ドウタヌキ?


鬼祭り


―さあ百鬼夜行のお祭りだ


浅葱の趣味の一つに「森を散歩する」というものがある。生まれ故郷が自然豊かな場所であったせいか、定期的に自然のある場所に行かないと心が休まらないのだ。
今流行りのパワースポットでもスピリチュアルな意味合いもなく(トトロに会えないかな?ぐらいは思っているが)、単純に森林浴を楽しんでいた。
幸い東京でも脚を伸ばせば自然の多い場所に行くことはできる。
その日も浅葱は森を歩きながら、気持ちをリフレッシュさせていた。
こういう時に曲や歌詞が浮かぶこともある。
ゆっくりと歩いていると木の陰でガサガサと何かが動く音がした。
猫だろうかと顔を輝かせてそちらを見れば、猫以上のものがいた。
狐だ。
絶対にいないと言いきれない場所ではあるけれど、珍しいことに白い狐だった。
はて、この近くに稲荷神社でもあっただろうかと浅葱は首を傾げる。
(突っ込み役が出てくるまで今しばらく我慢していただきたい)
容貌からするにまだ小狐だ。
好奇心いっぱいの目でこちらを見ている。
「君、どこから来たの?」
屈んで視線を合わせると白狐は小首を傾げ、それから前足を上げて振った。
おいでおいでをされたようにも見える。
「・・・そっちになにかあるの?」
浅葱の問いかけに白狐は頷いた、明確に頷いた。
さすがの浅葱も驚く。
白狐はひょいと背を向けて、木々の向こうへと歩き出した。
「あ、待って・・・」
浅葱もまた道を外れて踏み出したその時。
「え?」
「あれ!?」
低い小さな声と、素っ頓狂な声が響く、そちらを見やればムックのギタリストでリーダーのミヤと、シドのボーカリストであるマオが驚いた顔で立ちつくしている。
「浅葱さんとマオさん・・・なんでこんなところに?」
ミヤは怪訝そうに細い目をさらに細めている。
「なんでって、あれっ!?」
マオは何度も振り返り周囲を見渡していた。
浅葱も不思議に思い、振り返る。道がない、景色が違う。
「あの、すいません・・・此処って××ですよね?」
浅葱が自分がいたはずの場所の地名を告げるとマオは目を見開いて首を振った。
「違うよ。俺は撮影中で・・・××公園・・・」
同じ東京ではあるがかなり離れている場所を言われ、浅葱も驚く。
「ちなみに俺は地元にいたんだがな」
ミヤは冷静さを取り戻りたらしい声で言う、まあ最初から取り乱した様子もなかったが、淡々とした調子はいつも通りだ。
「じ、地元って・・・茨城ですか!?」
マオはまだ落ち着けないらしい、声がひっくり返っている。
「うん、茨城の俺の山」
「ミヤさんの山?」
「そうだ。どんな手段を使っても俺らが此処で合流するのは奇妙だ」
「まあ、冷静に考えればあり得ませんよね・・・」
なんだか浅葱も落ち着いてきてしまった。
「また、ってことかよ〜!」
マオが頭を抱える。
「そう考えるのが無難だな、リジーの部屋よりは前に行った鬼ごっこする校舎のほうが近いかもしれん」
「まるっきり別の場所ということでしょうか?」
ミヤは頷いて、それから少し笑う。
「おもしぃ・・・」
「面白くないですよ!」
マオに叫ばれミヤはきょとんとした。
「どうやって帰ればいいんですか!?」
「マオさん落ち着いて下さい、この状況ですから冷静に対処しなければ」
浅葱に言われ、マオは口を尖らせる。
「分かってるけど・・・こんな山の中で・・・」
「遭難した時の対処法じゃあダメなんだろうな」
ミヤもいきなり良い考えは浮かばないらしく首を傾げている。
浅葱は手を叩いて二人を見た。
「そういえば、俺は白い小狐について来て此処へ来たんですよ」
「狐?俺は鼬だったな・・・」
ミヤは首を傾げたまま言ってマオを見る。
「俺は、やけに大きな猫でしたよ」
「じゃあまず、白い狐か鼬か猫を探そう」
と当たり前のように仕切って歩き出すミヤをしばし呆然と見つめてから、浅葱とマオも歩き出した。

