ドウタヌキ?


三本足のお人形


―人を呪わば穴二つ?墓穴を掘るのなら得意ですけど








中学の校舎、とりたてて特徴もないごく普通の教室。
既に夕暮れが迫り、薄い闇が落ちている。
部活棟や校庭から微かに人の声が聞こえてくるが奥まったこの校舎に人の気配はない。
教室に少女が三人いた。
衣替えがすんだばかりの白が眩しいセーラー服姿。
一目でリーダーと分かる、美少女といっていい顔立ちの娘は、中学生でできるギリギリのお洒落を存分に楽しんでいる様子で、凝った髪形にうっすらメイクもしていた。
高慢そうな雰囲気も、彼女がリーダー格であることを示している。
もう一人はリーダー格の少女のコピーにならない程度にお洒落をした(しかし大人やファッションに疎い人間から見ればコピーにしか見えない)娘で、悪い言葉を使うならリーダー格の少女の「腰巾着」であることが見て取れる。
最後の一人は一転して地味な、メイクもしておらず、髪はまとめただけ、眼鏡もファッショナブルではない普通のものを着用している少女。
「ほら、早く始めてよ」
とリーダー格の少女が言えば地味な少女は恐る恐る鞄から着せ替え人形を取り出して机の上に置いた。
「アンタが言いだしたことにつきあってやってるんだからね」
と腰巾着の少女、「そんなつもりじゃ・・・」と言いかけたが語尾は消え、地味な少女はしかたなさそうにため息をついた。
逆らうのは無駄だ、といった風に。
「で、この人形の名前は?」
リーダー格の少女は腕を組んだまま顎をしゃくって言う。
「ユキカって書いてあったよ、昨日買ってきたの・・・」
「ふぅん。じゃあ始めようか」
三人の少女は机を取り囲む。
「ユキカちゃん」
今にも笑い出しそうな顔でリーダー格の少女は言う。
「ユキカちゃん」
腰巾着の少女も同じ調子で言う。そして二人は早くしろとばかりに地味な少女を見た。
「さ、さ、三本足で走るの、見たよっ!」
怯えながらひっくり返った声で言う地味な少女に他の二人は笑う。
はなからこの少女をからかうためにやったことは明白だった。
しかし、その時。
カタ。
と廊下の向こうで音がした、少女達は顔を見合わせる。
カタン、カタ、カタ、カタン、カタ、カタ。
音が響く。
カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、
もう明確に、ナニカが廊下を走り回っている音がした。
「ちょ、なんとかしてよっ!アンタが言ったんでしょうっ!!」
金切声を上げるリーダー格の少女に蒼白になった地味な少女は叫ぶ。
「ユキカちゃん!いたずらはやめてね!!」
音が止んだ。
「アンタちょっと見てきなよ!」
リーダー格の少女に押されて地味な少女は教室の扉を開け、廊下をのぞく、なにもいなかった。







たとえそれがどんなに好いた、大切な相手であろうとも、それが100%ポジティブな感情であることはありえない。
などと自分が口にしたらたいそう周囲は驚くだろうなと英蔵は思う。少なくとも英蔵はそんなことを言うタイプではないからだ。
でもそう思っている。
尊敬する相手に対して劣等感がゼロなわけがない。
優秀な人間に対してやっかみがゼロなわけがない。
それも呑みこんでこその「好き」なのだ。
ぶつける必要こそないが、ネガティブな感情に蓋をすることは自爆行為だと思っている、どの感情のコップにもリミットは存在するのだ。
しかし好きだからこそ、相手への感情が強いからこそ、そういったネガティブな思いを抱くわけであってそれは悪いことではない。
本当に相手をどうでもいいと思っているなら怒りすら湧かないはずだ、嫌いという感情すらゼロのはずだ。
だとしたらアイツは俺に対してどうなのだ、と英蔵は思う。
イラついたりしたことはないのだろうかとそう思う。
自分に対してネガティブなものをのぞかせたことのない恒人に対してそんなことを思う。
考えるきっかけとなったのは「口裂け女」の話を恒人から聞いたことだ。
なんで相談してくれなかったのかと激昂した英蔵と涙沙に、無言で怒っていた大城と浅葱に、恒人は誠意のこもった謝罪した後、論理的な説明をした。
口裂け女の姿は全員に見られるわけではなく、また仮に見れたとしてもそれは「その人」が認識した口裂け女であって数が増えるだけだと。
凶器を片手にした化け物と直接対決したなどと、考えるだけで眩暈がしそうなことを言われた直後だ、あっさりと納得してしまった。
英蔵や大城と違い、喧嘩らしい喧嘩なんてろくにしたことすらないであろう恒人がそんな無茶をするなんてとも思ったが、その対決も暴力を用いたものではなかったらしく、なんとか怒りが静まりかけたその時に気づいた。
恒人がこのことを自分達に話した理由に・・・気づいた。
報告ではなく注意を喚起するものだと気づいた。
さりげなく、言葉の端々に織り交ぜて、口裂け女への対処法が語られる。英蔵も気づくまでは、なるほど赤い服の女を見ても口裂け女だと思わないようにしようとすっかり呑まれていた。
結局のところ恒人は、自分達がうっかり口裂け女に会わないように、襲われないように、今回のことを話したのだ。
自分のためではなく、英蔵達のために話した。
なんともいえない感情が湧きあがった。
「俺よかツネのほうがよっぽど大人」とは英蔵が恒人のことを人に話す時によく使う表現だがそれが徹底されたようだ。
「・・・なにを悩んでんだ、俺は」
自室で一人そう呟く。
考えてみれば良いことではないか、恒人はこちらの身を案じてくれていて、それをさりげなく教えてくれた。
とりわけ秘密主義というわけでもない、話すべきことはちゃんと話してくれる、ならばなにを悩むことがあるのだ。
恒人が自分のことを好ましく思ってくれているのは痛いほどよく分かっている。

「結局のとこ、正攻法を使ったのは俺だけなんですよねぇ」
その話の後、二人で出かけた時、恒人はそう言った。
「逹瑯さんは『存在そのもの』を否定して、明希さんに至ってはほぼ結果オーライですからね、すごいですよあの二人は」
「正攻法でできたってだけでも充分すごいと思うけど、やっぱそういうの呑みこみが良いっていうか、器用だよなツネは」
「器用であっても未熟ですよ、言いかえればマニュアル人間みたいなものじゃないですか。未熟」
そう言って恒人は口を尖らせた。
「いや、でもさ・・・リジーの部屋の時だって恒人の案があったからクリアできたようなもんだぜ?」
「あの時、俺は思いつく限りの可能性を指摘して矛盾点を指摘したんですよ、その一つがたまたま俺達にとっての正解だっただけです、下手な鉄砲も数撃ちゃあたる。そしてあの方法だって結局浅葱さん達がいたから可能だっただけです・・・あの無茶苦茶さ、真似しようたってできないっすからね。ねぇ英蔵さん、俺ってつまらなくないですかね?」
「は?そんな風に思ったこと一度もないけど・・・」
「偶に思うんですよ、俺は人間として面白みに欠けるんではないかと、本当はずっと・・・英蔵さんみたいになりたいな、と思ってるんですよ」


