タッチダウン
『怪談』と『ホラー』の違いを述べよ。などと言われたら大抵の人は戸惑うだろう。どちらにもあまり縁のない、興味のない人間ならば「違いなんてあるの?」と思う様なテーマだろうがこの両者には明確な違いがある。その明確な違いとやらについてはあの御大やら、あの御大やらが各所で熱く、それはもう灼熱地獄のように熱く語っているのであえてここに明記はしないが、別物だ。
しかし、創作物においてそれが『怪談』なのか『ホラー』なのか分けるのは知識があればできるが実体験だとしたらどうだろう。
『実話怪談』とはいっても『実話ホラー』とは言わないからやっぱり『怪談』だろうか。
不正解。
体験した段においてそれは『怪談』でも『ホラー』でもない、単なる『実体験』だ。
しかしこういう差はあろう、即ちその『実体験』が『怪談』じみているのか、『ホラー』じみているのかの違い。
この違いでいくのなら・・・今回の話は?
その日は朝から撮影だった。これがPV撮影だのジャケット撮影だのになると、それこそ早朝から夜中までというスパンでの撮影となるが、今回はシンプルに雑誌に乗せるための写真を幾つか撮影しただけであり、終了時刻は早めであった。
しかし早めといっても、所謂「コテ系」に分類されるDはメイク時間の長さなども上乗せされて終了したのは日も暮れかける頃。
撮影は倉庫内で行われ、倉庫の端でメイクを落とし、着替え用プラス物置用に借りられたもう一回り狭い倉庫の方へ移動する最中のこと(面倒な話だがメイク落としに必要なものが撮影で使用した側の倉庫にしかなかったのだ)、倉庫から出たのはリズム隊である大城と恒人、その後に英蔵が続いている。浅葱と涙沙はまだ中にいた。
いつも通り仲良くじゃれ合いながら倉庫を出ると、ぱたりとスタッフの姿が途絶え、三人だけという状態になった。徒歩一分先にあるもう一つの倉庫にもスタッフは詰めているので、偶発的な「三人だけ」という状態。
「今日は思ったよりも早く終わったなぁ、ツネちゃんご飯食べに行こうか。英ちゃんと約束してるのは知ってるからそれはキャンセルして俺と行こう」
金の刺繍が施された貴族風の衣装は、メイクを落としても大城に似合っていたけれど、その表情はやんちゃな少年そのもの。
女形衣装の恒人もそれを受けてやんちゃに微笑む。
胸ありの腿出し衣装に、豪奢な網上げをツインテール風にした赤毛という出で立ちになんともミスマッチだ。
「そうですね、英蔵さんとの約束はさくっと破ります」
「ちょっとツネ・・・いいじゃんみんなで行こうよぉ」
これが二人のからかいであることは分かっているはずなのに英蔵は過剰な反応を示す。だからこそいぢり甲斐があるというものだが。
「ラーメンしか奢ってくれないお兄ちゃんなんて無視しなさい。俺が焼き肉でも奢ってやるから」
「ホントですか!?やったー!焼き肉、焼き肉!」
「ちょ、俺だって焼き肉ぐらい奢るよ!!」
ムキになった英蔵がそう叫んだところで、大城と恒人はにんまりと顔を見合わせてから声を揃える。
「「ごちになりまーーす」」
「・・・えぇぇ!?」
この流れで何故そうなることに気づかないんだって感じだが、この人の良さが英蔵が愛される一番の要因である。
「英ちゃんの奢りで焼き肉とはありがたいねぇ」
「あ、英蔵さん。デザートメニューが豊富な所でお願いします!」
はしゃぐ二人に英蔵は拗ねた顔をしながらも頷く。
「分かりました、分かったよ、焼き肉ですね、焼き肉ね!」
もちろんこれは冗談で大城も恒人も英蔵に奢らせる気はさらさらない、単にみんなでご飯を食べに行こうというお誘いだ。
そんな風にいつも通りの会話を楽しくしている最中、英蔵が最初に気づいた。
ある意味でこれが運命を分けた。
「あれ?」
と立ち止まったために、他の二人より数歩分遅れる形になる。
「どしたの、英ちゃん」
5歩ほどか、並んだ状態で大城と恒人が振り返る。
「・・・子供がいる」
英蔵が指差した先、確かに子供がいた。
夕闇せまる倉庫街、他に人影もない中、幼い少女が一人くるくるとその場で踊りながら笑っている。
三人とも黙った。一応関係者以外立ち入り禁止となっているが、常時見張りを立てているわけではない、看板やロープなど子供ならば無視してしまうことはあるだろう。
だからそこはあまり問題ではない、ただもう春と呼んで良いこの季節、冬に仕上げた衣装が暑く感じるこの季節に、少女は厚手でピンク色のコートを着用していた。
白いファーがあしらわれたダッフルコート。
靴下もスニーカーもピンク、ピッグテールにした茶色がかった髪を結ぶリボンもピンク色。
そんな少女がくるくると、くるくると楽しそうに踊っている。
「・・・迷子ってわけでもなさそうですよね」
恒人が至極常識的なことを呟いた。
「ん、近くに親とかいるのかね」
大城もまた常識的に返す。
その声が聞こえたわけでもなかろうに、少女はぴたりと足を止めてこちらを見た。
向日葵のような笑顔で駆けて来る少女に、大城は屈んで声を掛けようとした、元々子供好きなのである。
一方隣にいた恒人は少女を見た瞬間からある違和感の正体を必死で探り、屈んだ大城の方に視線を落として気づいた。
「大城さん!その子、影がありません!」
屈んだ大城の体勢を戻そうと腕を掴んだため、結果的に屈んだ形になった恒人の手と、そして恒人の言葉の意味を考えていた大城の手を少女は同時に掴んで微笑んだ。
「たっちだうん!」
その少し後ろにいた英蔵は、恒人の言葉の意味を理解した。
手前にいる大城と恒人の影は自分の方へ長く伸びているのに、駆けて来る少女には影がない、こちらに伸びていなければならないはずの影がない。
そして少女が二人の手を掴み、何かを言った瞬間、英蔵の目には二人の姿が消えたように見えた。大城と恒人が跡形もなく、煙のように消え、ただ笑顔を浮かべた少女だけが立っている。「えへへっ」とばかりに微笑んだ少女は、くるりと背を向けて駆けだして行ってしまった。その間、1分もなかっただろう。
「・・・なっ」
消えた?