「しかし浅葱さん、東京で白い狐なんて珍しいな」
「そやな、ペットでも逃げだして来た?って感じ」
ようやく落ち着いたマオに振られ、浅葱ははにかんだ笑みを浮かべる。
「いえ、白い小狐だったので・・・」
「だから?」
「てっきり恒人かな、と思ったんですよ」
「・・・それ冗談で言ってるんですよね?」
「ええ、まあ6割ぐらいは」
「4割本気かい!!君のところのベーシストは何者なんやろか!!」
「愛くるしさが時折本当に小狐のように見えるんですよ」
突っ込む言葉すらないマオを余所にミヤが呟いた。
「あ、俺は逹瑯が時々パグに見える・・・」
「それは・・・顔の問題かと・・・」
「アイツがパグに見えるなんてパグに失礼だ」
「おかしいな、逹瑯さんを不憫と思えない、むしろ同意したくなってしまう」
「そうですね。どちらも快活で愛情深くて天真爛漫、一緒にいて楽しくなりますから。似ていると思いますよ」
浅葱の放った博愛オーラにミヤとマオがずっこける。
「なあ、浅葱さんって嫌いなヤツとかいないの?」
半ば本気でこけてしまった体勢を直しながら聞くミヤに少し首を傾げる。
「不誠実な人間は好きではありませんよ」
「逹瑯はそうじゃないと?」
「とてもそうは見えません。誠実な人柄に思えます」
「・・・そっか」
心なし嬉しそうなミヤにマオが思わず吹き出した。


しばらく森の中を歩き続けた、けもの道のようなものがあるだけで、なかなかの難所だった。
マオはふと先頭を行くミヤが石で木に印をつけながら歩いているのに気づく。
「あれ、ずっとやってました?」
真ん中の浅葱に聞くと浅葱は少し振りかえって笑む。
「ええ、歩き出した時からずっとやってらっしゃいましたよ」
「気づかんかった〜」
「いけませんねぇ、注意力散漫ですよ」
「って、なんでいきなり杉下右京!?」
「緊張されているようなので和ませようかと、滑りましたか?」
「滑ったっていうかぁ〜。絡みにくいっ!」
「忌憚のない突っ込みをありがとうございます」
「・・・いえ、どうも」
そこが絡みにくいんだよ、って感じではあるが。
バンドが違うと異文化だ。
「マオさん、大丈夫ですか?」
そんなマオを浅葱が気遣わしげに見る。
「あは。都会っ子にはきついわぁ・・・」
「ミヤさん、少しペースを緩めましょう」
「・・・そうだな、悪い」
そう言ってミヤは足を止める。
「なにか聞こえないか?」
浅葱もマオも耳を澄ました、確かに遠くの方で音が聞こえる。
太鼓や笛の音、祭囃子という表現が的確な、そんな音。
しばしその場で顔を見合わせていると「行ってみる」とミヤが歩き出した。
ついて来いとは言われていない、が。
なんなのだろう、あの背は低いのに異様なまでに「頼りになりそう」な背中は。
「俺も行きます」
「あ、俺も!」
普段はメンバーを引っ張るポジションの二人もその迫力に思わず後を追う。


しばらく進むと木々が拓けていた。
先頭を行くミヤが足を止める、さしものミヤも驚いたようだ。
拓けた場所では小さな宴会が行われていた。
御座の上で太鼓を叩いて笛を鳴らし、酒を飲んで踊っているのは、犬頭人身の生き物や、三本足の大きな鶏、琵琶に手足と目がついたもの、天狗とおぼしき者、あだっぽい美女に、小人のような老人など様々。
「ハロウィンの仮装・・・じゃないよね」
後ろからのぞき込んだマオが引きつった顔で呟く。
「ええ、全部本物に見えます」
浅葱も引きつった顔で頷いた。そんな中・・・
「ちょっと道を尋ねたいんだが」
とミヤがさっさと前に出る。
「え!?ミヤさん!?」
マオが焦るがもう遅い、宴会をしていた一団はしっかりこちらを見据えている。
『おや、珍しい・・・人間じゃないか』
あだっぽい美女が言った。
「道に迷ったんだが、帰るにはどうすればいい?」
ミヤは堂々と聞く。
頼れるんだか危なっかしいんだか分からない人だ。
『せっかくだ、宴に混ざっていきな。でないと帰り道は教えないよ』
ミヤはここでようやく「どうする?」と言う顔で二人を見た。
意見を求めるならもっと早くしてほしかったのだけれど。
浅葱が頷き、マオも恐る恐る頷く。
『宴に入るんなら食べ物を差し入れろ、でないと入れてやらんぞ!』
と犬頭人身が吠えるように言った。
ミヤは少し首を傾げ、持っていた(なんとなく浅葱もマオも突っ込みそびれていた)籠を差し出す。
「これでいいか?ウチでとれた野菜だ」
『なんだ、肉じゃないのか・・・』
『いいだろう、こういう野菜も手に入りづらくなってきたしな』
不満そうな犬頭人身に天狗がカラカラと笑いながら言う。
マオは慌ててポケットを探った。
「お、俺は、こ、これしかないんですけど・・・」
ケータリングにあったキャラメル。
『キャラメルだぁ!』
琵琶っぽいモノが喜んでそれを取り、マオはほっと息を吐く。
浅葱もポケットを探るが、出てきたのは飴玉が一個。
「これじゃあダメですよね・・・」
『アンタはいいよ、混ざりな』
美女の言葉に鶏が首を傾げる。
『シロ姐さん、知り合いかえ?』
『アタイの娘と孫達が世話になったんだよ、いいだろ』
ミヤとマオの視線が集まり浅葱はふるふると首を横に振った。