なんであんなことを言ったのか、意味が分からない。
・・・理解、できない。
小包が届いたのはそんな時だった。
宅配業者が届けてくれたプレゼント包装された小包。
職業柄プレゼントをもらうのは珍しくないが、明らかにオカシイのはそれが自宅に届けられ、宛名に英蔵の本名が記載されていたことだ。
差出人は『山田太郎』。
あやしいというより偽名だろう。
それも明らかに子供の筆跡だ、丸文字っぽい、中高生の女の子が書きそうな文字(職業柄見慣れた文字とも言える)。
住所は記載されていなかった。
もしや危険物がとも思ったが、さすがに爆弾を送りつけられるほどスリリングな人生は送っていないので、警戒しながらも包みを開けてみる。
中から出てきたのは着せ替え人形だった。
バービーだとかリカちゃんとかそういったソフトビニールの、女児が好んで遊びそうな着せ替え人形。
きちんと箱に納められた状態だった。
「いやあ・・・ていうか、ええ!?」
そうリアクションするしかない。
こんなものを送られてくる覚えはない。
もしや誰かの悪戯かとも思ったが、大城も恒人もここまで手の込んだことはしなかろう。
となるとなんなのだ?
下手にいじるのも怖い、後で高額な請求書が来るかもしれないと英蔵はその人形を箱のまま棚の上に置いておいた。


その夜、夢を見た、カタカタと何かがこちらに向かってくる、身体は闇の中に沈んでいて動けない。
『腹がたっちゃったのよね』
鈴を転がすような声が可笑しそうに言う。
『自分がすごいと思っている子に自分をうらやむような台詞を言われて腹立たしかったのよね』
「違う・・・」と英蔵は答える。
「そういうことじゃないんだ・・・」
『どうしてそんな自己評価を低くするんだよって腹が立ったんでしょう?そんな風に言って欲しくない相手だったのに』
「それは・・・そういう部分もあったかもしれないけれど・・・」
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ。
ナニカが走り回っている。澄んだ声で笑いながら部屋中を駆け回っている。
『尊敬していた部分もあったのに、そんな風に自らを卑下するような台詞を吐かれて、本当は嫌だったんでしょう』
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ。
『俺のことはそんなに頼れないのか?って思っていたところにさらに自らを低く位置づけるようなことを言われて、じゃあ俺はなんなんだって思ったんでしょう』
「思ってねぇよ」
この鬱陶しい女はいったい誰だ、夢だけど。と心の中で毒づきながら英蔵は答える。
『いつもこっちをからかってくるのは本当に好意なのかなって思ったことあるんじゃないの?あの性格で自分とつき合ってて苛々しないのかなって』
今度は答えない、この正体の知れない何者かに「ふざけるな」と怒鳴り返すより、強制的に起きることを選んだ、全力で跳ね起きて目を開ける。
やはり夢だ、自分の部屋だ。
だとしてもなんていう嫌な夢だ。
嫌なことを言われた、けして図星をつかれたわけではないが、ぎりぎりのところを押さえ、悪い方向へ追いつめるような台詞ばかりだった。
「なんだよ、い・・・」
枕元で視線が止まる、悲鳴を上げそうになった口を慌てて塞いだ。
あの着せ替え人形が、枕の横に転がっていた。


はたしてこの事態にどう対応すべきか、英蔵は困っていた。既に電話で誰かにSOSを求めるのには不適切な時間。いや、リジーの部屋のことがあったからメンバーならば真面目に聞いてくれるだろうが・・・恒人は話さなかったのだ、自分で解決したのだ、なのに自分はこれだけのことで助けを求めて良いのかと、そう思ったらできなくなってしまった。
恐る恐る人形を摘みあげ、床に落ちていた箱に戻し、しっかりとガムテープを巻いて箪笥に入れる。
さすがに眠る気にはなれず、かといって寝ないわけにもいかず、ソファーに座ってタオルケットにくるまった。
エアコンの音だけが静かに唸っている、怖いので電気はつけたままだ。
「・・・あの人形は、なんなんだ」
人形が動く、というのはよく聞く話だが・・・この場合『呪いの人形』を誰かが自分に送りつけてきたと考えるのが妥当だろうか。
呪われる覚えはないが、逆恨みされる可能性ならいくらでもある。
なにかあったらすぐに助けを呼べるように携帯電話を握り締めたまま英蔵は考える。
「なんなんだ、いったい・・・」
気がつくとまた眠っていた。
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ
『周囲が自分のことを役立たずだと思っているんじゃないかって気にならない?みんな優しいから言わないだけで心の中では・・・』
「うっさいっ!」
今度は浅い眠りだったので思い切り叫んで目を開けた。
「・・・ぅ」
予想はしてたが声をもらさずにはいられない、あの人形が向かいの机にちょこんと腰かけていた。
今度もまた箱に入れ、ガムテープを巻き、ゴミ袋を三重にしてきっちりと縛る、しかしまだゴミを出すと怒られる時間だ、かといってこの人形と一緒に部屋にいる気にもなれない、最低限の荷物を持って英蔵は家を出た、ファミレスかネットカフェで時間を潰そうと思いながら。


