼に見えるということです」
「えっと、そうか、そうなるよね」
「他に誰もいないとして・・・こちらは鬼を見かけたら涙沙さんと呼べばいいんですけど、涙沙さんにどうこっちの名前を呼んでもらうかですよ」
「え〜普通に喋ればいいんじゃないの?」
「・・・言葉は通じないみたいですよ。俺が『英蔵さん』って呼んでるのに英蔵さん逃げたじゃないっすか」
「あ、そっか・・・そういえばなんか吠える声にしか聞こえなかったな」
「まあ、俺がやった仕草でなんとかなる可能性が高いですけど。一緒にいた英蔵さんが此処にいる可能性は涙沙さんも分かっているはずですから」
「そっか・・・あれをやればいいわけか。・・・ツネぇぇぇ!」
「なんっすか、情けない声出さないで下さい」
つんとそっぽを向く恒人に英蔵は唇を噛んだ。
「ごめん、なんか俺・・・役に立ってなくて・・・」
「そんなこと思ってませんよ、っていうか・・・・・・・・・英蔵さんがいてくれるだけで安心してるんですよ」
「ふえ!?」
「さっさと行きましょ!」
歩き出す恒人の細い肩がこわばっている。照れているんだと思ったら顔がにやけてきた。
「う、うん。行こう・・・って、ああ!!」
「・・・今度は何ですか?」
英蔵はアロハシャツの胸ポケットに入っていたそれを取り出す・
「携帯電話持ってたよ!」
恒人の目が「だからどうした?」と言うように細められる。
「携帯電話・・・・・・役に立たない、かな?で、でもほら!圏外じゃないよ、バリ3だよ!」
英蔵の訴えに恒人は目を細めたまま言う。
「誰にかけるんですか?」
「え、いや・・・涙ちゃん、は鞄に携帯入れてたから無理だね・・・」
記憶力の良い英蔵は確信を持って頷き、そして顔を輝かせる。
「そうだ!浅葱さんにかければなにか教えてもらえるかも!!」
「・・・あまりおすすめはしませんが、どうぞ」
好きにしてくれとばかりに手を振る恒人に首を傾げながら英蔵は浅葱の番号を選択してかける。
「ちゃんと呼び出し音鳴ってるし、繋がるかもよ」
「いや、この状況でこのパターンってたぶん・・・」
恒人が言い終わる前に相手がでる気配がした。
「もしもし!?浅葱さん!?」
『英蔵君、どうしたの?』
電話の向こうからちゃんと浅葱の声が聞こえてくる、英蔵は会心の笑みで親指を立てて見せるが恒人は警戒した顔。
「あのですね、浅葱さん、実はまた変なとこに入り込んじゃって。ツネも一緒だし、たぶん涙ちゃんもいるんですよ・・・」
『へぇ。そうなの、それは大変だね』
のんびりした物言いに英蔵は首を傾げる。
「浅葱さん、けっこうヤバイ事態なんですよ、どうすればいいですかね・・・」
『死ぬんじゃないの?』
さらりと放たれた言葉に頭がついていかない、呆けている英蔵の腕を恒人が叩いた。
「早く電話切って下さい、それ浅葱さんじゃないですよ」
それはもう分かっているけれど、手が震えて動かない。
『鬼に食べられて死んじゃうよ、可哀相にね、生きたままばりばり食べられちゃうんだ、きっとすごく痛いだろうねぇ』
《浅葱の声》は相変わらず物騒なことを喋り続けている。
『でも人間だって色んな生き物を食べるんだから人間が食べられるのだってしかたないよね。人間なんて残酷に他の生き物を殺すんだから人間だってたまには残酷に殺されるべきだと思わない?』
声も言い回しも浅葱だが明らかに内容がおかしい、動けないでいる英蔵の手から恒人が携帯電話をもぎ取って電源ボタンを押した。
『どうして切ろうとするの?ツネ、話の途中だよ』
さすがに恐怖の色を浮かべた恒人が何度も電源ボタンを押すが通話は終わらない。
『あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは』
電話から響く哄笑に恒人は英蔵を見て言う。
「携帯壊しますよ!」
「え、え、あああ、うん!」
こんな時でもしっかり了解を得てから恒人折りたたみ式の携帯電話を反対側に折り曲げて破壊した。
ようやく静かになる。
「・・・すいません、携帯壊しちゃって」
「いや、俺こそ、なんかゴメン・・・」
確かにこの状況で携帯電話を使用するのは冒険しすぎだったと英蔵もあやまる。
「ちゃんと弁償します」
「いいって、そこまできっちりしなくても」
「いいえ、俺が壊したんだから俺が弁償するのが道理です」
ここまで真面目を貫かれると一周回って天然ボケに思えてきた。
「しかしゲシュタルト崩壊な笑い声なんて安直ですねぇ、せっかく浅葱さんの声なんですからもっと奇をてらって欲しいところです」
「お前なぁ、怪奇現象に色んなもん跳びこえた突っ込み入れるなよ・・・」
「今度同じ手で来たら一番手近なものを蹴ります」
「それ確実に俺が蹴られるよね!?」
「落ち着いたところでさっさと涙沙さんを探しに行きますか」
落ち着かせるつもりの漫才だったらしい、やっぱりこの子すごいなぁと思いながら恒人の後をついて英蔵も歩き出した。
涙沙は『6年3組』とプレートのある教室の中にいた。
教卓の中に身体を丸めこむようにしている、小柄な涙沙はなんとか隠れることができた。
(これは鬼ごっこ・・・なんやな)
金に染められた髪を弄りながら、ふっくらした唇を尖らせる。
(なんやねんもう、次から次から・・・俺はゴーストバスターやないし、ただのギタリストやし)
ついさっき、廊下で鬼に会った。
鬼は『音楽室』と書かれた突き当たりの部屋から突然出てきたのだ。慌てて逃げ出し、此処に隠れたのだが追ってくる気配はない。
むしろ静寂が痛いほどになんの音も聞こえて来ない。
(あのアドレスをクリックしたからってことは英蔵君もいるはず、探しに行かんと・・・鬼に会わないように。それにしても静かやな、街明かりも見えないし・・・)
窓の向こうは暗いというより黒かった。まるで校舎自体が墨の中にでも沈んでいるようだ。
窓を開ける勇気はない、此処ならば光源は謎だが視界ははっきりしている、あんな何も見えない闇へ続く窓を開ける気にはなれない。
とにかくもう行かなくては、英蔵を探さなければいけないし、隠れていて事態が好転するとも思えない、待っていて此処に朝が来るとも思えない。
(『ゲーム』ならリジーの部屋と同じで、なんか方法があるはずや)
猫のようにするりと教卓を抜け出し、教室を見渡す。
小学校の教室だ。
黒板には日付と日直の名前が書いてある、後ろには写生らしき絵が並べて飾られている。
こんな状況でなければ懐かしさすら感じたであろう、普通の教室。
ふと掃除ロッカーが目に入った。
(なんか・・武器になる物・・・)
足音を殺して掃除ロッカーに近寄り、手をかける。思ったよりも大きく軋んだ音が響き、慌てて周囲の気配を伺うが相変わらずの静寂にとりあえずほっとする。
(まあ、T箒が妥当やね)
材質的にもそれなりの重さがあり、振り回すのにも丁度いい。
他の物に引っかからないよう慎重に取り出すのには思いの外緊張して冷や汗をかいた。
T箒を握り締め、決意を込めて頷く。
「よし、行くっ!」
イレギュラーが一人混ざっていた。その人物は涙沙が開ける勇気がないと思った窓を大きく開け放ち、闇の中へ手を突っ込み、その手がすぐに闇にかき消えてしまうのを見て感嘆の声を上げていた。
明らかにはしゃいでいた。
ムックのリーダー、ミヤである。
ちなみにムックのハンドルでアクセルだ。間違ってもブレーキではない。ミヤ個人においても「ブレーキ」などと言うものは持ち合わせていない。
絶対に公道へ出てはいけない車なのに平然と突っ走る男である。
窓の外を見て満足したのかミヤはあらためて暗い廊下を見る。
「・・・鬼ごっこなのになんで鬼が逃げちまったんだ?」
音楽室から出た時、確かに鬼がいたのに鬼はこちらの姿を見るなり全速力で逃げて行ってしまった。
「俺が捕まえにいくほうなのか?『夜の校舎で鬼ごっこ』ってゲームだったよな。しかし最近のブラクラは本人ごと転送かよ、それもうブラクラじゃねぇな」