視界に二人の姿は見えない。
だからといって、人間が二人まとめて消えるのか?
足を踏み出しかけた時「英ちゃんストーーーップ!!」と大城の声が響いた。
「え!?大城さん!?」
慌てて周囲を見渡すが大城の姿はない。
「英蔵さん、下です!下!」
これは恒人の声で言われた通り下を向けば・・・着せ替え人形サイズの大城と恒人が必死で手を振っている姿を見つけた。
「いえ、そうなんでう。それはもう突然に、ツネの友人が危篤だとかで!それではい、大城さんが送って行ったんです。衣装のままで・・・え!?いやいや、ツネは一旦自宅に帰って準備があるとかでして、はい!はいはい!衣装は後日、事務所に戻しておくそうです!」
しどろもどろ、噛み噛みで言う英蔵に、スタイリストさん含め周囲にいたスタッフは納得したようだった。
ちなみにこの証言内容を考えたのは恒人であり、現場まで乗りつけていた大城の車を近くの有料駐車場の奥の方へ隠すことを指示したのも恒人だ。
頼れる末っ子である。
なんだか犯罪者にでもなった気分だが、こんなしどろもどろな証言、もう名探偵いらないだろ、みたいな話だ。
まあ英蔵がしどろもどろで、噛み噛みなのはいつものことであったし、だからこそ誰も疑いはしなかったのだけれど。
そして英蔵は、こんなパニックしか引き起こさないような異常事態に『慣れ』ている自分に内心で苦笑したのだった。
仕事を無事終え、帰路につく。
幸い車で乗り付けたのは大城だけだったので、運転席に乗るのは英蔵。後部座席に涙沙。
そして助手席に、頭身は変わらぬまま着せ替え人形サイズまで縮んだ恒人と大城。
「うう、なんか怖いっす・・・」
「英ちゃん、揺れがダイレクト!あんま揺らさないでお願い」
絶叫マシン嫌いの恒人は顔色が既に悪く、大城の顔も若干引きつっていた。
元より安全運転を心掛ける英蔵ではあるが、本気で顔色が悪い恒人が気になって、迷惑運転と言われそうなレベルまで速度を落としていた。
交通ルールを順守しているので止められることはなかろうが、追い抜いていく車は迷惑そうだ。
そしてようやく自宅に帰りつき、小さくなってしまった二人をテーブルに下す頃にはすっかり疲れ切っていた。
「英ちゃん、俺らお客さんなんだからお茶ぐらい出してよ」
といつもの調子で言う大城に思わず溜め息。
「今の大城さんが飲めるサイズのカップなんてありませんよ・・・」
「なんかあるだろー!ペットボトルの蓋とかさ!」
こんな状態でも前向きな大城に今度は笑ってしまった。
「しかし・・・原因はそのピンクい服の子供ってことやんな」
涙沙は興味深そうに縮んだ二人を見ながら言う。
「どうやったら元に戻るんやろ・・・」
問題はそこである。楽観的に考えれば一晩経てば元に戻るなんてこともあるだろうが、それはいくらなんでも楽観的すぎるだろう。
この状態のまま元に戻る方法がなかったらと考えると怖い。
恒人はその怖い方の考えに意識がいっているのか車から降りたというのに顔色が優れない。
普段の明るさで見落としがちだが、思い詰める性質なのだ。
「とりあえず・・・自虐亭さんかぁ」
自虐亭敗北、あの馬鹿馬鹿しくも痛ましい『リジーの部屋』の一件で繋がった謎の人物。
《生き霊専門店》の自虐亭にまたまた連絡を取らねばならない事態になってしまった。
そろそろ呆れられるかもしれないが、他につてもない。
自虐亭にメールを打ち、返信を待つ間、自分と涙沙にコーヒーを普通どおり入れ、そこからペットボトルの蓋にすくったものを大城と恒人の前に置く。
「ありがとー英ちゃん」
屈託のない大城の隣で膝を抱えている恒人が心配になり英蔵はその顔をのぞきこんだ。
着せ替え人形サイズで、衣装のままなせいか本当にお人形さんといった感じになっているが、表情が暗いことは縮んでいたって分かる。
「ツネはコーヒーじゃないほうがよかったかな?」
「いえ、大丈夫ですよ。ありがとうございます」
慌てたように微笑む姿はやはり弱々しい、このサイズになってしまうと比喩でなく力を込めたら折れそうな身体も相まってなんとも弱々しい。
「ツネちゃん大丈夫だよ、元に戻る方法ならあるって!」
そんな恒人の肩を、同じくサイズが縮んでいる大城は遠慮なく叩いて笑う。
「だってさ、こんな話聞いたことねぇもん。ってことは解決法があるってことだ」
無茶苦茶で寝たら治るぐらい楽観的な理論ながら、大城が言えば妙な説得力がある。
「・・・そうですよね」
頷いて、大城がペットボトルの蓋で普通にコーヒーを飲んでいるのを見て自分もやってみようとした、が。
「重っ!!」
コーヒーを入れたペットボトルの蓋は予想以上に重かった。
「大城さん、なんでこれで普通に飲めるんですか?」
「へ?重いったって、小型のアンプぐらいだろ」
「そんな重量のコップはこの世にありませんよ、なんの訓練中なんですか!?」
縮もうがどうしようが、突っ込みは冴えていた。
「ツネ、口の方を近付けたらええんちゃう?」
涙沙に言われ、恒人は首を傾げる。
「うむ・・・犬食いならぬ犬飲みすればいいんですね!」
四つん這いになって、文字通り犬のように飲もうとする恒人を大城が止めた。