御座に並んで座り、宴会に混ざったはいいが、動きようがない・・・のは浅葱とマオだけで、ミヤは興味津津といった様子で周囲を見渡していた。
出された果物らしき物体もさっそく手に取って見ている。
柿と蜜柑を合わせたような物だが、皺の寄り方のせいですべて人の顔に見える。嫌な喩えをするなら赤子の頭部のようだ。
「ミヤさん、食べない方がいいかもしれません」
浅葱に囁かれミヤはなんで?とばかりに首を傾げる。
どうもこの男、躊躇って漢字が辞書なく書けるどころか、躊躇って言葉が辞書に載っていないらしい。
「黄泉戸喫(よもつへぐい)の喩えもありますから・・・」
「言われてみりゃそうだけどな」
一応納得はしたようだが、興味は失せないのかその果物をじっと見つめている。マオは隣でハラハラしていた。
『食べても大丈夫ですよ』
と声をかけてきたのは普通の、そしてこの空間では異質な存在。
歳はミヤ達よりも若く、リクルートスーツが似合わない今時の若者風の男。
覇気はなく、生気もない、死んだ目をしていた。
この賑やかな宴の中で一人、重苦しい影を纏っている。
『生きた人間は食べても大丈夫なんです。子供だとヤバイらしいんですけどねぇ、なんでしたっけ?なんとかは神のなんとか』
だるそうで間延びした喋り方はやはり今時の若者だ。
「七つまでは神の内、ですか?」
『そう、それです』
浅葱の言葉に若者は頷く。
「へぇ、じゃあ食ってみよ」
ミヤはさっそく食べた、躊躇いなく食べた。
「・・・ザクロっぽい味がする」
感想はそれだけで、一応気に入ったのか食べ続けて、一個完食した。
「な、なんともない、ですか?」
マオに心配されてもミヤは首を傾げるばかり。
「ふむ、しかしこれは・・・妖怪の宴会といったところでしょうか?」
浅葱も自分のペースを取り戻したらしく、若者にそう聞いた。
『まあ、所謂アレですよ、百鬼夜行らしいですよ・・・』
「ひゃ・・・危なくないの!?」
マオの抑えた叫びに若者は苦笑する。
『歓迎されているみたいですから大丈夫です。死体しか食べないみたいですし、今アナタが食べた実もその代わりだとか』
「へぇ、豆腐ハンバーグみたいなもんか」
「違います!」
思わずミヤに突っ込みを入れるマオ。まあミヤは自分がおかしなことを言っている自覚がないのできょとんとするだけだが。
『昔は赤子の死体なんぞ山ほど手に入ったのさ』
犬頭人身が笑う。
『最近じゃもう手に入らない、火葬になってから死体なんざほとんど食わねぇさ。富士のお山にあるのは不味くていけねぇ』
富士のお山にある死体、となれば連想されるのは・・・さすがにミヤも、顔を引きつらせた。
「どうして不味いんでしょうか?」
引きつらせながらも興味があるのか浅葱が聞くと犬頭人身はなで肩ぎみの肩をひょいと竦めた。
『死体は心に濁りがねぇのが美味なのさ、だから赤子が一番なんだ』
『坊や達はみんな美味しそうだけどねぇ』
あの美女も会話に加わってくる。
「褒められてんのか?」
ミヤの不服そうな言葉に美女は艶やかに微笑む。
『褒めてるのさ、今時珍しい清浄な気を放ってる、だから此処に来られたんだろう』
狐の面をつけ、甚平を着た子供がとことこと寄ってきてお盆に乗った盃を差し出した。
「えっと、君は・・・さっきの小狐さん?」
狐面の子供が頷いたので浅葱は盃を取る、ミヤはやはり躊躇なく、マオは恐る恐る盃を手に取った。
「そっか、恒人じゃなかったのか・・・」
「だからアンタんとこのベーシストは何者なんじゃ!」
何故か残念そうな浅葱にマオが噛みつく。
注がれた蜜色の酒を最初に呑んだのはやはりミヤだった。
「あ、これ美味い!」
細い目をかっぴらいて言うミヤに美女がころころと笑う。
『この世界でもめったに取れない甘露酒さ。ほらお二方も飲んだ、飲んだ!』
言われて浅葱とマオも口をつけて、顔を見合わせた。
「あ、ホントに美味いわ・・・」
「日本酒っぽいけど甘い・・・これなら涙ちゃんとかツネも飲めそう・・・」
「浅葱さんって・・・メンバー大好きなんですね」
「当たり前じゃないですか」
「いや、そうなんやけど・・・」
「五臓六腑に染みわたるな、寿命が延びた気分だ」
苦笑しているマオを無視してミヤはマイペースに言う。
「ええ、本当に」
浅葱も優雅に微笑んだ。
限りなくやりにくい気持ちを抱えながらマオはしかたがないので残りの酒をあおる。
『実際、寿命が延びるって言われてるよ』
犬頭人身が言った。
「まさか百年単位で伸びませんよね?」
不安げなマオに犬頭人身は可笑しそうに言う。
『人の身じゃあ無理だろうよ、俺らとは根本的に違うんだ』