どこまで本気か分からないようなことを言ってミヤは歩き出す。
「そういえば・・・さっきの鬼の走り方に見覚えがある気がする・・・ん?もしかして『カゴメカゴメ』ってそういうことか、どっちかつーと『目隠し鬼』な気がするんだが」
ミヤは何かを考えるように首を傾げ、そして一番近い教室のドアを開けると中へと入って行った。
涙沙は忍び足で廊下を歩いていた。
闇の中、閉じ込められたような感覚と、鬼がいるという緊張に手にしたT箒が汗で滑る。
とりあえず下に降りようと、階段へ続く角を曲がった。
鬼がいた。
鬼は片手を上げて「よう!」というような仕草をした。
あまりにも日常的な態度に涙沙は逃げるのも忘れて鬼を見た、鬼は紙を差し出してくる。
紙には奇怪な動物の絵と共に『ムックのミヤです』と書かれていた。
「・・・え?ミヤさん?」
そう口にした瞬間、鬼の姿がミヤに変わる。
「あ・・・ミヤさんっ!!!」
「どうも、涙沙さん」
ミヤは無表情で頷いた。ぶっちゃけ鬼の姿と大差ない怖さだ。
「えっと、なにがどうなってるんや?」
「・・・カゴメカゴメだ」
続いて説明された仕組みに涙沙も納得して頷く。
「なるほど・・・名前を呼べばええんか。あとこっちは英蔵君がいるはずやけど、そっちはお一人ですか?」
「俺だけのはずだ、たぶんな」
「ところで、その紙に書いてあるイラストなんですか?」
「あ?キリン」
見れば分かるだろとばかりにミヤが言うが・・・とてもじゃないがキリンには見えない、得体のしれない化け物だ。
しかし一応の社会適応能力を持っている涙沙は「そうですか、キリンやったんやぁ」と明るく笑ってみせた。
「えっと、あとその鉄の棒は何処で見つけたんですか?」
ミヤは短く細い鉄の棒を持っていた。目にしたことがないものだったので質問するとミヤは微かに口角を上げた。
「これ、椅子の足の間についてるやつ、案外簡単にへし折れるんだけど武器には最適なんだ、椅子壊して取ってきた」
「・・・そ、そうなんや」
「ああ、T箒を武器にするなら金具の部分で相手の弱い個所を狙うと使いやすいぞ」
ここまで無理に笑顔を保ち続けたのは久しぶりかもしれないと涙沙は引きつる頬を押さえる。
リジーの部屋での無茶っぷりは見てきたが、涙沙は他の多くがそう勘違いしているように、ミヤがムックのブレーキ役だと思っていた。
他のメンバーのテンションが高い故の勘違いだが、むしろミヤというアクセルを他の三人合わせたブレーキでようやく止められる・・・というのが正しい。
「行こうか」と歩き出したミヤの後を涙沙は不安になりながらもついていく。
そして一つ納得する。
リジーの部屋でミヤと英蔵が一緒に行動した時なにも問題が起きなかったのは英蔵だったからだと。
英蔵は相手を受け入れることに長けている。
ハンドリングすることは無理でも、違和感なく合わせることはきっと無意識でできたはずだ。
「英蔵君・・・どこにおんねん」
その頃、英蔵と恒人は涙沙を探して歩き回っていた。
「涙ちゃんいないね・・・」
「まだ探し始めたばかりですよ、それにしても音がしないのは不思議ですけど」
「そういえばツネ、素足だけど大丈夫?」
「自宅でしたからね。別に不便はありませんよ」
「ねぇ・・・」
「なんですか?」
しつこく話しかけると冷やかな視線が返って来た。その後ため息をつかれた。
すっかり困り顔になった英蔵に恒人は怒ったような表情で手を差し出す。
「怖いなら繋ぎますか?」
「・・・うん」
ここで了承してしまうのがこの二人のすごいところであるが、本人達はなにも疑問に思っていない。
少し汗ばんだ手を繋いで廊下を歩いて行く、厚底を着用することが多い恒人が素足であるせいかいつもより小さく感じた。
外見的には庇護欲そそる姿なのに中身は俺よりしっかりしてるもんなあと英蔵は思う。
弟が欲しいというのは子供の頃よく思ったが、大人になってできた「弟」は自分より大人だったと言うとなんだか可笑しい。
「ツネ・・・渡り廊下があるみたい」
ガラス張りの扉を英蔵が指差すと恒人は少し首を傾げる。
「この校舎に人の気配はないですから、行ってみましょうか」
扉を開けると夏の夜風が吹き抜けてきた。どこかの窓が開いているのだろうか。足早に進んで反対側の扉を開けて滑りこむように中に入る頃には、緊張と恐怖で口の中が渇いていた。
恒人に声をかけようとしたその時、チャイムが鳴り響いた。
ごく普通のチャイムだが、初めて起こった状況が変わりそうな現象に英蔵は上を見上げて息を飲む。
チャイムの後にガリガリという雑音が入り、声が響いた。
幼い女の子の声。
『鬼が決まりました、残念ながら本物の鬼が鬼になります・・・4人の獲物さん達、頑張って逃げ切って下さい。3時間逃げ切ればゲームは終了です。鬼に捕まったら・・・』
放送はそこで終わった。
鬼が決まった?
本物の鬼?
4人の獲物?
どういうことだと英蔵は眉をひそめる。
本物の鬼が鬼ということは、涙沙は鬼ではないと好意的に解釈してもいいだろう。つまり今までは『鬼』を決めるための前フリだったということか。
しかし4人ということは自分たち以外にも誰かいるのか。
あのアドレスを踏んだ人間が取り込まれるならおかしくもないけれど。
「ツネ・・・?」
そういえば手を繋いだままだったと英蔵は振り返る、恒人は少し俯き加減で言った。
「あと一人も俺らの知り合いでしょう。大城さんか浅葱さんの可能性もあります」
「え?どうして!?」
「今までのは前フリだったんですよ。つまり名前当てゲームです。涙沙さんも誰かに名前を呼ばれ、涙沙さんも呼んだのならば、知り合いですよ」
「あ、そうか・・・そうなるね!」
「涙沙さんともう一人の誰かを探しつつ、逃げましょう・・・もう鬼ごっこは始まっているんですから」
英蔵は足早に歩き出した、手をつないだまま恒人も後をついてくる。
ふと全身が総毛立った。
変だ、何かがオカシイ。
自分はこんなに冷や汗をかいているのに恒人の手は氷のように冷たく、そして汗ばんだ感触はない。
それに先程の会話、妙ではないか。恒人はこちらの考えていたことを飛び越えて話していた。
洞察力はある人間だが、あれは心でも読めないかぎり不可能なことだ。
ゆっくりと後ろを振り返る。
そこにいるのは確かに恒人だ。
「・・・ツネ?」
恒人は軽く俯いたまま、前髪で目は見えない。
薄い唇はゆるく口角を上げている。
思わず手を振り払った。
「ツネじゃないよな・・・お前、誰なんだ!?」
「いやだなあ・・・決まってるじゃないですか」
恒人の声ではあったがそれは後にいくほど歪んで響いた。
上げた顔も恒人だった、ただしそこにあの黒目がちな瞳はなく、白目しかなかったが。
「ツネは?本物のツネはどこなんだよ!?」
「そんなことより早く逃げて下さいよ、鬼ごっこなんですから・・・10数えまーす」
歪んで響く声に英蔵は後退り、踵を返して逃げ出した。
背後から「い〜〜ち、に〜〜い」と数をかぞえる声を聞きながら全速力で走っていった。
いつからだ、いつから偽者だったんだ?
最初から、違う、おかしくなったのは・・・渡り廊下を過ぎた後だ。
じゃあ本物は?
もう鬼に捕まった?
凄惨な光景が脳裏をかすめるのを振り切る。
鬼ごっこの開始が告げられたのは偽者に変わった後だ、ならばまだ大丈夫なはずだ。
渡り廊下に戻らなければ。
校舎の構造上、他の階にも渡り廊下はあるはずだ、あの場所に戻らなければ!
走ってもまとわりついてくる不快な湿気が嫌な予感を引きたてる。
「ねぇ英蔵さん。さっきの放送・・・」
言いかけて恒人は口をつぐむ。放送があってから英蔵はこちらを見ることなく強く手を引っ張りながら足早に歩いていた。
「・・・なんか変ですよ、入ったところと出たところが違う気がします。渡り廊下。この校舎自体何か・・・」
「いいから黙って早く来いよ」
「って言ったって、何処に向かってるんですか?」
もう掴む手は痛いほどだった、爪が皮膚に食い込んでくる。
爪が食い込む?