「いや、なんか俺が悪かったからやめて・・・」
ビジュアル的にショッキングすぎた。
とんだビジュアルショックだ。
「しかしまぁなんつーか・・・ツネちょっとポーズ」
涙沙に言われて恒人は怪訝そうにしながらも立ち上がり、撮影をする時のようにポーズを決める。
「フィギュアにしか見えん・・・フィギュア体型だとは思ってたけど、このサイズになると・・・記念撮影しとこ!」
携帯電話のカメラ機能で恒人の姿を撮る涙沙を見て、英蔵も携帯電話を持った。
「お、俺も撮って良い!?」
「どーぞ、大城さんも入りましょうよ〜」
「おー入れて入れて!」
両者ともスタイルは抜群に良いので、涙沙の言う通り確かにフイギュアのようだった。
衣装のままだったからなおのこと。
そんなある意味で緊迫感のないことをやっていると、仕事の都合で遅れていた浅葱がやってきた、何故か大荷物だ。
「ごめんねー緊急事態なのに!でも色々買ってきたから!」
急いで来たらしく、長い黒髪が少し乱れているがそれを治すでもなく、縮んでしまった二人を切なそうに見て、浅葱は買ってきた物を取り出す。
「えっとね、玩具屋さん寄ってたの。それで人形用のティーセットね。その姿だと飲み物苦労するでしょ。ちゃんとお店の人に人間が使っても有害性はないか確認してきたから大丈夫だよ」
その言葉に、会ったこともない玩具屋の店員に合掌を送る涙沙。
さぞかし戸惑っただろう。
「あと、これ。人形用の椅子。さすがに座り心地は確かめられなかったけど、一番感触の良いやつ選んでもらったから。テーブルもあるよ。あとカトラリーのセットね。これも人間が使って大丈夫かは確認済み」
英蔵宅にはミスマッチなグッズが次々と出てきて、簡単なドールハウスならば作れそうな状態になる。
閉店間際に駆けこんできたであろう珍客の相手をした店員さん、本日の疲労度はMAXだったろうなぁと涙沙は思った。
英蔵は「さすが浅葱さんは気がまわるなぁ」と感心していたし、大城は笑って流していたし、恒人は普通に感激していたので、そう思ったのは涙沙だけだ。
「あと、ツネがこれなら食べられるかなと思って、プチシュー買ってきたよ。お腹すいたでしょ?」
恒人はもうキラッキラな目で浅葱を見上げている。
「浅葱さん・・・ありがとうございます」
「こんなことになっちゃって、できるだけのことをしたいんだよ」
浅葱の指に小さくなった手を乗っけて涙ぐむ恒人。
感動的なシーンと言えばそうなのだけれど。
「なあ、英蔵君。ツネってここまで天然やったっけ?」
「いや・・・昔はもっとクールな子だった・・・」
感化されやすいタイプなのかもしれない、浅葱の天然に浸食されてしまっている。
そして浅葱が買ってきた人形用ティーセットのおかげで恒人もお茶にありつき、自虐亭からの返信メールに従ってチャットルームへ入った。
パソコンの前に座るのは浅葱で、大城と恒人―今の二人にはその画面が映画のスクリーンのように見えている―が左右にちょこんと座っていた。
涙沙と英蔵も後ろから覗き込んでいる。
自虐亭>なんなのかな、君たちは?前世でなにかしたのかい?確かに一度経験するとその後は入口が広がるけれど、多すぎる。そしてタッチダウンに会ったみたいだね。
A>タッチダウン、というものなんですか。それは都市伝説ですか?
自虐亭>妖精と言うべきかな、此処は日本だから妖怪と呼んでもいいんだけれど・・・
返信は遅く、自虐亭はなにか迷っているようだった。
自虐亭>僕も最初は都市伝説だと思ったんだ。しかし具現化するにはマイナーすぎる。都市伝説が都市伝説として現れるには、大勢の口に上るか、創作者が死ぬという条件がつくんだが、これはマイナーなのに実在してる。つまりだ、これは『実話』なんだよ。
A>実話?
自虐亭>都市伝説は創作物だけれど、タッチダウンは実際に体験した誰かがネットに書きこんだんだ、先に現象ありきだから都市伝説じゃない。妖怪だとか妖精だとかだ。ちなみに幽霊という可能性が僕が自信を持って断言できる。都市伝説として広まらなかった理由は話として完成されていないし、あまりに牧歌的すぎるからだろうね。前にも言ったけれど人間は残虐性の高いものを好む傾向にある。だとするとタッチダウンは少し弱い。
A>実際のところ、どんなことが語られているんですか。
自虐亭>ピンクのコートを着た少女に手を掴まれて「タッチダウン」と言われると身体が変わってしまう。性別が転換する、幼児化する、あるいは猫になるとか。着せ替え人形サイズに縮んだっていうのは初めて聞くね。勝手に脳内で見目麗しい女の子がなったと夢想させてもらうよ。その場合やはり『南くんの恋人』かな?あるいは『アウターゾーン』の『マジック・ドール』シリーズというのもいいね。
この時『二人とも女の子ではないけれど見目麗しいですよ』と打ってエンターキーを押そうとした浅葱を涙沙が阻んだため、こちら側は沈黙という形になった。
自虐亭>いやいや失敬。冗談がすぎたようだ。元に戻るのは簡単だよ。相手は『悪戯好きな妖精さん』であって、こっちに遊んでもらいたいんだ。再び妖精の手を掴んで「タッチダウン」と言えば元に戻る。
A>それは、簡単なんですか?