宴会は進んでいくが帰らせてもらえる気配はない、少し焦れて来たのはマオと浅葱で、ミヤはもうすっかり溶け込んでいた。
「ミヤさんって大物ですよね・・・」
「ある意味でね・・・」
「というか帰れるんでしょうか、俺達」
「帰れんかったら困るっていうか、俺はそもそも撮影中・・・」
真横から聞こえた押し殺した笑い声に浅葱とマオはそちらを見る、あの若者が顔を歪めて笑っていた。
『帰れないよ』
「は!?」
『一度これに混ざったら帰れないんだ、俺もずっと帰れない、もうどれだけ過ぎたのかも分からない、でも帰れないんだ』
「だ、だってお前、さっきは帰れるって!」
驚愕したマオに若者は下卑た笑い声を上げる。
『帰れない!仲間が欲しかったから嘘をついたに決まってるだろ!』
「ふぅん。君って最低だね」
浅葱から発せられた言葉にマオは二重の意味で驚く。浅葱の冷静さとその内容に。
それは怒りを押し殺した冷静さであり、浅葱がそんな言葉を吐くことが異常事態であることぐらい分かる程度のつき合いがあるマオとは違い若者は気づかない。
『最低?ああ最低さ。でもこれでオマエらも仲間・・・』
「違うな」
低い声。
いつの間にかミヤが若者の前に立ち、見下ろしていた。
鬼目の称号を冠する細い目は冷ややかに、ミヤがどういう人間なのか全く知らない若者でも竦み上がるほどの迫力を持っていた。
『違う!?だって俺は帰れな・・・』
「お前が帰れないのは当たり前なんだよ・・・頭の上にぶら下がってるもんを見てみろ」
若者はなにかに操られるように視線を上げる、上げて絶叫した。
浅葱とマオも若者の上にあったものに悲鳴を上げかけたが寸でのところで飲み込む。

若者の真上、木の枝に首つり死体がぶら下がっていた。
他ならぬ、その若者の死体。

『え、な、なん・・・』
「なんとなく分かってたけど、向こう側に移動した時にそれを見つけたんだよ。お前はもう死んでるから帰れないんだ」
『だ、だって、お、俺は・・・』
「自殺したんだろ?どこかは知らないけど森か山の中で」
『あ・・・』
若者は自分の死体を見上げたまま放心していた。
『俺、死んだんだ、自殺しちまったんだ、怖いからやめようって思ったのに・・・なんだよ、俺、死んでんじゃん・・・馬鹿みてぇだ』
若者の身体が青く輝き透けていく。透けて、消え、ぶら下がっていた死体は白骨になって地面に散らばった。