で、なにがどうしてどうなってこうなった。
と英蔵は今の状況を飲みこめずにいた。ムックのベーシスト、ユッケから『朝マックしよ☆』という女子高生のようなメールをもらい、時間を潰したかった英蔵は了承のメールを送り、指定されたマクドナルドにやってきたら、何故かシドのギタリストしんぢもいた。
あ、なんだ、朝マックしてんじゃん、と一応納得してみるがなんともいえない違和感が漂う。
誘ったくせに落ち着かないユッケとも悠然と嘘っぽい微笑みを浮かべているしんぢとも、リジーの部屋関連以外でのつき合いはほとんどないのだ。
「それで、ユッケさん。早朝に俺達を呼び出した理由はなんでしょう?」
「ふえ!!理由とかないよ!!朝マックしたかっただけだよ!!」
「ああ、分かりました。口裂け女の件ですね、ユッケさん自身の相談だから当事者を排除した場合、Dから誘いやすいのは英蔵さんだったといったところかな?ではなんでシドからは俺なんだろう・・・まあ、俺は話が通じる部類の人間ですが」
確信を突いているのに言っていることが嘘くさいというなんとも器用なことをしてしんぢがユッケを見ると、ユッケは半笑いで頷いた。
「しんぢさんも、明希君から相談されなかったのかな?」
「明希に嘘はつけません、本人は黙ってるつもりなんでしょうけどねぇ、もれてるんですよ。でも明希が言ってるつもりがないなら知らないフリをしてあげた、それだけです」
「ひ、英蔵さんは!?」
「俺はまったく・・・後になって思えば遠まわしに何か周囲で異変がなかったとか聞かれてたなって気づくんだけど、聞いたのは全部終わってから」
思わずため息をついてしまうとユッケは焦ったらしかった。
「あう、なんかゴメン・・・」
「逹瑯さんはどうだったんです?」
あえて空気を読まない人間であるしんぢがそう聞いたのでユッケのテンションはさらに狂った。
「あ、あ、たつぅってばね!武勇伝みたいに、そりゃもう自慢げにしゃべるんだよ!でもミヤ君に無言で見つめられて大人しくなったけど、なんかミヤ君はけっこう前から気づいてたみたい・・・」
なるほどな、と英蔵は思う。どうやらユッケは自分が思っていることと似た感情を持っているらしい。そしてたぶん、話しやすかったというよりその感情を共有できそうだという理由で自分は選ばれたのだと。
しんぢは別の理由か、でなければユッケの選択ミスかどちらかだろう。
「だいたいウチのメンバーって一人で突き進んじゃうんだよね、まあ俺もそうだから人のこと言えないんだけどさ。ふとした時に、いやいや相談してよなんて思っちゃて」
「ウチも割合個人主義というか、明希は基本的に猫ですから、気が向けば話すし向かなきゃ話さないんでしょ、まあ明希なりに考えはあったとは思うけれど・・・英蔵さんとこが相談してなかったのは意外、いや・・・恒人君が話さなかったのは『らしい』と言うべきですかね?」
嘘くさい微笑みのまま言われて、英蔵はぎょっとする。
こんな観察力のある人間だとは思っていなかったのだ。
「・・・ええ、とてもツネらしい行動ですよ、気まわしがよくて」
しんぢはここでようやく笑顔を崩して怪訝そうな顔をする。
今のどこが引っかかったのだろうと英蔵も顔をしかめた。
朝の爽やかなファストフード店で微妙な腹の探り合い、目の前の食事に手をつける気にはなれない。
「で、でもあれだよね!」
やはりこういう空気は苦手なのか、呼び出した責任を感じたのかユッケが明るく言った。
「たつぅと明希君と恒人君だとさ、お調子者の長男と呑気者の次男としっかり者の末っ子って感じで昔話みたいじゃない!?」
その例えがあまりにはまっていたので英蔵は笑ってしまった、しんぢも同じだったらしく口元を隠してくすくす笑っている。
ようやくそれぞれが目の前のマフィンやらハッシュドポテトに手を出し、和んだ空気になった。
しばらくして英蔵はマナーモードにしていた携帯電話を確認しようと鞄を開けた。
今度ばかりは悲鳴が漏れた。
鞄の中にはあの人形が入っていてこちらを見上げていたからだ。
どう間違えたって自分で入れるわけもなければ、何かの拍子に入るわけもない。
きょとんとこちらを見ている二人に少し迷ったが事情を説明することにした。

「『呪いの人形』ですか・・・」
躊躇いなく人形を手に取ったしんぢは興味深そうにそれを眺めている。
「シャレにならないよ〜」
ユッケは怯えた様子で距離を取っていた。
朝のファストフード店で成人男子三人が着せ替え人形を片手に話している図というのはかなり奇怪なものがあったが、誰もそこまで気を回す余裕はなかった。
「見たところ普通の着せ替え人形だけど」
どうぞとばかりに突き出された人形をユッケは怯えながらも手に取って眺め、すぐに残像ができる勢いで頷いて英蔵に戻した。
英蔵も仕方がないので鞄の中に元通り入れようとしたのをしんぢが止める。
「ちょっと待って下さい。それ、俺に貸してもらえませんか?」
「ええ!?いや、べつにいいけど・・・なんで!?」
「俺が持っていれば英蔵さんのところには行かないかもしれないし、少し興味があるんです」
やはり感情の読めない笑顔のしんぢに英蔵はおずおずと人形を差しだす、それを受け取りながらしんぢは言った。
「ユッケさん、英蔵さん、このことは他言無用にしましょう。もしこれが口裂け女同様、見たものが巻き込まれるタイプのものなら大変ですから」
「え・・・俺、触っちゃったよ?」
情けない顔をするユッケに英蔵が慌ててあやまる。
「すいません!」
「いや、英蔵さんは悪くないよ!」
「ええ、これは不可抗力です。しかし被害が出るならば・・・此処で止めましょう」



「いや、とてもまずいですっていうか、激ヤバイな・・・」
某県某所の喫茶店、ノートパソコンを開き、くわえ煙草で呟く男。
長身痩躯、全身黒服、ブルーのサングラス。
自虐亭は一人で騒いでいる。
そんな危険人物に好んで関わりたい勇気ある者が店内にいなかったため、彼の大きな独り言も無視されていた。
「株にでも失敗したか」という好意的解釈から只の電波さんまで周囲は様々なことを思っていたが無視していた。
自虐亭は頭を抱える。
「探しようがないじゃないか・・・」
アレを作った阿呆はよりにもよってアレを行方不明にしてしまった。
自虐亭は苛立ったように足を振る。
今までの顧客全員にメールして行方を捜すか、いや、そのメールした相手が一人でもネットにそれを書き込んでしまえば被害が大きくなるだけだ。
「どーする、マジで!」



英蔵は昼頃、スタジオへ到着した。
入り口でサングラスを外していると「どーん!!」と効果音を叫びながら床に着地した人物がいた、恒人だ。
男子としても超軽量級の彼がジャンプしたところでそんな派手な音が鳴るわけもなく実際は靴底がきゅっと小気味いい音を立てただけだったが。
「おはようございます」
「おはよ」
「おや、寝不足ですか」
濃いサングラスをかけた、その奥の瞳にX線にでもさらされているような気持ちになって、英蔵は顔を引きつらせた。
「うん、まあ、ちょっと寝れなくてさ」
「そうですか。で、ユッケさんとしんぢさんと朝マックですか?」
これには英蔵、目をかっぴらいて恒人を見る。
「な、なんでそんなこと知ってるの?」
「逹瑯さんから聞いたんですよ」
―ユッケさん、隠蔽してください!!
思わず心の中で叫ぶと恒人は可笑しそうに笑って言った。
「逹瑯さんの情報源は広いみたいですからね、なんでもかんでもすぐキャッチしてしまうみたいですよ」
情報化社会の馬鹿野郎だった。
誰だ。そんな細かいことまでいちいち回したのは。
まあ、その物言いからするにユッケが直接逹瑯に喋ったわけではないだろうが。
「おーっす!英ちゃん!あれ?なんだよお前、寝不足か?」
いつの間にか後ろにいた大城にも言われた。よほど寝不足の顔をしているらしい。
「ちゃんと寝なきゃだめだぞ〜」などとカラカラ笑いながら入っていく大城を見送ってようやく英蔵も歩き出す。
隣では恒人が心配そうな顔でこちらを見ていた。
「ところで英蔵さん、寝不足なんですか?」
「いやいや、そんなことねぇよ、ちゃんと寝たよ!・・・あ」
先程と違う答えを返してしまった。
恒人はファイヤー!アイスストーム!ダイアキュート!ばよえ〜ん!みたいな顔をしていた。
「・・・おっちゃぁぁぁぁ!」
というわけでスケルトン・Tのモノマネをしてみた。
「にゃにゃにゃん、にゃにゃにゃん、にゃにゃにゃんにゃん!」
ふたごのケットシーのモノマネを返された、ノリは抜群に良い末っ子だった。
・・・隠し通せる気が全くしなくなってしまった。