自虐亭>簡単だよ、相手は遊んで欲しいんだから、ちゃんと捕まえられるように動いてくれるさ。しかしミニチュアになったというのは大きなハンデだねぇ。なにしろ相手は妖精だ、心が綺麗な人にしか見えない。目撃者が一人いるんだっけ、その人の協力は必須だね。
A>そうなんです!三人ともすごく心の綺麗な子達なんですよ。
もしや退散してしまったのかと思うぐらい長い長い間を開けて、さっくりとした一文が返ってきた。
自虐亭>そうかい、じゃあ、頑張って。
ちなみにこの時、自虐亭は親しい友人ですら外したところを見たことがない、風呂と寝る時しか外さない、肉体の一部と言っても良いほど常時つけているサングラスを思わず外して浅葱のレスを確認してしまうぐらい驚き、そして引いていた。
「頑張って」と返せただけでも上等なぐらいだった。
チャットを終了させ、浅葱は何かを堪える様な顔で恒人と大城を交互に見る。
「じゃあ、明日になったら・・・妖精さんを探しに行けばいいんだよね」
「そうですね、こう暗くては探すのも大変ですし」
「幸い明日はオフだし〜、まあ捕まえてやるよ」
「じゃあ、じゃあさ・・・」
浅葱はそっとポケットに入れていたデジカメを取り出した。
「しゃ・・・写真撮っても良いかな?」
どうやらはしゃぎたかったらしいが、あまりに無遠慮だろうと我慢していたらしかった。
それがすぐに分かった恒人は笑顔で言う。
「いいっすよ!あ、でもでも〜!その前に浅葱さんの肩に乗ってみたいっす!」
「あ、俺も俺も!」
ノリも気も良い大城も手を上げて飛び跳ねた。
「え!?い、いいの!?乗って乗って!!二人とも乗って〜!!!」
リーダー(実質)がテンションぶっちぎってしまえば、もう止める者はいない。
「すごーい!浅葱さんの肩の上から見ると高い〜〜!!」
「すげぇ!これは楽しい!」
「ね、涙ちゃん!写真撮って写真!!」
大城と恒人を肩に乗せてはしゃいでいる浅葱に言われ、涙沙は苦笑しつつもデジカメを受け取ってシャッターを切る。
「ね、写真とかに残して大丈夫?」
不安げな英蔵に涙沙は仰々しく肩を竦めてみせた。
「他人に見られても合成写真としか思われないって」
「そうなんだけど・・・」
「ねぇねぇ!!英蔵君!!コーヒーカップ出して!!コーヒーカップに入った写真撮りたい!!」
「英ちゃん!俺、今夜はお椀風呂入る!!」
「あ〜はいはい、分かりました・・・」
「お花とかないかな!?一緒にツネを取ったら本物の妖精さんみたいになると思うんだ!!」
明日、まさにその『本物の妖精』を追いかけねばならないというのに、浅葱のテンションは上がり続ける。
元々素直な大城も、浅葱には従順な恒人も言われるがままされるがまま写真を取らせていて、英蔵宅は撮影所さながらの熱気に包まれていく。
どんな時でも浅葱は凝り性で完璧主義だ。
結果的に英蔵は自宅を引っ掻きまわして言われた物を取り出さなければならなくなったが、彼は彼で浅葱のためなら気にしない。
長い付き合いの涙沙だけが、少し呆れたように、でも微笑ましくその様子を見守っていた。
そんな騒ぎを一時間ほど続け、ようやく満足したのか浅葱は静かになった。
「ごめんね、なんかはしゃいじゃって・・・」
「いえ、楽しかったですよ」
「みんなで撮影会ってのも良いもんだねぇ」
ミニマムサイズのリズム隊は、疲れすら清々しそうに笑っているが、自宅を引っ掻きまわすはめになった英蔵はぐったりと座り込んでいる。
「なあ、お腹すかへん?」
涙沙の一言で全員空腹を思い出した、英蔵が一息ついて立ち上がる。
「すみません、店屋物で良いですか?」
「俺達は良いけど、二人はどうしよう・・・」
浅葱が困ったようにミニマムなリズム隊を見る。
「俺は浅葱さんが買ってきてくれたシュークリームで良いですよ」
「ツネちゃん、シュークリームは夕ご飯にはならないの」
この末っ子、真面目なくせして食生活だけは不真面目なのだ。
「英ちゃん達の分を小さくして分けてくれればいいよ。俺は肉が食いたい」
「となると麺類以外で、分けやすいのやね」
涙沙が頷き、チラシを漁っている英蔵のところへ移動して一緒に選び始めた。
「あ、でもさ、ツネ」
浅葱はプチシューを取り出して恒人の隣に置く。プチシューと言っても今の恒人には一抱えほどもあるサイズだ。
「よかったね、大きいの食べられるよ!」
「はい!子供の頃からの夢が叶いました!」
無邪気に笑う恒人を見て大城はしばし呆然としてから満面の笑み。
「なんかすげぇ癒されたぞ、今!」
その時、携帯電話の着信音が鳴り響いた。恒人のものであり、着信は『ミヤさん』となっている。今や開いた折りたたみ式携帯電話と同じ背丈の恒人が浅葱に言う。
「すみません、代わりにでてもらえますか?」
浅葱は頷いて通話ボタンを押した。
「もしもし?」
『もし・・・あれ、取り込み中だった?』
「いえ、そういうわけではないんですが、今ちょっとツネは出られないんで・・・」
『それって取り込み中なんじゃないのか?』
「ん〜・・・どう言えばいいのか」
結局、浅葱はあったこをとそのまま打ち明けた、そして言う。
「あの、もし明日都合がよければなんですが、手伝ってもらえませんか?」
『・・・手伝うと言っても』
「妖精さんを探すのを手伝って欲しいんです、心の綺麗な人にしか見えないらしいので」
返ってきたのは沈黙だったので、浅葱は重ねて言う。
「ムックのみなさんはみんな心が美しいから妖精さんの姿を見ることができますよね?」
『は!?』
電話の向こうでミヤは動揺した様子。