「今の人は・・・幽霊だったの?」
「っていうか骨!骨!」
半ば互いにしがみつく形になっていた浅葱とマオは地面に散らばった白骨を見る。
すっかり風化した白骨体。
木の枝のロープも腐食してだらりと垂れ下がっている。
「そういやスネ夫の苗字ってなんで骨川なんだろうな・・・」
「なんで連想したのかは分かるけど、思いつきで喋るのやめて下さいよ!!」
ミヤのあまりにも空気を読まない発言にマオが本気で突っ込みを入れた。
「冗談さておきだが・・・」
「今のは天然じゃなくて冗談なんですか!?分かりにくいわっ!!」
「いや、怖がっているみたいだから和ませようかと・・・」
「お気づかいは嬉しいですけど逆に胆が冷えましたよ!!」
「マオさん落ち着いて下さい・・・」
浅葱に優しく肩を叩かれ、マオはがっくりとうなだれる。
「俺だってできることなら落ち着きたいよ・・・」
とか言っているうちに落ち着いてしまった自分がなんだか悲しい。
『おや、あの子は成仏したみたいだねぇ』
美女がそう言って白骨を見た。
『自分が死んだことにも気づかずにずっと此処にいたからな、ようやくか。まったく最近の人間は』
犬頭人身が肩を竦める。
「彼は何故この宴に混ざっていたんですか?」
浅葱の問いに美女が答える。
『気づいていなかったからさ、あるいは気づこうとしなかった、目先のことに囚われて自分が死んだことすら忘れちまった。慌ただしく生きていたんだろうね、我が身を振り返る余裕すらないほどに』
三人は白骨を見る。特に「無理をするなという言葉の意味をまず理解してくれ!」とファンやメンバーから叱られる浅葱は「慌ただしく生きている」という言葉に引っかかるものがあった。
音マニア音馬鹿のワーカーホリックと定評のあるミヤもある種の感慨をもって白骨を見た。
急激に忙しくなった日々に呑まれかけているマオもまた複雑な思いで白骨を見る。
「俺さ、この前逹瑯に言われたんだ。『ミヤ君って死んでも気づかずにスタジオで作業してそうだよね』って」
ミヤは独り言みたいに呟く。
「『そうかもしれない』って言ったら、アイツ・・・『歌録りは必要だろうからその時は行くよ』だってさ」
少しだけ、ほんの少しだけミヤの口角が上がる。
「『ミヤ君が作業してるなら呼ばれたら行くから』だと。アイツも相当バカだと思わないか?」
その清々しいほど真っ直ぐな姿勢が癖のあるメンバーをまとめあげているのだろうと浅葱もマオも口には出さずに思った。
浅葱は少し迷うようにしてから美女に言う。
「彼がどこで亡くなったのか、分かりませんか?」
『おや、どうしてだい?』
「・・・いなくなって誰にも探されない人間なんていないと思うんです。彼を探している人もまたいるでしょう」
もしも自分が・・・考えたくない話だがもしも自分が、その時は、メンバーが見つけに来てくれる気がした。
たとえ自分が魂だけになって彷徨っていても、彼等は自分の名を呼び、人懐っこい笑顔で傍に来てくれるだろうと。
だからこのまま、白骨死体とはいえ放置しておくのは気が引ける。
「浅葱さん、彼に怒ってたのに・・・?」
マオに言われ浅葱は曖昧に笑う。
「俺の嫌いなものは不誠実と不真面目と・・・不条理ですから」
「なるほどね、まあ現代ニッポンで死んで誰にも気づかれず弔いもされなきゃ不条理だ」
「マオさんも探してくれる人達、いるでしょう?」
「んん?」
「俺はみんなが、メンバーが来てくれる気がするんですよ。たとえ砂漠の一砂になっても見つけてくれる、世界の果てにいるならそこまで来てくれる、そう思ってしまうんです」
「俺はそんなファンタジックな思考ないけど、あいつらならまぁ・・・ふり返ったらいるんじゃない?」
二人で笑顔を交わした。信頼の形は違っても、その強さは同じだった。
『なんだか殊勝な話をしてるねぇ、まあ上手いこと見つかるように取り計らうよ』
美女がそう言うので、浅葱は頭を下げた。