恒人は足を止めた、必然的に英蔵の足も止まる。
「どうしたんだよ、怖いのか?」
「・・・違う」
「なにが違うんだよ」
前方を向いたまま言う英蔵に恒人は首を振る。
「・・・英蔵さんじゃない」
「なに言ってんの、お前」
いつもの軽い調子の声、表情は伺えなくても、冗談口調。
でも違う。
ギター隊の練習の途中だったのなら、爪を・・・掴んだ程度で食い込むような長さにしているわけがない。
「英蔵さんはどこですか・・・?」
「さぁ、それよりもいいのかな・・・鬼に捕まったらどうなると思う?」
もう英蔵の声ではなかった。歪んで、響いている。
掴まれていた手首を強引にふりほどいて、後ろに下がると《英蔵》はけたたましい笑い声を上げた。
「10数えるから早く逃げるんだよ」
その声を後ろに走り出す。
渡り廊下まで戻らなければ、おそらくあそこからおかしくなった、遠くで「3」をカウントする声を聞いてさらに速度を上げる。運動が得手ではない恒人には限界の速度だ。
英蔵のところへ戻るという気合いのみで足を動かしていた。
英蔵も同じように全力疾走を続けていた、すでに息は切れているがそれでも走り続ける。
同じ階にあった別の渡り廊下を抜けて、本物の恒人と確かに一緒だったあの扉の前へ戻ってくることができた。
追いかける方としてはこれほど分かりやすい逃げ方もなかろうが、今はそれよりも恒人を見つけることが先決だ、もちろん涙沙も。
もしやまだ、あの偽者の恒人・・・鬼がいるかもしれないという恐怖はあったが渡り廊下へ続く扉を開ける。
湿った風が吹き抜けているだけで人の気配はない、向かいの扉のガラスにも人影は映っていない。
念のためにと英蔵は渡り廊下を進んだ。
「つ・・・」
名前を呼ぼうとしたその時、足が滑って尻もちをついてしまった。
「いってぇ・・・なん・・・」
さっき通った時は滑るようなものなんてなかった。
しかし今は転倒した場所に、自分の下にぬめる液体が大量にある。
べたべたとした、錆臭い、なにか。
床についた掌を見れば、真っ赤に染まっている。
誰だこんなところにペンキをこぼしたのは、塗装会社だろうか。
赤。
赤い。
これは。
ペンキなんかじゃなくて。
そのたった一文字を自分の中で断定することができない。
したら全てが終わってしまう気がした。
きっと此処で絶叫し、二度と動けない。
「おちつけ・・・」
自分に言い聞かせて床を見る。暗いのに何故か視界ははっきりしているこの空間では目を凝らす必要すらなかった。
一面の赤。
床に広がる、バケツ二杯はぶちまけなければこうはならないだろうというほどに大量の赤。
「おちつくんだ・・・」
否定する材料を見つけるんだ、これが恒人と関係ないことを示すものを探すんだ。
「こ、これが・・・血、だと、しても・・・」
大量の血痕があるだけじゃないかと、まず思ってみる。
これだけの出血をして、人間は死なないのか。
素人目に見ても致死量だ。
でもあるのは血だまりだけだ、他にはなにもない。
血痕がどこかに続いているわけでもない。
『鬼に食べられて死んじゃうよ、可哀相にね、生きたままばりばり食べられちゃうんだ、きっとすごく痛いだろうねぇ』
電話越しに偽の浅葱が言ったことがよみがえった。
呼吸が苦しい。
これが恒人と関係がない証拠を見つけなければ。
視界の端に光る物が映る、手を伸ばして拾ってみるとそれはピアスだった。
恒人のピアス。
「・・・あ」
絶叫が漏れそうになったその時、軋んだ音を立てて渡り廊下の扉が開いた。
「みぃつけたぁ・・・」
歪んだ声で、恒人の姿で、鬼は言う。
いつの間にか手には肉切り包丁が握られている。
目の前も真っ赤になった、鬼ごっこだと、ふざけるな。そんなことを叫んだ気がする。
ただ、笑う鬼に向かって拳を握り締め走り出していた。
相手が鬼だとか、凶器を持っているだとか、恒人の姿をしているだとか、そんなことはもうどうでもよかった。
赤く染まった頭ではどうでもよかったのだ。
「なにやってんっすかっ!」
それを押しとどめる馴染んだ声、腰を抱きとめた細い腕。タックルの勢いで止められたため、転びそうになりながら視線を下げる。
血より鮮やかな夕焼け色の髪が見えた。
「・・・ツネ?」
「なに鬼に向かって行ってるんですか!逃げますよ!」
怒った顔で肩を強く叩く恒人の頬を英蔵は思わず両手で挟んだ。
「ツネ!?本物!?生きてたの!?」
「はい、本物です、勝手に殺さないで下さいっ!」
「本物だぁ・・・」
「だから早く逃げ・・・」
恒人の肩がぴくりと震えて後ろを振り返った、英蔵にも恒人の肩越しに見えた。向こうの扉に英蔵の姿をした鬼がいる。やはり肉切り包丁を持っていた。
「・・・もしかして挟まれた?」
「もしかしなくても挟まれました」
後ろには恒人の姿をした鬼、前には自分の姿をした鬼という事態に英蔵はあっさり頷いて恒人の手を引く。
「いくぞ!」
「いくぞってちょっと!」
一気に駆け抜け、自分の姿をした鬼に飛び蹴りを喰らわせて転倒させると、恒人の手を掴んで走り出す。
先程までの狂いだしそうな気分が吹き飛んでむしろ爽快なぐらいだった。
逃げに逃げて飛び込んだ一室で机の陰に隠れ、呼吸を整える。
「な、なん、で・・いきなり・・・」
「ん?」
「俺の姿の鬼んとこのほうが近かったのに・・・」
「自分の姿の方が蹴りやすかった、そんだけ」
呆れられるかと恒人を見れば、そっぽを向いて口を尖らせていた。
「超カッコイイ・・・」
「やめろよ、照れるだろ!」
「っていうか英蔵さん、血まみれですけど、どうしたんですか?」
さらりと話を変える恒人に一瞬止まってしまってから英蔵は自分の身体を見る。
確かに血まみれだった。その手で触ったせいで恒人の頬や腕にも血がついている。
「血痕があったんだ、あそこに・・・それで・・・」
「・・・俺が死んだと思ってキレちゃったんですか?」
「・・・キレたっていうか、うん、まぁ」
的確な言葉が見つからなかったので、とりあえず頷く。
「・・・血痕、ですか」
他にも二人、涙沙と誰かがいるのだ、まったく安心というわけにはいかない。
「少し様子をうかがってから、涙ちゃん探しに行こう」
「そうっすね」
元気がないと思ったがこんな状況では当たり前かとも思う。
「あ、そうだ・・・ピアス落としたろ?」
そう言って持ったままだったピアスを差し出す、血まみれのままなのでどうかとも思ったが、生憎拭くものを持っていない。
「・・・ああ、俺のですね、どうも」
恒人は自分の耳たぶを確認して、それを受け取りポケットにしまいながら言う。
「あからさますぎますよね、俺が落としたピアスの上に血がぶちまけてあったわけでしょう」
「ん、偶然じゃないよね」
「手を繋いでるのに入れ替われるぐらいですから、今後は慎重に行動した方がいいかもしれません」
確かに、なんというかリジーの部屋より『格上』な感じがする。
悪質さが明確で、練り込まれている、幼稚には思えるけれど。
「しかし英蔵さん、この状況で理科室に隠れるのはちょっと冒険ですね」
確かに此処は理科室だった、隠れるところならば多い、しかし・・・
学校の怪談定番の場所でもある。
英蔵はそっと机の陰から顔をのぞかせてみた、並んでいたホルマリン漬けのカエルと目があった気がして慌てて引っ込む。
「確かに、怖いな・・・」
「まあ鬼ごっこがメインなんで大丈夫だとは思うんですけど。それを言い出したら校内なんて隠れる場所がなくなりますよ」
「・・・うん」
見知らぬとは言え小学校の校舎の中に恒人といるなど考えてみれば不思議だった。自分が就学する頃に恒人は生まれて、卒業するころに入学しているのだからありえない状況だ。
だからどうしたという話でもあるが。
「あの、何か武器になるもの探しませんか?さっきみたいに素手で向かっていくのはやっぱり危険ですよ」
「ああ、だよね。あの時はテンション上がってたから勢いでできちゃったけど」