『だ、誰の心が綺麗って言ってんだ!?』
「ミヤさんはもちろん、逹瑯さんもユッケさんもサトチさんも、みなさん心が綺麗ですよね」
断言されて、とてつもなく恥ずかしいことを断言されて、ミヤは沈黙しか返せない。
しかし・・・
『わ、分かった、都合のつく奴を派遣する・・・』
「ありがとうございます!」
ムックのメンバーに手伝ってもらえるならばと浅葱は自分の携帯電話を取り出し、リジーの部屋脱出後に番号を交換したシドのボーカリスト、マオに繋ぎ状況を説明した。
「シドのみなさんも全員、心が綺麗だから妖精の姿が見えるのでお願いしたいんですが」
『・・・は?誰の心が綺麗だと?』
「マオさんはもちろん、明希君も、ゆうや君もしんぢ君も、ですよ」
『・・・え、うん。そ、そうなんかな?』
思いっきり動揺しているマオは電話越しにうんうん唸ってから言う。
『じゃあ明日、都合のつく奴を出すよ』
「ありがとうございます!」
頼もしい助っ人(とこちらは思っているが、向こう二組はパニック状態だろう)を得て、夕食をなんとか済ませ、お椀風呂だのなんだの一通り遊んで就寝となった。
皆、寝入ってしまったのか静かだ。浅葱にベッドを譲った英蔵は床で、涙沙はソファーで眠っている。大城と恒人は机の上に座布団を置いて敷布団にし、ハンカチを布団代わりしている。さすがに衣装では眠れないので脱げるだけ脱いだ、結果、恒人はキャミソールにホットパンツ風な出で立ちになったが、大城はパンツ一枚だ。
恒人はエクステを取って網上げを解いている、浅葱の買ってきた人形用の櫛が役に立った。
大城はぼんやりと天井を見た、体育館にでもいるかのように天井は広く遠い。
座布団はふかふかと全身を包み、ハンカチは柔らかい物を選んでもらえたので寝心地は悪くないけれど、寝付けなかった。
全てのものは巨大に伸び、圧し掛かってくるような感覚に襲われる。
明日、あのピンク色の少女を捕まえれば済む話だ、自虐亭の言い方から見ても難易度は低いのだろう。
それでも・・・
大城が身体を鍛えるのは趣味的意味合いもあったが、身近な人間を守りたいという気持ちからだった。だから、この状態に不安を感じる。
こんな身体では守れない。
不思議なもので「守る」という姿勢が大城に安心感を与えていたのだ。
守れないとなると急激に不安になる。
「眠れないんですか?」
同じ座布団で横になっている恒人がいつの間にかこっちを見ていた。
「・・・まぁ、な」
「不安にはなりますよね、こんなサイズだと」
「ああ、こんなんじゃみんなのこと守れない」
「・・・大城さんらしいですね」
ふふっと小さく笑って恒人は頷く。
「ツネちゃんはどーいうところが不安?」
「俺はまあ、周囲に迷惑かけるの嫌いなんで」
「なるほどね、ツネちゃんらしいや」
大城もまた小さく笑い、それだけで妙にほっとしてしまったことに驚いた。
「俺さ、身体鍛えるの好きじゃん。それってさ、自分の身は自分で守りたいし、周囲の・・・大切な人達も守りたいからなんだ、でもこの身体じゃ無理だから」
「大城さん、一人だけ守れる相手いるでしょう?」
「ん?」
恒人は自分を指差して悪戯っぽく笑う。
「俺のこと守って下さいよ」
「あー・・・ツネちゃんに一本取られたなぁ」
でも確かにそうだ、このサイズでは周囲からの庇護が必須なわけだが、サイズの違い故にできないこともあろう。その時に身体能力で劣る恒人を助けられるのは自分しかいない。
「じゃあ明日は頑張ろうぜ」
「ええ、リズム隊の底力見せてやりましょう」
そして拳を合わせて頷いた。
「おっはよーーございます!!」
「はよっす!!」
翌朝、英蔵宅にやってきたのはムックのサトチとシドのゆうやだった。
「えっとですね、マオ君達は都合がつかないんで俺だけなんですけど」
申し訳なさそうに言うゆうやのとなりでサトチは邪気のない笑顔。
「あのな、ミヤ君が『お前しか派遣できるやつがいない』って言ったから俺が来た!」
ゆうやの顔が引きつるが、出迎えた英蔵は特に疑問に思わず頷く。
「ですよね、みなさん忙しいですもんねぇ」
「え!?いや、俺らみんなオフ・・・」
「サトチさんっ!」
言いかけたところをゆうやに遮られ、サトチは怪訝な顔。
ああ、なるほど。ミヤもマオも自分のバンド内で「妖精が見えそうなヤツ」と考えたらこの二人になったわけか・・・と気づけたのは同じく出迎えた涙沙だけで英蔵と浅葱は不思議そうに首を傾げている。
一旦、部屋の中に入ってもらったところで最後尾についたゆうやに涙沙は身体を寄せて囁く。
「ごめんな、いきなり『妖精見えるぐらい心が綺麗』とか言われてテンパったやろ?」
「はい、もうマオ君この世の終わりみたいな顔で・・・しんぢはあり得ないし、明希は純真と馬鹿かでいけば馬鹿で余所様に出したら迷惑になるから消去法で俺ってことで・・・正直自信ないですよ、妖精が見えるかなんて・・・」
「そんなん俺かてないわ、浅葱君はともかくやけど。でもメンバーみんなに見えて俺だけ見えんかったらショックやし・・・」
「はは、ミヤさんもマオ君と同じこと考えてサトチさんだったんでしょうね・・・」
「それは確実やな・・・」
ムックの中で『妖精が見えそう』となればミヤもサトチを出すしかなかったのだろう。
それでもきっと自信はなく、消去法の結果。
「浅葱君、人を見る目はあるほうなんやけど、高評価つけがちっていうか、人の善性を疑わないとこあるから・・・」
「長所なんでしょうけどね・・・」
涙沙とゆうやの間に謎の連帯感が生まれている最中、リビングのほうでは「すげー!」とはしゃぐサトチの声が聞こえる。