ようやく宴が終わり三人は解放された、帰り際に紙で包んだ砂糖菓子まで貰い、得したとも言いきれないが悪くない気分だった。
「ところで、どこかでお会いしましたか?」
浅葱が聞くと美女はちろりと赤い舌を出した。
『猫は恨みも忘れないけど、恩も忘れないのさ』
「あ!ウチの近所にいる子猫とお母さん猫の!?」
『アタイの娘と孫達だよ、また面倒を見てやってくれるかい?』
「もちろんです」
『じゃあもう行きな。此処ももうじき閉じるから、この道を真っ直ぐ行けば帰れる。でも絶対に振り返るんじゃないよ』
美女(どうやら化け猫らしい)に見送られ、三人は言われた道を進む。
「振り返るな、ねぇ・・・」
マオは少し不安そうだ。
「まあ常世と現世の基本ルールですよね」
浅葱は笑って肩を竦める。
「・・・・・・振り返ったらどうなるのかな」
期待に満ちたミヤの言葉にマオが顔色を変える。
「やらないでくださいよ!」
「やらねぇけど、すげぇワクワクする・・・」
危険物取扱免許が必要そうな人物だ。
なるほど、あの逹瑯が敵わないわけだとマオはため息をついた。
ふと、視界が開ける。
気がつくとマオは元の公園にいた。
「・・・あれ?」
左右を見たが浅葱の姿もミヤの姿もない。
「マオ君!いた〜〜!!」
代わりに正面からゆうやが駆けてきた。
「もう!どこ行ってたんだよ、探したんだよ、コジマ君怒ってるからね!」
「・・・俺、どのくらいいなかった?」
マオの問いにゆうやは首を傾げる。
「20分ぐらいかな・・・ってマオ君なんで濡れてないの?」
「は!?」
「雨降ったじゃん。晴れてるのにさ、狐の嫁入りってやつ?それで撮影中断〜〜ってみんな慌てふためいてるのにマオ君だけ出てこないから」
ゆうやはおかんむりの様子だ、マオはどうしたものかと足元を見る。
地面は確かに湿っていて、雨の香りがした。
しかし撮影が中断していたということは、幸いだ。
『狐の嫁入り』というのが自分の身に起こった現象に繋がっていないとも言えないけれど。
「話せば長いんだけどさ・・・明希としんぢは?」
「あっきーなら雨降ってんのに外で遊んでてスタイリストさんに怒られながら髪セットしなおしてもらってる、しんぢはバンの中でゲームやってる」
「探してくれたのゆうやだけ!?」
「・・・そうなるね」
マオのある意味悲痛な叫びにゆうやは困り顔で笑う。
「んで、話せば長いってなにが?」
「・・・俺のありがたみを死ぬほど分からせてやるから今日はこの後バンド会議っ!!」
マオの叫びが木々についた水滴を揺らして滑らせた。


ミヤも気づけば元の位置へと帰っていた。
「なんだ、もうお終いか・・・」
つまらなそうに呟くとポケットの中で震える物体。携帯電話だ。
そういえばコレの存在を忘れていた。
もちろん使えたとも思えないが、マオはともかく浅葱は所持していただろうに誰も指摘しないとはボケているとしか言いようがない。
取り出してみるとユッケからの着信。
此処はあまり電波がよくないんだけどと思いながら通話ボタンを押す。
『もしもしぐっちゃ!やっと繋がった〜!電源切ってたの?』
「いや、ちょっと電波の入らないところにいたから。それで、なんか用か?」
『あのさ、ぐっちゃって今、地元でしょ。俺もなんだ、駅前!せっかくだしお昼一緒に食べない?』
「いいぞ。ちょうど土産話もあるし」
ミヤは少しだけ笑って、この幼馴染にも聞いてみようかと思う。
「なぁ・・・前に逹瑯がさ、俺は死んでも気づかずにスタジオで作業してそうだとか言ったんだけど、そう思うか?」
電話の向こう、ユッケは少し苦笑したようだった。
『たつぅってば・・・でもま、確かにそうだけどね』
「そうなったら、逹瑯は歌録りするなら行くとか言ったんだけど・・・お前は?」
『ベースいらない?』
「必要だろ、もちろん」
『じゃあ行くよ、当たり前じゃん』
「・・・そっか」
この会話が電話越しだったので、ユッケはミヤの照れ笑いを見逃したけれど、たぶん、ミヤがそういう表情を浮かべたことは伝わったのだろう。
電話越しだけれど、ユッケが照れているのがミヤにも分かった。