「・・・なんでテンション上がったんですか」
「ツネが生きてたのが嬉しかったから」
「・・・・・・・・・・・・そうっすか」
それだけ言うと恒人は腰をかがめたまま移動しはじめる。
「いや、俺も行くから」
英蔵も慌てて移動を開始した。確かに武器は必要だ、なにせ相手は肉切り包丁を持っているのだから。蹴り飛ばせる程度だから力はさほどではないのかもしれないけれど。
「ああ!!」
「大声出さないで下さい、見つかりますって」
すごい形相で振り返った恒人に英蔵は笑顔で言う。
「家庭科室ならさ、武器あるんじゃねぇ?包丁とかさ」
「・・・包丁でどーすんですか?」
「え、武器・・・抵抗ある?」
「チャンプロードに載ってたような英蔵さんと一緒にしないで下さいよ。だいたいこの手の状況になったからって致命傷与えるような凶器持つのって変じゃないですか」
「前半部分はいろいろ言い訳させてほしいけど今度にして・・・まあ確かにそうかも・・・」
鬼だからといって、包丁で刺すのは抵抗がある。
「無難に箒とか探そうか・・・」
「はい」
大股で歩いて行くミヤの後を涙沙は小走りになりながら追っていた。
「あ、あのミヤさん?どこへ向かってるんですか!?」
ミヤは足を止めて振り返る。
怪訝そうな顔をしていた。
「どこか行くあてでもあるんですか・・・?」
ミヤは自宅だったのかTシャツにハーフパンツという出で立ちだった、ついでに素足。
鉄の棒でとんとんと肩を叩いてミヤは口を尖らせる。
「放送室」
「・・・はい?」
「放送があったってことは、放送室に黒幕だか一味だかがいるんだろ、とっ捕まえて話を聞く」
全力で攻めの姿勢だった。鬼ごっこをする気は毛頭ないらしい。
「危ないんとちゃいます?」
「武器なら持ってる・・・俺は『鬼』とつくもので負けたことはないんだ」
「さすがにそれは嘘やろ!」
慣れてくると天然ボケ相手ということで涙沙の突っ込みも冴える。
電波よりは簡単です、的な。
「冗談だ」
「冗談を言う時は冗談っぽく言うてや・・・」
「放送室は生きてるってことだろ?」
「はい!?」
しかし絡みにくいことに変わりはない。とにかくこの男、言葉が足らない。
「放送室から放送はできるんだろ、だったら英蔵さんに呼びかけてもいい。建物を制圧する時、放送室は必ず押さえる場所だ。戦争になった場合狙われるのはラジオ局って言うべ」
「・・・どこの部隊にいたんですか!?傭兵か、アナタはっ!」
「俺の名前は雅哲だが?」
「いや、確かにヨウヘイってよくある名前やけど、そっちやないし!」
「・・・とにかく行こう。知らないとはいえ校舎、造りはそう変わらないだろう」
突っ込みスルー技術が高い。というより突っ込まれてることに気づいていないのかもしれない。
「そうやね・・・」
それでも不思議と、この男に着いて行けばなんとかなってしまうんじゃないかと思ってしまう。思わされてしまう。
浅葱とは全く別種のカリスマ性を持ち合わせているらしい。
でなければあの濃いメンバーがそろった中でリーダーなんてやってられないのかもしれないが。
ミヤが少し首を傾げて鉄の棒で廊下の先を指した。
「あれ、恒人君じゃないか?」
「え!?」
振り返ると、廊下の奥に恒人が立っていた。怪訝そうな顔でこちらを見ている。
「ツネ!ツネも此処に来てたんか!?」
「涙沙さんもですか?」
Tシャツにジーパンと出で立ちだが、手に肉切り包丁を持っている。
「・・・なあ、その包丁どうしたん?」
「ああ、これっすか。家庭科室で見つけました」
涙沙は顔をしかめてミヤの隣に並ぶ。
「どうした?」
「・・・なんか変。包丁持ってるなんて」
「武器が必要だと思ったならおかしくないんじゃねぇか?」
「ううん。ツネって・・・」
「そういう一線は越えられないタイプか?」
「・・・そう、そうなんや」
ひそひそと言い合う二人に恒人は首を傾げる。
「どうしたんですか?」
「なぁ、本当に?本物のツネなん!?」
「と、言われましても」
困ったように笑う姿は確かに恒人なのだけれど。
「だったら、ほら。これ覚えてる?浅葱君って『ありがとう』ってメールの後に絵文字でハートマークつけるやん。どっちが多くハートマーク貰えるかって英蔵君と競争してて、どっちが勝った?」
恒人は答えない。どんどんと口角が上がっていて歯をむき出しにして笑いだした。
「偽物か?」
簡潔に問うミヤに涙沙は頷いて答える。
「なあ、涙沙さん。あの偽物を俺が攻撃することに抵抗はあるか?」
涙沙は偽者の恒人と、ミヤの持っている鉄の棒を見比べた。
偽者だ、偽者ではあるけれど、見知った華奢な身体にその凶器が叩きつけられるところを想像すると身震いしてしまった。
「ある!超ある!!めっちゃある!!!」
「じゃあ逃げよう」
さっさと走り出したミヤについて涙沙も走り出す。
後ろで「まってくださいよ〜」と明るい声と笑い声が響いた。
恒人の偽者を振り切り、なんとか放送室を見つけることができた。
中に人影はなく、あの『放送』を行った人物は既に此処を出たのだろう。
他の教室とは違う分厚い扉を閉めてカギをかけ、涙沙はその場にへたりこんだ。
ミヤは早速放送室の中を見て回っている。
涙沙も床に座ったまま周囲を見渡した。
「・・・へぇ」
さすがに放送室は馴染みのない場所だった。壁に張られたポスターや、『今週の放送当番』と書かれた黒板。
部屋としてはかなり狭いため、蒸し暑かった。
簡単な放送設備を確認していたミヤがこちらを向く、無表情だがどこか楽しげだ。
「どうやら使えるようだが、問題がある」
「なんですか?」
「放送をしたら、俺達が此処にいることが鬼に一発でバレる」
さらりと言うミヤに涙沙は肩を落としてしまう。
「うん、そうやね。そりゃそうや・・・」
「どっかで合流することを告げてもバレる。Dの皆さんで使ってるメンバー同士の暗号を教えてもらえると嬉しいんだが」
これには涙沙、目を点にしてミヤを見た。
「は?そんなんないですよ」
「・・・さっきのハートマークがどうのって話は暗号じゃないのか?」
「すんません、あれガチでやってんねん」
今思えば恥ずかしい内情を暴露してしまった。
なんだハートマーク集めてるって。
しかしミヤは特に気にした様子もなく頷く。
「そうか、俺らはあるんだが。まあ未だにヤスは乱数表とにらめっこしながらじゃないと解けないらしいけど」
「逆に聞くわ!なんでそんなもんあんねん!!」
「まあないなら仕方ないな」
とミヤはまた静かに頷いてメインのスイッチを入れた。突っ込みをスルーされると虚しい。
マイクを叩いて音が入っているのを確認して、ミヤは口を開く。
「あ〜。ムックのミヤです。英蔵さん、もしかしているかもしれない恒人君、聞こえるか?ムックのミヤです。君らのとこの涙沙さんも一緒だ。どちらも今のところ無事だ。合流手段は追って連絡する以上」
メインスイッチを切り、満足げに頷くミヤに駆けより、涙沙はその肩を叩いた。
「ちょおなにしてんねん!!」
「・・・放送した。校内にいるなら聞こえたはずだ」
「で、でも、鬼に居場所バレるって!!」
「扉は頑丈だし、いっそ来て貰ったほうが手っ取り早い」
やはりミヤは楽しそうだった。
いや、楽しいのだろう。
こうなればもう付き合うしかない。
「しゃあないな〜!もうっ!」
どうして?
どうしてまた私が鬼なの?
ねぇどうして?
知ってるよ、鬼ごっこするとみんな私ばかり追いかけるの。
「おまえが走るの遅いからだよ」って言うけど、わざとなんでしょう。
知ってるよ、かごめかごめの時、私が後ろの人と言い当てたら、こっそり移動して「はずれた」ってみんなで言ってるの。
知ってるよ、私がじゃんけんに勝つとみんなで「後出しした」って言って私が負けるまでやることも。
全部、全部分かってるんだよ。
知ってるよ、みんなに悪気がないことも、ただ面白いからやってるだけなんだよね。
だから全部、分かってるんだよ。
じゃあこれは知ってる?