「よお!朝マック野郎!」
事務所について早々、逹瑯にそう声をかけられてユッケは顔を引きつらせた。
「また・・・どこで見てたんだよ・・・」
「ああ!?俺様の情報力なめてんじゃねぇよ、ばぁか!」
ふんぞりかえるパグに蹴りの一発でも喰らわれてやろうかと思ったが倍返しにされるのがオチなのでそれはやめておく。
「恒人君にも教えてあげたからな、ツンデレちゃんがツンデレる理由を作ってやった!ああ、俺ってなんて優しいんだろう!」
「・・・英蔵さん、ごめん」
被害を被ったであろう人物に天を仰いで謝罪し、ふと気になって逹瑯を見た。
「明希君にも言ったの?」
「ああん?あ〜、まあ言ったけどさ、アイツはきっと10分後には忘れてるだろうからなぁ、罠の張りがいのないヤツだよ」
明希ならさもありなんとユッケは引きつった笑顔で頷く。
「ま、一週間後ぐらいに思いだして言うかもな」
嫌すぎる時間差攻撃だった。
サトチは既に到着していて、最近嵌まっているドリルに取り組んでいる。
そこへ入って来たのはミヤだ、それもおよそこの世の「不機嫌」というものを一気に引き受けたような面構えで。
ユッケと逹瑯は顔を見合わせ、軽口は叩かずに席に着く。
「事務所の方から連絡が入った」
と、地獄の獄卒の如き声で言ってミヤは三人を見渡す、サトチもドリルを閉じてミヤを見た。
「ネット上に悪質なツールが出回っていたらしい。DL形式ではなくサイトに上げられたものでクリックするとランダムに登録してある有名人の住所と本名が表示されるというものだ」
やはり機嫌が悪いらしく、自分が話している途中だというのに自分で舌打ちをしてミヤは続ける。
「俺達の住所も登録されていた、完全に遊びでつくられたもので意図して誰の住所を出すことはできず、あくまでランダム表示、出るのは名前と住所だけという代物なんだが、これからしばらく自宅に届く郵便物には注意してくれ」
なるほど悪質かつ「遊び」のツールだ。
悪戯にしか使えないが、製作者側の巫山戯た悪意は充分に分かる。
「あ、あの、ミヤ君?」
「なんだ」
恐る恐る口を挟んだユッケにミヤは視線すらやらずに答える。
「そのツール、えっとDのみなさんの住所も載ってたの?」
「そこまで俺が知るかよ」
その通りだ、事務所やレコード会社が同じならばともかく、いくら同業とはいえ関知できる部分ではないだろう。
「というより、なんでそんなことを聞くんだ?」
ちらりとミヤがこちらを見た、ユッケは思わず身体を竦ませる。
「い、いや、ほら、最近仲良いから、気になって、さ・・・」
「本人に聞いたらどうだ?」
「ふえ?」
「彼らのほうにもこの情報、行ってるはずだからな」
「あっ!そっか、そうだね!ごめん!」
「別に。このツール、サーバー上からは削除されたがコピーしたものがないかは捜索中らしい、また下手に出回らせないためにも一般報道は控えるということだ、俺からは以上」
ミヤがそう締めくくるのをユッケは不安そうに聞いていた。
英蔵の元に届いた人形はこれとは関係があるんじゃないだろうかと、そう思っていた。


そしてその夜遅く、英蔵の元にしんぢから電話が入った。
『本物みたいですね、あの人形は』
前置きをすっとばして言われたが、この状況だ、英蔵も対応できる。
「やっぱり動いた?」
『ええ、なにやら鬱陶しいことをぶつくさ言ってましたけどね・・・それであの人形、英蔵さんのところへ帰っていませんか?』
「はっ!?なんで!?」
『いなくなったんですよ、部屋中探しまわったけど、どこにもいません。だからそちらに戻ったのかと思って・・・』
英蔵は慌てて部屋を見渡した、変化はない、気配もない、しかし相手は人形である。
「探してみるよ。折り返し連絡する」
『分かりました』
しんぢとの通話を一旦切り、英蔵は部屋中をあさる。そこまで広くはないが物は多い、隙間も箪笥も鞄の中もくまなく探したが、人形の姿はなかった。
試しに寝たフリをしてみたが、人形は出て来ない。
怪訝に思っていると携帯電話が鳴った。ユッケからの着信、嫌な予感に冷や汗をかきながら通話ボタンを押す。
『英蔵さん・・・あの人形・・・俺のとこに来てるよっ!』
嫌な予感そのままのことをユッケに告げられ、英蔵は頭を抱え込んだ。
「・・・すいません、巻き込んでしまって」
『いいよ。今は大人しくしてるみたいだし、気にしないで、偶然だしさっ!それで・・・英蔵さんは聞いた?有名人の住所がランダムに出てくる悪質ツールの話』
「え?ああ、そういえば・・・今日そんな話聞きました。俺らの住所も載っていたみたいで」
『英蔵さんに人形送った人、それを使ったんじゃない?こう言ったらなんだけど英蔵さん人に呪われるタイプじゃないでしょう』
妙に確信を持って放たれたユッケの言葉に英蔵は苦笑する。
「そうでもないと思いますけど・・・その可能性はありますよね・・・」
送り主の特定は一応英蔵も考えていたのだがより難易度が上がってしまった。


まいったなとしんぢはスタジオで頭を抱えていた。
ユッケのところへ人形が移動したとなると触れた瞬間に呪われていたということになる。
胡散臭いキャラが定着しているその言動から誤解されそうではあるが、巻き込まれたと英蔵を恨む気持ちはないし、同時に巻き込んでしまったとユッケに謝罪する気持ちもまたない。
個人主義故にそれぞれの責任問題として考えるタイプなのだ。
「どしたの、悩みごとか?」
顔を上げるとマオが心配そうな顔でこちらを見ていた。
「いや、悩みごとかってそんなホオジロザメみたいな目で聞かれてもね」
「心配してやってんのにいきなり悪口!?その基準でいったら黒目デカイ人はみんなホオジロザメだろ?」
「・・・・・・あ、ホオジロザメと呼んで遜色ない人が一人浮かんだ」
「それには同意」
ちなみに人外ボイスを発するどこぞの先輩バンドの小柄なボーカリスト様であるが・・・彼なら定着してもいいだろうホオジロザメ。
ホオジロザメを超えるメガロドンかもしれない。
まあ妙な二つ名をつけたらうざがられるだけだろうが。
「知ってる?ホオジロザメとイルカが戦うとイルカが勝つんだよ」
「うっそ!?マジで!?」
しんぢのトリビア披露にマオがあっさり乗る。
「イルカのほうが身体硬いからタックルされるとホオジロザメが負けるんだって。マオ君VS明希様みたいな」
「いや、明希はイルカより頭悪いやろ」
「でも頑丈だから、タイガーシャークに襲われても安心ってことで」
「そんな結論にはならん!つーかタイガーシャーク沖縄に出るからしゃれにならんわっ!」
明希を貶しているのか心配しているのか分からないやりとりだった。
「あれ?なんか俺悪口言われてる〜?」
ゲームに集中していると思ったら聞いていたらしい、明希がこちらを見ていた。
「空耳だろ・・・」
「ふぅん。タイガーシャークってさ、タイガーシャークって言うとすごい怖そうだけど、イタチザメって言うと全然怖くないから大丈夫だよ」
「一生海の底に沈んでろ!」
どういう流れでそうなったのか自分でも分からないまま、マオ爆発だった。
「ちなみにホオジロザメってシャチに食われるらしいよ」
「ホオジロザメから離れろ!つーかシャチのイメージ悪くするな!『七つの海のティコ』が怖い話になるだろうが!」
「え?マオ君、世界名作劇場見てたの?」
白い目で見てくるしんぢを睨みかえし、マオは明希に振る。
「別におかしくないだろ〜子供の頃やし、なあ明希しこ?あきしこ〜〜!?」
「んんんっ!?海の底に沈んでろっていうから息止め練習してたのに・・・」
「・・・ああもう、心配して損した。もう心配してやらんしっ!」
ぷりぷりと擬音を立てる勢いで去って行くマオを見送ってしんぢは肩を竦めた。
「半分ぐらい俺のせいじゃなかったよねぇ?」
「つーか会話しようぜ、みんな」
横で全てを聞いていたゆうやがため息と一緒に呟いた。