「ということがあったのね」
無事に帰った翌々日、浅葱はあったことをすべて集まったメンバーに話した。
「なんか浅葱君って経験することがちゃうわ・・・」
「なにそのオモシロ面子、マオさんお気の毒に」
涙沙と大城は呆れたように言って、
「さすが浅葱さんです!百鬼夜行とか普通会えないですよね!」
「俺も混ざってみたかったですね〜、妖怪の宴会なんて楽しそうです!」
のほほん兄弟、もとい下手組ははしゃいでいた。
「なかなか貴重な経験だったよ。幻想的な夢はよく見るけれど実際に体験したのは初めてだし、ミヤさんやマオさんの素敵な一面を知ることもできたからね」
この場に二人がいたら悶絶しそうなことを言い放って浅葱は優雅に微笑む。
「・・・んで、これがそのお土産のお菓子ねぇ」
涙沙は貰ったお菓子の匂いをかいでみる。
甘い香りがして美味しそうではあるけれど。
「これ、食べても大丈夫なの?」
大城が困惑しながら言った。
「大丈夫だと思うよ」
浅葱が返すと恒人と英蔵があっさり頷いた。
「じゃあ頂きますね、ありがとうございます」
「あ、俺も・・・いただきます」
恒人と英蔵は紙包みを解いて、小さなお菓子を口の中に入れた。
「あ、美味いっす!甘くてとろけます〜!」
「ホントだ、美味しい・・・」
感動している二人に大城は苦笑いを浮かべた。
「君等ね・・・怪しむとか疑うって頭はないのかい?」
「「なんでですか?」」
二人の声が綺麗にハモり、大城は首を振る。
「なんでもないよ。二人とも良い子だってこと」
「ん〜〜・・・俺も食べてみようかな」
そう言って涙沙も恐る恐るお菓子を口に入れる。
確かにそれは甘くとろける、不思議な味のお菓子だった。
しかし、いったい何で作られているか予想もつかないところが地味に怖い。
「ね、美味しいでしょう?みんなにも分けなきゃって思って」
浅葱がそう言うところをみると、浅葱は既に食べているらしい。
涙沙がそっと大城に耳打ちする。
「ヤバい可能性を考慮した二択問題、運命を共にするか、大城君だけ残ってどーにかするか」
涙沙の言葉に大城はちらりと視線をやり、ひょうきんな顔になってひょいとお菓子を口の中へ放りこんだ。
「うん、美味い!」
「おっとこまぇ〜」
ちなみにこのお菓子、マオはメンバーが口を開けた隙に中へ突っ込み、ミヤは一欠片の迷いも躊躇もなく一人で全部食べている。
「そういえば」と恒人が携帯電話を取り出して操作し始める。
「その男性の幽霊さんってもしかしてこの方じゃないっすかね?」
恒人が差し出した携帯電話の画面を皆で頭をくっつけるようにしてのぞき込んだ。
映しだされているのはニュースサイトで『天狗が導いて行方不明息子の遺体発見?』という記事だった。
1年半前から息子が行方不明になっていたという女性が、夢で天狗にある場所に連れて行かれ、そこで息子に会った。夢の場所、××県○○市の山中に行ってみるとそこで白骨死体を発見。遺留品などから息子の可能性が高く、警察は現場の状況から見て自殺と判断したというものだった。
朝一のニュースである。
「うん、たぶんこの人・・・見つかったんだ・・・」
彼が死んだ事実は覆らないので、発見され家族に弔って貰えることは「よかった」と言ってもいいだろう。
もちろん、やるせなさはあるけれど。
「ねぇ、みんなはさ、俺がいなくなったらどうする?」
放たれた浅葱の言葉に4人が一斉に顔を上げて口を開く。
「見つかるまで探すに決まってるやろ」
「探しに行くって、あたりまえじゃん」
「もちろん探しに行きますよ」
「見つけますね、必ず」
なんでそんなことを言うんだとばかりに少し拗ねた顔で、でもきっぱりと放たれた言葉に浅葱は安心して笑う。
「そっか、ありがとう」


あの時飲んだ甘露酒の効果か、その後しばらく三人の体調はすこぶるよかったが、宴に行く道が開けることはなかった。



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