いつも私は鬼のまま遊びが終わるけれど、ずっとそんな風にされた子がどうなるか・・・
鬼のままの子がどうなるか・・・
知ってるかな?
「ツネ、今の放送聞いた?涙ちゃん無事だよ!しかもミヤさんと一緒なら大丈夫だよ!」
片手に持った箒を振り回しながら言う英蔵の横で恒人は呆然としたまま立ちつくしていた。
「・・・ツネ?」
「い、今・・・ミヤさんの放送に被って別の声聞こえませんでしたか?女の子の・・・あの、最初の放送の時と同じ声・・・」
「え?いや、聞こえなかったけど・・・」
恒人は怪訝そうに英蔵を見上げた。
「・・・そうですか。英蔵さん、合流手段を教えてもらう前に行きたい所があるんですけど」
「なに?トイレ行きたいの?」
冷やかな目で睨まれてしまった。
「違いますよ、図書室です」
首を傾げる英蔵に、恒人は真顔になって言う。
「少なくとも、これが『脱出ゲーム』ならば、手掛かりが見つかるはずです」
「ん〜、まあツネが言うなら大丈夫か。じゃあ行こう!」
「なんっすかそれは・・・」
恒人は文句を言いかけたが英蔵の屈託のない笑顔にそんな気持ちは失せてしまった。
「っていうかツネってさ、霊感とかある子だっけ?」
「ないっすよ。っていうか怖いのダメなんです」
「・・・のわりにこの状況にビビってなくねぇか?」
「現実に起っちゃったことはしかたないでしょう」
「それ、怖いのダメって言わねぇと思う・・・」
暗い廊下を、小声で会話を交わしながら歩いて行く。
見知らぬ校舎の中だったが、記憶力の良い英蔵が覚えていたので図書館に辿りつくことができた。
「な、言った通りだろ。二階の突き当たり」
「英蔵さんの言うこと疑ってたわけじゃないですよ。ただ、渡り廊下の途中で飛ばされたり、すれ違ってるはずのところで会わなかったりしたからおかしくなってるんじゃないかと思ってただけです。とりあえず無事に着けてよかったです・・・」
恒人は引き戸に手をかけて開けてみるが、どうしても音が鳴ってしまうので、少しだけ開けて身体を滑り込ませた。
入ってすぐ振り返ると、英蔵が扉の隙間でつっかえていた。ガタンと扉が大きな音を立てたので、恒人が慌てて引き戸を開けると英蔵も中へすべりこんできた。
「なにやってんっすか・・・」
ゆっくりと扉を閉めながらそう言えば英蔵は不満そうに恒人を見上げている。
「お前どんだけ身体薄いんだよ・・・猫でも通れねぇよ、あんな隙間」
「ああ、英蔵さん最近脇腹辺りがヤバイっすもんねぇ」
「ヤバイ言うな。ちゃんと体型保ってるってば、衣装入らなくなるもん!」
ムキになる英蔵を「はいはい」とばかりにあしらって恒人は図書館の中を見渡す。突き当たりに設置された部屋だけあって広かった。
「・・・意外と隠れる場所はないんですね」
恒人がそんなことを呟く。
小学生が無理せず使えるようにだろう、本棚は胸ぐらいの高さの物がほとんどで、成人男子である二人が隠れるのは難しそうだった。
「でもツネなら本棚の隙間とかに入れそうだよね」」
「人を隙間女みたいに言わないで下さい、おはようからおやすみまで暮らしをみつめますよ?」
「・・・それはライオン」
「そもそもそんなとこ隠れたら見つかった時点でアウトじゃないっすか、逃げ場がなくて」
小声で漫才めいたやりとりをしながら図書館の中を歩き回る。
「ところでさ、なに探してるの?」
今更な英蔵の質問に恒人は肩を竦めた。
「まあ、手近なところで卒業アルバムか、なにか変った物ですよ」
「・・・脱出ゲームのセオリーかぁ」
手分けして探した方が早いが、先程のことがあるので互いから目を離すのは憚られる。
手を繋いでいたのに入れ替わられたのだ、なにが起こるか分からない。
卒業アルバムは、奥の高い棚に収められていた。
「けっこうな量じゃん。一つ一つ調べてくのか?」
面倒くさげな英蔵の隣で恒人は眉間に眉を寄せて思案顔。
「・・・葉桜小学校っていうんですね、この学校」
「ああ、そうみたいだね」
背表紙にはそう書かれてある。
「ものすごく聞き覚えがあるんですけど・・・」
「横浜の学校?」
「そうじゃなくて・・・」
記憶を辿っているらしい恒人の邪魔をしないように英蔵も黙って待つ。
しばらくして恒人は「あ・・・」と小さな声を上げた。
「昔、事故があった学校じゃないですか?児童の転落事故。3階の窓から落ちたとかで」
言われて英蔵も記憶を辿るが、覚えていない。
「間違いないです、放課後残って遊んでた子が窓から落ちて亡くなって・・・でも発見されたのが翌日とかで・・・」
「間違いない?」
「ええ、確実なんです。俺と同い年の子だったんですよ。っていっても俺は早生まれなんで同学年って意味ですけど。その事件があってから、学校に残って遊ぶのがすげぇ厳しく禁止されたんで、覚えてます」
「何年生の時か分かる?」
「えっと・・・4年!4年生の時です」
恒人はそう言って並んだ卒業アルバムを辿り始めた。
「俺と同じ卒業年度だから・・・これかな?」
恒人は一冊のアルバムを取り出し捲り始めた。そして集合写真のページで手を止め英蔵に見せる。
「この子じゃないですかね?」
集合写真。全クラスの児童が中庭に集まったところを校舎の窓から撮影したのだろう。その右上に白い枠に囲まれた少女の写真があった。
まさか卒業アルバムの写真で欠席もなかろう、それにその少女は明らかに他と比べて幼い印象がある。
「そっか、そういう子って特別に卒業証書とかもらえたりもするから、集合写真にも載せたのかな?」
「おそらく・・・そしてこの子が・・・」
「この校舎にいる『鬼』か・・・でも恒人。小学校4年生の女の子だろ?それにしては悪質すぎないか?」
「ん、言われてみればそうなんですけど」
そこまで話して恒人は言葉を止めた。廊下を走る足音が聞こえたからだ。
ぺたぺたという音、ということは恒人の姿をした鬼か。
視線を交わし合い、それぞれドアから見えないように本棚の陰に身体を丸めて隠れる。
足音は着実にこちらへ向かってきていた。
近くの教室の扉を開ける音が聞こえる。
隠れた本棚越しに英蔵と視線を合わせ、荒くなる呼吸が聞こえないように手で口を押さえ、ぴったりと本棚にくっつく。
図書室の扉が開いた。
箒を握り締め、もう一度視線を交わして次の行動を決める。
足音が本棚の間に入ったタイミングで身をかがめ、音をたてないように扉のほうへとすり抜けていく。
抜けた本棚の向こうで英蔵と目が合ったのを確認して、一気に扉まで駆け抜ける。
「みぃつけた」
そんな声が後ろから聞こえたが振り返っている余裕はない。
互いを見失わないことだけに気をつけて全速力で走った。
一方、放送室。
なんとか鬼に気づかれずに合流する手段がないかと二人が知恵を絞っているとドアがノックされた。
「誰や!?」
と怒鳴る涙沙に返答する声は馴染んだものだった。
「涙ちゃん?やっぱりそこにいるの!?」
「英蔵君!」
ドアに駆け寄ろうとした涙沙をミヤの手が掴んで止める。
「待て・・・此処、防音じゃないのか?」
それを聞いて涙沙も警戒して扉を見る。
防音ならばこんなにはっきり声が聞こえるのはおかしいかもしれない。
しかし生憎二人にはそこまで放送室に対する知識がない。
見たところ、ある程度の防音対策はされており、扉もまた鉄製の分厚いものでガラスもない。
声が聞こえることは不自然なのか、それともそこまで強固な防音ではないのか判断がつかない。
そしてまた、恒人の偽者がいた以上、英蔵の偽者がいてもおかしくない。
「涙ちゃん、いるんでしょう・・・開けてよ」
「な、なあ英蔵君、ツネは?ツネ見なかったん?」
「見てないよ、本当にツネも来てるの?なら早く探さないと。ねぇここを開けてよ」
「本物の英蔵君なん?」
これには一拍間が開いた。
「本物って?偽者がいるの?」
「おんねん、だから・・・えっと英蔵君」
涙沙は首を捻り、他が知らないような内輪ネタを探した。