一方ユッケは今回の件を自虐亭にメールで伝えていた。頼れそうな人物は自虐亭しかいないのだからしかたがない。
意外にも即座に返信が返って来た。
『込み入った話になるからチャットルームへ来てもらいたい。都合の良い時間は?』
文章自体は簡潔だったが、チャットしなければいけない内容なのかと思うと血の気が引いた。
空いている時間を連絡し、ふと背後に気配を感じて振り向くと逹瑯が座っていた。
「・・・ん?」
携帯ゲーム機で黙々と遊んでいる逹瑯。
違和感がある。自分の背中や周囲を確かめてなにもないことにますます違和感を覚えた。
逹瑯が、あの逹瑯が黙って自分の後ろに座ったのか?
隙を見て驚かすでも、悪戯を仕掛けるでもなく?
何もせずに背後に座っていた?
きょとんとしているユッケに逹瑯はゲーム機を見たまま言う。
「おいユッケ」
「え・・・なに?」
「俺は武勇伝以外、聞く気ねぇからな」
「・・・・・・」
「なにがあったかは知らねぇけど助けてなんかやんねぇ。でも武勇伝なら笑って聞いてやんよ」
「・・・たつぅ。ありがと」
「礼とか言ってんじゃねぇよ、きちぃな」
鼻を鳴らす逹瑯にユッケは頷く。
「分かったよ、武勇伝楽しみにしてて」



自虐亭>『三本足のお人形』だ。君の友人のHさんに送られて来たのはそういう呪いの人形。

Y>三本も足はなかったですけど?

自虐亭>当たり前だ。着せ替え人形の構造上、足を三本にすることは不可能なんだから。三本足のお人形という『都市伝説』なんだ。

Y>すみません、その都市伝説知らないんですけど、教えてもらえますか?

自虐亭>ググレカスと言いたいところだが時間が無駄なので説明しよう。三本足のお人形は流布している話の数が多い。工場で間違って作られてしまったり、トイレに落ちていたりするが共通していることは『呪いの人形』というところだ。追いかけてくる、殺しに来る、そういった怪談話。しかし今回は明確なんだ、その人形は意図的に作られた三本足のお人形だよ。

Y>作られたって?作れるんですか?

自虐亭>本来は交霊術の一種なんだ。こっくりさんやエンジェルさん・・・最近では怪人アンサーなんていうのもいるがあれと同じ。質問に答えてくれるわけではないので交霊というより降霊なんだが。やり方は簡単。新品の着せ替え人形を用意する、準備はそれだけ。
日が暮れて誰もいなくなった教室の真ん中に人形を置く、この時必ず三人で行うこと。一人目と二人目が人形の名前を呼ぶ、三人目が「三本足で走るのを見たよ」と呼びかける。すると廊下から足音が聞こえる。それを確認したら名前を呼んで「いたずらはやめてね」と声をかける。
そういう遊びだ。

Y>それがなんで俺の友達の所に?

自虐亭>実はその人形を作ったのは僕の顧客でね、僕のところへ相談に来たんだ、クラスの子に話したら無理矢理やらされて、その子が面白半分でその人形を誰かに送りつけてしまったみたいだ、と。
正直参ったよ、こっくりさん同様、その遊びに使用した人形は日の沈まないうちに焼いて処分してしまわないといけないんだ。そうしないと人形は本当に呪いの人形になる。
だから探してたんだよ、その人形、ユキカちゃんをね。



夕刻、都内のファミレスに三人は集まっていた。
「えっと、じゃあ人形を自虐亭さんが処分してくれるんですか?」
期待を込めた目で見てくる英蔵にユッケは首を振る。
「ダメみたい。夜になると活動が活発化するから郵便なんかで送っても戻ってきちゃうって。英蔵さんに送りつけてきた子もその日のうちに送ったんだろうってさ」
「その・・・三本足の人形の『呪い』っていったいなんです?まさかあの鬱陶しいことを耳元で囁くだけ?」
しんぢは何故か面白くなさそうだった、その程度かよと呆れた顔だ。
「人によっては発狂ものだって言ってたけど、器が着せ替え人形だから攻撃とかはできないみたい」
「それで、あんな馬鹿げたことを言うだけ、ですか。正直しょぼいですね」
「いや、人形が動くってだけでけっこう怖いんですけど・・・」
英蔵の顔は引きつっていた。
「俺もだよ。それでね、焼いても無駄、捨てても無駄、最近じゃそんな切羽詰まった人形供養を引き受けてくれるところも稀有だって・・・で、解決法を聞いたら・・・戦えって言われた」
ユッケは俯いて言う。英蔵としんぢが首を傾げた。
「戦う?」
「うん、完膚なきまでに言い負かせろって、でも相手は呪いそのものだから、罵りとかじゃなく、ライトな感情をぶつければいいって・・・リジーの部屋を壊した君らならできるとか言われたけど・・・」
「じゃあやりましょう」
急に顔を引き締めた英蔵に、しんぢとユッケが驚いた顔をする。
「できますよ、やってみせます、俺一人でも・・・」
「ちょ、一人でもとか言わないで、俺もやるよ、言われっぱなしってわけにいかないもん、呪いの人形相手に!」
「同感です。ここまできたら運命共同体、ご一緒するよ。さしずめ・・・いぢられキャラ同盟、ヘタレキャラ同盟、影の薄いキャラ同盟ということで」
「名称がもうネガティブだよ!」
ユッケの突っ込みにしんぢは胡散臭いスマイルを浮かべる。
「いぢられキャラっていうのは良いですね、自分でも好きなポジションなんですよ、みんないっぱい愛情を向けてくれるし、いぢりながら俺のこといつもフォローしてくれるから・・・」
しみじみと言う英蔵にしんぢが笑みを引っ込めた。
「・・・なんてポジティブ」
ユッケは笑って手を叩く。
「っていうかミヤ君と違う意味でマゾかっけえ!」