「でもサトチさんなら見える気がします・・・」
「同意するわ・・・」
小学生がそのままデカくなったようなサトチならきっと見えるだろう。
そして5人プラス2人で今後の相談をして、街へと繰り出した。
あまりバラバラになるのもよくない、確実に「見える」のは縮んでしまった大城と恒人を除けば英蔵だけなのだ。そして恒人と大城は一緒にしておいたほうがいい。
というわけで、涙沙と英蔵、そしてサトチのチームで積極的に動き回り、連絡を取りながら他の面子は「向こうから出て来てくれる」可能性にも賭けて一緒に行動することにした。
恒人と大城は浅葱の胸ポケットの中。
平日のやや閑散とした街を歩く。
「二人とも揺れとか平気?」
ポケットから顔をのぞかせる二人に浅葱が問いかけると恒人が元気よく答えた。
「大丈夫です!」
その隣で大城も元気よく言う。
「平気だよ、でも浅葱君こけないでね」
「浅葱さんが転んだら潰れちゃいますからねぇ・・・」
ゆうやはそう呟いて二人を見る。自分がネガティヴなのかもしれないがこんなサイズに縮んだ人間、恐ろしくて触ることすらできない。
力加減を間違えたらそれこそ潰してしまうんじゃないかと思う。
しかし浅葱は笑顔で頷いていた。
「うん、気をつけるね。絶対に転ばないよ」
そもそも、とまたゆうやは思う。二人もまた浅葱の胸ポケットに収まっているが、あのサイズならばその高さから落下した場合どうなるのか。
今まで気づかなかったがDメンバー、意外と楽天家なのだろうかと思う。
「ゆうやさん顔色が優れませんけど、大丈夫ですか?」
ゆうやの掌で包みめるであろう頭をのぞかせ恒人が言う。
「いや、色々と心配だよ、その大きさ・・・」
「あ〜、実は浅葱さんの家に集合する案もあったんですが、浅葱さん家って猫さんいますからね。かぷってされたら大変だ〜と思って、気は使いますよねぇ」
「それって気を使うって言う!?」
「猫さんに悪気はなくても、この大きさだと狩猟本能を煽ってしまいますから」
なんの心配をしているんだとゆうやは苦笑すらできない。
「でもさぁ、このサイズで猫のお腹とかに埋まったら気持ち良いだろうなぁ」
大城はどこか弾んだ声。
「ああ、ふかふかですよね〜」
「二人ともやってみたいの?」
「いえ、危ないですから、止めておきます」
浅葱は視線を下げて柔らかく笑む。
この人達、あんま危機感ないなぁとゆうやはまた苦笑もできない。
自分たちならどうなるだろうとゆうやは思う。
マオはネガティヴ気質だから単純に落ち込むだろうが、しんぢはいつも通り飄々としているのだろうか、明希はやはり天然炸裂させるのだろうか。
「・・・あんま変わんないか」
天地がひっくりかえっても性格が変わりそうにない面子なのだ。
あれでしんぢも明希も頭の回転は妙に早い、案外上手くやるのかもしれない。
「ゆうや君も胸ポケットに入れてみる?」
いきなり浅葱にそんなことを言われてゆうやは慌てて首を振った。
「そう?可愛いのに」
優雅な微笑に押されつつも言い返してみた。
「可愛いとか、そんな場合でもないじゃないっすか・・・」
「そうなんだけどね」
優雅な微笑は変わらない、言外になにか言われた気がしてゆうやは押し黙る。
マオやミヤのようにずけずけ言いたいことを言うタイプとは異なり、浅葱はこうやって人の意見を求めていることぐらいは浅い付き合いでもなんとなく分かるからだ。
ゆうやがなにを答えるべき迷っているうちに携帯電話が鳴った。
「もしもし・・・うん、わかった」
すぐに電話を切った浅葱が真面目な顔で言う。
「涙ちゃん達が妖精さん見つけた、行くよ!」
「え、はい!」
走り出した浅葱の後を追ってゆうやも走る。
路地を駆け出たところで涙沙達の姿を見つけた。
「浅葱君!そっち!」
「あ、待って・・・」
反対の路地に向かって走り手を伸ばしかけた浅葱に大城が叫ぶ。
「浅葱君ストーーーップ!!」
「おわっと!」
見ればポケットから落下しかけた恒人を大城が掴んでいたので浅葱も慌てて手を添える。
「ごめん、大丈夫?」
「・・・だ、大丈夫っす。びっくりしました」
浅葱の掌の上で座り込んだ恒人が息を吐く。
「浅葱君、気をつけなあかんってば。ほんまに一点集中型やなぁ」
「妖精さんはいなくなっちまったな」
駆け寄ってきたサトチが路地をのぞいて言う。
「ちょっと休憩しましょうか」
英蔵の言葉に全員が頷いた。
公園のベンチ、座った浅葱の膝の上に恒人と大城も座っている。
「とりあえず、俺とサトチさん、それから浅葱君にも見えることは分かったな」
「うん、ピンクのコートの女の子・・・ゆうや君は見なかったんだよね」
「ええ、見えなかったっていうより、位置的に確認できなかったって感じですけど」
浅葱の後を追ってきた形なので浅葱の背中が影になっていた。
それらしき人影は目撃していない。
「編成を変えよう、もっと手分けした方が良い・・・」
浅葱はそう呟いてリズム隊二人を見下ろす。
「そうだな、涙ちゃんと英蔵君は別々に、俺はツネを連れて行くから・・・サトチさんとゆうや君、大城君のこと頼めるかな?」
「ええ!?」
ゆうやは思わず声を上げて浅葱を見る。
「恒人君と大城さんは別にしないほうが良いんじゃ・・・」
「それなんだけどさ、どっちかでも元に戻れれば、手は増えるよね」
浅葱の言う通りではあるが、こんなサイズの人間を預かるのは責任が大きい。
ゆうやが迷っているとサトチがあっさりと頷いた。
「うん、分かった。俺、頑張るな!!」
「・・・サトチさん」