ミヤが隣にいるので、今度は恥ずかしくないものを。
「なあ英蔵君、ツネから貰った誕生日プレゼント、ほら!いつも持ち歩いてるやつ・・・今も持ってる?」
「持ってるけど・・・」
これには幾分低い声で答えが返って来た。
「本物か?」
ミヤの問いに涙沙は首を振る。
「偽者・・・ギター弾くときは壊すと嫌だからって鞄に入れてた、パソコン触ってた時も着けてない・・・」
だんっ!と激しくドアが叩かれた。
「なんでだよ!開けろよ!早くっ!」
「偽者やな、英蔵君が俺にこんな口のきき方をするわけないわ」
そこは悠然と髪を掻き上げる涙沙にミヤは苦笑したようだった。
「しかし、これで逃げ場はなくなったな」
「あ・・・」
「さて、さっさと合流手段を考えるか」
ミヤは放送機の前にあった椅子に腰かけ目を閉じている。
相変わらずドアを叩く音は激しい、破壊されるのではないかと焦る涙沙を気にすることなくミヤは考え込んでいるようだ。
そのあまりの冷静さに、涙沙の焦りも吹き飛んでしまった。
もしかするとこの男、自分に必要な「音」以外耳に入らないようにできているのかもしれない。
ドアを叩きながら叫んでいる声はもう英蔵のものではなかった。
T箒を握り締め、一応身構えながらミヤとドアを交互に見ていると、突然ミヤの目がかっぴらいた。
「涙沙さんって俺と同い年だったよな?」
「え、ええ・・・確か・・・」
「英蔵さんは幾つだ?」
「えっと、俺らの二つ上になるけど、それが・・・」
「ポケベル使ってたってことだよな」
ミヤの言葉に涙沙も手を叩く。
「ベル打ちの番号!!」
「・・・場所は分かりやすく昇降口でいいな」
「うん。あ、でもツネは・・・」
「知らないか?」
「確実に知らないと思うけど・・・でも・・・」
見上げてくるミヤに視線を合わせ涙沙ははっきりと頷く。
「ツネは英蔵君と一緒にいるから大丈夫や!」
「確信があるのか?」
「メンバーの勘や」
にやりと笑う涙沙にミヤも頷いて軽く微笑み、メインのスイッチを入れた。
「聞こえるか?ミヤだ。合流場所は32、13、25、13、23、42だ。繰り返す、32、13、25、13、23、42だ。小文字、濁音は飛ばしてくれ、以上」
ミヤはスイッチを切ると鉄の棒を掴んで立ちあがる。
「行くぞ」
「行くっていっても・・・」
ドアの向こうには鬼がいる、今や部屋全体が揺れるほど激しくドアが叩かれている。
「此処の扉は内開きだ」
不敵に笑うミヤに、涙沙も言わんとすることを理解して頷いた。
この行動力と判断力ならば、リーダーとして最高だろう。
扉が叩かれたその瞬間、ミヤが一気に扉を開ける。前のめりに勢いよく倒れ込んできたのは英蔵の姿をした鬼。肉切り包丁が床に転がって硬質な音を立てた。
「英蔵君やないけど、英蔵君、ごめんっ!」
倒れた背中を踏みつけ、涙沙は外へ跳ね出て走りだした。すぐにミヤもついてくる。
目指すは、昇降口。
私はずっと鬼のままなの。
ずっと鬼ばかりやってたから鬼になっちゃったの。
覚えているかな?校庭のハナミズキの下で『ことしのぼたん』をやったこと。
夕暮れ時で、空が真っ赤だった。
やっぱり私が鬼だった。
「だれかさんの後ろにヘビがいる」
私が後ろを向いている間にみんなどこかへ隠れちゃった。
ルールと違うのに。
「だれかさんの後ろにヘビがいる」
私ね、振り返って自分の影を見てみたの。
影がね、ヘビになってたの。
怖くなって泣きながら家に帰ったよ。
そしたら次の日、みんなで私を「ズルした」って責めたよね。
覚えてる、その後のこと・・・
もう忘れちゃったよね、放課後の校舎であったこと・・・
「ツネ、昇降口だって、行こう・・・ツネ?」
恒人が天井を見たままなのを不審に思い、英蔵はのぞきこむようにして声をかける。
「どうした?」
「また、ミヤさんの声に被って女の子の声が・・・」
「俺には聞こえなかったよ」
「そう、ですか。でも此処にいる鬼に関係のあることだと思うんです。ああ、ごめんなさい。昇降口ですか、早く行きましょう」
取り繕うように微笑む恒人を心配そうに見ながらも英蔵は頷く。
「うん、早く行こう」
涙沙とミヤは階段を駆け下りていた。此処を下りれば昇降口だ。
背後で物音がした気がして、階段の踊り場で涙沙は足を止める、ミヤも同様だろう足を止めて涙沙を見ていた。
足音ならば鬼かもしれないと逃げただろうが、これはボールが跳ねるような音。
振り返らない方が良いと思いながらも涙沙は何かに魅かれるように振り返ってしまう。
ミヤはむしろ好奇心が勝ったという顔で振り返った。
階段を一段一段弾みながら下りてくるそれ。丸いもの。
少し段数を残して高く跳ねたそれをミヤが手を伸ばして掴む。どんな度胸だとでも言ってやろうと涙沙はミヤを・・・ミヤが掴んだ物を見てしまい、壁につくほど後ろに下がる。かろうじて呑み込んだ悲鳴が喉を焼いているように思えた。
ミヤは掴んでしまったそれを、ちょうど自分の眼前にあるそれを無表情で眺めている。
それは、幼い子供の生首だった。
「・・・さすがに悪趣味だが、だからこそ、子供なんだろうな」
ミヤは特に驚いた様子も恐れた様子もなくそう呟いた。
「み、ミヤさん、それ・・・」
「安心しろ、本物じゃない」
その言葉にへたり込みかけたが、階段の上に立つ陰に気づき足に力を込めた。
「みぃつけた」
楽しそうに笑うのは恒人の姿をした鬼。肉切り包丁が鈍く光っている。
「涙沙さん、すまん」
突然放たれた謝罪の意味が分からず視線を戻すと、ミヤが生首を、髪の部分を掴んでハンマー投げでもするようにぶん投げたところだった。
生首を顔面に受けて、恒人の姿をした鬼が倒れる。
「行くぞ」
「ええええ!?」
走り出したミヤに涙沙も慌ててついて行く。
「偽者やけど、なんか心痛む〜〜!」
「すまん、今度甘いモノでもおごる」
「俺にもツネにもな!」
「分かった」
ミヤと涙沙が昇降口に辿りつくと、先に到着していた英蔵と恒人が手を振っていた。その姿を見た瞬間、偽者がいるということも忘れて涙沙は二人に駆け寄る。
「ど、どうしたん、二人とも!血まみれやん!どっか怪我したんか!?」
「大丈夫だよ。涙ちゃんは?」
「俺は大丈夫やけど・・・」
「そっちで話そう。情報交換もしたいしな」
涙沙が焦っていることなど目に入っていないかのように淡々としたミヤの言葉にD弦楽器隊は頷いて下駄箱の陰に移動した。
互いにそれまであったことを手短に話して一息つく。
「どう思いますか?主犯が小学生の女の子にしては残虐というか悪質すぎる気もするんですが」
この面子ならばリーダーはミヤだと恒人も思ったのだろう。ミヤを見てそう問いかける。
「むしろ子供ならではだと俺は思うけど。はぐれた場所に血だまりを作っておく、階段から生首を転がす。発想が稚拙だ。子供の発想だ。まともな大人ならできない」
そう言ってミヤは薄い唇を尖らせる。
「色んな遊びをミックスさせているところも子供っぽい。此処がどういう空間だかは知らないが、その女の子で間違いないと思う」
「どうしたら此処から出られるんだろ、3時間逃げ切れば良いのかな?」
首を傾げる英蔵にミヤはあくまで淡々と言う。
「いや、3時間はタイムリミットだと思っておいた方がいいだろう。そんな簡単なものんじゃねぇ」
「ってことはやっぱ、主犯の女の子を捕まえるんか?」
涙沙の問いにミヤが頷いた時、再びスピーカーから女の子の声が流れてきた。
『獲物のみなさん。残り後1時間です。これから鬼の数を増やします。鬼に捕まったらどうなるかはもう分かりますよね・・・』
ふと、涙沙が何か確信を持った顔で天井を見上げ、「なぁ」と呼びかけた。
相手がいるのは放送室、届くかどうかは分からないがとりあえず声をかける。
「もしかして、三木香代子さん?」
『・・・っ!どうして私の名前を知ってるの!?』
スピーカーから驚愕の声が響いた。