そういえば一つ言い忘れたなと自虐亭は思っていた。
戦うならば日没後、人目につかない場所でやれと指示したが・・・まさかあの『三叉ビル』に行ってはいないだろうなと。
口裂け女の時、あの場所を指示したのは口裂け女は『三』がつく場所に出現しやすいという理由からだった。
しかし今回は呪いの人形である、廃墟のような悪いモノが溜まりやすい場所で行えば難易度が跳ねあがり、三本足の人形はより活発化するであろう。
対象者を映すだけの口裂け女とは違うのだ。
でもまあと自虐亭は思いなおす、言うほどのことでもないか、と。



しかし英蔵、ユッケ、しんぢは良くも悪くも期待を裏切らない人間だった。
日没後、あの『三叉ビル』に来ていたのだ。
地方住まいの自虐亭にしてみれば、夜間ならば人目につかない場所ぐらいいくらでもあると思っていたが、生憎不夜城東京にそんな都合のいい場所がそうそうあるわけもなく、自宅以外と言われれば三人とも此処しか浮かばなかったのだ。
まして人目につかないことを必要以上に気を配らなければならない職業である、此処以外なかった。
「よ、夜の廃墟ってすごい怖いね・・・」
ユッケがビルをペンライトで照らしながら言った。
隙間に立てられたビル、さすがに真っ暗ではなく街明かりはとどいているものの、静まり返っていて人気はない。
「こんなところがあるんですね、ツネから聞くまで知らなかった」
英蔵も少し怯えた顔でビルを見上げている。
「だ、大丈夫だよね・・・」
不安げなユッケにしんぢが胡散臭いスマイルで言う。
「大丈夫です、俺達は『欽どこ』で言うところの見栄晴ですから」
「ポジション的に地味じゃん!あと最近の若い子『欽どこ』知らないよ!」
「なに言ってるんですかユッケさん、俺達は地味キャラです、ゆるキャラ以下です」
「ひこにゃんより立ち場低いの!?」
「どれだけキャラを立てようとも天然が最強無敵ですから」
「・・・正論だけに言い返せないぃ」
しんぢとユッケで漫才をしながら三叉ビルへと足を踏み入れる、ペンライトで暗闇を照らすと怖さ倍増だ。
「あっ!」と英蔵が声を上げて足を止めたので他の二人も止まる。
「英蔵さん、どうしたの?」
「・・・人形がない、たった今まであったのに」
ペンライトの明かりだけでも英蔵が蒼白になっているのが分かる。
「・・・ないって言ったって」
見失わないようにと英蔵は人形をポーチに入れて手に持っていたのだ。
ポーチのチャックは閉まったまま、英蔵がしっかりと握っている形、それでも人形はいなくなった。
「あそこにいますよ」
しんぢがペンライトで廊下を照らす。
少し先の廊下の真ん中に人形は立っていた。
着せ替え人形がなんの支えもなく直立できるわけはないが、もうこれは驚くような事態ではあるまい。
驚くべきはそこからだった、人形の脇腹あたりからにゅっと土気色の足が生えてきたのだ。
三本足のお人形。
カタカタと音を立てて人形は歩き出す、妙に生々しい三本目の足は床につくことなく揺れていた。
「あ、ちょっと待て!」
英蔵が走り出したのでユッケとしんぢもその後を追う。
しかしすぐに見失った。
「手分けしましょう、俺は上を見てきます!」
階段に向かう英蔵にしんぢが言う。
「三階は俺が見ますから、英蔵さんは二階を・・・ユッケさんはこの階を探して下さい」
「え、え?」
展開の早さに戸惑っているユッケの肩をしんぢが軽く叩く。
「なにかあったら逃げて誰かに連絡を・・・ユッケさんになにかあったらミヤさんに顔向けできません」
「しんぢさん、見くびりすぎだよ。逃げれるもんか!それになにかあったら顔向けできないのは俺も一緒だって!」
「だから、俺の我が儘を言っているんです」
そう言うとしんぢはもう駆けだしていた。ユッケもしかたなく一階の探索を開始した。



三階の廊下、しんぢは壁にもたれかかるようにして立っていた。
音が聞こえる、カタカタと人形が歩き回るような音。
『いつもあんなことしてるの?』
鈴を転がすような少女の声。
「そうだよ」
しんぢは表情を変えぬまま答えた。
笑みは浮かべていない、無表情。
『嫌われるよ、相手を優先させるフリして自分を優先させてたら』
「知ってるよ、言っただろ。俺の我が儘なんだ、ミヤさんに怒られたくはないしねぇ・・・怖いんだよあの人は」
『だったらどうしてあんなことをするの?そんなに自分が可愛い?』
「当たり前だね。自分は可愛いよ、でも自分を大事にしなきゃ他人を大事になんかできないよ」
人形からの返答はない、しんぢは目を閉じた。
「俺は俺を好きでいてくれる人のために自分を可愛がるよ。俺は確かに適当なことばっかり言うけれど、それでも俺の本音をちゃんと聞いてくれる奴らがいたからさ、そいつらのためにも俺は自分を変えないし、自分を貫き続ける、これからもずっとだ・・・俺を見つけてくれた人がいるから、悪い部分もダメな部分もまとめて『俺』として愛せる、そんな俺を認めてくれるから、俺は俺でいられるだから、君になにを言われたって痛くも痒くもないんだ。俺という人間の土台に・・・たくさんの人の思いが詰まっているから、なにがあっても崩れない」
カタカタという音が遠くなる、遠くなって静かになる。
「・・・こんなもんでいいのかな?」
しんぢは肩を竦め、胡散臭く笑った。


二階、カタカタと言う音を聞き咎めて英蔵はペンライトを向けた。
人形が、もはや不気味に変質した三本足の人形がそこにいる。
土気色の足をぶらぶらとゆらして、立っている。
「・・・俺は強いよ」
そう呟いて英蔵は不敵に笑った。
「浅葱さんから貰った正義感!涙ちゃんから貰った折れない心!大城さんから貰った前向き精神!ツネから貰ったど根性!」
名乗りを上げる正義の味方のように声を張り、人形を睨みつける。
「はっきり言って無敵じゃん」
『それで?』
人形は可笑しそうに言う。
『貴方は何をあげられたの?』
「それは俺から言うことじゃねぇし」
『なにもあげられてないかもしれないのに?』
「かもね、はっきり言ってヘタレではあるしさ。でも・・・ツネが入ったばっかの頃、アイツ懸命になってて余裕がなくて、いっつも硬い顔しててさ、俺は気持ちよく分かるから積極的に話しかけてたけど、どうも遠慮されてて、それでもしつこく話してたら、突然笑い出したんだ、肩震わせてさ、声は抑えてたけどすげぇ笑ってた。なにが可笑しかったのかは分からないけど、それからちょっと肩の力が抜けて、ああよかったなぁって思った。俺は俺がいてみんなが笑ってくれるだけでハッピーだよ」
『貴方が笑われてるのに?』
「悪意のある笑い方をされたことはねぇよ。確かにさ、俺も人間だから劣等感とか持つこともあるけど、それよりもっとでっかくみんなのこと好きだから・・・みんなが俺のこと好きだって信じてるから、君の言うことはまるっきり見当違い」
人形は背を向けるとカタカタを音を立てて去って行った。
「あ、ちょっと!」
英蔵も後を追うが、すぐに見失う。その代わり階段を下りてきたしんぢと会った。
「英蔵さんも言い負かしたみたいですね」
「え?あ、そっか。そういうルールだっけ・・・」
「あとは、ユッケさんですね」