この人、頼まれたら断れない性格というより、断るという選択肢がない人なんだろうなと思う。しかもなにも考えず、反射で頷いている感じだ。
「大城君もそれでいいよね」
「・・・ん、うん」
大城の反応にゆうやは首を傾げる。
なんというか、サトチとは違う意味で迷うことがないと言うか、何事も即決しそうなタイプだと思っていたのに、煮え切らない態度と表情。
「まあ、頼むよ。サトチさん、ゆうや君。浅葱君・・・」
「うん、さっきみたいなことしないから、任せて」
浅葱の言う形で手分けすることになり、大城はゆうやの胸ポケットに収まった。
サトチもやりたがったが、さすがにそこは任せられない、信用より性格の問題だ。
「浅葱君ってすげぇなあ」
そんなゆうやの心情を知ってか知らずか、サトチは嬉しそうだ。
「すごいっていいますと?」
「だってさ、英蔵さんとか、涙沙さんにじゃなくて俺らに大城さん渡したんだべ。俺らなんか信用されてんぞ」
「ああ、そういえばそうですよね・・・」
考えてみれば、涙沙か英蔵に預ける方が妥当なのだ。
浅葱がいかに人の善性を疑わない人間であっても、サトチやゆうやをメンバーより信頼しているなどということはあるまい。
ゆうやが浅葱の立場なら、メンバーに預ける。
そこにどんな意図があるのかと考えて、満面の笑顔を浮かべているサトチに息を吐いた。
意図じゃなくて、信頼されたのだと素直に喜べば良いのかもしれないのに。
「大城さん、大丈夫ですか」
気持ちを持て余したまま胸ポケットの大城に声をかける。
「平気だよ、まあさっさと妖精さん見つけて元に戻んねぇとな」
先程の明るい雰囲気とは違う、真面目で少し硬い声にゆうやはまた首を傾げる。
「大丈夫だべ!俺、足はすげえ自信あるんだ!ぜってー捕まえて大城さんのとこ連れて来んべ!」
「ああ、ありがとうね」
「で、俺らどこに行けばいいんだ?」
「サトチさん、俺らはこの道を探せばいいんですよ」
「そっか、じゃあ行こう!」
軽快な足取りのサトチに続いてゆうやはなるべく身体を揺らさぬように歩き出した。
大城の様子が先程と違うことが気になった、単純に馴染みのない面子で緊張しているのか、しかし別れ際のあの表情は・・・
「大城さん、もしかしてですけど・・・恒人君、落ち込んでるんですか?」
「・・・ん〜。なんで?」
「いや、だからさっき・・・浅葱さんも大城さんも元気づけるつもりでいつも通りにしてたのかな、って」
ふふっと大城は小さく笑ってゆうやを見上げた。
「見事な観察力だけど、そーいうことは気づいても黙っておくもんだぜ。照れくさいだろ?」
「あ〜・・・すみません」
「いいんだけどさ。ツネちゃん見た目より落ち込んでる、自立心高い子だからさ、人の手借りなきゃなんもできない状態なことが申し訳ないんだろ」
落ち込んでいるにしてもそんな理由かと思う、縮んだことへの不安ではなく、そこが気になるものかと。
「・・・変かもしれねぇけど、偶にさ。メンバーじゃなけりゃ気兼ねなく甘やかせるのにって思うんだよな。歳の差大きいから、弟みたいな感覚だけど、メンバーだと甘くするわけにはいかんだろ。もちろんメンバーでいたいとは思うけどさ、落ち込んでる時に仕事が絡むから甘やかせない時・・・別の立ち位置だったら甘やかせるのになぁって」
「そんな、もんっすかね。俺は・・・」
シドの中で一番年下だからと言おうとして、違うなと苦笑した。
あれで落ち込みやすいマオが落ちている時、メンバーであるが故に手を貸せないことも多い。そんな時はマオの後輩達が代わりに励ましてくれるのだけれど。
「いや、そうですよね。メンバーだから、甘やかせなかったり甘えられない部分ってけっこうありますよね」
「俺んとこちょっと違うかも」
聞いていないと思ったサトチが唐突に話へ入ってきた。
「俺な、昔な、ミヤ君に言われたんだ『お前がプライベートでなにやろうがどうしようが、俺の知ったこっちゃない。でもバンドのことでなんかあるなら俺に言え、俺が解決してやる』って」
「ミヤさんって・・・」
分かってはいたけど、いちいち次元が違う男だ。
「逹瑯がな、ミヤ君は鳶だから、俺らに見えないものが見えてるけど、俺らの世界はあんま見えてないんだって言ってた」
「なんつーかカッコいい人ですね」
大城の素直な感想にサトチは笑う。
「おう。まあ・・・甘やかしてはくれないけどな」
「それは・・・」
「そうだろうな・・・」
そして同時に「あ」と声を上げる。
目の前に、ピンクのコートを着た少女がにこにこ笑いながら立っていた。
「ちょっと、君!」
踏み出した足が唐突だったせいかもつれたゆうやはとっさに身体を反転させて背中から転んだ。
一気に冷や汗をかいた状態で、視界に入ったソレに呼吸が止まる。
「お、お、大丈夫か!?」
さすがに焦るサトチを後目に妖精は逃げて行く。
「ひ、大城さん!?」
「ジェットコースターかフリフォールだな、今のは・・・しかし、ゆうや君も見たか?」
「ええ、見ました・・・」
ゆうやは地面に寝転んだまま言う。
「あの子の足っていうか・・・下半身、毛だらけだったよな」
「・・・はい。なんか獣みたいでした」
《有益な情報をありがとう。茶色の巻き毛で覆われた身体、これで謎が解けた。やはりタッチダウンは都市伝説じゃない、まぎれもない妖精だ。そして正体はブラウニーだ。ヨーロッパの民間伝承で語られる妖精。日本で言う座敷童子に似た存在。恐らくだが、彼等は家の守護者であり引っ越しにも着いてくる。ヨーロッパのどこかから日本に移り住んだ家族についてきたんだろう。そしてお気に入りの人間が死んで、悪性の妖精になった。新しい家を見つけてやればもう悪さはしないだろう、そっちはそっちの専門家に連絡してみる。君たちが元に戻る方法は変わらない、妖精、ブラウニーを捕まえて「タッチダウン」だ》