「なあ、君どこにおんねん、話なら聞くから教えてや!」
この問いかけには返事がなかった、ぶつりと音がしてそれっきり声は聞こえてこない。
「涙ちゃん、どうして名前分かったの?」
目を丸くして言う英蔵に涙沙は肩を竦める。
「いや、放送室行った時に『今週の放送当番』のとこにあった名前、4年って書いてあったのはその子だけやったから。ほら、放送室って特殊な場所やん。先生と決まった生徒しか入れんやろ・・・だったらその関係の子かなって、な」
「・・・すげぇな」
ミヤが感心したように呟いた。
恒人が恐る恐る手を上げる。
「あの・・・だとしたらその子。三木香代子さんは事故のあった教室にいるんじゃないでしょうか?」
「どの教室だ?」
「そこまでは分からないですけど・・・」
俯く恒人に代わって英蔵が答える。
「自分のクラスって可能性は高くない?さっき見た時は4年生の教室、三階にあったし」
「あ、せやったら組も分かるで、当番表には4組って書いてあったから」
「・・・此処で話しこんでいてもしかたないし、行ってみるか」
さっさと歩き出したミヤの後を、三人は顔を見合わせてから慌てて追いかけた。
「なぁ、さっきより暗くないか?」
下駄箱の陰から出たミヤの言葉に他の三人も息を飲んで頷く。
確かに暗い、相変わらず物ははっきりと見えるが黒い靄が漂っているようだ。
「・・・走るぞ。はぐれるな」
ミヤの号令に頷いて一斉に走り出す。同時に校舎のあちらこちらから声が響いた。
『ずるいぞ『鬼ごっこしようよ『逃がさない『一緒に遊ぼう『ずっと此処で遊ぼうよ『どうして逃げようとするんだ『私たちは逃げられなかった『遊ぼうよ『鬼に食い殺されたのに『此処から出られない『お前らもそうなるんだ『ずるい、ずるいよ『ほら、遊ぼう『仲間になろうよ『食べられるのは痛かったよ『生きたまま食べられるんだ『聞こえるだろ?『痛いよ痛いよ『お腹が痛いよ、中身がどこかへいっちゃった『私の足を知らない?『苦しい、寂しい『熱いよ、腕が熱いよ、血が止まらないよ『頭が潰れてなにも見えないよ『どうして逃げようとするんだ『此処においでよ『鬼ごっこしよう』
「いや、怖い、地味に怖い!」
「え〜涙沙さん地味に怖いんっすか、俺は超怖いっすよ〜!」
「・・・余裕あるじゃん二人とも」
「だから紛らわしとんねん!」
「そうっすよ、無言で走ってられないっすよ!」
「ミヤさんは黙って走ってるよ!」
周囲の声に負けないよう大声で喋りながら走るD弦楽器隊を余所にミヤは先頭を無言で走っていた。
「な〜ミヤさん、怖くないん?」
「・・・・・・・・・・・・別に」
「あ〜!怖いんや〜!」
「・・・あそこじゃないか?」
階段を駆け上がって三階、一つの教室から煌々と明かりが漏れている。
プレートには『4年4組』。
頷き合って引き戸に手をかける。
開かれた扉の向こうは電気のついた明るい教室で、窓際に一人の少女が立っていた。
恒人と英蔵が卒業写真で見た少女。
三木香代子。
足はある、透けてもいない、それでも生気を感じない少女は薄く笑って言った。
「・・・見つかっちゃった」
「それで、この鬼ごっこはどうなるんだ?」
ミヤの問いに少女は怯えた顔をする、質問の内容よりミヤを怖がっているようだ。
「ミヤさん、相手は子供なんでお手柔らかに・・・」
恒人に言われ、ミヤはぎこちなく微笑んでもう一度言う。
「この鬼ごっこはどうなるんだ?」
少女は、香代子は首を振った。
「わかんない・・・」
「分からないって君・・・」
前に出かけた英蔵の腕を涙沙が掴む。
「英蔵君の顔見たらよけい怖がるやろ」
「そうっすよ、顔怖いんですから」
「・・・ちょっと傷ついたよ!?」
不満そうな英蔵を置いて涙沙が前に出る。
「えっとな、香代子ちゃん。この鬼ごっこの終わらせ方、君は知らんの?」
涙沙の優しい笑顔に三木香代子は安心したようだった。
「知らないの。でも終わらない・・・あのね、あの日、みんなと放課後鬼ごっこしてたの。私が鬼でみんなを探してたんだけど、探しても探しても誰もいなくて、またみんなこっそり帰っちゃったのかなって。でも勝手に帰ったらまたみんなに怒られると思って」
香代子はそこで言葉を切って息を吐く。
「気づいたら校舎の中は真っ暗で、怖くて・・・その時ね、ふり返ったら私の影が鬼になってたの。どうしていいか分からなくて、逃げ回っているうちに・・・そこの窓から落ちて死んじゃったの」
小さな手が指差したのは一か所だけ開いている窓。
漆黒の闇から風が吹き抜けてカーテンを揺らしている。
4人は顔を見合わせた。
あまりにも痛ましい最期だ、小学生の女の子には悲惨すぎる終わり方だ。
その時点で少女の身に怪奇現象が降りかかっていたのか、暗くなった校舎で不自然に見えた自分の陰にパニックを起こした結果の事故なのか判断しようがないけれど、どちらにしても痛ましい。
どちらにしても報われない。
「鬼ごっこが終わらないの、私が鬼のまま・・・色んな人が来て、鬼になったり鬼に食べられたりしてどんどん仲間が増えていくけれど・・・」
「えっと、香代子ちゃん。香代子ちゃんはどうしたいんや?」
涙沙は屈んで視線を合わせるとそう優しく問いかける。
香代子の顔が歪んだ。
「許せないの・・・みんなのこと、私が死んだのはみんなのせいなのに。私にはずっと見えてるの、私が死んで、机にお花が飾られて、でも新学期になったらそれもなくなって、みんな笑ってた、卒業していく時も楽しそうだった!みんなのせいなのにっ!ゆるせない!できるならあの時のみんなを此処に呼びたい!みんな此処で仲間になればいいんだっ!」
「それじゃねぇの?」
香代子の叫びに氷のように冷たい声が割って入る。
ミヤだった、もうぎこちない笑みは浮かべていない、冷やかに香代子を見ていた。
「・・・ミヤさん」
たしなめようとした英蔵をミヤはちらりと一瞥する。
「悪いが子供だろうが対等に扱わせてもらうぞ、俺の流儀だ。合わせなくても別にいい」
香代子は目を見開いてミヤを見上げている。
「君がずっと誰も許せないままだから鬼ごっこが終わらないんじゃないのか。君が誰かを憎み続ける限り、君は鬼のままじゃないのか?」
「・・・だってっ!みんなのせいなのに!でもみんなあやまってもくれない!」
ミヤは、少なくとも他の三人に分かる程度に優しく、少し寂しそうな顔になった。
「誰かを許せない時に考えるのは『相手にどう償ってもらうか』じゃない、『自分がどう許すか』だ」
声もまた優しく寂しい響きだった。
少女にも通じたのだろう澄んだ目でミヤを見ている。
「・・・私がどうゆるすか?私は・・・みんなをゆるせるのかな・・・?」
「あ、あの、あのね」
声を上げたのは恒人だった、子供と話すのが苦手なのか戸惑っているようだが香代子を見つめて真剣な様子で言葉を紡ぐ。
「俺、香代子ちゃんと同い年なんだ、って言うのもなんか変だけど・・・」
「・・・私が生きていたら、お兄ちゃんぐらいになってたの?」
「うん、そういうこと。それでさ、なんでかは分からないけど香代子ちゃんの声聞こえてたんだ、わざと鬼にされてたとか、ことしのぼたんやった時の話とか・・・」
香代子は首を傾げ恒人の言葉を待っているようだった。
「俺さ、早生まれって分かるかな?三月生まれだから、同じ学年の子でも四月生まれの子とは1年も差があるんだよ」
「私は6月生まれよ。じゃあお兄ちゃん私より年下?」
「そうなるね。それでさ、やっぱ小学生の頃なんて体格で他の子に負けてて、まあ今でも貧相なんだけど。小学校の頃はもっとやせっぽっちでチビでさ運動も下手だったから、やっぱり香代子ちゃんと同じことあったよ。鬼ごっことかだと真っ先に狙われて鬼ばっかだし、ドッヂボールだと的にされるし」
「それで?お兄ちゃんはその人達をゆるせたの?」
「ん〜・・・許すっていうかさ。香代子ちゃん自分で分かってるじゃん。『みんなに悪気はないんだ』って。そりゃあ嫌だったけど・・・憎んではいないよ」