一階廊下奥の行き止まりでユッケは人形を探していた、探しながらそういえばあの人形には名前があったなと思いだす。
「えっと、ユキカちゃん?」
『はーい』
鈴を転がすような声がしてカタカタという音が響き渡る。
『ねぇ、一番近くに強い人がいるのってどんな気分?小さい頃からずっと自分じゃあ到底敵わないって思わされる人がずっと傍にいるのってどんな気持ち?本当はイヤなんじゃない?』
「・・・ミヤ君のこと言ってんならイヤじゃないよ」
『本当に?本当は辛いんじゃない?』
「まあ、同じ人間ではあるけどさ、最初から勝負してる土俵が違うんだもん。小2の時からだよ!?ずっと遠くを見てたし、次元も視点も違ったから、そういう対象じゃないんだよ。むしろ誇らしくて頼りになる、ミヤ君見てると俺は俺の場所で、俺のやり方で頑張って認めてもらおうってそう思える、いや・・・ミヤ君がそう思わせちゃう人間なのかな」
ペンライトで照らした廊下に人形が現れる、土気色の足をぶらぶらさせた着せ替え人形。
着せ替え人形にすぎない証拠に声は聞こえてもペイントされただけの顔が変わることはない、当然口も開かない。
ただ土気色の足だけがぶらぶらと不気味に揺れている。
「っていうかさぁ。君って大したことないよねぇ・・・俺、普段もーーっとすごいこと言われてるよ、どっかのアホにさ。しんぢさんの言う通りだ、君は只の動く人形だよ、呪いなんかじゃないね、しょぼすぎる」
人形は突然叫び声を上げた、金属を打ちならすような声にユッケは耳を塞ぐ。
土気色の足は揺れ、肥大し、弾け飛んだ。
そして人形はコトリと床に転がった。
「終わりましたか?」
廊下の向こうからしんぢと英蔵が駆けてくる。
「ん、どうだろ。これでいいのかな?」
三人分のペンライトに照らされた人形は床の上でカタカタと痙攣するように動いていた。
「自虐亭さんは・・・人形ごと壊れるって言ってたからまだかな?」
「でもこれ以上なにを言えばいいんでしょうか?」
顔を見合わせるしんぢとユッケを後目に英蔵は人形を見下ろして呟いた。
「考えてみれば、こいつも可哀相ですよね・・・」
「ん?」
「いや、呪いの人形なんかにされちゃって。本来なら親とかが女の子にプレゼントして、その子に大切してもらえる存在だったはずでしょう。それが馬鹿げた遊びに使われて、呪いの人形にされて、あんまりですよ。人形って大切にすれば魂が宿るとか言うけれど、こんな風にされたんじゃ・・・なんか気の毒で・・・」
「英蔵さんってや・・・」
しんぢはおそらく「やさしいんですね」とでも言おうとしたのだろうが、目の前で起こった変化に途中で口を閉じた。
人形が光を放っている、光を放ち、光に包まれ、輝きながら浮かび上がる。
『ありがとう』
美しい声が響いて、小さな破裂音と共に光が飛び散った、キラキラと硝子の破片のようなものが降り注ぎ、そして静かになる。
「・・・終わった、のか?」
静かになった廊下で英蔵がそう呟いた。



「はん!たいしたことねぇな!」
ユッケの話を聞き終わり、いつも通りふんぞり返った逹瑯が上から目線で笑う。
「たいしたことねぇなって・・・けっこう大変だったんだよ」
「だいたいキャラが薄いんだよオマエら」
「キャラ薄い言うな!気にしてんだよ!」
「俺の恒人君と明希様に比べたらまだまだだしっ!」
「なに人様のバンドの可愛い子ちゃんを私物化してんの!?」
「キャラの違いというものを教えてやる」
「人の話聞けよ!」
吠えるユッケを無視して逹瑯は携帯電話を弄りどこかへかける。
「あ、もしもし恒人君?」
『逹瑯さん、お疲れ様です』
聞こえてきたのは恒人の快活な声、なんのつもりだとユッケは半眼になって成り行きを見守った。
「恒人君、悪いんだけど明日の朝8時にモーニングコールしてくれない?」
『8時っすか。その時間なら起きてるからかまいませんよ』
「じゃあさ、『俺が起こしてあげてるのに起きないってどーいうこと!そんな逹瑯お兄ちゃんなんて死ねばいいんだ!』ってヤンデレ風にお願い」
『今から永眠すればいいんじゃないっすか?失礼します』
通話の切れた携帯電話を掲げて得意げに笑う逹瑯。
「なっ!最高のツンデレじゃね?」
「ツンデレじゃねぇよ!そんな頼み誰でもキレるわっ!」
「これは二段階ギャグだ、次は明希様ね」
携帯電話を弄り明希にかけているらしい逹瑯にユッケもしかたなく口を閉じて待つ。
「あ、明希様?お願いがあるんだけど」
『いいですよ〜』
「聞いてから言えよ。明日の朝8時に電話で起こして欲しいんだ。『俺が起こしてあげてるのに起きないってどーいうこと!そんな逹瑯お兄ちゃんなんて死ねばいいんだ!』ってヤンデレ風に」
『は〜い。その台詞もう一回言って下さい、メモとるんで』
「・・・じゃあもう一回言うぞ」
『んんん?ああ、逹瑯さんダメっす。俺、朝弱いからそんな時間に起きれないです、ごめんなさい!』
「そっかじゃあいいや・・・」
『しつれいしま〜す』
逹瑯はまた通話の切れた携帯電話を突き出す。
「なっ?」
「明希様半端ないっ!ミヤ君とマイペース勝負してほしい!」
「だろ〜!まあツンデレって言ったらウチのリーダーが最強っ・・・」
がくんと逹瑯の頭が落ちる、頭上にはミヤの足が乗っかっていた。
「・・・お前は馬鹿か?人様のバンドの子に恥ずかしいことをするな」
「ほらツンデレ!」
ミヤの足が上がって振り下ろされる、頭に踵落としを決められた形になった逹瑯はそのままソファーから転げ落ちて呻き声を上げた。
そんな逹瑯を無視し、ミヤはユッケを見る。
じっと見る。
まじまじと見る。
「え、な、な、なに?」
鬼目に見つめられることに耐えられなくなったユッケが恐る恐る言うとミヤは首を傾げた。
「・・・優介」
本名で呼んでミヤは笑う、へにゃりと笑う。
「やるじゃん」
一言、その一言でもう充分だった。
「さとーーー!!」
「どうしたユケツ!」
「ミヤ君に褒められたぁぁぁぁ!!」
「マジかっ!?よかったな!!ハッピーだな!!」
はしゃぎまわるリズム隊を床に転がったまま見ながら逹瑯が呟く。
「ミヤ君・・・俺も褒めてよ・・・」
「イヤだ」