一旦合流し、自虐亭からそんなメールを受け取ってから再び手分けする形になった。
「ブラウニーってなんか美味そうな名前だな!」
「サトチさん、お菓子のブラウニーとは違いますから」
「浅葱君の話だと、『茶色い人』って意味でブラウニーだからな」
「えーピンクいのにか?」
「う・・・この時代に合わせてるんじゃないですか?警戒されないようにとか」
サトチが持つ疑問は素朴すぎて答えにくい、ムックのメンバーはどうしているのだろうと想像をめぐらせ、恐らく答えるのはユッケで、音楽に関することでなければ無視しているミヤの姿が見てきたように浮かぶ。
「あ、いたっ!」
サトチが指差す方向を見ると、ピンクのコートを着た少女―ブラウニーがにこにこ笑って手を振っていた。
「サトチさん!浅葱さんに連絡!」
「おうっ!」
走り出しながら携帯を取り出すサトチについて、胸ポケットに軽く手を添えながらゆうやも走る。
ブラウニーは風のように駆けて行く。
「連絡した!追っかける!」
サトチの全速力にブラウニーは驚いた顔で横の細い路地に走り込んだ。
その向こうからタイミング良く、胸ポケットに恒人を入れた浅葱がやってきた。
見事に挟み打ちをした形だ。
すごい偶然だとゆうやが驚いていると、サトチが浅葱に親指を立ててみせ、浅葱もそれに返した。
どうやら挟み打ちできるようにサトチが誘導したらしい。
失礼ながらそんなことができたのかと驚いてしまう。
「悪戯はお終いだよ、妖精さん」
言い知れぬ迫力を出す浅葱にブラウニーは不貞腐れたような顔で俯く。
大城を差し出そうとするゆうやが前に出るより早く、サトチがブラウニーの前にかがみこんだ。
「サトチさん?」
「危ないですよ!」
怪訝そうな浅葱と、声を上げるゆうやに快活な笑顔を見せてからサトチはブラウニーに言う。
「あのさ、俺の家に来ない?お前さ、家がなくなっちゃったんだろ。最初に見た時に迷子みたいだって思ったけど、やっぱ迷子だべ。ならさ、俺の家に住まねぇ」
「・・・え?」
目を見開くブラウニーにサトチは優しい笑顔。
「俺、あんま妖精とか詳しくねぇから、居心地良くできないかもしれねぇけど、お前がいいように頑張ってみるからさ、それでよかったら・・・俺の家に来いよ」
「・・・いいの?」
「おう!」
ブラウニーは小さく頷いてから、浅葱とゆうやを、正しくは恒人と大城を交互に見た。
「イタズラしてごめんなさい」
そして両手を広げて差し出した。
翌日、元に戻った大城と恒人も加え、無事に仕事に出ることができたDの面々は休憩時に集まっていた。
「勢いで友達を危篤にしちゃったから言い訳が大変でしたよ、気づかわれちゃうし・・・」
「まあ、あの状況じゃしょうがねぇって、衣装も無事戻せたしいいじゃん」
まだどこかしゅんとしている恒人の隣で、大城は無駄に力瘤を作りながら笑顔。
「つーか、衣装ごと縮んだのって今思えばラッキーやったな」
涙沙の問いに恒人はぶんぶん頷いて言う。
「そうですよね、服がなかったら大変でした。私服の時ならもっとよかったんですけど、衣装が無事で本当によかったです・・・」
「え、俺は全裸でもよかったけど」
「大城さんとツネを一緒にしないで下さいよ」
「なんだとー!」
大城にこめかみをぐりぐりされる英蔵の姿に笑いながら浅葱は天井を見る。
「それにしてもサトチさん、カッコよかったなぁ」
ムックのスタジオでは『西洋の妖精』と書かれた本をサトチがうんうん唸りながら読んでいた。
既に事情を知っているメンバーはそれを横目にそれぞれの作業をしていたが、しばらくして見かねたのかミヤがユッケを呼んだ。
「優介、注意事項とかを分かりやすく箇条書きにしてヤスに渡してやってくれ。危なっかしくてかなわない」
「うん、やっておくよ!」
快諾するユッケの隣で逹瑯が鼻を鳴らす。
「はっ、それでさ、そっちも読ませてやれよ」
逹瑯が指差したのは浅葱から届いたお菓子と礼状。
「読みあげてやんねぇと、たぶん『拝啓』から読めねぇぞ」
「優介、頼めるか?」
「・・・返事を書く指導までね、オッケー」
逹瑯がまた鼻を鳴らす。
「それにしてもミヤ君酷いねぇ、ヤスしか心が綺麗じゃないと思ってたんだ。超ショックーー」
「行って見えなかった場合、どうなる?」
「・・・はい?」
「浅葱さんはお前を含め俺ら全員に見えるって信じてくれてた、それなのに行って見えませんってなったらどーなる。お前やユッケの性格じゃ耐えられないだろ」
言われてみればその通り、プライドが高く繊細な逹瑯には耐えられない状況だ。
ユッケもまた気にしぃなところがあるので耐えられない。
「ヤスなら見えなきゃ見えないって言って終わりだ。そういうセレクトなんだよ」
ぐぅの音も出ず黙る逹瑯を飛び越えてミヤはサトチを見る。
「ヤス、よくやったな」
「・・・おお!?俺、なんかすげぇ褒められた!?」
「そうだよ、良かったね、さとー!」
そしてサトチの家に、ブラウニーが住みついた。
気配だけで姿は見えない同居人と、サトチはユッケが作ってくれた一覧表を壁に貼って何度も確認しながら上手くやっている。
『ホラー』も『怪談』も『ファンタジー』も、当たり前にそこにあり、馴染んでしまえば『日常』だった。
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