生者の、生きて成長した者の奢りには聞こえないかと恒人は案じたが、香代子はこの言葉もまたしっかりと受け止めたようだった。
「ねぇお兄ちゃん」
今度は英蔵を見て言う。
「渡り廊下で血を見た時、すごく怒ってたみたいだけど、どうして?」
「どうしてって!?誰だって怒るだろ、友達が・・・その、酷い目にあったかもしれないって思ったら」
香代子は首を傾げる。
「今までの人はみんな逃げたよ。それに偽者を出した時点で誰も信じなくなったよ。どうしてお兄ちゃん達は一緒にいたの?」
「どうしてもなにも、友達だからだよ」
頷く英蔵に香代子はまた首を傾げた。
「そんなに仲良しの友達なの?」
「いや、俺は赤の他人」
ミヤがさらりと言ってから微笑む。
「それでもまぁ、傷ついて欲しくないって思えるレベルの感情はある。そちらの3人さんはずいぶん仲良しみたいだけど」
香代子に見つめられD弦楽器隊は顔を見合わせて笑った。
涙沙が香代子に視線を合わせて言う。
「俺らはな、親友で仲間で兄弟で恋人で親子で夫婦みたいなもんなんや」
香代子は目を丸くする。
「ずっと昔から仲良しだったの?」
「ううん。そんなに長くはないで。でもな、そーいう関係なんや」
「・・・私も会えたかな?生きていれば、そんな人に」
「会えたと思うで」
優しく笑う涙沙に香代子も笑い返す。
「そっか・・・生きてみたかったな。でも分かるよ・・・だからずっとこんなところにいたらダメなんだよね」
香代子が白く輝きだし、その輝きは教室中に、教室から廊下にどんどんと広がって行く。あまりの眩さに四人が目を閉じ、次に開いた時は漆黒の闇が広がっていた窓からも光が溢れていた。
窓の外には校庭が見えた、陽光に照らされたグラウンド、校門の向こうにはなにもなかったが、この空間にもう怖さはなかった。
「校門を出れば帰れるみたい。お兄ちゃん達・・・ありがとう・・・私は此処のみんなを連れていくね・・・」
香代子は光り輝きながら宙に浮き天井を抜けていく。
その後を追って幾つもの光の球が昇って行った。
しばらく天井を見上げているとミヤが普段通りの静かな声で言った。
「帰ろうか・・・」
昇降口を出て、外へと踏み出す。
そこは夏の日差しに照らされた、紛れもない小学校の校庭だった。
「素足だから痛いっす・・・」
「俺もだ・・・」
恒人とミヤがそんなことを言う。
「靴貸そうか?」
「それじゃあ英蔵さんが素足になっちゃいますよ。いいです」
「ミヤさんは大丈夫なん?」
「まあ、ライブの時とか素足だし」
蝉の声が聞こえる、児童の姿がないのが不思議に思えるぐらい、ありふれた校庭。
「しかしまたややこしいことになってまったなぁ」
「妙な引きがついてるよね、これからまたありそうなのが怖いよ」
涙沙と英蔵はそう言って肩を竦める。
「・・・そういえば恒人君。この前はウチの馬鹿ボーカルが世話になったらしいな」
「え!?いやいや、むしろ助けてもらったほうですから」
「ところで恒人君ってアレンジ得意なんだって?」
どんな話の飛ばし方だと恒人は顔を引きつらせる。
「得意っていうか、まあそこそこやらせてもらってます・・・」
「そうか、今度その辺りの話でもしよう。涙沙君と恒人君に甘い物をおごる約束したしな」
「ああ、そやった!ミヤさんお願いしま〜す」
話しているうちに校門へ辿りついた。
広がるのは漆黒の闇。
学校だけが闇の中に浮いている。
躊躇う三人に構わずミヤが一歩踏み出しかけ、振り返って涙沙を見る。
「・・・今日はありがとう」
「え!?俺別になんもしてませんよ!?」
「一緒に行動してくれたってことが心強かった。俺はあまり信用し難いらしいから・・・信じてくれてありがとう」
ミヤはへにゃりと笑って闇の中へ入って行った。
「・・・お、俺らも行こか!」
涙沙は勢いを付けて踏み出す。
「あ、涙沙さん英蔵さん、無事戻れたら連絡下さいね」
「うん。連絡する」
ぴょんっと跳ねるように涙沙は闇の中へ飛び込んだ。
「じゃあ俺ら行こうか?」
「出るとこは別々ですけどね〜」
英蔵と恒人も笑いながら闇の中へ駆けこんで行った。
「英蔵君!」と強く肩を叩かれて英蔵は後ろを振り返る。
涙沙がほっとしたような顔で立っていた。
前を見れば、スタンバイ状態になったノートパソコンがある。
「・・・戻ってこれたんだ」
「みたいやで。見て、あれから30分も経ってる!」
「ホントだ、でもあの中では2時間だっけ?短縮はされてるわけだ・・・」
英蔵は自分の手を見てみた、血まみれだったはずの手に汚れはない。
「あ、ツネに電話しなきゃ!ちょっとかけてくるね!って携帯も壊れてないじゃん!よかった!」
携帯電話を掴んで慌ただしくスタジオを飛び出していく英蔵を涙沙は呆れ顔で見送った。
「ここでかけたらええやん・・・」
ノートパソコンを触ってスタンバイを解除してみても、映るのは『ページが見つかりません』という表示だけ。
ブラウザバックで戻って見れば、あのゲームへのリンクも説明も消えていた。
それでもまだ鼓動は高鳴っている、全力疾走した疲れも確かにある。
あれは現実なのだ。
涙沙はあったことをゆっくり思いだしてみた。
「誰かを許せない時に考えるのは『相手にどう償ってもらうか』じゃない、『自分がどう許すか』だ」
ミヤの言葉。
どんな美学を持っていればあんな台詞が言えるのか、想像もつかない。
「まあ、浅葱君ほどじゃないにしてもカッコええやん・・・」
リーダーに相応しい。
そして、
「親友で仲間で兄弟で恋人で親子で夫婦」
とっさに言った言葉にしては上手いと思う。
切れようもない絆が全身に絡みついている、気づかう様も愛おしく思うことも本音をぶつけることも混ざり合って、きっと日本語では表せない関係だ。
友人であり、恋人であり、家族なのだ。
「まあ、ちょっと小学生には難しかったかな・・・」
英蔵がなかなか帰ってこないのはまた恒人と漫才めいた会話でもしているからだろう。
「・・・・・・天国へ行けたんかな?」
昇って行った少女。
涙沙はさほど天国の存在を信じていなかったがそんな風に思ってしまう。
「・・・生まれ変わったら幸せに、長生きできるといいな」
彼女が受けていたことがイジメに近いものだったとしても、その先の人生が不幸せなどとは決まっていなかったはずだ。
だからこそあの事故は痛ましい。
彼女は、同級生たちは笑って卒業したというが、事件に関与した以上、幼い心は傷つき、今でも重荷を背負っている可能性が高い。
少なくとも涙沙はそう思う。これがミヤならば「すっかり忘れてヘラヘラ暮らしてるかもな」と言ったかもしれないが。
「ああ、そうか・・・」
痛ましいからこそ、天国を願うのだ。
そうでも思わなければ悲しすぎるから、空の上で幸せなんだと、あるいは生まれ変わって幸せになれるのだと思うのだ。
「でも、ええやんなそれで。天国がないって決まったわけでもないし」
そして、あの空間に取りこまれた人々。
名前当ての段階で脱落した人間は鬼に、そうでない人間は鬼に捕まって・・・
聞いた時は深く考える余裕がなかったけれど、落ち着いてみれば英蔵が血だまりを見て我を忘れたことに全面的に同意と支持だ。
たぶん自分もそうするだろう。
考えたくもないことだ。
「まあ、浅葱君の偽声はクリーンヒットやけどね・・・」
天井を見ながら涙沙はそう呟いた。
子供じみた悪質さと子供じみた残酷さは確かに学校の怪談に相応しい。
大人には合わない空間だ。
とっくの昔に卒業した空間だ。
少女に、三木香代子になんの罪もないとはいえないかもしれない。
それでも、会って話した者として天国を願うし、生きているものとして幸せを誓おう。
天井に突きだした拳を握り締め、涙沙は微笑んだ。
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