「なぁしんぢ・・・やっぱなんかあったの?」
不貞腐れた顔を向けてくるマオにしんぢは肩を竦める。
「なにもないよ、いたって平和な日々だね、自転車のサドルを盗まれる程度の平和さだよ」
「あっそ。なにがあったのかは知らないけどもう大丈夫か、ならいいや」
「マオ君ってさ、優しいよね」
しんぢの言葉にマオはますます不貞腐れた顔になるが、これが照れ隠しだということは分かっていた。
「はぁ?なに当たり前のこと言ってんの」
「目はホオジロザメだけど、心はクジラだよね」
「褒め言葉と受け取っておくよ」
「シャチもクジラの仲間だけどね」
「海のギャングって言いたいのか!?」
「学名が『冥界よりの魔物』だよ。V系っぽくてカッコいいじゃない」
「だからどうしたっての!」
そんなやりとりをリズム隊二人は離れて見ていた。
「なんか仲良ししてるねぇ」
ゆうやが笑えば明希は口を尖らせる。
「超妬ける!」
「なんで妬けるんだよ?」
「みんな俺を一番に可愛がれば世界平和に繋がると思うのに」
「それは絶対ないから。あっきーはキャラ的にどこへ行きたいのよ」
「イルカになりたいね、イルカを目指すよ」
「なれば?止めないから」
「そしてホオジロザメを頭突きで倒したい」
「ねぇ、会話してよ」
「で、食物連鎖的にマオ君の上に立つんだ!」
「会話しろって言ってんだろうがっ!!」
「ゆうやの突っ込み単調すぎてつまんない」
「あげくにダメ出しされた!?」


浅葱からありがたい説教と労いの言葉をかけられ、涙沙と大城にどつきまわされ、最終的に英蔵は恒人と買い出しに来ていた。
「今、浅葱さんがハマってるジュースってこれですよね?」
「これもだよ、こっちも!両方買っておこう!」
「このプリン、涙沙さんが好きなやつです」
「だね、大城さんがこれ美味しいって言ってたからこれも」
カゴへ次々とメンバーの好物が入れられていく、相変わらずの仲良しさだ。
「ツネはアイス買う?これ好きだったよね」
「溶けちゃいますよ、ゼリーにしときます・・・ねぇ英蔵さん」
濃いサングラス越しの目がこちらを見ているのに気づいて英蔵も恒人を見た。
「俺はやっぱり、英蔵さんみたいになりたいですよ」
「ツネはツネでいいじゃん。今のまんまで充分カッコいいと思うし、俺みたいなの二人もいらないって」
「だから、憧れですよ。しかしその『三本足のお人形』怖いですねぇ」
「いや、たいしたことなかったと思うよ」
恒人は視線を外し、スイーツコーナーからシュークリームを五つ丁寧にカゴに入れながら言う。
「焼こうが捨てようが戻ってきて毎夜悪口を囁かれるんでしょう。呪いとしては最悪じゃないっすか、偶々自虐亭さんっていう伝手があったから良いですけど手段がなかったら確かに発狂ものですだから・・・・・・いや、俺が言えたことじゃないっすね」
「・・・相談したよ。本当にダメだったらみんなに相談した」
恒人は微かに口角を上げる。
「そうっすか」
「それに例え自虐亭さんがいなくたって、頼れる仲間はいるしね」
へらっと笑う英蔵の手からカゴを奪って恒人はレジへと歩いて行く。
「え、いいよ。俺が払うって」
「呪い撃退祝いっす。ありがたく受け取ってください」





夕刻の静かな校舎、教室にいるのは二人の少女。
あの地味な少女はおらず二人だけだが、やっていることは同じだった、着せ替え人形を机の真ん中に置いて楽しそうにしている。
「ってか誘ってんのに逃げるってどういうこと、アイツ」
「いいじゃん、今度はさ、アイツに人形送りつけてやろうよ。きっと泣いて謝りにくるよ」
「いいね、それ!あれじゃあ誰に送ったのか結局分からなかったし。アイツに送れば人形が呪われてるか分かるもんね」
「まっさかぁ。人形が呪うわけないじゃん」
笑い声を上げながら少女達は始める。
霊を呼ぶゲームを開始する。
「エミちゃん」
「エミちゃん」
交互にそう呼びかけてから二人は声を揃えて言う。
「三本足で走るの見たよ」
しばらくして音が聞こえてくる。
カタカタとナニカが廊下を走る音。
「エミちゃん、いたずらはやめてね」
終了の合図を言っても音は鳴りやまない、少女達は顔を見合わせた。
カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、
「ちょ、ちょっとなんで止まらないの!?」
「知らないよ!アンタちょっと見てきてよ!」
「い、嫌だよ!アンタが行けばいいじゃないっ!」
ガタガタと教室の扉が揺れる。
たわむほど激しく教室の扉を叩くナニカがいる。
そして扉が外れ、黄昏の校舎に少女達の絶叫が響いた。





その校舎と市は同じ喫茶店で自虐亭は目の前の少女、最初の時にいたあの地味な少女ををつまらなそうに見つめた。
「・・・それで?」
「二人とも病院に運ばれて、しばらく入院するってそれしか・・・」
「目が潰れたんだろ」
そっけなく言う自虐亭に少女は蒼白になる。
「目が潰れたって、そんな・・・」
「表現の問題だ、そのままの意味じゃない。あんなゲームで呼びだしたモノなんて見たら『目が潰れる』のさ。使い物にならなくなる、すべてが・・・ね」
「すべて?」
「世の中には直視しちゃいけないものがあるってことさ、現実の許容を越えたものを見れば潰れてしまうからね・・・不満そうじゃないか佳代ちゃん」
名前を呼ばれ、少女―佳代は小動物のように震えだした。
「なんでこんなことに・・・」
「『三本足のお人形』のルールを破ったからさ、必ず三人でというルールを無視した正当な罰則だ」
「だってあれは遊びで!」
「遊びならば罪を犯しても罰せられないとでも?ルール破りには罰がある、それは君に言ったし、君もその子達に伝えたんだろ」
震えながら頷く佳代を見て、自虐亭はパソコン画面へと視線を戻した。
「だったら君の責任じゃない。そして僕は君からの依頼はこなした、その子達が適当に送りつけた呪いの人形は・・・浄化されちゃったみたいだしね」
自虐亭は顔を引きつらせる、彼なりの微笑みであることを知っている佳代は少し怪訝に思ったが、自らの疑問の方が先だった。
「でも、人形がなくなってたの・・・『三本足のお人形』をやるって言ってたけれど、人形はなかったみたいで」
「自分の意思でどこかに行ったんだろう。手段を違えたのなら不完全体だけれど、不完全体だからこそ本家にない自由も効くからね、それも処理して欲しいなら別途料金だ」
これにも頷く佳代に自虐亭はどこか呆れた目をする。
「佳代ちゃんはある意味で善人ではあるんだけれどねぇ・・・」
「ねぇ、あの子達のことは自業自得ってことなの?」
自虐亭は肩を竦め、平坦な声で、飽きた台詞を口にするように面倒くさげに言った。
「先人の言葉を借りるなら『人を呪わば穴二つ』ってことさ」

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